表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月明りのステージで  作者: いちぽっち
1/1

2 祭り

祭りは今日、4月6日の夜から始まり、セレーネ姫の誕生日である4月9日の午前中に終了する。

午後からは、姫に用事があるようだ。

俺だったら、誕生日は1日中祝ってもらいたいけど。午前で終わるなんて残念だ。

サーロスはそんな風に思ったが、庶民とプリンセスではきっと価値観が違うのだろう。と、自分を納得させた。


城下は、年に一度の街での祭りより盛り上がりを見せていた。

この国の民衆だけではなく、他国の王族や貴族も来ているらしい。異国の恰好をした兵隊や、独特な民族衣装に身を包んだ見世物一座なんかも来ている

サーロスはその中でも、談笑する二人の婦人に目をやった。まったく真逆の恰好をしている。


「なぁ、あの夫人たちはどのあたりの人かな?」

「ん?あぁ、ウエストを絞ったあのドレスの夫人は、多分西方の人だろうな。その横、寸胴で腰を帯で巻いているのは、極東のファッション。」

「へぇ、随分詳しいな。女には興味ないんじゃ?」

「ばっ、馬鹿言え!教養だよ。」


フィロの顔が、あからさまに火照っている。サーロスはいたずらっ子の笑みを受かべた。


「しかし、こんなに多くの国と外交していたのか。」


フィロは誤魔化すかのように、早口に話題を変えた。


「確かに、あんまり他所の国との関わりないよな。」

「まぁ、入れたくないんだろうな、音楽を。」


フィロの一言に、サーロスは妙に納得し、あぁ、と声を漏らした。

普通、ダンスやショーの際には音楽を流すだろう。しかし、見世物の連中も、道端でマジックをしている紳士も、誰も音楽を流していない。入国の際に厳しく言われたのであろう。


しかし王様も妙だ、とサーロスは思った。

亡き王妃が音楽を愛していたのだとしたら、彼女の弔いとして音楽を奏でればいい。というのが、彼の意見である。


「なぁ、俺が死んだら、お前がギター弾いてくれよ。」

「はぁ?何急に。」


サーロスの突拍子もない発言に、フィロは今日何度目かの呆れ顔である。


夜の祭りの開会式まで、まだ時間がある。二人は準備の手伝いに取り掛かった。

酒樽を運び、テントを張り、異国からの客の荷物を運ぶ。かなりの肉体労働を夢中でこなしているうちに、すっかり日は落ちてしまった。


城下には子供から老人まで、多くの国民が訪れている。

こんなにも集まっているのにまだすし詰め状態ではないということは、城下が広いのか、それとも国民が少ないのだろうか。


城下は美しい色とりどりの明かりで満たされ、既に酒に酔った連中が騒いでいる。

サーロスは屋台で購入したチキンを齧りながら、その幸福な風景を眺めていた。こんな日にギターを弾けたらどれほど楽しいだろう、なんて考えが脳裏をよぎる。


ドカン、と大きな音がして、城下は水を打ったように静まり返った。

月明かりが城のバルコニーを、さながらスポットライトのように照らすと、二人の人影が現れた。

金と城で装飾された派手な衣装に身を包んだ男は、この国の王、フローガである。蓄えたひげを撫でながら、もう片方の腕で民に手を振っている。

そして、その隣にいる華奢な女。白銀の髪を結わえ、銀と青のアクセントの入ったドレスに身を包んでいる彼女こそが、魔法の力を持つといわれるセレーネ姫である。


城下はどっと歓声に包まれた。心なしか、いつもより男性陣の声が大きいように感じる。


「きれい……。」


サーロスは思わず声を漏らした。

月明かりの美貌、という異名に恥じない美しさである。細身な身体に白い肌。遠目に眺めるだけでも、その美しさは十分に伝わってきた。


ふと、彼女の視線がサーロスに向けられた。

息を呑む。

コバルトブルーの瞳からの視線は鋭く、鋭利な刃物のようだ。しかしその鋭さは、サーロスをつかんで離さない。彼は引き込まれ、息をするのすら忘れていた。


彼女の視線が他へ移り、漸くサーロスは息を深く吐いた。

その様子を隣で見ていたフィロが、悪戯な笑みを浮かべている。


「プリンセスに一目惚れか?」

「んな、まさか……。」


口では否定しているが、彼の心臓は今までに無いほどに激しく脈打っていた。

サーロスは女性人気が高い方だ。美しい女性と交際関係にあったこともしばしば。しかしそんな彼でも、女性を見てここまで心が高鳴ったことはない。


そう、その感覚は、まるで――


(音楽に初めて触れた日だ。)


そう思った瞬間、彼の心臓は再び勢いを増した。胸が高鳴り、全身にときめきが流れていく。恋よりも強い、あこがれ。

あの人は、俺をずっとつかんで離さないだろうな、彼はどこかでそんな風に察した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ