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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

番と言われても。

至上の愛は快諾されるべきなのか

作者: 佐藤なつ


家を追い出されてしまった。


井上初子。

18歳。

手持ちの金なし。

行くところなし。

中々のピンチだ。


このピンチを招いたのも自業自得というもので、

妹の番様が来ていると言うのに、妹とケンカをしてしまったのだ。

いや、妹の尚子の安い挑発に乗ったのがいけない。


ちょっと反省をする。

反省はするが、こんな時間に家の外に出れたこともないので、ちょっとワクワクもしていた。


この数分後に、ワクワクしていないで帰れば良かったと後悔する事なんて、このときの私は思いもしていなかった。


だから、興味津々で街中を眺めて、現実逃避して、そしてちょっと悲嘆にくれたりしてたのだ。

何しろ途方にくれていた。


妹の番は特別な存在だ。


妖の一族。

番を至上とする厄介な生き物達は、人間のルールから離れている。

それは、この世の常識。

だから当然、私の力、いや、それ以上の力でもどうしようもない事なのだ。


この国には古からのあやかしの力を持つ一族がいる。

昔、昔、純粋な妖一族達が、人間と交わりを持ち、その力を持った人間が生まれたと言われている。

彼らは妖の力を生かして、この国の中枢に入り込んでいった。


彼らは特殊な一族だ。

様々な種族があり、それぞれの特徴に合わせた能力を持つ。

そして、力を持たない人間は彼らを羨望の眼差しで見ている。

優れた能力。

体力・知力。

それらを尽くして、名誉や権力、財力も占有しているのだ。

今のこの国には法律上は身分差は無いが、彼らは上位者だ。

普段は全く関わりを持たない彼らだが、稀に妖の一族は、番、いわゆる伴侶を人間から選ぶ。

一族同士の交わりで血が濃くなるのを避ける為だろうか。

妖の種族によって周期は違うが、人間を伴侶に求める時期がくる。

丁度、周期があったらしく、妹が選ばれた。

前触れも無く、こちらの都合もお構いなしだ。


それは突然だった。

妹が九歳、私が十二歳くらいの時だった。

ぼんやりしてる癖に、思い込みが激しい所がある妹は良くクラスメイトと諍いを起こしていた。

人の話を聞かず、間違った手順で事を進めようとするからクラスメイトに注意される。

妹は自分は間違って無いと主張する。

妹の中では正しいことなのだから、譲れないのだ。

人の意見を聞けない。

自分の意見を曲げない。


最後は泣きわめく。

手に負えなくなるとクラスの子が私を呼びにきた。

その日も、私は、泣く妹の手を引いて学校から帰る所だった。

泣いている妹を慰めながら歩くいつもの光景。

いつもと違ったのは、私の前に突然車が止まった事。

そこから綺麗な男の子が降りてきた事だ。

彼はツカツカと一直線に私たちの前に来て

「何故、泣かせている!」

と、私に怒ってきた。

別に泣かせている訳ではない。慰めているんだ。

そう言う前に、強い視線で睨まれ、妹は大きな車に乗せられて何処かにつれ去られた。

私は、人さらいだと思って、交番に駆け込んだ。

なのに、最終的には私が悪者になった。

妹は連れ去った男の子と家に居て、妖の番に選ばれたと聞かされた。


目出度いことなのに。

大騒ぎするなんて。

と、私は怒られた。

妹の番の名は那由他諒。

なんの妖なのかは私には教えて貰えなかった。

諒が拒否したからだ。

両親は、やんわりと諒と私の仲を取り持とうとした。

最初の出会いの時の事も、いつもの事。

私は悪くないと言ってくれた。


だが、諒は”いつもの事”という両親の言葉と、自分の見た事だけを信じた。

丁度、私が妹に

「人の言うことを良く聞かない尚子もいけない。」

と、説教をかまして、妹が大きな泣き声を上げた瞬間を見たのだから仕方ないかもしれない。

諒の中では私は妹を泣かせる悪者なのだ。

私も違うと言いたかったが、真実を告げて攻撃の先が妹のクラスメイトに行くのを恐れた。

妖の番に対する執着心はすさまじい。

危害を加えるとなれば苛烈な仕返しが待っている。

そう聞いていたからだ。

我慢強く妹に付き合ってくれていたクラスメイト達を私は知っている。

私は自分が悪者になることを選んだ。

でも、諒は自分で調べたのだろう。

いや、尚子が自分で諒に言ったのだろう。

クラスで虐められていると。

聞いた諒は真に受けて、尚子を自分の通う有名私立校に転校させてしまった。

自分の目の届く所に置いておきたいと言って。

費用は諒持ち、毎日送り迎え付だ。

尚子は舞い上がって皆に自慢して回っていた。

私は、皆に謝って回っていた。

後、両親が諒に取りなしていた。

クラスメイトは悪くないと。

取りなしが聞いたのかクラスメイトが何か制裁を受けることは無かった。

それだけは良かったと心から思う。


小学校を卒業するまでの短期間、私は居心地悪かった。

だけど、中学に入るまでだと思えば我慢できた。

それよりも近所の目が問題だった。

近所の人は、妹が妖に選ばれた事に驚いていた。

そして、私が嫌われているのを知って更に驚いていた。


高級車がお迎えにきて、私以外の家族を連れて出て行くのを何度も見ていたし、尚子が自分で吹聴して回っていたから知っていたらしい。

「選ばれるなら初子ちゃんだと思ってた。」

なんて言われて。

私は苦笑するしかなかった。

そんなことは天地がひっくり返っても無い。

番はともかく、私は結婚するつもりは無かったからだ。


私は結婚というものに夢を持っていなかった。

もちろん今の両親は親切だ。

今の両親と言うのは、私は養女なのだ。

事情があって養護施設に居た私を両親は引き取ってくれた。

結婚して長らく子供がいなかったからと言うが、引き取ったと同時ぐらいにお腹に尚子が居ることがわかったのだ。

だからといって両親は私を冷遇しなかった。

子供が出来ても私を大切にするという約束で引き取ってくれたが、有言実行出来る人ばかりじゃない。

両親は猫かわいがりするだけじゃなく厳しくも接してしてくれた。

妹を私に任せてくれるくらい、信頼してくれている。

こんな、私にも。

私は信頼に答えたくて頑張ってきた。

妹の世話をして、家の手伝いもして、学校でも頑張って模範生として生きてきた。

将来、私は結婚せず、仕事に生きて自立するつもりだ。


家の手伝いをすれば、家事が身につくし一人暮らしした時に役に立つ。

学校で良い成績を修めれば進学先が選べる。

将来の選択の幅が広がる。

今、私のやっていることは将来に結びつくことがわかっていた。

だから、私は進んでよい子で頑張ってきたのだ。

妹が番を得ても私のやることは変わらない。


そう思って、過ごして、早6年。

那由他諒と私の関係性は変わらない。

険悪なままだ。

と、言うのも、私が妹にちょっかいをかけてしまうからだ。

那由他諒と言う後ろ盾を得て、勘違いした妹はより自由奔放になってしまった。

このままではいけないと、度々注意をしてしまう。

両親も注意をするが、私は言葉を選ばずに言ってしまう。


私は焦っていた。

妹も、もう15歳だ。

直すべき所は直さないといけない。

小さい時は、許されたこと。

ストレートに指摘して貰えたことも大人になるにつれ言ってもらえなくなる。

今だって、妖の番様を持つ尚子にもの申す人は、いない。

私くらいだ。

そんな私も、もう少しで大学進学の為に家を出てしまう。

優等生だったお陰で推薦枠に入れてもらえて、早々に大学は決まった。

両親も、妹や番様との私の関係を見て、一度家から離れた方が良いだろうと言って、県外の進学を許してくれた。

私が妹に関われるのはあと少し。

だから、より厳しい態度になってしまう。

それが妹は気に入らないらしい。


わかりやすく諒の前で私を煽った。

お姉ちゃんは諒に怒られたら良い。

くらいな気持ちなんだろう。

ウカウカと私はそれに乗ってしまった。

自分で煽って置きながら、私の言葉に、妹は泣いた。


部屋に閉じこもってしまった。

私は妹を慰めなかった。

自分の行いを振り返れと諭した。


そこを番様に見られたと言うわけだ。

いつも私を無視していた諒だけど、猛然と怒り、妖の力を私にぶつけてきた。

暗黙のルールとして、妖の力を人間にぶつける事は禁忌だ。

だが、番を守る時は例外的に許されている。


私はぶつけられた力で跳ね飛んだ。

壁にぶつかり一瞬、意識が飛びかけた。

「ここから出て行け!尚子を傷つける奴は許さない。」

なんて言って怒っている。

恐らく、尚子の悲しむ負の感情が諒を興奮させているのだろう。

私が何かを言う前に諒は、また何か手を掲げた。

多分、妖の力を貯めているのだろう。

何か空気が震えるような不可思議な音がする。

両親が、私たちの間に入って、諒に謝り始めた。

「初子は尚子を思ってやっているのだ。」

と、説明してくれている。

でも諒は引かない。

手を翳して振りかぶって投げようとしている。

まるでハンドボールのシュート寸前のような渾身の力の入りっぷりだ。

いつも諒を遮らない。

いや、遮れない両親が私に向かって、

「逃げなさい!!」

と、言った。

それで、私は逃げた。

逃げて一人反省会をした。


駅のロータリーなんて人が多い所で。

お陰で、妹と同じように私の前に、黒光りする車が停まり、その中から如何にもと言う感じの男性が降りてきて、彼は突然、私の腕を掴んだ。

本当に、掴まったと言う感じだった。

まさか?

と、思う私に、彼は言った。

「私の番。」

と。


その人は私の手を握り。

何か、○○の残滓がなんて言って初対面の私の服を引っ張って肩をむき出しにした。

「ちょっ。止めて下さい。」

と、言ったが聞いていない。

「こんな痣になっている。」

と、言われて納得した。

多分、じくじく痛んでいたから痣だろうなとは思っていたのだ。

あぁ。やっぱり。

と、思いつつ黙って見ていると。


「酷いことを。」

なんて言って激怒している。

○○の一族め。

ぶつぶつ言っているのは、諒の事だろう。


それで、

“私の番をこんな目に遭わせて。”

なんて、怒っている。

そこからは怒濤の展開だった。

何か、一緒に車に乗っていた秘書みたいな人に色々指図してあっちこっち連れ回された。


夜間救急外来に連れて行かれて治療を受け。

高級レストランの一室に連れていかれて、食事をご馳走になって。

服が破れているからって、営業時間終了した店を無理矢理開けさせて、

要らないって言っているのにわんさか服を買う。


私はちょっと呆れていた。


諒が尚子にやっていた行動と同じだ。

番には貢ぐとか言う決まりでもあるのだろうか。

あるんだろうな。


しかも、事ある毎に、

私の花嫁だ。

私の番だ。

って宣伝して回る。

多分、二度と会わないような店員さんとかにも言って回っている。

選挙の立候補者紹介のように名前を連呼される。

精神的ダメージが半端ない。


尚子は出かける度にこんな事されてたとしたら、良く平気だな。

ダメージが回復する前に次のダメージが蓄積していくから、何も反応が返せない。

黙り込んでいる間に、お前の家に行く。

って有無を言わさず連れていかれて、

車内では

「決着をつけてやる。」

と、キリッとした顔で言われて。

止めて欲しいって思って、主張もしたんだけども、聞いてくれなくて。

後は諒が帰ってくれてたら良いなぁなんて期待したけど、そういう時に限って期待は裏切られる物で、ドキドキしながら玄関扉を開けたら隙間から諒の靴を発見。

そうですよね。

帰っているはずが無い。

わかっていながら悲しい気持ちになってしまう。

さすがに、入りづらくて躊躇してしまうと、後ろから

「どうしたんだ?」

と、私の運命の番様の声。

そして、前から、足音がした。


ピリッと空気が緊張したのがわかってしまう。

私を挟んでの修羅場、回避不可の状態。

これは辛い。

意識が遠のきそうなのに、遠のいてくれない。

だって足音、お一人様じゃない。

先頭を諒。

次に尚子。

あれ?尚子が出てきた。

私に怒られて泣いて部屋に籠もっていたのに。

そして、両親。

やだ、玄関に全員集合ですか。

嫌だ。

嫌すぎる。

なのに、空気読まない、いえ、読めない尚子は

「戻ってきたの?!」

なんて言っている。

いや、確認しなくても見たままですよ。

本当に。嫌になってしまう。

「謝るなら許してあげる。諒にも取りなしてあげる。」

なんて言っているけど、その肝心の諒はシュンと項垂れていますよ。

気づいてあげて。

私の背後からの威圧感に負けていますよ。

いや、会った時の態度とか、後、持ち物からして、何となく自称”私の番様”の方が諒より階級が上なんだろうなって思ってたけど、やっぱりか。

って思った。

「ねぇ、諒!何で何も言わないの!」

尚子が諒の腕をグイグイ引っ張っている。

不思議そうな尚子。

ウチの両親も、訳がわからないって顔をしている。

このままでは埒が明かないから

「なんか、この人、私の番らしいです。」

と、報告した。

するしかなかった。

両親は狼狽していた。

妹も

「嘘つかないで!」

なんて叫んだ。

うん。

嘘なら良かったけどね。

違いました。

私も嘘だと思いたかった。

妹に引き続き、姉も番として選ばれるなんて、どんな確率だろうか。

普通に生きていれば、番に選ばれる事なんてほぼ無いのに。

姉妹でなんて天文学的確率だ。

有り得ない。

有り得ないのだが、今進行形で起きている。

半眼の私の横で、

「紫耀晃だ。」

なんて、名告っている。

まぁ。

両親が絶句している。

私も目を見張った。

ようやく名前聞いた。

いや、名告ったかもしれないけど、聞いてなかった。

実は、聞きたくなかった。

名前を今聞いて後悔した。


誰でも知っている有名人。

時々ニュースになったりする位の人だ。


妖の中でもトップの存在。

つまりこの世界のトップなのだ。

そんな彼が、名乗りを上げてからの、両親を糾弾し始めた。

詰る内容を纏めると、

両親が妹ばかり大事にして私を蔑ろにしている。

妹の番の言うままになっている。


当然両親は

”そんなつもりは無い。”

と、言っている。

私も、

”そんな事は無い。”

と、言う。

しかし、それは悪手だ。

怒りの燃料を投下してしまった。

しらを切るつもりなのかと。

調べたから知っていると。

その上で、諒の事も非難し始めた。

私は、

”別に気にしていないから。”

と、言う。

だが、聞き入れない。

更に燃料を投下してしまった。


”最上位の妖の番に。

手を出すなど有り得ない。

一族もろとも制裁を与える。”

なんて言っている。

既に燃料投下で幾分か学習した私は小声で

”そんな事しないで”

と、言ってみるが、全く効果は無かった。


私と食事して買い物してる間に、家の事を調べさせた。

証拠は挙がっている。

家族全員の事も。

と、堂々と言ってくるのだ。

非難の内容が自棄に具体的だったので薄々そんな気はしていた。

あの短時間で良くぞ調べた。

そして、驚きのプライバシー侵害である。

驚く私を余所に紫耀さんは、熱弁を振るっている。

私の事について。

語って語りきって、最後には私をこのままにしておけないと言った。


「さぁ、行こう。いや、違う。帰ろう私たちの家に。私の番。」

愛しい花嫁。

なんて言われて、手を差し伸べられた。

いや、ウチの玄関狭いから。

そんな風に手を差し出されても、ねぇ。

と、思ってマジマジと手を見つめてしまった。

うん。

綺麗な手だ。

男の人でも手のエステに行く人いるって情報番組で見たことあるけど、この人行っているな。

なんて場違いな感想しか沸いてこない。

心此所にあらずな私に何を勘違いしたのか紫耀さんは

「心配は要らない。」

なんて更に糖度がマシマシの声で言われた。

「遠慮は無用だ。もう我慢はさせない。何不自由ない生活を送らせてあげるよ。

こんな家は私の花嫁にふさわしくない。」


そう言われましても。


私は返す言葉無く黙り込んだ。


「どうした。」

「いや・・。何と言っていいのか。」

「あぁ、荷物がいるのか。全てこちらで用意するが、いるなら人をこちらに寄越そう。」

「いや、そういう訳では。」

言っても聞く耳もたない人に言ってもなぁ。

と、私は口を何度か開いて閉じてと言うことを繰り返してしまった。

何て言って良いのかわからないのだから仕方が無い。

「何か言いたいことがあれば言ってくれ。君の願いなら叶えよう。」

「・・・でも。」

「何があるんだ?言ってくれ。君の願いは叶えたい。」


何度もそう言われて私はようやく口を開く事ができた。

「本当に良いんですか?」

その言葉に紫耀さんは微笑み頷いた。

手はそのまま差し出している。

まるで彫像のような乱れない完璧ポーズ。

同じポーズを乱れなく出来るって、この人モデル研修でも受けているのでは無いかと思ってしまう。


「言いたいことがあれば、言って欲しい。番の願いを叶えるのが妖の喜びなのだ。」

うん。知ってた。

それ諒が何度も言ってたから知ってた。

でも、敢えてもう一度聞く。

「私の願いは何でも叶えて下さるのですか?」

「もちろんだ。」

きっぱりと言ってくれる。

ありがとう。

そう言うと思ってた。

「では、私の事は忘れて下さい。いや、忘れなくても良いです。そっとしておいていただけませんか?」

その場の全員が息をのんだ。

そして、

沈黙。

完全なる沈黙だ。

「・・・どういう意味だ。」

紫耀さんは、しばらく固まった後、口を開いた。

何か目を見開いている。

「そのままの意味です。」

私はハッキリ言った。

ようやく私のターンだ。

「私は、番関係を望んでいません。番と言われても、別に何も感じませんし、世間一般では妖の番になる事が喜ばしい事とされてますが、私は別にメリットと言うのを全く感じません。出来れば関わり合いになりたくない。もっと言うなら妖を嫌っています。ただ諒は別です。」

諒の表情が変わる。

尚子の表情も。

いや、別に取らないよ。

横恋慕なんてしませんよ。

「妹の番と言う意味で別格です。でも、それだけです。

妖の生態を目の当たりにさせてくれたと言う意味では感謝もしてますね。

何となく知ってはいたのですが、百聞は一見にしかずと言う言葉通り、本当に番を溺愛と言う名の元にお人形扱いするのを見てきましたから。

そういうの、私には無理です。」

きっぱりと言い切った。

紫耀さんも諒も口をアワアワと戦慄かせている。

凄いシンクロ率。

結構この二人気が合うんじゃ無いだろうか。

いやいや、このまま感心しているだけでは話が進まないので更にダメ押しすることにした。

「諒の行動を見ていて、これは諒だけの行動なのかと思い込もうと思っていたのですが、今日、紫耀さんがすることを見て確信しました。殆ど同じと言うか、全く同じですよね。」

「全く同じとは?」

紫耀さんは格下の諒と同じように思われた事が不満のようだ。

しかし、そんな事を説明しなくてはならないのか。

まぁ、仕方が無い。

「まず、そういう察して貰えない所が辛いです。」

グッと息を呑む音が聞こえた。

「溺愛と言う名の思いを押しつけてくる。自分のルールで話を進める。相手の意志を全く考慮頂けない。そういう所が苦手なのです。」

「そんな事は無い。私は初子の意志を尊重する。」

「う~ん。そう言いながら今までの行動は私の意志を散々無視しましたよね。人前で肩をむき出しにされる。自分がむき出しにしたのに、周囲に見るなと恫喝する。

どこのチンピラかと言う感じです。

更にかすり傷なのに夜間救急外来につれて行かれる。

あそこは、本当に緊急の人が行くところです。かすり傷の人が行く場所じゃありません。

幸い空いていたから良いですけど、凄い肩身が狭かったです。」

「そんな、あそこは私の経営している病院で。」

「経営者なら尚更、自重して欲しいと思います。そういうごり押しする人が苦手なんです。もっと言うと、閉店している店を強引に開けさせる。」

「そこも、私の経営している・・。」

チラリと視線をやる。

「途中で口を挟まれるなら、もうここでお話は終わりで、私は部屋に戻って休んで良いですか?送って下さってありがとうございました。そして、永遠にさようなら。」

「いや、最後まで話してくれ。」

「では、続けます。閉店準備している人に接客させる。あの人にも家庭があって予定があったかもしれないじゃないですか?気になって、おちおち買い物なんてしてられませんよ。その上、要らないと言っているのに服を買う。高級レストランに連れて行かれる。私は一連の行動で食欲なんて皆無ですよ。食べる気がおきないのに、食事につきあわされる。しかもフルコース。全く美味しくない。ようやく終わったと思ったら家に突撃訪問される。どれもこれも私には苦痛な出来事でした。おまけに自分の権力を笠に着て諒に圧力をかける。自分より弱いモノへの思いやり皆無ですよね。」

あっ。はっきり弱いと言ってしまった。

諒のプライドがずたぼろだ。

私は失言に気づいたが、ここで”しまった”と、言う顔をしたら余計傷つけるだろうから黙った。

「そんな。初子の為にしたんだ。」

また口を挟んだ。

でも、もう最後まで言い切ろう。

その方が良いだろう。

「はい、出た。二言目には番の為。そう言えば全て許されると思わないで下さい。」

「だが、俺は、俺たち妖と言うのはそういう生き物なんだ。」

「それは、そちらの言い分です。妖の生態など私には関係の無いこと。」

「だが、俺は、初子の為に。」

「私は望んでいなかったのです。紫耀さんが私に為にとしてくれようとすればするほど、私の気持ちは萎えるんです。」

「そんな事は無い。初子は今まで虐げられていたから、だから、大切にされることに慣れていないだけだ。」

「あ。それも、誤解です。」

「誤解?」

「えぇ、私虐げられてません。」

「しかし、君は、そいつに。そいつと妹に蔑ろにされて、休日には君だけ置いて出かけたりしていたと聞いている。」

紫耀さんの視線が諒に向かい、次に両親に向かう。

両親は困惑した表情を浮かべたが、諒は分かりやすくビクリと肩を揺らした。

縦社会って感じで大変だ。

「諒の事を言っているのなら、別に気にしてません。先ほど、諒を罰すると言いましたが、別に罰さなくて良いです。と、言うかしないで下さい。」

「初子は、この男が好きなのか?」

なんでそうなる?

と、思ったが、諒の表情があからさまに曇った。

上位、妖の番に横恋慕なんて妖の世界では有り得ないことだろう。

「いや、全然。」

諒が口を開きかける前に言い捨てた。

あらぬ疑いはかけられたくない。

「先ほども言った気がしますが、もう一度言います。諒の事は好きでも嫌いでも無い。妹の番というだけの認識です。いや、ちょっと面倒だなと思うので、嫌いな方になるでしょうね。」

「やはり、嫌いなのだな。そこまで初子を追い詰めるとは。」

又、勝手に怒りだす。

そういうところだ。

最後まで聞いて欲しい。

「でも嫌いだからと言って、すぐ罰すると言うのはおかしいですよね。

紫耀さんは、何の権利があって人を罰する事が出来るのですか?

あなたは刑務執行官か何かですか?違いますよね。あなたは実業家で、この国は法治国家のはずです。

あなたには人に罰を与える権利はないはずです。」

「しかし、妖の世界では番に手を出されたら報復されても文句は言えない。」

どやぁ。

と、妖の世界のルールを言われても、私は知らない。

関係ない。

「そもそも!私が彼を罰して欲しいと訴え出た訳でもないのに、自分一人の感情だけで、彼を罰すると決めてしまう感覚はちょっと受け入れられません。

はっきり言ってドン引きです。

今後も、私が嫌いな人が出てきたら、全部そうやって排除していかれるかと思うとおちおちバイトも就職も出来ません。」

紫耀さんの言葉に割り込んでやった。


「そんな!初子は働かなくても良いんだ。」

何か食い気味に言われる。

「そう。妖にとって番とはそういう存在ですよね。尚子と諒を見ているので知っています。妖の番は大事に大事に傅かれる。真綿にくるまれるように大事に大事にされる。でも、それを私は望んで居いないのです。

それで良い人は良いのでしょう。

妹のような人間は、誰かに依存しなければ生きていけない性質です。

諒はそれをやってくれる。

私にとって諒は面倒で、ちょっと嫌いですが、有り難い存在なのです。」

「「えっ。」」

諒も紫耀さんも口ポカンとしている。

訳分からない。

と、顔で語っている。

うん。

やっぱりこの二人気が合うんじゃ無いだろうか。

「私はずっと妹の面倒を見るつもりでした。それこそ一生かけて。ですが、諒という番の存在で、その必要性は無くなりました。お陰で気持ちは楽になりましたよ。一人で全部やらなくて良くなったからです。

だから、繰り返し言いますが、諒は私にとっては有り難い存在なのです。面倒ですけど。

私に変わって妹の世話をしてくれるのですからね。有り難い存在でしょう?」

私は一度言葉を切った。

そして、紫耀さんを見ながら、敢えてゆっくり言う

「そんな有り難い存在に、私はちょっかいをかけていたので、謝るのは私の方なんです。」

「どういうことだ。」

理解出来ないという顔をされる。

まぁ、そうでしょうね。

「諒の尚子への思いをより強くするために、程ほどに距離を取りつつ、妹の嫌がること・・・と、言っても世間一般の常識を教えて叱ることをしました。

諒の妖としての本能を刺激する効果と、妹に常識を教える一挙両得を狙った行動なんです。今回は加減を間違えて、手を出すまで怒らせてしまったのは私の落ち度でしたので、何とも思ってません。」

諒は私に利用されていたと聞いて複雑な顔をして口を開いた。

「なんで、そんな余計な事を。初子が・・いえ、初子さんが何もしなければ、番の家族に危害なんて加えるはずもないのに。」

初子と呼び捨てにしたら紫耀さんが睨みつけたので、諒はすぐ言い直したのでしょう。

全く、面倒な関係性だと改めて思います。

妖には全く関わりたくない。

そんな気持ちを新たにします。

「妖の愛が番のありのままを受け入れる物なら、私の、家族としての情愛は、妹が世間一般で生きていけるように常識を教えることなんです。諒は全く気にならないかもしれませんが、妹、尚子は我が儘な所があります。それを少しでも直していくのが私の尚子への”思い”なんです。尚子が生きにくくならないように。」

「そんなのは、必要ない。尚子は俺が守る。」

諒はきっぱりと言った。

「それは、諒が生きている間だけでしょう?あなたが、尚子よりも長生きする保証はありません。」

「そんな。俺は尚子を残したりはしない。」

「いえ、未来は何が起きるかわからない物。感情だけで宣言されても困ります。現に私の血縁の両親は似たような事を言っていましたが、あっさりあの世に行きました。」

その言葉に皆、黙り込む。

この隙に私はたたみ込むことにした。

「だから、”絶対死なない”みたいな世迷い言は嫌いです。でも、番の愛というのはそういうものだと言うのは知っています。そこは理解してはいます。そういう世迷い言を言うのは自由なので、否定はしませんが、私は受け入れられない。それだけです。受け入れられないのを無理に理解させようとされるのも嫌なので、本当にご勘弁下さいとしか言いようがありません。」

最初の方は諒に、後半は紫耀さんに視線を向けて言った。

「君が・・初子が、そこまで心を傷つけてしまったのは、今までの環境が悪かったからなんだ。私がその傷を慰めてあげよう。」

「いや、そういうのが嫌なんですって。」

即行切り捨てる。

何言ってもダメだ。

高位になればなるほど自分に自信があるから持論を変えない。

だから、私は全てをぶっちゃけることにした。

両親に視線を送る。

すると頷いてくれた。

「私の事調べたみたいですが、短時間だったので調べきれなかったんでしょうね。私は、そういうのが嫌で嫌でたまらない理由も。

仕方が無いので、全部お話しますが、私の血縁の両親は半妖と人間の夫婦でした。小さな私も朧気に覚えていますよ。それはそれは酷い夫婦生活だった。愛する番が一番過ぎて、囲い込む。買い物にも行かせない。仕事にも行かせない。働かなくて良いと言ってね。父が人間だったのですけどね、やること無い人形生活に耐えられないと嘆いていたの覚えています。父は私に愛情を注いでくれたのですが、母は実の子の私にも嫉妬したんですよ。それで虐めというか、まぁ、躾と言う名の虐待をした訳です。」

いたましいものを見るような視線を感じて私は肩を竦めた。

「このままではいけないと父親が私を連れて逃げようとして、その時友人だった、この家の・・井上の両親を頼ったのですけど、追いかけてきた母は、番が離れる原因が私にあると思って私を殺そうとしたんです。凄い勢いで、番の愛が!とか何とか叫んでいました。

貴方達が言っていたみたいな事を。

”何もしなくて良い。私の愛だけ感じていれば良い。他のことを考えるな。私以外見るな。何でも願いを叶えてやる。全部私がやってあげる。”

ってね。

父は何か言い返してました。

私を庇った父は怪我を負って亡くなり、母は自分を責めて、そしてこの家を恨んで自殺しました。

恐ろしい呪詛を吐いてましたね。

私は施設に行きました。名前を変えて。でも、井上の両親は責任を感じて私を引き取ってくれたと言うわけです。

ちゃんと正規の手続きを踏んで、私を大事にすると言う誓約書まで交わしてくれて。

本当に感謝しかありません。

母の呪詛付の私なんか、誰も怖がって寄ってきませんでしたからね。

そんな私ですけども、ちょっとした能力があるんですよ。

色んな呪詛や、穢れを払うことが出来るんです。

本の少しですけどね。

それで分かったんですけど、母は井上の両親にも呪詛を仕込んでいたんですよ。

子供が出来ない呪いをね。

父と仲が良い井上家を疎んでいたんでしょうね。

それで、自分が死んで呪詛がかけ続けられないから、子が出来たら、その子に呪いが発動するように仕組んだようなのです。

そんな強い物はかけられないから、子供が不幸になるように、ちょっと感情がコントロール出来ないような呪いみたいですね。

多分、母はずっと、感情がコントロール出来ないことを父に注意されていたので、それをそのまま井上家に渡したんでしょうね。恐らくですけど。

お陰で、すぐさま出来た子供・・尚子は自分の感情に素直で、素直すぎて皆が手を焼く程になってしまいました。

恐らく、理性と言うか、抑制が欠如しているのだと思います。

多分、貴方達二人は能力が強すぎて分からないでしょうね。

小さな小さなおまじない程度の呪い。

私は、尚子にかかっている、呪い・・を少しだけ抑えることが出来るのですよ。

これもどういう仕組みか分かりませんけどね。

井上の両親にも尚子の事や、私が穢れを本の少し払える事を話ましたけど、私が作り話していると思って取り合いませんでした。

井上の両親は私が過酷な目にあっているから、色々話を作って現実逃避していると思っていたみたいですよ。全く私を利用しようとかそういう気持ちの無い人達ですから。

それより、近所の人の方が、私を利用しまくってましたね。

揉め事に同席させると、案外すんなり収まるとか、ちょっとお祈りすると幸運が来るとか。子供の頃はペラペラ喋って、調子に乗って使ってましたからね。

大きくなったら、さすがに話さないように、っていうか能力が無くなったって言うようにしました。

それでも近所の人は私の事を特別な子だと思っているみたいですよ。

実際は特別所か、怨念の子ですけど。

まぁ、それはともかく、私は、自分の能力に気づいてから、井上の両親の恩に応える為、尚子への贖罪の為に生きていこうと、心に決めて生きてきたのです。

諒が現れてからは、お任せすることにしたので手を引く事にしましたが、万が一、諒に何かがあったら、私が尚子を引きうけるつもりです。

その為には私自身が自立しなくてはいけません。

私は、もうすぐ高校を卒業します。

ここを離れて大学に行って、いっぱい資格を取って将来に備えるつもりです。

だから、あなたの愛は受け入れられません。

私は、愛なんて見えなくて不確かな物に身を委ねられる程、おおらかな人間ではないのです。もっと言うなら、妖の番の盲目的愛が生理的に受け入れられないのです。言葉を選ばずに言って申し訳ありません。何でも言ってくれと言われましたので、あえて強い言葉を使いました。ちなみに、ハッキリ物を申すというのは存外エネルギーを使うので、本当は嫌なんですけど、ここまで送ってもらいましたし、食事をご馳走になったり、色々してもらった事に対する、私からの誠意です。それではさようなら。」

シーンとした中、私は靴を脱いで、家の中に入った。

誰も何も言わない。

私以外の人間の時が止まったかのように動かない。

衝撃すぎて動けないって奴だろうか。


私は、階段を上がり、自分の部屋に入った。

お行儀が悪いが、ベッドにダイブする。

疲れた。

本当に疲れた。

きっと、これで終わりでは無いだろう。

番の愛・・・思い込みの激しさはこんな物で引き下がってくれるはずはない。

そんな理性的な思いなら、私は実母に殺されそうにはなってないだろう。

未だに蘇る記憶の欠片。

鈍く光る刃物。

何処から出るのかわからないような奇声。

愛という呪詛を吐き出す朱く塗られた唇。

全てが恐怖でしかない。

そんなもの。

私は、一生、わからない。

なのに、最高位の妖が私に愛を捧げると言ってくる。

この恐怖。

きっと、誰も私をわかってくれないだろう。

妖に愛を捧げられるのが至上の喜びとされる風潮のこの世で、私にとっては細やかな日常が至上の喜びと言っても。

絶対、誰も理解してくれない。


妖の力が強ければ強いほど、情念は深い。

受け入れられない私は、もしかしたら食われてしまうかもしれない。

私と言う人間の意志も、未来も。

希望も、夢も、今までの努力も。

父もこんな気持ちだったのだろうか。


私はどうすべきなのだろうか。

記憶の中の父に問いかける。

だが、当然の如く、何も返答は返ってこない。


くるはずがない。

わかっているのに、私は問いかけることをやめられない。

きっと、これからも問い続けるだろう。

私はどうするべきなのか。

最終的に決めるのは私自身だとわかっているのに。



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