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異世界物

姫様また誘拐されたんですか

作者: コーチャー

 清々しい朝である。気温は寒すぎることもなく暑すぎることもなく目覚めは最適で、二度寝の誘惑とは無縁である。天気も素晴らしい快晴で窓の隙間から差し込む柔らかな日差しが瞼を適度に刺激する。私――レベッカ・カルディアスは寝台から降りると、この素晴らしい朝に感謝をしながらいつもの日課を始める。


「帝国姫騎士団団則! 

 くるしくてもあきらめない不屈の精神!

 つらいときこそ声を掛け合い騎士道精神!

 こころにいつも誇りを持て!

 ろうどうは日々の活力!

 せかいの平和は日々の心がけ!」


 団則を唱えると目は完全に冴えわたり、今日も一日元気に騎士として活動できそうな気がしてくる。私は満足した心持で寝間着から騎士装束に着替える。最後に少し伸びすぎてしまった金髪を後ろで結わえて姿見で自分の姿を確認する。


 寝ぐせなし。

 着衣の乱れなし。

 靴の汚れもなし。


 自分でも惚れ惚れするほどの女騎士姿である。私は満足して最後にカルディアス家に伝わる聖剣オークスレイヤーを腰に佩いた。これだけでのことであるが気がさらに引き締まる気持ちになる。よし、とひとり頷いて自室を後にする。食堂に向かっていると新人の騎士や従者が頭をさげてくる。それらに柔らかな笑みと気さくな雰囲気で接する。騎士団長なるもの威厳がなくてはならないと思うが、硬すぎてもいけない。三年前に歴代最年少の十七歳で騎士団長に任命されて以来、さまざまなことを考えてきたが今のありようが一番性に合っていると思う。


 食堂の扉を開けると同期の騎士が手を挙げた。


 姫騎士団第三小隊長――疾風のルーナ。小柄な体型でありながらその素早い身のこなしで団一の俊足と呼ばれている。貴族出身ではないが有能な騎士で、三年前の騎士団長選定では私と共に推薦されていた。


「おはよう。ルーナ」

「おはよう。レベッ……いや、騎士団長」


 周りに騎士が多いことから彼女はルーナは呼び直したが、普段はレベッカと私のことを呼んでいる。爽快な目覚めであった私に反してルーナはなにやら暗い顔をしている。


「夜更かしでもしていたの? ひどい顔してるわよ」

「そうかな? だとしたら先日、配属された新人のせいだ。ゴブリン退治は汚くて嫌だ。オーク退治は相手がデカすぎて嫌だと、文句ばかりで心底困っている。何ができるのかと聞くと私にふさわしいのは頭脳労働ですと言うんだから、どうして騎士団に入ったのか聞いてやりたかったよ」


 なるほど、その新人には心当たりがある。


 第三代皇帝のころに大森林地帯から湧き出したトレント大討伐の指揮を執った伝説的な軍師レオン・ハーケンの子孫だというレイチェル・ハーケンのことだろう。ハーケン家はその後に起こった魔王との戦いで勇者とそりが合わず、衰退していまでは見る影もない。それでも軍師の末裔という誇りがあるのかもしれない。


 頭脳労働と言っても私たち姫騎士団は帝国皇女直轄であり、大規模な作戦任務はないに等しい。そのため作戦部署は団長を頂点とした各小隊長との合議制になっている。軍師など置いたこともない。それが姫騎士団であり、レイチェルをこのまま実行部隊に入れておいても不和となるのなら会計部や兵站部に回さざるを得ない。


 そんなことを考えながらパンとスープを口に運んでいると件のレイチェルが羊皮紙を手に食堂に駆け込んできた。濃い赤毛を肩口で切りそろえた彼女はいかにも新米ですと言わんばかりの真新しい剣を揺らして私とルーナの前に滑り込むと「さぁーせん。団長宛にお手紙っす」と叫ぶと書簡を私に差し出した。


「誰から?」

「さぁ? あたしは会ったことない人でした。でも、団長にって言ってたんで、団長の知り合いだと思うっす」


 レイチェルはまともなことを言っているとばかりにうなずくが、私を含めて周囲の騎士たちは彼女の発言にげんなりした。

「……ほかになにか言ってなかった?」

「そうっすね。……ああ、姫様を預かったって言ってました」

「そう……? はぁ!?」


 あまりのことに口から奇声が出たが周りの騎士たちも驚きは同じだったらしく気にした様子の者はいなかった。それよりも書簡の中身が気になるのか皆の視線が私に向けられる。羊皮紙を拡げると意外にも面々とした小さな文字が書きつけられていた。


『全大陸オーク保護協会はオーク種に対する苛烈な討伐に対して種の保全と環境保護の観点から抗議を行ってきた。しかし、帝国は考えを改めず。いまも討伐を推し進めている。我々は硬直した思考から目覚めてもらうために帝国第三皇女アマーリア・デル・エルベルトを預かった。彼女の安否は我々ではなく君たちが有している。我々の要求は二つ。一つ、オーク討伐にかけている報奨金の停止。二つ、オークが自由に生きられる保護区設立のために金貨一千枚の提供。これらが満たされない場合、皇女がいかなることになるかは想像の通りである』


 決まり切った文言である。いろいろ言っているが結局のところ身代金を払えということだ。


 とはいえ、頭が痛い話である。私はため息と一緒に疑問をレイチェルに吐き出した。


「アマーリア様の誘拐はこれで何回目だ?」

「ええっと……昨年の暮れに超古代勇者認定協会に誘拐されて。その前は旧ノートリンデ公国復興戦線に帝国魔導学院の修学旅行で誘拐されてたっすね。あっでももっと前にモロス胡モッシー捜索隊にも船ごと襲われて誘拐されたと聞いてるっすから三回目」


 レイチェルは指をひとつづつ折っていき、私の前で指を二本だけ伸ばして微笑んだ。


「二年前の全国魔法製品販売事業組合が抜けている」


 私はレイチェルの薬指を優しく織り込んでやると、彼女は「団長、記憶力いいっすね! ぱねぇー」と小指だけを立てて笑った。


「姫様また誘拐されたんですか」


 私はアマーリアに対するウンザリとした気持とレイチェルに対するめんどくささを言葉に乗せて空に飛ばした。ルーナはそれが分かるのだろう。無言のまま頷いてくれた。


「ルーナ、アマーリア様の昨日の警護は?」

「昨日、アマーリア様は郊外のノルバリア離宮にご滞在でしたので近衛騎士団が同行しておりました」


 心の中で「よし」と拳を握る。皇族の誘拐が起これば警護の騎士団の責任は重大である。最悪の場合、騎士団長の首が物理的に飛んだり、団自体が消滅する可能性がある。これまでの四回では近衛騎士団長一名、姫騎士団長一名、金獅子騎士団長一名、海龍騎士団長一名の首がすげ変わっている。物理的に首が飛ばなかったのは姫が無事に保護できたためで、もし姫が死んだりすれば団長更迭というだけではすまないに違いない。


「手紙を持ってきた奴は?」

「さぁ? 団長の知り合いだと思ったんでそのまま帰したっす」


 本当に馬鹿である。普通、手紙を持ってきた相手がいれば返事を渡すために待たせておくものである。


「どんな奴だった?」

「どんなって言われても普通のおじさんっす。いい感じに腹が出ていて髪の毛もちょっと減ってて」


 レイチェルにはお留守番もできそうにないことに私は気づいて「分かった」とだけ伝えたが「お前に訊いても分からないのが」という頭の部分だけは飲み込んだ。


 直接に警護についていなかった私の元にも連絡がきたことを考えれば、主要な帝国組織には身代金の要求が送りつけられていると思っていい。犯行側からすれば、帝国のどの部署から金が払われても構わないのである。また、幅広い範囲に事件を伝えることで過激な奪還を押さえる意図もあるに違いない。


 失態を犯した部署は失敗を取り繕うために過激な手段に出やすいが、対岸の火事のような部署は穏健な意見をいうものだ。私だって自分たちが警護中に事が起こっていれば、片っ端から騎士団を差し向けて姫を探したに違いない。だが、火中でない身としては金銭で解決できるなら金銭でいいのではないかと思っている。


「一応は近衛騎士団に書簡の内容を伝える必要があるな。レイチェル。私の供をしろ。ゴブリン討伐より近衛騎士団に行くのは汚くない」


 そういうとレイチェルはどうして知ってるんだという瞳をこちらに向けた。

 私は答えを述べないまま席を立つと外行のマントを肩から羽織った。騎士団の紋章がデカデカと刺繍されているが保温性や防御力はないよりましな装備だが、どこの組織の人間か説明するのが省けるので他所へ行くには便利なものである。


 レイチェルは慌てて肩章付きの上着を取りに食堂を飛び出した。


「騎士団長。あれがお供でいいの?」


 ルーナがこちらをうかがうように尋ねる。その瞳からは「あんな面倒な奴を連れていくのか」という疑問がありありと見えていた。


「あれをどこかに襲撃させるよりは目の届く範囲に置いたほうがまし」

「ああ、なるほど。じゃー私たちは帝室関連にそれとなく探りを入れておくよ」


 ルーナはそういうと目端の利く騎士を数名選りすぐっていくつかの場所を伝えると彼女自身も飛び出していった。私はその後姿を見送ったが、レイチェルが戻ってこないのでもどかしい気持ちのまま食堂に留まった。それから数名の騎士が探索に出たルーナたちの業務の代行を申し出てきたので、それらに指示を出し終えたころレイチェルが現れた。


 戻ってきたレイチェルの剣は先ほどまでさげていた剣よりもさらに大きな大剣に変わっており、服装も式典礼装用に変わっていた。肩章だけでよいというのにどういうつもりなのだろう。着替えさせるには時間がかかるので「行くぞ」とだけ伝えて拠点を出た。





「ついさきほど金獅子騎士団と海龍騎士団が来ていたよ。まったく聞きたくない嫌味を言われたあとだが、君も同じ要件かなレベッカ・カルディアス?」

「嫌味を言う気はありませんよ。事実の確認をしたいだけです。姫様は誘拐されたのか? 犯人の捕捉はできているのか? その二点を確認できれば帰りますよ。近衛騎士団長モートン・ガブレア殿」

「それが嫌味だよ。私は直に騎士団長から更迭される」


 白髪交じりの八文字髭をなぜながらモートンは、ゆっくりと私とレイチェルの品定めをするような目で眺めた。二年前、全国魔法製品販売事業組合によって姫様を誘拐された責任で解任された前騎士団長に変わって就任したモートンは男爵の爵位と数々の戦役に参加した勇将でもある。帝室からの信任もあつい人物である。


「それは……残念なことです」


 モートンの答えは姫様が誘拐されたことを認めていた。


「姫騎士団はどうするつもりだ? 名前通り姫様の騎士として姫様を探すかね?」

「そこが難しいところです。私たちは一応、皇女直轄ですが、アマーリア様は第三皇女。第一皇女ルクレツァ様、第二皇女リーザ様からは探索の命令も何もないのです。ですので近衛側で情報が止まっているのか聞きに来たのです」

「ああ、そういうことか。わしがわが身欲しさに帝室への報告を伏せていると。残念ながらすでに報告はあげてある。だが、帝室は動かぬかもしれん。お前も知っているだろうが第三皇女アマーリア様の母君は市井の出だ。これまでは母君がおられたこともあり皇帝陛下も気にかけておられた。だが一年前に母君が亡くなられてからはそうではない」


 ましてや第一皇女ルクレツァ、第二皇女リーザは母親を同じくする姉妹である。異母妹のアマーリアをどのように考えているかは考えるまでもない。今回、姫騎士団に命令が入らないのはそのためだろう。


「近衛騎士団はどうされるんですか?」

「わしらは声明を出した全大陸オーク保護協会の本拠地がある帝国南部に全騎出動だ。金獅子と海龍の騎士団は帝都の警備と帝都内での姫様の捜索をすると伝えに来た」


 金獅子と海龍の騎士団長は一年前と二年前のアマーリア誘拐事件で騎士団長が更迭され、貴族ではなく実力のある叩き上げの騎士が団長となっている。二人とも有能な人間であるが、貴族出身者の多い姫騎士団への当たりは厳しい。貴族の女性ばかりで構成された騎士がいかほどの役に立つのかというのが彼らの主張である。爵位を持たない彼らの団長就任は実力があってのことと言われている以上、彼らが実力を第一とするのは分からないことはない。


「彼らが動くということなら私たち姫騎士団には出動はかかりそうにありませんね」

「お前さんには不服かもしれんが、騎士団の規模的にもそうなるだろう」


 帝都の本拠地を置く四つの騎士団――近衛騎士団、金獅子騎士団、海龍騎士団、姫騎士団。このなかで一番規模が大きいものが近衛騎士団であり、一番小さいのが姫騎士団である。帝都の警護を命じられても私たちにはそれを実行するような戦力はない。


「アマーリア様はその出自からかよく市井と交流し市民から人気がある。わしとしては何とか助けたいと思うが、わしらは帝都から出ていかねばならん。もしものときはお前さんだけが姫様の味方かもしれんことを心してほしい」


 そういうとモートンはおそらく最後となる出陣のために出ていった。


 近衛騎士たちの出陣を市民たちは好奇の目で見ていたが、その瞳の奥にはまた戦争が起こるのではないかという疑心暗鬼と自分たちの生活はどうなるのかという不安が見え隠れしていた。魔王との戦いにその後の人間同士の争い。いくつかの貴族も没落したが、最も影響があったのは市民たちだろう。


 彼らの多くはいまだに貧しい生活をしている。

 それゆえに出自の近いアマーリアに対して彼らは妙な期待をしているのだ。


 私は近衛騎士団を見送るとルーナからの報告を聞くために踵を返そうとした。そのときずっと黙ったまま首を傾げ続けていたレイチェルが口を開いた。


「なんでアマーリア様ばっかり誘拐されるんっすか?」

「それは私たちを含めてほかの騎士団にも隙があったからだ。レイチェル、今回のことは対岸の火事じゃないんだ。いつ私たちの持ち場で起こるかは分からない。普段から最悪の事態を想定することが大切なんだ」


 私の言葉など頭にほとんど入っていないのだろうレイチェルは「うっす。最悪のことを考えるっす」と言っていたが特に何かを考えているようには見えなかった。上司であるルーナは毎日レイチェルの相手をしているのかと思うと可哀そうだった。


 この件が片付いたら、レイチェルを別部署に異動させようと考えていると馬に乗ったうちの騎士が駆けてきた。


「団長! 急報です。ルーナ小隊長たちが姫様が囚われていると思われる廃教会に踏み込んだのですが、連絡が途絶えました。突入部隊以外の騎士たちで教会を囲んでいるので賊の逃亡はないと思われますが、姫様やルーナ小隊長たちの安否が分かりません」

「馬鹿な!? どうして私の命令を待たずに行動したんだ」

「ルーナ小隊長が姫様を救う好機だと申されて……」

「手柄を焦ったな」


 私は腹立ちまぎれに近衛騎士団のレンガ壁を蹴りつけると伝令に来た金獅子騎士団に応援を依頼するように伝えた。伝令の騎士は「金獅子ですか?」とひどく嫌そうな顔をしたが、ただでさえ人数が少ない姫騎士団だけで包囲を続けられるはずもない。


「急げ。私も教会へ向かう」


 私たちは急いで教会に向かったがその道中でもずっとレイチェルは「なんでアマーリア様ばっかりなんっすかねぇ」と呟いていた。何度も訊ねられるのが面倒になって私が「アマーリア様が他の皇女よりも市民に人気があるからだろ」と適当に言った。


 レイチェルはそれで納得したのか。


「なるほど、アマーリア様は人気あるっすもんね」


 と納得した。レイチェルが静かになったころようやく私たちは目的の教会にたどり着いた。教会の壁を囲むように完全武装した姫騎士団の団員たちが立っていた。私は残っている小隊長たちを見つけると「状況は?」と叫んだ。


「団長。ルーナたち突入部隊からの連絡は依然ありません。戦闘音も聞こえないのでやられたか捕まったか……」


 歯切れの悪い彼女たちに私は告げた。


「交渉のために私とレイチェルで内部に入る。お前たちは金獅子の連中が来たら迷わずに突入しろ」

「それでは団長たちは」

「運が良ければ助かる。それよりも姫様だ。少なくとも無事かどうかだけでも知りたい」


 交渉にレイチェルを加えたのは私と同じで彼女も実践的な装備でなかったからだ。なによりも儀礼服の彼女と団長章のついたマントを着た私ならよく目立つだろう。それに敵が注目してくれればルーナたち突入部隊への警戒が緩むかもしれない。


 生き残りがいるかは分からないが、一人でも脱出できれば有益な情報が入るかもしれない。

 私は白い布をかかげながら傾きかけた教会の扉を開けた。埃臭いにおいに混じって血の匂いがする。しばらくじりじりと進むと「止まれ」と男の声がした。


「交渉のために来た。私は姫騎士団団長レベッカ・カルディアス。後ろにいるのは部下のレイチェルだ」

「いまさら交渉か? 騎士を差し向けておいてよく言う」


 男は顔を布で覆っており表情や顔を判断することはできない。


「騎士たちは功績をあせったのだ。私はあなたたちと交渉をする用意がある。まず姫様や騎士は無事なのか?」

「……お姫様は無事だ。大切な交渉の種だからな。だが、騎士たちは返り討ちにさせてもらった」


 男は人差し指を伸ばして祭壇のわきをさした。そこには騎士の数名が積み重なるように血まみれで倒れていた。指先一つ動かない彼女たちを見て私はその死を確信した。倒れている騎士のなかにルーナがいないかと探したが、積み重ねられているせいで下の方の騎士が誰なのかは判断ができなかった。


「オークへの懸賞金解除は姫騎士団だけではできないが、金貨のほうはこちらで用意できる。それで姫様を解放してくれないか?」

「君たちは何も分かっていない。オークが個体を減らすことでほかの魔物が増えすぎたり生態系が破壊されることがどれほど危険なことか。それが分からないようでは我々も強硬手段に出るしかない」


 男が無言で顎を振ると手下と思われる男が一人の女性に剣を突き付けたまま祭壇の上に立った。女性はひどく怯えた様子でこちらに気づくと震える声で私の名を呼んだ。


「レベッカ。よく来てくれました。彼らは本気です。彼らの言うとおりにしてください」

「姫様! 必ずお救い致します。分かった。お前たちの要求を認める。だから姫様を解放してほしい」


 私が全面的に要求をのむことを伝えると男は手下がアマーリアに押し当てていた剣をおろさせた。


「なら早く金と報奨金解除の命令を帝国全土に伝えろ」

「分かった。レイチェル。騎士団の金庫から金の用意するように小隊長たちに伝えてくれ。オークの報奨金に関してはまず姫騎士団から各地にかけているものを取り下げるようにするんだ」


 私が命令するとレイチェルが「了解っす」と言って教会の入り口に向き直りかけたが、心残りがあるのか振り返った。


「あの、どうしてアマーリア様を誘拐したんっすか?」


 レイチェルの質問に男は面食らったように彼女のほうを見た。


「何が言いたい? 姫様が死んでもいいのか?」

「いや、殺されるのはマジ不味いっす。でも、なんでアマーリア様ばっかり誘拐されるのか気になって」

「はっ、馬鹿なのかお前は。俺たちはオークの個体数維持と生態系維持のためにだな」

「違うっす。知りたいのはアマーリア様をどうして狙ったかってことっす。オークの話は置いといてほしいんっすよ」


 レイチェルは両手で荷物を横にどけるような動きをした。むろん彼女の手にはどのような荷物もない。


「……俺たちが姫様を殺さないって思ってくだらないこと言ってるのか。おい」


 男が言うと部下らしい男が再びアマーリアの首筋に剣を突き付ける。アマーリアの肌と刃の間は薄紙一枚ほどしかない。


「レイチェル。やめろ。姫様のお命が最優先だ」

「でも、気になるっすよ。アマーリア様ばっかり誘拐されるなんて」


 レイチェルはなおも渋い顔をした。刃を突き付けられたアマーリアは「レベッカ! お願いだから部下を止めて。この方たちは本気で私を殺すつもりです」と部下を止めるように私に訴えた。


「……くっ、ころせ」

「なにを言っているのですか? レベッカ?」

「姫様は誇り高いお方です。賊の要求を呑むくらいなら死を選ばれるはずです。だから、殺せばいいでしょ!」


 私がアマーリアを殺すように言うと男たちはひどく困惑した。


「な、何を言ってるんだ。お前ら姫騎士団は皇女さまに忠誠を誓った身だろ。それが何を言ってるんだ」

「……考えてみたらうちの団員が突入に失敗した時点で私って騎士団長をクビになる身なんですよね。いまさら姫様を守るために金を払ったり要求を呑むのって馬鹿らしくないですか?」


 私はどんよりと暗い目で男とアマーリアを見つめる。レイチェルは「えっ、マジっすか。ぱねぇー」と叫んでいる。


「おい、本当に殺すぞ」


 アマーリアに向けられた剣が揺れる。


「だから、殺せって言ってるじゃないですか。そのあとはもう殺戮宴会ですよ。私の聖剣オークスレイヤーが折れるかお前たち賊が折れるまで地獄の始まりです」


 私は聖剣オークスレイヤーを抜き放って一歩前に進む。男たちはアマーリアに剣を向けたままじりじりと後ろに下がる。私はさら一歩二歩と距離を詰める。剣戟が届く距離まで近づいて私は一気に剣を振り上げた。


「やめなさい! レベッカ。私の負けです!」


 振り下ろしていた剣を止める。剣は男の肩口の寸前で止まった。


「アマーリア様がこの誘拐の主犯ということでよろしいですか?」

「そうね。認めるわ」


 アマーリアが両手をあげると男たちは持っていた剣をおろした。男たちが顔を覆っていた布を外すと幾人かの顔には見覚えがあった。近衛騎士団の若手だ。

「えぇ、これはどういうことっすか?」


 レイチェルが私とアマーリア様、近衛騎士をきょろきょろと見比べる。あれだけなんでなんで言っていた割には彼女は何も分かっていなかった。


「これまでも含めて誘拐はすべてアマーリア様の自作自演だってこと。どうして、このようなことをなされたのですか?」

「レベッカ。私の生まれのことは知っているわね」

「はい、存じております」

「私は……。母から市井の人々がどれほどつらい生活をしているのか聞いていました。皇族として許される範囲で人々と交流を持ち、彼らのために施しも行ってきました。ですが、魔王討伐とその後の相次ぐ戦役によって苦しい人々を救うには足りませんでした。そこで考えたのです。私が誘拐されたことにして身代金を手に入れようと」


 確かに帝国は繰り返される戦役に疲弊している。貴族などは余力があるが市民の多くはその日を暮らすことに必死である。それらの人々を救うために必要な金を工面するためにアマーリアが誘拐を自演した。彼女に従っている騎士たちはおそらくアマーリアの思想に共感した者たちなのだろう。


「尊いお考えは理解しました。ですが、それはあまりにも短慮というべきです」

「しかし、レベッカ。民たちを救うにはこの方法しかないのです。所詮、私は第三皇女。帝室内での発言力もわずかしかない。義姉様たちは民の苦しみを分かってもくれません。多くの民を救うための悪事として目をつぶってくれませんか?」


 アマーリアは腰を折って私に首を垂れる。その姿は健気で高貴にあふれていた。周囲にいた騎士たちも「我々は姫様のとうといお考えに共感して、行動を起こしました」とか「皇女に忠誠を誓った姫騎士団ならどうか分かってもらえませんか」など好き勝手な言葉をこちらに向けた。


「レイチェル。お前はどう思う?」

「え、あたしっすか? そーっすねぇ。いいんじゃないですか。民たちのためっていうなら良いことだと思うっす」

「……分かった。今の話は聞かなかったことにいたします。あと騎士団の城館に戻って身代金の準備をしてきます。それではアマーリア様、失礼いたします。いくぞ、レイチェル」

「あ、はいっす!」


 私が教会の出入り口に向かうと後ろからレイチェルがついてくる。扉の前で私は立ち止まるともう一度、中に向かって声をかけた。


「ルーナ。あなたも姫様と同じ考えなの?」


 しばらくの沈黙のあとルーナが音もなく教会の奥から顔を出した。


「気づいていたの?」

「途中からね。いくらうちが統制の弱い騎士団だからと言って勝手に突入するというのはやりすぎだわ」

「仕方なかったの。姫騎士団の失態がなければあなたは身代金を用意しないと思ったから……」


 ルーナは私を見なかった。伏した眼は私と床の間に向けられていた。


「そう。じゃーね。またどこかで」


 私は片手を振ると教会をあとにして、周囲を囲んでいた騎士たちに身代金を用意するために城館に戻ると告げて馬を借りた。レイチェルは「団長も民思いっす」としみじみ言っていた。城館にたどり着いた私はレイチェルに馬車の用意をさせて金銭や財宝をどんどんと馬車に詰め込んだ。


「団長。なんか身代金多くないっすか?」

「レイチェル。あなた、本当に馬鹿なのね。早く逃げるわよ。あと少しでこの国は上に下にひっくり返るんだから」

「えっ? どういうことすっか?」

「アマーリア様が本当に民のためにお金を集めていると思ってるの? そんなわけないじゃない。あの人は聞こえのいいことを言って帝位を奪うつもりなの。身代金はそのための軍資金。これまでの狂言誘拐で帝都を守る騎士団のいくつかの団長は貴族ではなく実力のある下層出身者になっている。金獅子と海龍は完全にそう。そして、残っていた近衛は今回の事件を利用して帝都外に送り出した。姫騎士団は最弱の力しかない。こうなればもうわかるでしょ?」


 アマーリアが繰り返し誘拐を装ったのは身代金を手に入れるためもあるだろうが、本当の目的は帝都を守る四つの騎士団の団長を自分の都合の良い人間にすることだ。金獅子と海龍は見事にそうなった。彼女の掲げる民救済の言葉に彼らは疑いすらしないだろう。


 事実、姫騎士団も三年前の団長決めでは貴族出身の私と市民層のルーナが候補となっていた。おそらく、アマーリアはルーナが団長になることを望んでいたに違いない。そして、今回の事件である。貴族出身の近衛騎士団長モートンと姫騎士団長の私が狙いすましたように巻き込まれた。


「えっ、じゃーどうするんっすか?」

「逃げるのよ。おそらく今頃、金獅子騎士団と海龍騎士団が教会を襲って姫様以外を殺してそのまま宮殿を制圧するわ。あの民たちを救うと本気で信じていた騎士は不要とばかりに切り捨てられて、帝国の首は女帝アマーリアにすげ変わるのよ」


 青い理想を持った者ほど利用しやすく、捨てやすい。


 そうでなければ、ルーナ以外の姫騎士が殺されていた理由がない。彼女たちは訳が分からないままに突入させられて殺された。なぜか。貴族出身だからだ。ルーナはどうなるだろうか。切り捨てられる側か切り捨てる側か。


 もう、どうでもいいことだ。


 私は思考を強引にやめると馬車の御者台に登った。幸いにもまだ大きな動きはない。だが、騎士たちが慌ただしく教会のほうへ向かっているのが見えた。私はそれらから背を向けるように馬車を走らせる。


「団長。これからどうするんっすか?」

「さぁ、どうしようかしらお金はあるから帝国の敵にでもなろうかしら」

「まじっすか!?」


 馬車は奔る。暗闇へ。より深い暗闇へ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返しです♪(〃∇〃)面白いです!! くっころか?いやいや深い深い、 ミステリー、ある歴史の始まり、分岐点、 隊長様の賢さの逃げ勝ち!♪ (先へもっと先へ!(*^^)v(^O^)/)
[良い点] ∀・)設定がすごくしっかりしていて硬派な雰囲気を漂わせているのですが、とっても読みやすくて親しみやすい。この感触が不思議と印象に残りました。あらすじもそんな感じなんですよね。 [気になる点…
[一言] 姫様、、、いい人だと思ってたのに
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