密室で甘い傷を
「君なんか大っ嫌いだ!」
「はい」
「そうやって俺を気遣うそのそぶりも気に食わない!」
「ええ」
「俺なんかにそんなに尽くして、よく平気な顔で笑っていられるな!こんな男捨てればいいだろ!」
「それは嫌です」
「なんでだよ!」
「貴方を愛しているからです」
私の婚約者である彼が黙り込む。
「お顔が真っ赤ですよ?」
「うるさい!君なんか大っ嫌いだ!」
素直になれないこの人は、天邪鬼な暴言を吐いて心の均衡を保つ。そして一人になると自己嫌悪に陥る。
それは、婚約者に拒否されると辛い。けれど私にとってはその傷はとても甘いものなのだ。この、私達二人だけの密室で、甘い傷を刻んで。それが私の幸せなのだ。
「君は、やっぱり変だ」
「はい」
「君なら、他にもいい男がたくさんいるだろ」
「生憎と、貴方以上の素敵な男性に会ったことがありませんので」
私の言葉に更に顔が赤くなる。単純で、素敵な人。
「俺は誰も幸せになんてできない男だぞ」
「ええ。貴方の隣にいれば勝手に幸せになれますので、ご心配なさらず」
彼は林檎のような真っ赤な顔をその大きな手で隠した。
「君さぁ…本当、そういうところだよ…」
「あら、どういうところでしょうか?」
恨めしげな顔を向けてくる彼に、優雅に微笑みを返す。彼は溜め息を吐いた。
「…君の幸せを願うから、身を引くと言っているのに」
「私は貴方の隣が一番幸せですわ」
「またすぐにそういうことを言う!」
「本当のことですもの」
言いながら、ソファーに座り込んだ彼にのしかかる。
「…なに」
「私、いつも貴方に傷をつけられてばかりですから、たまには私から貴方に甘い傷を刻んで差し上げようかと」
「…なにそれ。いいよ、やってみなよ」
私は彼の首筋に口を寄せて、そのまま思い切り噛んだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い!?物理的に傷を刻まれるとか!?」
「うふふ。綺麗に跡がつきましたわね」
「君本当になんなの…?」
「これで私だけの貴方ですわ」
「そもそも、俺、浮気とかしないんだけど」
「でも、貴方を放っておかない女はたくさんいますもの」
「…まあ、ねぇ」
「どうか、身を引くなどと仰らずに私だけの貴方でいてくださいませ。それが私の幸せですわ」
「…好きにすれば?」
「はい、好きに致しますわ」
きっと、このやりとりは何も今日だけじゃない。きっと、またこんなやりとりを繰り返す。それでも。
「愛していますわ」
「俺は大っ嫌いだよ」
私は、この甘い傷をいつまでも慈しむのだろう。




