見た目は子供
今回は少し長めに書いています。
※R指定するほどじゃありませんが少しだけセクシーな表現がありますのでご注意下さい。
これからレーアン領外へ出るため、一座を乗せた荷羊車は三台連なって街の関所を通過する列に並んだ。
通常は街から出る分には自由に出られるのだが、今は関所に手が回されているらしく1組ずつ細かなチェックを受けなければならなくなっているため時間がかかる。
先ほどからエルデが不機嫌そうに頬を膨らませているのでオリヴィアは声をかけた。
「エルデ?どうした?」
「ヴィー‥‥なんでもない」
「んー?可愛い顔がむくれてるぞ?」
ヴィーと言うのはイヴァンが決めてくれた仮の名前だ。
エルデの名前はおそらく師匠が決めた偽名だろうと言うことでそのまま。
私の方は自分の名前を元にしているので愛称みたいな感覚で特に違和感はない。
エルデの様子が心配になって声をかけたのだが、なんでもないというもののクシャッとしたつぶれた饅頭みたいな顔でいるので不機嫌を隠せていない。
「あはは、坊主はまだまだ姉ちゃんに甘えたい年頃なんだなぁ」
「!ちがっ」
御者席から羊の手綱を握る座長に揶揄われ、その会話を聞いていた一座の女の子がキャハハっ「かーわいーいー」と楽しそうにコロコロ囃し立てた。
南国に住む鳥のようなカラフルな髪色をした10代半ばくらいのその少女は、エルデを茶化しながらも小さな四角いボールをいくつも魔法で浮かし器用にジャグリングしている。
「あんた、ヘンテコな色彩してんね」
「色彩?」
「クロエは目がいいんです」と少女の隣にひっそりと佇んでいる男の子が彼女の言葉の意味を教えてくれる。
彼はクロエと同じ歳の頃だと思われるが、派手な少女とは対照的に長い黒髪を直線的に切り揃え口元を皮のような固い布で覆っている。
ボソボソとした喋りで何を言っているのか聞き取れないはずなのに不思議と内容がはっきり伝わってくるのは何か能力を使用しているのだろうか。
「あたし魔力を色で見分けられるんだ」
「へぇ、どんな色に見えるの?」
「うーーん、青っぽいんだけど、なんか見えづらくて」
(魔力封じられてるからかな)
「そっちのおねーさんはわかりやすいのにっ」
オリヴィアは急に話を振られて「え?」とクロエの瞳を見返す。
「ハーフエルフでしょ?森の精霊に好かれそうな色してるー」
確かにレーアンでは精霊に植物の在処や種類を聞いたり色々とお世話になった。
「ハーフエルフ‥」と黒髪の少年は呟く。
「すごいな」
見た目はほとんど人間に近いから師匠以外にオリヴィアがハーフエルフだと知る者はいないし気づくものもいない。
知られたところで問題はないように思えるが、エルフ族は他種族とは距離を置く閉鎖的な性質を持つため存在自体が珍しく、商品価値も高いため人買いに目をつけられる危険を考えると明かさないほうが無難だろう。
「あ、あの…エルフ族の集落がある場所を知りませんか?」
黒髪の少年が真剣な様子でオリヴィアを見ている。
「生まれてすぐ捨てられたからエルフ族の記憶は何にもないんだ」
「そう、ですか‥」
しょんぼりと項垂れる少年の頭にクロエがジャグリングをしていたキューブをのせてピラミッドを作っている。慰めているつもりらしい。
「こいつフィズって言うんだけど、ずっと双子の姉ちゃんを探してるんだよね」
「僕は、マーメイド族で3年前に人買いに攫われて奴隷にされそうになっていたところをエルフ族に助けてもらったのですが、その時の混乱で姉と逸れてしまって‥」
マーメイド族はその名の通り水中でも生きられる希少な種族で見目の良さと、特殊な生態から観賞用としてエルフよりも更に高額な値段で売買される。
「おい、そろそろ静かにしとけよー」
座長が御者席から声をかけてくれた。もうすぐ関所のチェックが入るのだろう。
オリヴィアはフィズに小声で話す。
「お姉さんの名前は?」
「リッキー」
「わかった。もし、旅の途中で何かわかることがあったら連絡するから」
「ありがとう」
関所のチェックを無事に終え、つつがなく関所を抜けることができた。
そのまま人目につかない場所まで移動した所で彼らと別れることにした。
お世話になった座長と一座のメンバーに、挨拶をする。
「ありがとうございました」
「いいってことよ!こっから先は平原がしばらく続くが人里まで距離があるから気をつけろよ、俺らは王都経由でルベラークに向かうから、なにか助けが必要だったらそこへ向かいな」
「はい」
さすがイヴァンの紹介してくれた人だ、懐の深さを頼もしく思う。
「坊主、この先は女子供にゃ危険な道のりだ。いろんな事情があると思うが、お前がこのぼんやりした姉ちゃんを守ってやるんだぞ」
「うん」
一座のみんなが手を振って別れを告げてくれる。気のいい人たちだった。
先ほどまでの賑やかさがなくなって少し寂しい。羊の手綱をぎゅっと握りしめて前に座る子供を守るのは自分しかいないことを意識する。
ここからは私がしっかりしないと…
「ヴィー」
「‥?」
ふと、小さな手がオリヴィアの顔を包むように両頬を挟んだ。
「僕が守るから大丈夫だよ」
「…頼もしいな」
ふわりと笑うエルデの表情にハッとして、自分の肩に力が入っていたことに気がついた。
「ありがと、せっかくの旅路だから楽しまなきゃね
見て、この辺り一体に咲いている花、クリサンサマムっていうんだけど、ハーブティーにして飲むこともできるんだ」
「へぇ‥どんな味かな」
「荷物の中に乾燥させたものがあるから休憩がてら飲んでみようか」
「うんっ」
羊を停めて餌と水をあげてから、クリサンサマムティーを淹れる。
子供用に購入した小さめの銅製カップに花とクコの実を入れて、クリサンサマムティーを注ぐと爽やかで甘味のある花の香りがふわりと漂う。
「わ‥花が、開いてきた」
「香りはいいけど味のクセが強いかも、苦手なら残していいから」
「いい香り‥あ、おいしい」
「よかった、気に入った?」
「うん、なぜか懐かしくてホッとする……。
この花が一面に咲いているなんて不思議だね、これもカモミールみたいに何か効能があるの?」
「気持ちを落ち着けたり、目の疲れ・充血にも効果があるよ」
「薬みたい」
「そうだね、薬膳にも使われるものだし
クリサンサマムはまだストックがあるけど気に入ったならせっかくだし摘んで行こう」
「やった!」
クリサンサマムの花を2人で摘んで麻袋に入れていく。
途中オリヴィアの頭や肩に小鳥や小動物が寄ってきて木の実を落としていくのでオリヴィアはお返しに種や蜜のある花を彼らにあげていた。
「動物と話せるの?」
「ううん、なぜか子供の頃から森に行くと小動物が木の実とかくれるんだよ、珍しいものくれたりもするからお礼するようにしてる。」
「ほら、くるみ」とリスがくれたクルミの実をみせた。
髪に葉っぱをつけて微笑むオリヴィアの様子がなんだか眩しくて目を細めた。
髪についた葉をとってあげる。
「花、大分集まったね」
「これだけあれば暫く足りなくなることはないな」
オリヴィアは麻袋に手をかざして魔法で花の水分を飛ばした。ズシリと重かった麻袋は花の水分が抜けたことにより途端に軽くなる。
「カラカラになった。こうやってハーブティーを作るんだね」
「うん、花の水分を抜いた方が保存しやすいし、味や風味も濃くなるんだ」
乾燥させたクリサンサマムの花を大きめの瓶に詰めて鞄にしまっていく。
「ヴィーは、何のハーブティーが好き?」
「うーん、手軽で美味しいしミルクにも合うからカモミールだけど、フルーツ系のフレーバーティーも好きだよ」
「ふむふむ」
オリヴィアのために好みをリサーチしてくれているようだ
うちの子が1番可愛いとか言っちゃう親の気持ちわかるわぁー……
控えめに言っても天使
そんなことを真顔で考えている。
「南部は香りの強い果物が多いから、むこうに着いたら色々試してみようか」
「うん!」
✳︎
次の目的地の村まで距離があるので野営をすることになった。
寝床の場所を決め、目隠しの結界を張る。
慣れないながらも簡易テントや火や釜セットしたり羊が休みやすいように鞍を外したりと、なかなかやることが多いが、水も簡単な水魔法で用意できるし、洗濯も水流操作でできるので、土属性以外の魔法を苦手にしているオリヴィアでもなんとかなった。
前世の記憶から考えると便利な世界でよかったなとしみじみ思う。
晩御飯の下拵えも済んで煮込むのを待つだけなので、清拭だけでもやっておきたくて、桶の準備をした。
大きめの桶だから少しは浸かりながらできそうだと考えながら香油を垂らして殺菌効果のある薬草を入れる。
「エルデ、こっちおいで体を拭こう」
「なにー?」
体を拭くためのタオルをエルデに渡す。
「この湯に浸かって体を拭くんだ、できる?」
「うん、いい香り‥」
「ハーブと香油を入れてある。服はそこの大きい岩に置いてあるから」
「ありがとう」
思っていたより慣れた感じで清拭していくエルデに安心して自分も続くとエルデがギョッと目を見開き途端に顔が赤くなる。
「ヴィー‥」
「暗いからそんなに見えないでしょ」
「そういう問題じゃないんだけど‥」
ちゃっちゃと拭き終えて腰ほどまでの湯に浸かって背中を流した。
「エルデ背中流してあげる」
「う、うん‥あのさ、ヴィー」
「ん?」
「湯浴みは自分でできるから、これからはヴィーが入る時僕は外を見張っておくよ」
「えー」
「服着てない時になにかあったら嫌でしょ?あ、次は僕が背中流すね」
「助かる、うーん、そうだなぁ、エルデがそういうなら‥」
正直暗がりで体を拭いたり背を流したりする姿は妙な艶かしさがあってエルデには刺激が強い。
全身が真っ赤になっているのを感じる。
(背中綺麗だな‥)
肩甲骨から腰にかけてのラインや濡れて片側に寄せた髪が月の光を浴びて神秘的な光景に見える。
無意識に腰へ手を這わせるとピクリと身体が跳ねた。
「んっ、くすぐったい」
「お、おわったよ!先に上がるから」
服が置いてある岩に上って急いで濡れた体を拭いて着替えてテントのある方向へ逃げた。
心臓がバクバクして頭が沸騰してついでにお腹の下の方にも熱が集まっている気がする。
何してるんだ僕は‥
いくらヴィーのことが好きだって
こんな風になるなんておかしい
精通もしていない子供がそんなこと思うわけ‥
あれ……なぜおかしいなんてわかるんだ?
大人になったこともないのに、なぜ?
混乱する頭で何か一つの答えを導きだそうとした時
不意に軽薄な笑い声が脳に響く。
『あはは!へぇー、力を封じると体も小さくなるのかぁ‥おもしろーい』
「え?」
頭に蘇った言葉に目を見開いた。
見ていただきありがとうございました♪