第二十八話 蠢
肉塊で出来た巨大な翼竜の完成を、ヨシュアは待たなかった。
風が吹いたとリリエリが感じた、その瞬間にはヨシュアの姿は向こうにあった。いくつもの墓石を越えた先、翼竜の墓穴に向かって振り抜かれた剣が、首に相当する部位を断ち切っている。
普通の魔物ならそれでおしまいだ。竜であれ鳥であれ蜥蜴であれ、リリエリの持つ知識の中に例外はたった一人しかいない。
だが翼竜は動きを止めなかった。翼のような形をした奇妙な塊が、ヨシュアを打ち据えようと振り下ろされる。
不格好な巨体に似つかわしい、緩慢な動きであった。ヨシュアの身体能力の敵にはならない。リリエリの瞬きの間に、翼竜は八つに分解されていた。
リリエリが放られた先は、両手を広げれば床の半分を覆えてしまえるような広さの小屋であった。どちらかというと物置に近いかもしれない。木製で、屋根もなければ壁もほとんどが失われている。
この小屋と件の墓穴とは距離があるが、壁がないおかげでヨシュアと魔物との戦闘の全容は十分に見て取れた。
原型を失った翼竜を視界に捉えたまま、ヨシュアは素早く後退した。そうして小屋まで引いた彼は、そのまま背中越しにリリエリに話しかけた。
「昨夜もあんな感じだった。あのように一塊にはなっていなかったが」
「私たちが集めてしまったからでしょうか」
「小さいのがわらわら来るよりはずっとマシだ。たぶんまた、復活する」
その言葉通り、切り落とされたはずの翼竜の身体は這いずるようにして蠢き、本体へとにじり寄っている。
形を変えては一つに戻り、また翼竜の姿を形取ろうと揺らめく姿は、間違いなく魔物の範疇を逸していた。
化物だ。
「再生し切る前に細かく切ったら治らない。少なくとも、昨夜はそうだった。また実行するつもりだが、構わないか」
「お願いします。その間、可能であれば、塊を一部私に寄越してください」
わかったと言い切るが早いか、ヨシュアは既に翼竜の前に躍り出ていた。
体積の半分を失った翼竜は、周囲に散った自分の欠片を集めようと残された身体を長く伸ばして展開している。最早翼竜と呼べるような形状ではない。
突き出た一本の腕を叩き切ったヨシュアは、分かたれた一部の肉片をリリエリに向かって投擲した。
コントロールは十分。翼竜の欠片は小屋の前でべしゃりと血の染みを広げた。
投擲の衝撃を受けたにも関わらず、ソレは震え拍動していた。本体から距離があるためか、集まろうとせずこの場で一つの個体を形作ろうとしているようだ。
細かく刻んで動きが止まるなら良し。だがそれ以外の方法も検証しておくべきだ。
リリエリは肉片に杖を突き付けた。この杖は特注品。杖の一部に仕掛けがあって、刻まれている紋様を単純な操作で組み替えられるようになっている。
パチリと何かがハマるような音を合図に、杖の表面で紋章魔術が成立した。その瞬間、杖の先端から青い炎が噴き出した。
攻撃手段と言うには心許ない、威嚇程度の炎だった。だが両掌に収まるような肉片を炎で包み込むには十分だ。
乳白色の鱗は見る見るうちに黒ずみ、剥き出しの赤色はあっという間に褐色を呈し始める。変化は劇的だった。緩やかに形を変えながら蠢いていた肉片が、ぐずぐずと溶け出して動かなくなったのだ。
やはり弱点は火。燃やしてしまえば、復活はできないだろう。
「ヨシュアさん、コイツらは火で動かなくなります! 燃やせば復活しません!」
「そうか。助かる」
声は思いの外近いところから聞こえた。墓穴から這い出た翼竜が小屋に向かって伸びている、そのおよそ中間。
左半身を真っ赤に染めたヨシュアが、翼竜の前に立ちふさがっていた。
ヨシュアの足元に蠢く肉片は、個数にすれば三十はあるだろうか。一つ一つがリリエリの拳よりも小さく、ヨシュアの手によって執拗に分割されている
だが、それでも動きは止まっていない。
先ほどリリエリたちが集めていた破片は、大きなものではヨシュアの頭部程度のサイズはあったはずだ。それが今では、拳大以下にしないと再生してしまう。
――復活の条件が、緩くなっている?
「どうする? 俺はこのまま切り続けてもいい」
「火が有効ですが、あの大きさを燃やしきるには、持ち込んだ油では心許ないです。他にもっと燃料があれば、」
元より穴に集めた死骸を燃やす想定だったので、それに足る量の油しか持ってきていない。何か他に手段は、とリリエリは周囲を見渡した。
朽ちた墓石では何の役にも立たない。血に濡れた麻袋も同様。背負ったバックパックの中には気軽に燃やせるものはなく、このボロ小屋にはまともな道具の一つだって残っていない。
……ボロ小屋。
「ヨシュアさん、この小屋にアレをおびき寄せられますか」
「できる。作戦を聞かせてくれ」
「焼きます。この小屋ごと」




