第二十三話 心配性と鈍感さ
ヨシュアに案内された場所は、シジエノ廃村の境界であった。拠点である診療所からはかなり距離があり、ヨシュアの歩行速度でも三十分ほどの時間を要した。
元々は牧場にでも使われていたのか、リリエリの目の前には平坦な地面が広がっている。年月による荒廃や昨日の大雨、それから戦闘の痕跡によって、今ではただの荒れ果てた大地だ。
巨人が抉り取ったかのように隆起した泥土を避けながら、ヨシュアが戦闘の中心へと近寄っていく。その背の上で、リリエリはいくつかの肉片が地面に混じっていることに気がついた。魔物の死骸だ。小型の魔物だったものが、点々と辺りに落ちている。
あと一歩進めばシジエノの外に出る、そんな場所でヨシュアは足を止めた。足元には雨風でボロボロになった柵らしき残骸が見えている。あの大雨の中、この距離の魔物の存在を感知したのか。リリエリは改めてヨシュアの並外れた感覚に感嘆した。
……並外れた、という言葉だけで済ませてもいいのだろうか。
「この辺りで戦った」
「あ、ありがとうございます。随分遠くで戦っていたんですね」
ヨシュアの背から降ろされたリリエリは、さっそく手近に転がっている魔物の死骸に目を向けた。水分を多く含んだ泥にまみれている上に、ヨシュアの手によって複数のパーツに分かたれているせいでなんとも判別がしにくい。
自身が汚れるのも構わずに、リリエリはその場に膝をついた。拾い上げた断片には冷たく硬い感触がある。適当な布で拭い去ってみると、下からは乳白色の鱗が現れた。
「翼竜、ですかね。道中でも襲われましたし、この辺りに巣食っているのでしょうか」
「確かにあの時襲われた魔物に似ていたようにも思う。……すまないが、俺は魔物の形態にはあまり興味がなくて、はっきりは覚えていない」
「いいんですよ。それを確かめるために、私がいるんですから」
まぁ私も魔物学者じゃないので自信があるわけじゃないですが、とリリエリは別の塊を拾い上げた。鱗に鉤爪。あの時ステラが捕まえた翼竜のそれにとてもよく似ている。予想はそう外れてはいなさそうだ。
竜の名を関してはいるものの、その実態はほとんど鳥や蜥蜴に近い。エルナトでは翼竜の報告例はほとんどないが、昔読んだある冒険者の体験記に翼竜についての記載が乗っていたような気がする。
記憶が確かなら、味についても書いていたはずだ。たんぱくであっさり、カエルに近いとかなんかそんなようなことが。
リリエリは持ってきていた麻の袋に拾い上げた肉片をぽいぽいと投げ入れた。
「……食べるのか?」
「必要に応じて」
なんとかそうならないように努力したいところである。
にしても、とリリエリは拾い上げた魔物の死骸を眺めた。両手に収まりきるような、小さい肉片。そもそもそんなに大きくないはずの翼竜だが、さらに三つか四つにばらされているようだ。ヨシュアは随分丁寧に解体してくれたらしい。
捌く手間がなくなったことを喜ぶべきか、回収の手間が増えたことを嘆くべきか。
そこら中に転がっている死骸を拾い集めていたリリエリは、ふと違和感を覚えて泥土に突っ込んでいた手を止めた。
指先には鳥の足のような細く硬い感触がある。それ自体は何ら不思議なものではない。
ただ、多い。二本、三本、四本、……五本?
自分の感覚を疑いながら、リリエリは泥の中から小さな塊を引き上げた。この破片は胴体に当たる部分のようで、引き千切れた翼が根元部分だけ残されている。
その丁度反対側。脚部に相当する部分には、五本の足が生えていた。
「なんで、五本も……」
魔物は既存の生物が魔力によって変質したものだと言われている。巨大化していたり毒を有するようになったり腕の数が増えたりといった変化こそあれ、ベースは生物の形から大きく外れてはいない。
だがこれはなんだ?
左側に二本、右側に三本。数も位置もばらばらなら大きさも不揃いだ。その中途半端な姿は、作りかけのような印象を見る者に抱かせる。
奇妙だ。気色が悪い。
「どうした」
手を止めてしまったリリエリを不審に思ったのだろう、ヨシュアがリリエリに声をかけた。
「いえ、その……変な魔物だと思いまして。戦った様子はどうでしたか」
「……細かく潰さないと、死ななかった。やたらとしぶとかったが……そういう魔物だとばかり」
結局このような魔物が何体襲い掛かってこようと、物の数ではなかったのだろう。ヨシュアにとってはいずれも等しく脆弱で、ありふれた、記憶に残すほどの価値もない魔物。
強いが故の、鈍感さ。
そういう危うさは想定外だったな、とリリエリは心の内で溢した。
リリエリが同行していればもっと早くにこの異常に気づくことができたかもしれない。一方で、戦うことのできないリリエリを傍に置いておくのはリスクだ。どちらがより良いかは、結局は結果論でしか語れない。
嫌な気分だった。言ってしまえば、ちょっと魔物の形が変というだけのことだ。この翼竜は西方に多い魔物だとステラも言っていたし、この奇妙さもただの特徴の一つ、なのかもしれない。
取り立てて騒ぎ立てるような状況じゃない。それがかえってリリエリの胸中を波立てていた。
「私、心配性過ぎますかね」
「それはアンタの長所だ」
そうだろうか。簡潔なヨシュアの言葉は、それだけに強くリリエリの背中を押した。
魔物の形が変だろうが、今のリリエリたちが能動的にできることはない。
奇妙かもしれない。今はひとまず、それを頭の端にとどめておければ上々。心配にも不安にも後悔にも、行動を妨げさせるわけにはいかない。
「でも、これを食べるのはやめておきましょうか。念のため」
「そうした方がいいと俺も思う」
残念だが、ととってつけたようにヨシュアは言った。その白々しさは、それでもきっと歓迎すべきものだろう。




