なんか世話される側になってない?
何もかも白い作り物のような均整のとれた顔の男が楽しそうに話をしているが、その内容は聞き取れない。
男は慈愛にも似た笑みを湛えると
『国のことも戦争のこともぜーんぶ忘れてしまいなさい』
そう囁いた……
エルデは目を覚ますと夢の記憶がうっすら思い浮かぶが、思い出すのが怖くなって考えないことにした。
横には起きているものの頭がガクンガクンと揺らしているオリヴィアがいる。
その姿に何故だかホッと胸を撫で下ろす。
この人は朝めっぽう弱いのに早くに起きようとする姿が可愛い。
僕はベットから降りてオリヴィアが勧めてくれたカモミールティーの茶葉をテーブルに出し、ポットとマグカップを用意する。
僕は魔術が使えないから湯を温められる魔力石を預かっている。
その魔力石をポットの水に入れるとすぐに湯が沸くので沸いたポットに茶葉を入れてしばらく置くと爽やかでフローラルな香りが立ち上った。
この香りを嗅ぐと朝からとても柔らかい気持ちになれる気がする。
大きめのマグカップにそれを注ぎ、ベットにいるオリヴィアに持っていく。
「オリヴィアおはよう」
「はよー‥」
「はい、どうぞ」
「ん」
まだ眠そうな彼女の手にマグを持たせてエルデはベットに腰掛け自分の分のお茶を飲む。
優しい飲み口で飲みやすい。
オリヴィアはフーフーしながらチビチビ飲み始めた。
熱いのは苦手みたいだ。
(冷ますかミルクを入れたほうがいいかな‥)
「ミルクいれる?」
「‥うん」
テーブルからミルクを持ってオリヴィアのマグに入れてあげると、やっと普通に飲めるようになったようでコクリコクリ飲み始めた。
「ん、おいし」
「今日早めにイヴァンさんのところに行くんだよね?荷物まとめておくから、目が覚めるまでゆっくりしてていいよ」
「これ着替えね」と甲斐甲斐しく支度してくれるエルデにオリヴィアは寝ぼけながらも感心して子供の様子を見る。
(しっかりしてる‥)
前世の弟とは大違いだな、と思う。
弟がこのくらいの歳の時は小さな恐竜みたいだった。
何にでも興味を持って落ち着かなくて体力おばけだったから寝かせるのも一苦労で1日があっという間に過ぎていった。
何かしてもらうよりしてあげたことの方が多い。
そんなことを思いながら飲み終えたカップを置いて
もそもそと着替えを始めた。
身支度を終え、やっと目が覚め始めた頃エルデが声をかけてくる。
「支度できたよ」
「はやい‥エルデは優秀だな」
「この鞄がすごいんだよ片付けるのがすごく楽」
エルデが使える様にしておいてよかった。
この鞄は師匠が開発した異次元空間に収納する特別製の鞄で、決められた人間しか開けられない様になっている。
そのため旅をすることを決めてから使用権限を追加しておいたのだ。
家事は一通りできるオリヴィアだが、荷作りや部屋の片付けなど整理整頓するのが苦手で人より時間がかかる
エルデは手がかからない上になんでも器用にこなすのでいつの間にか自分が世話をされる方にまわってしまっている気がする……
エヘヘとはにかむ姿が実に可愛らしい。
「ありがと、行こうか」
オリヴィアは転移魔法が使えないため徒歩でイヴァンの指定した場所へ向かう。
早朝の歓楽街は人が誰もいなくて閑散としていた。
「エルデ、色々やってくれて嬉しいけど無理してない?」
「うん!オリヴィア朝すごく弱いからこれから僕が支度するね」
「それは、助かるけど‥」
自分が情けない‥
複雑な気持ちでエルデの頭を撫でると、その手をとって「そうだ」と呟いた。
「今度ハーブティーの作り方教えてよ!朝は僕が作ったお茶を淹れてあげるっ」
きゅん、え、天使?
お茶を淹れてくれるだけで嬉しいのに、自分が作ったお茶を飲ませたいと言ってくれる優しさに心打たれる。
一瞬自分が乙女ゲームの主人公になったような気分になったのが無性に恥ずかしいけれど。
「う、うん‥」
「ミルクに合うやつね!楽しみだなぁ」
「嬉しいな‥エルデはいい男になるよ」
「オリヴィアよりずっと大きくなって、絶対強い男になるからねっ」
王だろうと国だろうと、この人を煩わせるものから守れるように……
ふふっとエルデは少年らしく笑う。
それができるだけの力が自分にはある。不思議とそんな確信があった。
道を進んでいくと、ふと背後から不審な音が近づいていることに気がついたエルデはオリヴィアの裾を引っ張り建物が立ち並ぶ細い小道に誘導した。
「エルデ?どうした?」
「しー‥ちょっと、待ってね」
帽子から耳を出してオリヴィアを物陰に待機させると自分はさっき曲がった角の暗がりへ身を寄せて耳を澄ませる。
ごくごく小さな足音が近づいて、スゥー‥と剣を抜く独特な金属音が聞こえた。
同時に放たれた殺意を肌に感じ『敵』だと確信する。
角に差し掛かった相手の顔面に飛びかかり眉間を殴打して倒れかかる男の右手を捻り上げ剣を奪って制圧した。
「この人、僕らを狙ってたみたいーどうしよう?」
オリヴィアは一連の手際の良さに唖然としてしまって
しばらくその場から動けなかった。
✳︎
「ちょっとちょっとどういうことなのよ‥」
あれから不審者を縛り上げてイヴァンを呼び、襲撃者の目的を吐かせると、どうやら使い捨てのごろつきで目的は一切知らされていないようだった。
幸い標的発見の報告はされていないようなので暗示をかけて逃してやる。
「僕こういうの得意みたい」
「いやいやいや」
エヘヘっと照れながら可愛く言うエルデにオリヴィアは頭を抱える。
「エルデ、こういう時はわたしに言って?危ないことはしなくていいから」
「待ちなさい、オリヴィア(あなた)の魔法は地形変えちゃうから街中では最終手段よ、周囲に与える情報は少ないだけいいんだから体術で制圧できるならそのほうがいいわ」
「うん、少数相手ならオリヴィアに危険が及ぶこともないし大丈夫だよ」
大人を制圧することをなんでもない風にいうので、荒事に慣れているイヴァンもさすがに困惑を隠せない。
「あんた何者なの‥」
「でも、拘束はいっぺんにできないから締めあげる用の細い丈夫な紐があると良いんだけど」
「天糸でよければ荷物に入れたから後で確認しましょ
加護つきだからちょっとやそっとじゃ切れないわよ、小型ナイフにも加護をつけて一緒に持つといいわ」
「やった、持ち運びしやすそうだね!」
「もうやだこの人達‥」
現世でいうところの小学校にも上がっていない子供にさせることじゃないんだけど‥
「あらぁ、大事よ?適材適所。とくに長旅するなら得意不得意をきちんと把握して行動しなきゃまともな寝床も用意できないわ」
それにしても、顔面への一撃で昏倒させるなんて大人にだってできることじゃない。イヴァンは無邪気に笑う少年を見てため息をつく。
「この手際なら殺した方が早いでしょうに」
顔面強打ではなく首をひねるだけで相手の命を絶てる。その方が安全で確実だろう、この子供はおそらくそれを知っている。
するとエルデは驚いたようにイヴァンをじっと見てぽつりと呟いた。
「‥‥オリヴィアに、見せたくないから」
オリヴィアたちのいる場所から離れた遠くの茂みから
童顔のヤンチャそうな男が双眼鏡で一連の出来事を監視していた。
「やばっ、なんだよあのガキ‥」
試しにごろつきを仕向けてみたけど赤子をひねるように倒されてしまった。
これはプロでも攫うのは難しいかもしれない。計画を練り直すことになりそうだ。
ふと、双眼鏡でのぞいていた子供がコチラにじっと視線をよこしているのでゾッと悪寒が走り飛び退る。
「嘘だろ‥この距離だぞ」
こわぁーと呟いて、気配を悟られないようにさっさと退散することにした。
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