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第二十一話 もちろん、口にするつもりはないですよ。


 叩きつけるような雨音の中、しばしの間リリエリは一人作業をしていた。採取した物の記録をとったり、紋章魔術で生み出した水の貯蔵をしたり、食事の用意をしたりなど。快適とは言えないこの環境をより良くする作業は山のようにあるのだ。


 人の気配のない廃墟、ただでさえ陰鬱な空間であるのに、分厚い雲に覆われて薄暗い今日の日なんてのは本当に気が滅入る。晴れてさえいれば外で楽しく活動できたのにと思うとなおのこと意欲が失われていく。


 なんとなく身が入らなくて、リリエリは扱っていた調理道具を手放した。キリもいいし、一度休憩でも取ろうと思ったのだ。


 丁度その時診療所の入口が開く微かな音がした。ヨシュアが戻ってきたようだ。


「おか」

「魔物の気配がする。殺してくる」


 ヨシュアは端的に言って、すぐさま降りしきる豪雨の中に戻っていった。おかえりなさいの一言を言い切る間もなかった。

 魔物が出たとはいえ、不味い事態になっているわけではないだろう。リリエリはさして慌てることもなく、ヨシュアが戻った時のための着替えなどの準備のために立ち上がった。


 魔物除けのおかげで一定の安全は得られているが、今二人がいる場所が壁外ど真ん中の危険地帯であることは変わらない。周囲に魔物が出現することは想定の範囲内である。特に今日のような陽の光が入らない日は、魔物の動きがより活発になるのだ。


 早速接敵したようで、遠く遠くの方から石の崩れるような音が聞こえてきていた。かなり距離がある。やはりそう心配するような段階ではなさそうだ。

 

 それにしてもこの雨の中、相変わらずなんて察知能力をしているのか。リリエリは胸中で舌を巻いた。リリエリの感覚では魔物が接近している気配なんて微塵も感じ取れない距離だ。ヨシュアは何か別の感覚器官でも備えているのかもしれない。


 いずれにせよ、ヨシュアが問題なく動ける環境であれば魔物はさしたる脅威にはならなそうだ。そして人間的な生活の維持については、どうにでもできる自信がリリエリにはあった。

 ステラの協力の元、エルナトからは保存食を中心とした様々な物資を運び入れている。完璧ではないにせよ土地勘も身に付きつつあるし、有用な資源の開拓も順調だ。一月二月と言わず、年単位でも暮らしていける。そんな気さえする。


 

 あとはヨシュアの帰還を待つだけの状態まで整えたリリエリは、近くにあった古ぼけて椅子に座り込んだ。足が悪いのか床が悪いのか、揺り椅子でもないくせにグラグラと揺れることができる。


 無意識に椅子を揺らしながら、リリエリはぼんやり天井を眺めた。

 こういうことを願うのは、本当はとても良くないことなのかもしれない。だが不自由の中に幾ばくの楽しさを内包している今の逃亡生活を思うと。未だ解決策の見えない忌まわしい呪いの先を思えば。いつか必ずやってくるヨシュアとの終わりを思う時。


 今この瞬間がずっと、ずっと、ずっと、ずっと続けばいいと、リリエリはそう願うのだ。


 ぎ、と絶えず椅子が軋んでいる。少しでもバランスを崩せば転がってしまう揺り椅子の上で、ちらちらと揺れる部屋の灯りをただ見ていた。

 どれほどこうしていたかはわからないが、そう長い時間ではないだろう。がたりと雑に戸を開ける音がして、リリエリはヨシュアの戻りを知った。足音がこちらに来ないのは、それほどまでに体を汚しているが故だろう。


 布類を持って入口の方に向かうと、リリエリの想像通り雨とそれ以上の血で汚れたヨシュアが立っている。さて今回はどういう立ち回りをしたのか、左足の腿から下の部分がズタズタに裂けていた。


「もう周辺には何もいない」

「お疲れ様でした。風邪を引く前に着替えてください。向こうの部屋に火を起こしてありますから」


 私はあっち行ってますねとリリエリは厨房扱いしている部屋に引っ込んだ。もう食事の準備をしてしまっていいだろう。よくわからない食材には可能な限り火を入れたいし。


 そういえば。リリエリは先ほどのヨシュアの姿を思い返した。彼の持ち物はもはや愛刀となっているアダマンチアの剣だけだった。どうやら彼の絵を見る機会は一度お預けのようである。

 残念だ、とっても。

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