第二十六話 不可抗力
「……わかりました。今はヨシュアさんのしたいようにしましょう」
というわけで、防衛ラインはシジエノ廃村外周に据え置くこととなった。
話し合いはそこそこ難航した。というのも、ヨシュアの意思が想像以上に固かったためである。
命令という形をとれば、ヨシュアは恐らくすぐに引いてリリエリの案を採用してくれただろう。だがそんなことをしてまで意思を通すつもりはリリエリには無かった。あまりに本末転倒すぎる。
なので、今回リリエリはあまり食い下がることをせずに早めに折れることにした。ここまで頑ななヨシュアはリリエリにとって少しばかり意外だったのだ。
「でもちょっとでも体調悪そうな感じが見えたら、次の日は休息に充てて貰いますからね」
「わかった」
「……ちなみに、確認なんですが。私が寝てる時も退治に出てたりしてますか? 多い日で何回やってるんです、それ」
「…………三回」
リリエリの把握している範囲での最高も三回だ。同数ということは、リリエリは概ねちゃんとヨシュアの行動を察知できているらしい。……ヨシュアが嘘を吐いていなければの話だが。
リリエリは疑わしげな目をちらりとヨシュアに向けた。ヨシュアの様子は何一つとして変わらない。深掘りする隙間は無さそうだ。
「ありがとうございます、本当に。でも、本当に無理せず、変なことがあればすぐに戻ってきてくださいね」
「変なことか。例えば」
例えば。例を求められ、リリエリは無意識に人差し指を口元に当てながら中空を見た。具体例を求められると結構難しいが、
「ちょっと前に見た翼竜みたいに足が多いとか、七色に光ってるとか、夥しい数で群れているとか。そんな感じでしょうか」
「切っても死ななかったり、分裂するのは」
「…………変、ですねぇ」
かなり変だろ。
リリエリは出かかった言葉を無理やり飲み下し、絞り出すように代わりの言葉で指摘した。
死なない方の特性は身近にいるので、変カテゴリーから除外するとして。
分裂はおかしい。いくら魔物とはいえ分裂はしないだろ普通。見たことあんのか。西にはいるのか? 西は魔境か何かなのか?
「あの、粘菌とかそんな不定形の魔物とか……?」
「最近見た翼竜に似ていた。切っても動いたり、別の個体とくっついたりして、面倒だった」
言うべき言葉が見つからなくて、リリエリはただパクパクと口を開閉した。これが絶句というやつか。
粘菌――俗に言うスライムの類なら増えたりくっついたりもするだろうが。あの翼竜みたいな、しっかり肉体を持っている魔物にそんな芸当は無理だ。
絶対におかしい。確実に妙な魔物だ。
「死なない魔物は、変か」
静かな声だった。短い言葉だったが、ヨシュアが言わんとしていることを、リリエリはきちんと感じ取れたつもりだ。
「……魔物であれば、変かもしれませんね」
「そうか」
「ヨシュアさんは、人間ですよ」
死ななくたってヨシュアは人間だ。少なくともリリエリはそう思っているし、ステラやレダもきっとそうだ。
この気持ちの一割でも伝わってほしい。そんな思いで口にした。ヨシュアにどれほど伝わったかは分からない。ヨシュアは何も言わなかった。
「……明日の朝一番に、魔物の死体を燃やしに行きましょうか。念の為」
「わかった」
実際にリリエリが見ても、どれほどのことが分かるかは知れないが。不安の種は出来る限り潰しておきたい。
そう不自由無く生活出来ているため忘れそうになるが、リリエリたちがいる場所は壁外。在りし日のシジエノ村を滅ぼしたような強大な魔物の襲来は、けして空が落ちるような空想ではない。
危険度が跳ね上がる兆候だったらどうするか。スタンピードの例もあるし、別途対処が必要になるかもしれない。
今後の行動の選択肢をいくつか考えながら、リリエリは荒れたテーブルの天板をこんこんと指先で叩いた。
――ふとヨシュアと目が合った。やけにしょんぼりしているように見えた。
「どうしたんです?」
「……変だと、気づけなくてすまない」
「それほどまでにヨシュアさんが強いということです。共有自体は出来ましたし、気づけるようになる日はすぐに来ますよ」
ただ私が気にしすぎてるだけかもしれませんしね、とリリエリは付け足した。
魔物の生態は地域によっても大きく異なる。
あの翼竜は西で見たことがあるとステラは言っていた。完全にリリエリの知識の範囲外だし、単にそういう性質を持っているだけという可能性も大いにありえる。
「そう、かもしれないが」
リリエリは励ましたつもりだったが、ヨシュアの表情は曇ったままだ。
さてどうしたものかなとリリエリが思案していると、やがて小さな呟きが耳に届いた。
「戦いの場にも、リリエリがいる必要があるとは」
俺一人では戦うことも満足にできないのかと続けたヨシュアが、あんまりにも落ち込んだ声を出すものだから。
ついリリエリが笑ってしまったのも、不可抗力だと思うのだ。




