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第二十五話 対等の形


 人を傷つけることが多い人生だった、とヨシュアは言った。


 その手は未だに剣を拭い続けている。血も泥も既に落ちきっていて、拭う意味なんて最早無いのに、彼の手は止まる様子を見せない。

 何かしていないと喋ることができないのだろうとリリエリは思った。きっと思考の一部を外に預けて置きたいのだ、彼は。


「俺は昔ステラとレダに拾われて、冒険者になった。今だからこそ分かるが、二人をずっと困らせていたように思う」


 ヨシュアの過去の断片を、リリエリは既に知っている。彼の語りがステラとレダに拾われるところから始まったのは、それ以前を覚えていないのか、あるいはそもそも自己の出来事と認識できていないのか。

 いずれにせよ、リリエリはここで口を挟むつもりはなかった。無言でもって彼の言葉の続きを促した。


「俺は何も知らなくて、そのせいで随分迷惑をかけた。でも、彼らはとても強かったから、どうにかやってこれたんだ。俺が、……うん、不完全な、人間であっても」


 ヨシュアの言葉には具体性が欠けていた。わざとなのかもしれない。彼の語りは訥々としていて、今まさに自分の心情を探している途中であることがありありと感じ取れた。


「ずっと守られていた。俺が前に出過ぎていた時は止めてくれたし、引けなくなった時は庇ってくれた。守られていたんだ、だから俺は、」


 手が止まった。パチパチと燃える火が、声と声の隙間を熱で繋いでいる。


 ヨシュアはざらついた剣の表面をじっと見ていた。そこに答えが書かれていることを期待しているかのようだった。

 残念なことに、答えは見つからなかったらしい。ヨシュアの次の句にはいささかの時間を要した。


「……今更人の役になんか立てないんだ、と」


 違う。絶対にそんなはずはない。

 ステラの告解を、レダの約束を、リリエリは既に知っている。二人が今誰の為に何をしているのかを、リリエリは知っているのだ。

 だから断言できる。二人がヨシュアをそのように思っていたはずがない。


 ヨシュアの言葉を強く否定したくて、リリエリは咄嗟に立ち上がった。そのせいで椅子に立てかけていた杖が倒れ、カラカラと大きな音を立てる。

 木と木がぶつかる硬い音だ。それでリリエリは冷静になれた。ヨシュアの話はまだ途中だ。


 ステラ、レダとの関係はヨシュアの方がずっとずっと長い。わざわざリリエリが彼らの心中を言語化せずとも、ヨシュアだって気づいている。それをリリエリは信じられる。


 彼らほどではないにせよ。リリエリだって、短くない時間をヨシュアと共に過ごしてきたのだから。


 リリエリは大きく吸い込んだ息を、声には変えず、そのままゆっくりと吐き出した。


「……すみません、邪魔をしてしまいました」

「謝らないでほしい。アンタがしたかったことは、わかっているつもりだ。ステラもレダも、そんなことは思っていない。そう言いたかったんだろう」

「う、……はい。でも、私の早合点でしたね」

「彼らはちゃんと俺に教えてくれたよ。……俺が理解に手間取っただけだ」


 ひゅうと強い風が窓の外に吹いた。それを合図に、ヨシュアはとうに綺麗になっている剣を拭う動作を再開した。


「要は、守られてばかりだったから、守る側に立ってみたかったんだ。ステラもレダも、俺がいなくたって平気だ。でも、その、……アンタは」

「すぐに死ぬでしょうね」


 リリエリはきっぱりと断言した。

 もし身一つで危険地帯に放り出されたら、リリエリは五分と経たずに死ぬだろう。だからこそそんな状況にならないように、逃走やら潜伏やらのスキルばかり積み上げてきた。


 こと戦闘という面で、自分がヨシュアに与えているものなんてただの一つもないと思っていたのだが。


「たぶん、俺は今、自分の望みを叶えているんだ」


 だから嬉しい。だから自分に出来る範囲を精一杯守りたいのだ。ヨシュアの話は、そういった結論で幕を閉じた。


 ……そうだ、元々の話は防衛ラインを狭めるかどうか、だったな。

 話がヨシュアの個人的な部分まで飛んでしまったせいで、ついついリリエリの頭からは根幹が飛んでしまっていた。


「ヨシュアさんの主張はよくわかりました。魔物を払う範囲をできれば今のままにしたい。そういうことで合っていますか」

「そうだ。やりたくてやっているから、気に病まないでほしい。それに、広い範囲を守ったほうがより安全だろう」

「…………時にヨシュアさん、話は変わりますけれど。私は貴方がいないと死んでしまいますが、逆もまた然りだと思いませんか?」


 思う。ヨシュアは即答した。


 リリエリは一人では冒険できない。少なくとも、一人でシジエノ廃村に辿り着くことは絶対に不可能だ。


 だがヨシュア一人ではどうか?

 シジエノ廃村までは苦も無く来れるかもしれない。だがその先、シジエノ廃村での長期滞在は絶対に不可能。


「私達はある意味で対等なんですよ。いえ、これは言い過ぎかもしれませんが。六対四、……七対三くらいは」


 つまり。


「話し合いましょう。お互いが納得するまで。私は防衛ラインを狭めて、ヨシュアさんの睡眠時間を確保したい」

「……話し、合い」


 いつの間にかヨシュアの手は止まっていた。話し合いという言葉の意味を再確認するかのように、ヨシュアがぽつりと口にする。


 これも彼の不得手な分野だろう。だが、ようやく望みを口にできるようになったのだから、そろそろ次のステップに着手すべきだ。


 双方にとってより良い選択を。だって、


「私達、たった二人きりのパーティなんですから」


 ――結局、話し合いはリリエリが折れることになるのだが。


 ステラでもレダでもない、リリエリだからこそできること。ふわふわと曖昧だったものにようやく形を持たせることができた、リリエリはそんな晴れやかな気分であった。


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