男は勘違いする生き物なんだよ
羊の背の上で揺られながらエルデは景色がだんだん変わっていくのをぼんやり眺めている。
昨日頭の中で蘇った言葉を何度も何度も考えた
そして、過去のことは一切思い出せないのに
自分の持つ知識は簡単に思い出せることに気がついた。
今までは、育った環境の関係で体に染み付いた物だと思っていたけど
魔法の使い方、武器の扱いに体術、戦術まで、子供の持つ知識量でないことは明らかだった。
力を封じて記憶もなくして
僕は何をしてるんだろう……
いつになく静かな子供が心配になってオリヴィアはエルデの顔を見る。
顔色自体は悪くない、おでこに触って確かめるが異常はなさそうだ。
「どうした?考え事?」
エルデは思考の波から引き戻され、後ろめたさを誤魔化すために周囲の岩場に目をやる。
「‥だ、大丈夫‥えと‥この辺りは随分急な岩場が多いね」
「ああ、ここは竜の背と言われる巨大な岩壁が連なる地帯なんだ。希少な植物が自生していると言われてる」
「竜の背‥」
確かに連なる岩山はゴツゴツとしていて、角のようなものが連なった自分の背と似てるとエルデは思った。
ふと近くの岩場に咲く花が目に入って手を伸ばす。
「岩場にも花が咲くんだね」
エルデが手を伸ばした先、菫色の鶏冠のような形の花が目に入り慌てて彼の体を抱き寄せて止める。
「ああ、‥まって!!!ダメ!」
オリヴィアの慌てた様子に驚いて触れそうに近くなった顔を振り返る。
「え‥?」
「トリカブト‥ええっとこっちの言葉でなんだったか‥とにかく毒があるから絶対に触らないように」
「わ、わかった」
「薬にもなる植物だけど‥、毒性が強すぎるから」
花粉や蜜にも毒の成分を有するその花は前世の世界では比較的有名な有毒植物だった。
「触らなくてよかった‥」と安堵したオリヴィアの鼓動の速さが彼女の焦りをエルデに伝える。
その様子に罪悪感がふつふつと湧いて、エルデは彼女を落ち着かせるように額にキスをして抱き締めた。
(ごめんねオリヴィア)
僕は多分あなたが思うような
か弱い子供じゃない。
でも
無条件に愛されて
大切にされて
暖かさを知って
まだ、この関係を壊したくないと思ってしまった。
「心配させてごめんね」
かわりにどんなことをしてでもあなたを守ると誓うから
もう少しだけ、このままで……
✳︎
小さいけれど活気のあるクゥロという村に到着して
商店でミルクとパンを購入する。
その店でおすすめの宿屋を聞いて評判の良さそうなところでホテルを借りることにした。
チェックインが済み、隣の受付のホテルマンと目があったオリヴィアは曖昧に微笑むと相手は頬を赤らめて顔をふいとそらした。
「?」
「ヴィー‥男の人と目があったら笑いかけたりしちゃダメだよ」
「なんで?」
「なんでって‥男は勘違いする生き物だから」
「は?‥」
1人での生活が長かったせいか、オリヴィアは男がどんなものかわかっていない節がある。
イヴァンと会った時も距離が近いと思っていたら別れ際にキスなんてされてるし‥
そこまで考えてイラッとその時の怒りが蘇ってしまい首を振る。
(…まぁ、僕が気を付けてあげればいいだけか)
そう考え直して「なんでもないよ」と言葉を濁した。
ホテルの部屋に入るとテーブルに酒瓶とグラスが置いてあった。
ウェルカムドリンクだろうか、通常の瓶の半分ほどのお試しサイズといった感じだ。葡萄が描かれたラベルが貼られている。
「ワインだね美味しそう」
「僕先にお風呂入ってくるから飲んでなよ」
「うん」
オリヴィアは寝る前にエルデに飲ませるハーブティーを入れる準備をして席に着く。
お酒は前世で飲んだきりだから飲んでみたいと、コクリと一口含む。
風呂から上がったエルデは髪を拭きながら脱衣所から出る。
部屋に戻りオリヴィアが見当たらないので不審に思い「あれ、ヴィー?」と声をかけて部屋を見渡すと彼女は椅子に頭を伏せてしがみついていた。
「どうしたの!?」
「‥し、痺れて動けな‥」
毒かもしれないと考えて、一瞬息が止まりそうになった。
息をするのがつらそうだ。
ワインに毒が仕込まれていたのか…
(くそっ、なんで毒見をしなかったんだ)
自分だったらどんな毒にあたったとしてもオリヴィアの方が適切な対処をしてくれただろう…
毒や薬の知識が足りない自分よりよっぽどマシな事態だったはずだ。
そんな自分を責める気持ちでいっぱいになりそうな思考を押さえつけ、震えそうになる手を叱咤して、しっかりしろと自分に言い聞かせる。
狼狽えるエルデを安心させるようにオリヴィアは苦しいながらも口角を上げて「‥麻痺毒だと、思う。だい、じょぶ」と伝える。
「う、うん」
(今は僕しかいないんだ。落ち着け。)
エルデは急いで荷物を持ち、テーブルのワインを鞄にしまってオリヴィアを担ぎ上げる。
体が自由にならない彼女はその行動に驚いて「わっ…」と声を上げた。
大して重くはないが体のサイズが大きいため地面にぶつけない様に横抱きにして縛ったバスタオルをお互いに被せて上半身を固定する。
「絶対離さないから安心して、声、我慢してね」
幸いこの宿にはバルコニーが設置されているため、そこから気配を探り外へ飛び降りる。
「ひ‥っっーー!!!」
なるべく衝撃の少ない様に着地した。
近くに人の気配はない。
外に犯人がいないのであれば宿の人間の仕業かもしれない。
宿から離れ、木々がちょうど目隠しになりそうな茂みに入って周囲を窺うと何者かの気配がする。
「おろすね」
タオルを解いて地面にオリヴィアを下ろして、鞄から弓と魔石を取り出した。
「エル…?」
「休んでて」
魔石で矢を作って弓を引く、相手の気配付近に近づくとエルデの小さな体から一気に殺気が噴き出した。
「薬を盛ったのは貴方ですか?」
暗い地を這うかのような殺気の中で、感情の感じ取れない声が不自然でヒヤリとしたものがオリヴィアの背を伝う。
封じられた魔力が漏れ出しそうな殺気にエルデの首輪がミシリと軋んだ。
「あはは!そんなことしないよ、何もしないから弓おろして」
白い衣装を下に着込んだ黒い外套を羽織った白髪の男がスゥーっと姿を表す。
この笑い方に白い髪に覚えがあった。
途端先ほどまでの緊迫感が嘘のように殺気が離散した。
「あれ?ヴィーの師匠?」
「おや、わかるかい?」
なんとなくと答えるとオーギュストはオリヴィアに近づく。
「んー‥みたところ重症になることはないと思うけど」
「これに毒が入っていたみたい」
毒を仕込まれた酒瓶をオーギュストに渡すと、中身を魔法で取り出し解析してくれた。
「ふむ、貝毒だな‥時間で回復するから呼吸困難にならない様にだけ気をつければ大丈夫‥」
「よかった‥」
「ひどい目にあったね」
「ふっ‥う」
オーギュストはよしよしとオリヴィアの頭を撫でて眠らせる。この人がいれば少なくとも彼女に危険が及ぶことはないだろう。
であれば、自分は毒を仕込んだ犯人を特定しに宿へ戻ろうと腰を浮かせた。
「僕いってくるね」
「あ、ちょっと待って」
エルデを引き留めて、オーギュストは懐から何かしら出したかと思うと、ツノがあるトカゲに羽が生えたような生き物が勢いよく飛び出てきた。
その生き物は「わー!フェ‥!」と喋ろうとした瞬間師匠に口を抑えられる。
「こら、この子はエルデ、記憶がないんだから…」
「う、うむ!そうだった」
「キミのペットがね、会わせろってうるさくて‥魔力体(魔力で作った分身)を作ったらうまくできたから連れてきたんだ。そこそこ強いから連れて行ってあげて」
「ペットじゃないわい!まったく‥ぅえ、えるでじゃったな、ずいぶん回復したようで安心したぞ」
「僕の知り合いなの?」
「そうじゃ!戦友というやつじゃな!」
「名前は?」
「ラグゥーじゃ」
「よろしくねラグゥー、早速だけど手伝ってくれる?」
「もちろんじゃ」
「ありがとう。師匠さん、しばらくオリヴィアをお願いします。」
「まかせて」
宿に向かったエルデはラグゥーを外で待機させて、受付に駆け込むふりをする。
受付のスタッフは1人、犯人に声が届くようにとなるべく大きな声で騒ぎ立てる。
「お姉ちゃんが急に具合が悪くなっちゃったんです‥!」
「それは大変だ!すぐに医者に連れて行きましょう」
どうやら近くにいるスタッフは他にいないようだ。
声をかけたホテルマンはオリヴィアたちの部屋に駆け込み、辺りを見回して誰もいないことに気がつく。
「お連れ様はどこへ?」
キョロキョロと部屋を見回す男に苛立ちを感じるが、今は怒りをぶつける時じゃないと、ぐっと我慢する。
「おにいさん、なんで僕らがこの部屋に泊まってるってわかったの?」
「え?」
「受付の時にいたわけでもないし僕はあなたに名乗ってもいないよね」
「‥」
「目的と仲間の所在を教えれば、命の補償はしてあげるよ?」
「ガキが調子にの‥ガッ」
相手が反抗的な態度と見るや、エルデは男の顔前に瞬時に移動し首に足を巻き付け締め上げると地面に勢いよく引き倒す。
仰向けに倒した男の首を上から押さえつけて腕を足で踏んで動けないようにさせ、腰から取り出したナイフを頭のすぐ横にドスッと突き立てた。
「っ!ヒッ‥」
「このナイフ、加護付だから人の頭蓋くらい簡単に真っ二つにできるんだけど……試してみようか?」
「やめっ‥」
「心配しないで?一気にやったりしないよ
ゆーっくり、刃を入れてあげるから」
試しに耳から少しずつ刃を入れるそぶりをするとあっさりと仲間の有無と雇われた人物の特徴を吐いた。
雇われたのはこいつだけ、依頼者の顔も名前もわからない、医者を装った依頼者に引き渡す予定。
概ね予想通りだ。
その依頼者も雇われただけの人物の可能性は高いが。
「小遣い稼ぎにちょうどいいと思ったんだろうけど、残念だったね」
雇われたホテルマンの男にオリヴィアに見立た布団を横抱きにさせ両手の指を拘束して、手綱のようにテグスで繋ぎ外のラグゥーと落ち合う。
「ラグゥーお待たせ」
「うむ、外は異常ないぞ」
「わかった、これからこの人の雇主の所に行く」
住宅街と思われる場所を通り、小さな二階建てほどの建物の前についた。建物の前には塀から中を伺うが一見普通の民家のように見える。
案内させた男を先に進ませ建物に踏み入った。
塀の中に入った途端魔法陣が発動するのが見えて咄嗟に後ろへ飛びすさり、塀の影に隠れる。
(魔術師か‥)
魔石は日常魔法用含めて5つ。
ラグゥーがどんな種類の魔術を行使できるかもわからない。
相手が魔術師となるとこれでは心許ないな、と心の内で舌打ちをする。
すると塀の向こうに外套と着てフードを被った魔術師風の人物が現れた。
「あれー?ターゲットいないじゃん、どういうことよー?」
「失敗しました‥」
「はぁー?失敗した挙句連れをここに案内してきちゃったわけ?つっかえないなー」
(どうする‥今のうちに魔術範囲から離れないと‥)
攻撃なら避ければいい、行動を制限されるような結界でも張られたら太刀打ちできなくなる。
「あーあー、でもここに来た奴もターゲットの仲間なんだし囮にすればいいかっ♪」
そう言って手を正面にかざして建物の塀の影になっている。エルデがいる場所に魔力を飛ばした。
しかし、魔力を飛ばした先には誰もおらず、建物の塀が崩れただけだった。
「……ちょっとぉ、いないんだけど」
(あいつの狙いはオリヴィアだ、捕捉できる今叩いておきたいけど、追われてる師匠さんを連れてくるわけにはいかないし‥)
力を制限している首輪が忌々しい。建物の屋根伝いに移動しながら魔術師の補足範囲外まで離れる。
(ともかく、今は引くしかないか…)
ある程度距離を取ったところでラグゥーがエルデの服を引っ張ったので、建物の影に隠れて足を止める。
「なぜ逃げる?」
「え?僕、今魔力ないから」
「ああ、おぬし魔力を封じられてるんじゃったな…
まったく伝説級の水竜を使役しておるのに情けない!」
「そんなこと言われても‥伝説級の水竜って…?」
「本来ならそんなガラクタで押さえておけるはずは‥!
……まぁいい詮ないことよ、これを使え」
ラグゥーは口をクワッと開け魔力を溜めた小さな球をエルデに放る。
「わっ」
その玉はパシャンと水のようにエルデで当たって弾けると体内にスゥーと吸い込まれ吸収された。
すると今まで感じることがなかった魔力を体の中にじんわりと感じるようになる。
「魔力を与えたりできるの?すごいね」
「えっへん、使役契約で繋がっているからなんのことはない、術の使い方くらいは覚えてるじゃろうな」
「大丈夫、これなら戦える」
試しに術式を組めるか確かめて拳をぎゅっと握る。
「よし、戻ろう」