第二十七話 再戦
日が昇り次第、二人は昨夜の戦いが行われた場所に赴いた。
例によってシジエノ廃村も端の端。等間隔に立ち並ぶ石塔を見るに、墓地として扱われていた区画のようだ。風雨によって朽ちてすっかり角の取れた墓石を埋めるようにして草木が伸びている。
静かで、寂しく、忘れられた場所だ。そんな褪せた世界を汚すかのように、真新しい赤色がそこかしこに散っていた。
「また派手にやりましたねぇ」
「長引いた」
ここ数日は天気が良い。翼竜の死骸は泥に隠れることも無く、ヨシュアの背の上からでも容易に認めることができた。
……確かに変な形だ。分裂し、くっついて、また引き千切れたみたいな肉片。気味が悪い。
「……やっぱり、私の目には異常な魔物に見えます。さっさと集めて焼いちゃいましょうか」
二手に分かれて作業した方が早いだろうと、リリエリは地面に降り立った。なにしろ視界の内だけでも数十の破片が飛び散っているのだ。手間がかかる作業になる。
どれほどの数の魔物がいたのか、あるいは細かく刻んだためなのか。いずれにせよ、これを正常の範囲に収めるヨシュアのことが、リリエリはちょっとだけ恐ろしかった。
ヨシュアはかつて、ステラ、レダとともに西で冒険者として活動していたらしい。その頃であれば、このような魔物の相手は日常茶飯事だったのだろうか。
リリエリの暮らす小都市エルナトと比べて、王都ウルノールなどの都市が位置する西部は魔物の危険度が高い。これは、土地や大気に含まれる魔力の濃度が高いためだと言われている。
一方で、この魔力が転移結晶を始めとした希少な素材を豊富に生み出す源になっており、それが現在の西部の繁栄をもたらしたとも言えるわけだが。
そんな世界の第一線で戦ってきたヨシュアにとっては、この光景は当たり前のものなのか?
「……少し前、この周辺でスタンピードが起きましたね。あの時も一面蜘蛛の死骸だらけになって」
「そうだな」
「ヨシュアさんには、見慣れた光景なんですか」
目に見える白い鱗や赤い肉を拾って袋に入れるだけの作業だ。単調で、それゆえに口がよく動く。
平和なエルナトから外に出たことのない弊害が、リリエリを過剰に心配性にしているだけかもしれない。今この作業は無駄なことなのではないか、そんな不安が無意識に滲み出てしまっていた。
「……見ることもあったな」
「そう、ですか」
「西での話だ。ここは東部で、アンタの方がよっぽど詳しい。俺はアンタの勘を信じている」
……卑屈な気持ちはしっかりバレているようだ。
「いや、あの……すみません」
「謝らないでほしい。アンタに謝られると、俺もまた謝りたくなる。そもそも分裂する魔物は西でも見たことがない」
妙に思うのが普通、なんだろう。
昨夜も聞いたしょぼくれた声に、リリエリはついついヨシュアの方を見た。俯いて死体を拾う丸まった背中しか見えないが、なんだかとても小さく見えた。
そういえば、とリリエリは数日前の会話を思い出した。心配性は長所だと、そう言われたはずだ。
ヨシュアの苦手な部分を補えるのなら、ああ、これは紛れもなく長所だ。
「……そうですね。負担になりすぎない程度なら、警戒するに越したことはない、ですもんね」
「うん。それに、俺は大抵のことは負担にならない」
そのせいで基本やりすぎる傾向にあるんだよなぁ、とリリエリは過去にあったあれやこれやの出来事を思い出した。自分だって他人のことを言える立場ではないので、特に口は出さなかったが。
そんなこんなを話している内に、用意していた一つ目の袋が随分と重たくなっている。リリエリは予め掘ってもらっていた穴に向かって袋をひっくり返し、翼竜の死骸を詰め入れた。袋は再利用する。使えるものは擦り切れるまで使うのだ。
辺りを見回すと、まだまだ翼竜の破片は随所にちらほら転がっている。ヨシュアにとっては苦もない作業でも、リリエリにとっては重労働。リリエリは穴の底に寝転ぶ小さい竜を恨めしげに眺めた。
「こいつらがただのそういう性質の魔物で、特段危険性がないことが分かったら、次は鱗を全部引っ剥がして売り捌いてやりましょうね」
「……何日かかるだろうか」
「分裂するんなら、さぞかし量が取れるでしょうねぇ」
そう思えば、この集めて燃やすだけの単純作業にも楽しみが見出せそうだ。
リリエリはヤケみたいな気持ちで笑いながら、目に見える魔物の欠片を淡々と集めていくのだった。
□ ■ □
作業を進めて、少しの時間が過ぎた。太陽は徐々に位置を高くしていて、風に冷えていた体は今では随分暖かい。
リリエリは木の枝に引っかかっていた翼竜の羽部分を、杖で突いて落とそうとしていた。そろそろ回収も終盤で、後は今集めている分を穴に詰めて燃すだけという段だった。
上ばかりを見ていたリリエリを、何か強い力が思い切り引っ張った。足が浮き、手にしていた袋を取り落とす程の衝撃に、それでも杖だけは落とさなかったのは長年の経験の賜物である。
声を上げる暇もなく、リリエリは朽ちて屋根もない小屋の中に放られた。多少の痛みはあったが、気にしていられる事態ではなさそうだ。
急いで体勢を整えたリリエリは、まず第一にヨシュアの背中を見た。だらりと我流の構えで握られた一振りの剣、そしてその向こう側。
木が生えている、と思った。木がゆっくりと成長していく様を見ていた。時間の流れが、あの部分だけ速くなったかのように見えた。
リリエリが事態の全貌に気がついたのは、あの場所が翼竜の死骸を溜めていた穴だと気づいてからのことであった。
植物が天に伸びるように、不定形の塊が蠢きなから穴から空を目指していく。白と赤で形成されたそれは、やがて一つの形をとった。
翼竜だ。元の姿の何倍も、十数倍もあるだろう巨大な翼竜が、死骸を糧にして緩慢に形作られていく。
ヨシュアの再生とは違う、色の違う粘土を混ぜもせずに寄せただけのような、奇怪な再形成。
「アンタの勘は当たっていたな」
流石にアレは俺もおかしいと思う、とヨシュアが言った。価値観が同じみたいで何よりだ、とリリエリは思った。ほとんど逃避に似た思考回路であった。




