異世界から転生したらそこは日本でした~社畜でぐうたら人生が楽しすぎてツラい…予定~ 後編
果たして私は異世界転生なのか異世界転移なのか?
そんな事はどうでもいい!この日本という国の生活…とくと拝見させて貰うッ!!
私の名前はオルヴァレイク・トリニーデン。
エルレチカ公国のトリニーデン領を統括するトリニーデン家の長兄である。……のだが、訳あって隣領の領主に妹を奪われた上、私は異世界に飛ばされてしまった。
今、私は必死になってその経緯を説明しているのだが、全然理解して貰えず疲れてきたところだ。
目の前の男は不躾にも自身の名を名乗らない。
何度も説明をしているのに「そう言われても」の一点張り。
腹も減ってきたし銀色の塔が建ち並ぶ見慣れぬ景色に疲労も溜まっているというのに堂々巡りで進展なし。
私はキレていた。
「だから私はこの世界の住人ではなくて、元の世界から飛ばされてきたのだ。理解はできたか?」
「……」
――ぐーぎゅるぎゅる…
「すまんな。腹が減ってなんも頭に入らん」
「……」
こんな時にこの男は!腹が減っているのは私も同じだというのに!
真っ黒な髪に真っ黒の目、背は私と同じ180程か、それでもこの世界の住人はどこも地味な見た目をしている。
体のラインが出ない衣服が流行っているのか??
ニホン、と男は言っていたが住人よりも銀の塔が建ち並ぶ建物の方が目立つ世界とはまた珍しいものだなと思ってしまった。
「まあ、お互い空腹でしょ。まずは飯でもどうっすか?」
「飯だと…?」
ふむ、まあ…腹は減ったしこのままでは埒が明かない。それも良い手なのかもしれない。
「ここが…飯屋?随分と小さいな…」
連れられたのはあの大きな塔が建ち並ぶどこかではなく、こじんまりとした馬小屋のような場所だ。
なんで?
男は小さく呟く。
「日本じゃ店は大体こんなもんだ。ほら、早く注文して食おうぜ」
男は何やら紙を箱に入れると文字の書かれたスイッチを押した。
箱からは紙切れが吐き出され、男はそれを店の従業員らしき人間に渡して席に座る。
あの箱にはラーメンの他にも色々書かれているが、知らない文字なのに読める。不思議な体験だ…。
「ここに座るのか?」
「カウンター席ってやつ。座ってれば飯が来る」
この男、説明もない。
緊張しながら席に着くことしか許されず、目の前に聳える塀のようなテーブルの奥で顰めっ面をしたヤバい男と目が合った。
「……おい、目の前で何をやっているんだ?」
焦って聞いてみるも、男はのほほんとしている。
まさかこれがこのニホンという国の常識なのか??
「調理中だ。日本ではこうやって目の前で料理してくれる店があるんだよ」
再びヤバい男と目が合った。
ニッとニヒルな笑みを返された。
「……美しさの欠片は無いが力強さや熱意は感じるぞ」
「日本の男はこんなもんで良いんだよ。あんたの素性については詳しく頭に入らなかったけど、この国にゃ貴族なんてほぼ存在してねぇからな」
のほほんとした男は意外と私の話を聞いていたらしい。
なんだ、頭が腐ってしまったダメな奴かと思った…。
「そ、そうなのか…。……そういえば、君の名前を聞くのを忘れていた。何と言うんだ?」
「んあ?俺か?長谷田冬獅郎だ。シロかおっさんでいいよ」
「通り名か?ではシロと呼ぶことにする。私は…オルヴァとでも呼んでくれ」
「それならまだ耳に入りそうだ。よろしく、オルヴァ」
「ああ」
なんだかんだ言って普通に自己紹介出来たのがなんだか嬉しい。
お互い空腹で腹が立っていただけか。
ほっと安心しているとついにカウンターの奥からラーメンが目の前に置かれた。
そんな所から飯が来るのか!?
立ち上る湯気、鼻に通る香り、深皿にスープが溢れるほど入り麺が見える。見えるが野菜が表面を覆って全てのコース料理を一つの皿にぶちまけたような料理が出てきた。
何だこれは。犬の餌じゃないんだぞ?
シロと呼べと言った男は子供のような嬉しそうな笑顔を見せ、二本の棒を器用に持って麺を掴んで咥えた。
――ずぞぞぞぞぞっ!!
「!?」
「あーーーーーっ、うんめえ。これだよこれこれ」
「……」
呆気にとられてしまった。
なんて煩いくらいに音を立てて食べるんだ。訳が分からない。
だけどこの空気に気圧されて気づかなかったのか、周りの客も確かに音を立てて食べている。
完全に異文化だ。
「……食わねぇのか?」
気付けばシロがこっちを見て不思議そうな顔をしていた。
これは緊急事態だ。顔を知っている現地の人間に聞くのが正しい。
「……この、スープに麺の入ったらぁめんという食べ物は、そんなに音を立てて食べるモノなのか…?」
シロは何かに気づいたような顔をして口を開いた。
「海外はその認識であっているかもしれねぇが、日本では音を立てた方が美味いものもあるんだ。その代表格がラーメン。早くしねえと麺が伸びてマズくなっちまう。食ってみろって」
「あ、ああ…」
そう言うならそうなのだろう。
意を決し、シロのように棒を掴んで麺を挟む。
うむ、力加減は難しいが掴めるじゃないか!
がぶり。
「…?」
シロがまた不思議そうな顔をしている。
ああ、分かっている。緊急事態だ。
何が緊急事態なのかというと、シロのように吸えないのだ。
全く麺が口の中に入ってこない。味わえない。
困った。
「むぐ…むぐぐ……んぐぐぐぐ…!!」
「オルヴァ、オルヴァ、まず口を「う」の形にするんだ」
話しかけられ、口からぽろりと麺が落ちる。
とりあえず言われたとおりに口を尖らせた。
「う?」
「まずはそのまま勢いよく息を口から吸ってみろ」
「すーっ!」
「良い感じ。じゃあそのまま麺を3,4本くらい取って、麵を咥えて吸ってみ?」
そんな簡単にいけるのか?そんな訳はないだろう!だがこのままでは食べることもままならない。
言う通りに麺に口をつけて盛大に吸った。下品に。
――ずぞぞぞぞぞっ
!?!?!?
こっ、これは…!
「なんだこの食べ物は!スープのこってりとした味が麺に絡みつく!このうねうねとした麺が食べにくいように感じたが、成程…啜ってしまえば何の問題も無い、寧ろパスティーニのように真っ直ぐな麺よりも口に入り込むスープが多い…!!」
「な?美味ぇだろ?ラーメン」
シロはめちゃくちゃ笑顔をみせている。
これが日本の料理、これがこの世界の飯か…!
「しかもこの脂の濃さ、私の食事はいつもあっさりとしていたのだな…!何か物足りなさを感じていたのに、この料理はその感覚がまるで無い…!!なんて美味い食べ物なんだ!!」
シロはうんうんと嬉しそうにしながら自分の食事を進めている。
それでも感動が収まらない。
「脂の強い料理なのに手が全く止まらない!この薄切り肉もとても柔らかく、それでいて程よい噛み応えがある!この葉野菜はつまみ物に丁度いい塩梅だな…!この一杯でこんなにも…完璧な料理…ッ!」
なんて料理だ。
知らない文化にこんな美味な料理があるとは。
今まで食事に一切気を留めなかった。
街には街の食事があると思っていたのに、異文化にはこんなにも違うのに美味しい料理があるのだ!
悔しい。悔しいけど美味しい。そこの店主らしき男、お前はすごいやつだな…!!
やべぇ、超美味ぇ。語彙力も溶けそう。
「俺は仕事帰りにこの一杯を食うのが今の所一番の幸せなんだ」
感動していると、ぽそりとシロの呟きが聞こえた。
「仕事帰りに…この一杯を…?」
「ああいや、えと…俺の人生、今の所仕事しか無ぇから、多少の楽しみは必要だろ…?」
何か弁解を始めたようだが、もしかしてきつい仕事をしているのだろうか?商会か?それとも貿易…いや、国を操る立場なのかもしれない。
酷い仕事環境の中、このラーメンという至極の一杯の為だけに働いているということだろうか。
なんだか悲しくなってきた。
「仕事…一体どんな仕事をすればそんな人生になるんだ…?シロ、お前の生活を見せてくれ!!」
「はぁ…?……はあ?????」
それがシロとの出会いだった。
しかし生活を見せてくれと言ったものの、この世界は何かと身分証明書というものやビザというものが必要らしくとても生活しづらい。
思わず管理社会か!と突っ込みたくはなったのだが、島国なので外との交流は厳しくしているのだという。
そう言われてしまうと私が住んでいた公国は確かに陸続きでしばらく平和だった為に大きな証明など必要なく隣国へ行けた。
国変われば秩序も違う。なんとも難しいものだ。
ところでこの世界にきて私が気になったのは、シロは自分で料理を作らないことだ。
もしかして本当にあのラーメンという至極の食べ物だけで腹を満たし幸せに浸っているのだろうか。
とは言っても私がいるのでそれからのシロは毎日弁当と呼ばれるワンプレートランチを持って帰ってきている。
それはそれで美味しいのだが…使用人も居ないし娯楽といったものは一切ない。
食事をして寝るだけの色のない生活をしていた。なんとも寂しいものである。
…そう思っていたある日、私はついに銀の塔の一角に足を踏み入れた。
とりあえずシロに引っ張られ何やら大きな箱に詰め込まれ、扉が開いた先まで連れられ、先にシロが部屋に入っていく。
中ではなにか声が聞こえるものの何を話しているかは分からない。
そして自分がその部屋に入る勇気は…0だ。
「…あのさ、入ってきていいから」
「う、うむ…すまんな…」
ガチャリと扉が開いたかと思えば引き摺り込まれてしまった。
「こいつ、オルヴァ…なんとかさん。一週間前に空から降って来てぶつかりました」
は?はんとかさん?
私のことをオルヴァ何とかさんと言ったのか??
「――家にはまだ居たくないんだろう?金はやるから家電量販店に行け」
なんだかこの二人は仲が良いらしい。
状況も話の展開も一切読めない。
「ちょっと、飲みこみ早すぎない?自炊って言ったって俺――」
「早紀子を貸す。頑張れ」
「嫌だあああああああ」
よく分からないままシロは叫び、銀の塔を出る。
少し落ち込んだ背中に問を投げかけた。
「えっと…つまりどういう事だ?シロ」
「状況が上手く読めなかったようだな。さっきのは俺の父だ…。俺が勤めてる会社の社長。ブラックだけど腕は良い。今、父にお前の今後の生活について頼んだら家を準備するからついでに家電を買え、とのお達しが出た」
「カデン…?カデンとはなんだ?」
「んー…オルヴァの世界は電気使えるか?」
この世界にはまだ分からないことが多い。
我が公国では魔術士がいる魔法主流の世界となっているが、この世界では魔術士の存在が見当たらない。
地水火風雷氷、6種の元素魔法が存在しているが、陣や魔法の力を秘めた希石はどこにも見えない。
「雷の魔法なら存在はしているが、生活には一切使わんぞ?」
「魔法のある世界かよ、強ぇな。ほら、俺の家…電気はとりあえず付くだろ?あれは電力で付いてんだよ。この世界は色んなものをその電力で賄ってんだ。例えばあの看板、それからそこの信号…あ、今あのお店の扉が勝手に開いただろ?あれも電気」
突然気になっていたものを全て指差され、とんでもない勘違いに気づく。
よく分からないもの全てが雷の魔法だと?攻撃や敵を束縛するだけではないのか!
「あ、あれらはどんな魔法で動いているのだろうと思っていたのだが…全て電気でできているのか!?なんということだ…!!お、お前の家の水は!?あれは魔法じゃないのか!?風呂という文化も中々面白い物だったが、魔法で火を焚きつけて準備しているんじゃなかったのか!?」
「お前静かだなと思ったらそんなこと思ってたのか!?この世界に魔法なんて無ぇよ…!」
「そうだったのか…!私は風魔法が使えるのに髪を乾かす時中々風が吹かないなと思っていたんだ…!」
なんてとんでもない勘違い!
この国は魔法じゃない、技術だ!雷による技術が発達しているのだ!
「うちは水は川から引いて浄水場を挟んで家に流れる仕組みだ。使ったら金を取られる。勿論ガスも、電気もだ」
「そうなのか…!?と、当然適切価格なのだろう!?」
我が国では自然のものを使えば存分に税金を払わされるというのに、何という事…!発達しているのは電気だけじゃないのか!
もし税金を払わされるというならあまり使わせないようにせねば!!
「お前、俺が最初言い方間違えてから俺を貧困層の人間と勘違いしてるだろ!違ぇからな!?」
「極力君の迷惑にならないように生活する!そこは信用してくれ!」
「話を聞け!」
二人であーだこーだ言いながら歩いていると、突然大音量で音楽の鳴る店についた。
どうやらここが目的の店らしい。
自動で扉が開き、電気の技術に感動を覚える。しかし入り口を越えると白い箱が乱立…?壁にかけられていた。
「……なあシロ、この白い角張ったものは何だ…?」
「エアコン。夏や冬、部屋が寒かったり暑かったりする時快適にしてくれる」
「この箱が…!?」
「あいつ紐が揺れてるだろ?あれの前に行ってみな」
一体どういう仕組みだ?
考える前にシロに引っ張られ起動している箱の前に立たされた。
ぶわっ、と冷えた空気が顔に当たる。
紛れもない、風だ!
「はっ、箱から風が…!中はどうなっている!?風の希石が入っているのか!?」
「お前の世界のものは一切無ぇ!これが電気だ!」
「いや風だろう!」
ツッコミは空を切り…いや、面白いことを言っているつもりはないぞ?
シロはそれよりこっちと手を拱く。
向かった先には異様な何かがあった。
「階段が、動いて…!?迷宮か…!?」
私は生憎冒険者ではない。
迷宮なんて生で見るのは初めてだ。
「お前の世界、ダンジョンもあるのか…。とりあえず乗れ。黄色は境目のサインだ」
黒い板が奥へと動いて何故か階段に変化していく。
これが魔法ではないというのなら、一体どんな技術なんだ…!?
「こんなもん、浮いてしまえば問題なし!」
「あっ、馬鹿…」
私は魔法を唱え、自身が浮くように風を取り巻く。
しかしやはりこの世界には魔法はないらしい。
体はただジャンプしただけ、簡単に落ちていった。
ガタン、と大きな音を立ててエスカレーターは急停止。
他にも黒い板に乗っていた人間が蹌踉めき、大きな騒ぎになってしまった。
私は多大な迷惑をかけてしまった…!
「飛び乗ると安全装置が働く」
「なんか…すまなかった…」
「子供でも反応するから気をつけろ。横に体を出すのもだめだぞ」
「肝に銘じておく…」
シロに叱られた。
大きな問題を起こしてしまったのだ、こればかりは申し訳無い。
「ほら、ついた。片っ端から見るぞ」
シロに慰められ、店を見渡すと明るい光が店内を照らし、初めて見るよくわからないものが沢山ある。
鈍い光を放つ塊、これは全て機械だ!
「うおお…すごい、すごいな…!機械だ…機械の文明だ!!」
機械を生で見ることは滅多にない!
これはよく学んでおかねば!まずはこの丸いものだ!
「シロ!これはなんだ!?」
「炊飯器。圧力釜で米を炊ける。米でなくスープを作ってもいけるらしい」
米か…米は主食ではないがスープに浸して食べると美味だ。
米もスープもいけるなら合わせたカーシャもいけるのではないか?
つまりこれは…
「魔法の鍋だな!じゃあこれは!?」
「自動調理鍋。材料を切って打ち込むだけで何でも作れる。正直こっちの方が魔法の鍋だ」
「魔法を超えた魔法の鍋…!」
「今日のオススメはこちらです」
ただでさえ驚いているのに女性の声が聞こえた。
「しかも喋る」
「南の方に死者の魂を呼び寄せる力があったな…まさか…!」
「イタコとか降霊はこっちでは恐怖体験の一つだ。やめてくれ」
「今この世界に心底安心した」
私の国では死者に魂はないという考え方だ。
「第一死んでしまっても魂があれば見られたくないものも見られてしまうではないか。恐ろしい」
「なんだよ見られたくないものって…」
シロにぶるぶると震えられた。
他の物に視線を向けると今度は白い縦型の箱が乱立していた。
「シロ、ここも白い箱がある!風は出るか!?」
「これは洗濯機。衣服を洗う」
「と言う事は水か!水が出るんだな!?」
「正解。洗剤と一緒にどうぞ」
「ちなみにどのように洗う?人の手が出てくる訳ではないだろう?」
「見ればわかると思うがこれは大きな桶みたいなもので、この桶だけが中で回転する。すると水流で掻き回されて服の汚れが落ちるって寸法だ」
「圧倒的技術力…!」
そんな技術力があれば風呂などいらないではないか!
シロ、生活が楽になるぞ!
「という事は私も中に入れば洗われるのか!?自身も全自動で洗われるならば毎度風呂を入れる苦労もなくなるな!」
「わあああああ!やめろおおおおお!!!」
がしっ、と明らかに中に入ろうとするとシロに全力で止められた。
シロ、何故止めるのだ!
「オルヴァ!これは蓋閉めないと動かないの!毎度子供やペットが被害にあって問題視されてんだからやめてくれ!!」
一体過去には何があったんだ…大人しく引き下がっておこう。
「そ、そうなのか…!?文明とは…難しいのだな…。シロ…すまなかった、気を取り直そう。他に生活に必要な……えっと、家電?はどれだ?」
掃除機、テレビ、ドライヤー、扇風機、椅子にパソコン色々なものを見たがこれら全てが電気で賄われているのか…!なんて素晴らしい世界なんだ…!!
少しでもこの世界に興味が持てそうだ!
「シロ、シロ!家電を買うぞ!右から左まで、この店の全てを買い占める!」
「んな金は無ぇ!!!」
後編のオルヴァ目線です。なんでシロよりも長く…?
長すぎて短編とは言えないかもしれない。