死ぬことすらかすり傷 〜ダンジョン内で囮にされて死にましたが生き返ります。不死身の僕は、真の仲間と出会い難関ダンジョンを攻略します〜
腹部に、鋭く熱い感覚が走った。
「――えっ……?」
鋭く熱い感覚が痛みとして脳に伝わり始める時、男は背後を見た。
後ろには一ヶ月間、パーティを組んだ仲間がいる。
三人の仲間、その内の一人が男の真後ろに立っていた。
その顔は醜く笑い、歪んでいる。
「すまんな、オルクス――ここで俺達のために、死んでくれ」
パーティを組んだ者の手には、魔物を斬り殺すための剣。
その剣が、背中に刺さり腹から出ている。
ようやくそこで、仲間に刺されたのだと理解した。
世界中に点在する迷宮、通称「ダンジョン」
そこには例外なく魔物が溢れ、命を落とす危険があった。
しかし、それ以上に夢があった。
金銀財宝、一つのダンジョンを制覇するだけで一生涯遊んで暮らせるほどの財宝が手に入ると言われている。
世界中の者達がそのダンジョンに挑んだ。
その挑む者達を、「冒険者」と人々は呼ぶ。
そんな中、ハイシア王国の近くの山中に、ダンジョンが出現した。
ダンジョンは突如、前触れも無く出現する。
まだその出現条件は全く解明されていないが、わかっていることはいくつかある。
一つ、ダンジョンの最奥地には大なり小なり、財宝が眠っている。
一つ、ダンジョンは生きていて、侵入者を奥に入れないように魔物を出現させ、侵入者を殺す。
一つ、財宝が眠る部屋の前に、門番のような強大な魔物がいる。
それらがわかっていて、冒険者はダンジョンに挑む。
そしてここに、ダンジョンに挑む一組のパーティがあった。
ヴァリオ。
ダンガ。
カトレーナ。
元々その三人は剣術や魔法を学ぶ学校から知っていて、手の内を知り合う仲間だった。
だから学校卒業後、冒険者としてパーティを組もうという話になった。
しかしダンジョンに行くにはもう一人くらい必要だろうと思っていたところで、冒険者ギルドで仲間を集めたところ、一人の希望者が現れた。
名を、オルクス。
黒髪の男で特になんの特徴もない男。
いつも笑みを浮かべていて優しそうだが、逆にその表情が不気味だと他の者達は思っていた。
だが他の希望者もいないので、ヴァリオ達とオルクスはパーティを組んだ。
一ヶ月間、オルクスと男達はパーティを組んでいた。
パーティとしては意外と上手く機能していて、一人じゃ勝てないような魔物でも四人で戦えば誰一人傷負うことなく勝てた。
強いて言うならオルクスが、そこまで強くなかった。
魔法も使えず、身体能力は多少高かったが、剣術も上手くない。
最後の方は、単なる荷物持ちとなっていた。
しかし荷物持ちでもいないよりはマシ、オルクスはサボらずにサポートもしてくれていたからよかった。
そんな良い調子だったからか、オルクス以外の者達は調子に乗り、ダンジョンの奥へとドンドン進んで行ってしまった。
本当ならもっと慎重に進んでいかないといけないのに、「自分達なら行ける!」と思ったようだ。
ダンジョンの奥深くには財宝が眠るが、もちろんその財宝は一つだけで、早い者勝ちだ。
だからダンジョンが出来たら、我先にという者が多く……そういう者ほど、命を落とそう可能性が高い。
まさにオルクスが入っているパーティは、その典型的な例だった。
一攫千金の夢を見て、先へ先へと急ぐ。
オルクスの制止を放って。
「リーダーである俺に逆らうな! ならお前は帰ってろ! 俺達だけで財宝を独占するからな!」
パーティのリーダー、ヴァリオにそう言われてしまうと、オルクスとしては何も言えない。
仕方ない、本当に危なくなったら、自分が守ろう――。
そう思いながら周りを警戒し、三人についていっていた。
ダンジョンの奥深くまでやってきて、そろそろ最奥地に着く。
ヴァリオ達も意気揚々と早歩きになり、「ほら見ろ、俺達ならこんなダンジョン問題なかったんだ!」と言っている。
だが……ダンジョンはそんなに甘くはなかった。
最奥地に着く手前あたりだろうか。
魔物がいきなり何十匹もいる部屋に入ってしまった。
魔物倉庫、という部屋で、難関ダンジョンにはよくあるイレギュラーだった。
しかしそんなことも知らないヴァリオ達は混乱し、何十匹もいる魔物を前に混乱した。
すぐに逃げの一手を打つのだが、狼の魔物は足が速く、すぐに追いつかれてしまう。
殿を務めていたオルクスは、「ここまでか……」と思い、立ち止まり狼の魔物の方を向く。
「僕が時間を稼ぐ、先に逃げてくれ」
「……わかった」
後ろからヴァリオの声が聞こえ、次の瞬間――背中を刺されていた。
「すまんな、オルクス――ここで俺達のために、死んでくれ」
「な、なんで……?」
オルクスは自分が一人で残り、守ろうとしたのに。
なぜ後ろから刺されたのか、意味がわからなかった。
「俺はこの魔物、ガルウルフの特性を知っているが……血の臭いが好きなんだ」
ヴァリオはそう言いながら、オルクスに刺した剣を抜く。
オルクスはそのまま前のめりに倒れ、痛みに堪えながら立っているヴァリオを見上げる。
「お前はここまでに血を一滴も流してなくて、俺達は結構流している。お前が一人残ったところで、俺達を追ってくる」
倒れ伏しているオルクスの周りに、血溜まりが広がっていく。
ヴァリオ達は軽いかすり傷だけで血を流しているが、これで血の量はオルクスのほうが多くなった。
「臭いが濃いほうに襲ってくるガルウルフ……これで、俺達は安全に逃げられる」
「くっ……!」
オルクスはなんとか立ち上がろうとしたが、脊椎をやられたのか、手足が痺れて力が入らない。
「ヴァ、ヴァリオ、もう早く行かないと!」
「もうそこまで来てるわ!」
他の仲間、ダンガとカトレーナもオルクスの心配なんて全くしておらず、自分達が逃げることだけを考えている。
「じゃあなオルクス、また今度来た時に死体が綺麗な状態で残ってたら、蘇生を頼んでやるよ」
この世界には「蘇生魔法」というものがある。
極々限られた人間だけが使えるもので、生き返ることが出来る魔法だ。
しかし蘇生するには条件があり、まず絶対条件として、死体は五体満足じゃないといけない。
「はっ、ヴァリオも人が悪いな。そんなのありえねえのに」
「もう行くわよ、そんなのほっといて」
「じゃあな、オルクス。恨むならあの魔物を恨めよ」
そしてオルクスとパーティを組んでいた者達は、倒れ伏したオルクスを一人置いて逃げていった。
オルクスはなんとかしようと思ったが、身体も動かないから何も出来ない。
すぐそこまでガルウルフも迫ってきている。
「あー……もう、ダメだ」
もう諦めたオルクス。
しかし今から死ぬというのに、そこまで恐怖しているような雰囲気はない。
「――久しぶりに、死ぬなぁ……」
そして、オルクスの顔にガルウルフの牙が深く刺さった。
◇ ◇ ◇
冒険者、ジュリナ・ソフィナリーテは、仲間の一人と一緒にダンジョンを探索していた。
「結構強い魔物が多いわね。あんまり期待してなかったけど、意外と良い財宝が眠っているかもしれないわ」
長い金髪を一纏めにして背中に流し、真紅の鎧を纏っていてとても優雅な雰囲気だ。
細剣にはさっき斬り殺した魔物の血が付いており、細剣を振り払うことにより血を地面へと飛ばす。
「そうですね。ですがこれほど強い魔物が多いのでしたら、ダンジョンのボスも相当の強さだと思いますが……」
そう話すのは、ジュリナの仲間、マリア・ニーブロムだ。
黒いドレスのような服を着ていて、教会に仕える修道士の格好なので肌の露出が少ない。
しかし身体の凹凸がよく出るようなタイトな服で、マリアのスタイルの良さが際立っていた。
「そうね、私達だけじゃキツイかもしれない……あの二人も呼べばよかったわね」
「はい、私は治療師なので戦いではあまり役に立ちませんし」
「まあボスを見てから判断しましょう。勝てなくても逃げられない相手ではないと思うわ」
「そうですね」
ジュリナとマリアはそう話しながら、ダンジョンの最奥地を目指していく。
「あら、前から人が来るわ」
奥へと向かっていると、前から三人の男達が走ってきた。
「もしかして、もう最奥地の探索が終わったのでしょうか?」
「それなら無駄足だったってことね。まあよくあることだけど」
ダンジョンに挑む冒険者はそれこそ山ほどいる。
こんな奥地まで来れる冒険者は限られているので、もう財宝を取り終わっての帰りかもしれない。
ダンジョンのルールとして、冒険者同士の殺し合いは原則禁止というのがある。
冒険者はほとんど全員が、財宝を狙い合うライバル。
冒険者の中には過激派で、他の冒険者を蹴散らしてでも財宝を狙う者がいる。
ジュリナとマリアは違うが、前から来る奴らはどうなのかはわからない。
とりあえず警戒は怠らない。
前から来る男達もジュリナ達に気づいた様子だが、特に反応せずに走って素通りしていった。
「……何か急いでいる様子だったわね。なぜかしら? 別に致命傷を負っている様子もなかったし」
「毒などの状態異常もなさそうでしたが……この先に、あの人達が逃げるくらいの魔物がいるってことでしょうか?」
「そうかもしれないわね。まああいつら、そこまで強そうじゃなかったし、私達なら大丈夫だわ」
武器、防具、佇まいなどである程度の実力はわかる。
どこからどう見ても、ジュリナとマリアの二人のほうが実力は上だった。
むしろあの者達は、どうやってこんな奥地に来れたのかわからないくらい、実力がないように見えた。
「とりあえず警戒はしておきましょう」
「ええ、わかってるわ」
二人はしっかりと周りを警戒しながら、さっきの男達が逃げてきた通路へと向かう。
十分ほど歩いたところで、ジュリナが気づいた。
「ん? あれは……」
「ジュリナさん、ガルウルフの群れです」
「そうね……っ! 誰か襲われてるわ!」
目の前にいるガルウルフの群れ、その中央に人の足が見えてジュリナは叫び、すぐにその群れに突っ込んだ。
二十匹以上はいるガルウルフの群れ、普通のパーティだったら壊滅してしまうような数だ。
そこに一人で突っ込むなど、自殺行為だ。
しかしジュリナは細剣に魔力を溜め、炎を纏って振るう。
「――纏炎剣!」
一度振るえば、近くにいたガルウルフ三匹が斬られ、斬られた箇所から炎が燃え広がる。
炎はとても強力で、体長が一メートル以上あるガルウルフがすぐに燃えて黒く焦げて絶命していく。
ジュリナは冒険者の中でもトップ級の強さを持っており、ガルウルフなど何十体いたところで敵ではなかった。
纏炎剣を振るいながらも、ジュリナはもうすでにガルウルフに襲われている人が事切れいていることがわかった。
十体ほど倒したところで、残りのガルウルフがジュリナ達から逃げるように去っていく。
戦いが終わり遠くから見守っていたマリアが、倒れている人に近づいて状態を見る。
「……亡くなっていますね」
「……見ればわかるわ。蘇生も、難しいわよね?」
「はい……不可能です」
治癒師のマリアもジュリナと同様、そこらにいる治癒師よりも優れている。
ジュリナは蘇生魔法を使えるが、この死んでいる人を蘇生するのは無理だ。
もうほとんど肉体が残っていない。
どんな高度な蘇生魔法でも、この人を生き返らせる方法はないだろう。
「しょうがないわね、よくあることだわ。自分の力を見誤って来てしまったのね」
「そう、ですね……この人は、一人で来たのでしょうか? それとも先程の方々の仲間でしょうか?」
「さぁ? あまり興味ないわ」
ジュリナは冷たくそう言い放つ。
ジュリナの態度は他人から見ればとても薄情かもしれないが、マリアはジュリナを責めるようなことはしない。
冒険者というのは、いつも死と隣り合わせ。
一瞬でも油断したらジュリナやマリアも、こうなってしまうのだ。
二人は冒険者を長年やってきて、それを理解している。
ジュリナとしては自分が助けられる範囲なら、他人でも助けたいと思って、すぐにガルウルフの群れに突っ込んだが……すでに遅かった。
「マリア、行きましょう。いつまでも見ていてもその人は生き返りはしないわ」
「……そう、ですね」
死体を持ち帰ることも、ダンジョンでは命取りになる。
最後にマリアは修道士として、死体の傍らで跪き目を瞑って両手を組み、祈りを捧げる。
「神よ……貴方の元に、一つの魂が還ります。どうか安らかな眠りを与えてくださいませ」
「ありがとう。だけどまだ俺は還らなかったみたいだ」
「えっ? ……きゃぁぁぁ!?」
マリアは男性の声が聞こえて目を開けると、目の前に男性が座っていた。
驚きの声を上げながら尻餅をつき、後ずさる。
さっきまで確実に死んでいて、蘇生魔法しても生き返らない人が……生き返った。
「なっ!? あ、あんた、何で生き返って!?」
すでに先に行こうとしていたジュリナだったが、マリアの声で後ろを振り向くと、死んでいたはずの人が立ち上がっていた。
「マリア、蘇生したの!?」
「い、いえ! してませんし、出来ません!」
ジュリナの蘇生魔法じゃ、いや、どんな蘇生魔法でもあれほど肉体を失った者を生き返らせるのは不可能。
それはジュリナやマリアもわかっている。
だからこそ、恐ろしい。
なぜ、死んだはずの男が生き返ったのか。
ジュリナはマリアの前に出て、いつでも剣を抜けるように構える。
「……あんた、何者? どうやって生き返ったの?」
「……君達、僕が死んでるところは見た?」
「ええ、見たわ。確実に死んでいて、蘇生不可能なほど損傷した身体を。男か女かも判別つかなかったわ」
「そっか。じゃあ多分再生する度に、ずっと喰われ続けたのかな」
「再生……? どういうこと?」
死んでいたはずの男は立ち上がる。
その身体にはどこにも傷はなく、傷跡も残っていない。
「説明するから、敵意を向けるのはやめてほしいな。僕は君達の敵になるつもりはないから」
「……ええ、わかったわ」
ジュリナは戦闘態勢を解いて、肩の力を抜く。
後ろにいるマリアもホッと一息ついているようだが、まだ油断は出来ない。
「じゃあ説明をするけど――」
「ちょっと待って」
「ん? なに?」
「まず貴方……ふ、服を着なさい」
「えっ、あ……」
男かも女かもわからないほど喰われていた身体。
もちろん身体を覆っていて服などは噛みちぎられ、男は完全な裸だった。
ジュリナが頬を少し赤くし目を逸らして言うと、後ろにいたマリアも今気づいたように顔を真っ赤にした。
ボロボロになった服も着れなく、代えの服も持っていなかったので、ジュリナ達が持っていた大きめのタオルを腰に巻いた。
「ありがとう、洗って返すよ」
「いえ、返さなくて結構よ……だって直に付いてるタオルを返されても困るわ」
「あ、あはは、ごめんなさい」
「それで、一体貴方は何者なの?」
気が緩んだ空気を引き締めるように、ジュリナは男を睨みながら言った。
「僕はオルクス、ただの冒険者だ……とだけ言えば普通の自己紹介なんだけど、さっきのを見られたからね」
「ええ、さっきの生き返った理由を教えてもらわないと」
「どんな魔法でも蘇生は不可能な状態でした。なぜ、生き返れたのでしょうか?」
二人の問いかけに、オルクスは少し眉を潜めながら苦笑いをする。
「あまり話したくないことだけど……知られちゃ仕方ないよね」
そしてオルクスは、自分の秘密を話す。
「二人は、幸運って知ってる?」
「もちろんよ。知らないわけないわ」
――幸運。
それは神から与えられる、人智を超える能力だと言われている。
ギフトを授けられる人の数は極々少数で、数千万人に一人の確率だ。
魔法などでは片付けられないような出来事を起こすような能力が多い。
大昔に、身体から無限に金銀財宝が出るような人がいて、それで一国を作り上げたという言い伝えもある。
「オルクスさんのさっきのも、ギフトということでしょうか?」
「そうだね。僕のギフトは、不死身の身体。どんな致命傷も治り、死ぬことすらなかったことにするほどの回復力だ」
オルクスの言葉に、ジュリアとマリアは目を見開く。
ギフトというのはすごい能力だと聞いていたけど、ここまでの能力は聞いたことがない。
「すごいわね。不死身なんてこの世にあるとは思えなかったけど、さっきのを見れば納得せざるを得ないわ」
「そうですね。素晴らしい能力です」
蘇生魔法ですら生き返らないようなものを、何も後遺症もなく無傷で生き返らせる。
魔法では至らない領域の能力だろう。
「……まあ、そうかもね」
二人の感想を聞いて、オルクスは無表情でそう呟いた。
「そういえばあんた、一人で来たの? 不死身だとしてもダンジョンに一人で来るのはオススメしないわよ」
「いや、一人じゃなかったけど……」
「あっ、もしかして、私達がすれ違った人達が仲間でしょうか?」
「ああ、あいつらね。不死身だから囮になったの?」
「いや、ちょっと違うな。囮に、された」
「……どういうこと?」
不穏な気配を感じ、ジュリナが眉を顰めて問いかける。
オルクスは苦笑いをしながら、事の経緯を話す。
一ヶ月前にパーティを組んで、ダンジョンに一緒に潜ったこと。
オルクスの制止を振り切り、自分達の力を見誤り、奥先に進んだこと。
そこでガルウルフの群れと遭遇し、逃げるためにヴァリオというリーダーに後ろから刺され、囮にされたこと。
そして……ヴァリオ達には、不死身だということを話していないことも。
「なっ……!? つまりあいつらは、オルクスを殺したってことじゃない!」
「なんて残虐な……!」
「……まあ、僕は死ななかったし、別にいいさ」
諦めたような笑みでそう笑って言うオルクス。
「よくないわよ! あんた、殺されたんでしょ! 一人で取り残されて、後ろから刺されて、裏切られて!」
「そうだね。改めて聞くと、酷いことをされた気がするよ」
「された気がする、じゃないわよ! なんで自分のことなのにそんな無関心なのよ!」
「いや、逆になんでジュリナさんがそんなに怒ってるの? 自分のことじゃないのに」
不思議そうにオルクスがそう言うと、怒りが収まらないジュリナが大声で言う。
「そいつらに腹が立たないの!? 仲間を殺して、囮にする? ふざけんじゃないわよ! それならあんた達が死になさいよ!」
「ジュ、ジュリナ、落ち着いてください……」
「マリアだってそう思うでしょ!? あの男達、次に会ったら絶対にぶっ飛ばしてやるわ!」
とても怒っている様子のジュリナ。
マリアは長い付き合いなので、ジュリナが怒っていることをよく見てきたが、ここまで怒るのも珍しい。
だけどそれも仕方ないだろう。
ジュリナは仲間を大切にする人で、仲間を大切にしない人が大嫌いなのだ。
「ふっ……あははは!」
ジュリナの怒りをどう収めようかと悩んでいたマリア。
それなのにいきなり、オルクスが笑い出した。
「何を笑ってるのよあんた!」
「あはは、ごめんごめん。なんだかおかしくて」
「あんたがそんなんだから、舐められるんじゃないの!?」
「ふふっ……ありがとう」
「はっ? どういうお礼よ、それ」
イラついたようにそう言うジュリナに、オルクスは笑みを浮かべる。
「僕のために怒ってくれて」
「なっ! 別に、あんたのために怒ってるわけじゃないわよ!」
「そう? だけどなんか、ジュリナさんが怒ってくれると、嬉しくなるんだ」
「……あんた、よくわからないわね」
「ははっ、よく言われる」
「……はぁ、もういいわ。あんたがそんなんなのに、私が怒ってたら馬鹿らしくなるわ」
「ごめんね。怒ってくれてありがとう」
「はいはい、どういたしましてー」
納得いってなさそうなジュリナだったが、オルクスはとても嬉しそうだった。
マリアはようやくジュリナが落ち着いたから、ホッと一息をついた。
「それで、あんたはこれからどうするの? 武器も防具もないから、他の魔物に襲われたらまた死ぬわよ? あんたなら死んでも生き返るんでしょうけど」
「そうですね。私達と一緒に地上まで行きますか?」
「いや、そこまでお世話になるつもりはないよ。一人で帰れるから」
「そう? だけどあんた、そこまで強そうじゃないけど」
「あはは、ジュリナさんは結構ズバズバ言うね」
「ご、ごめんなさい、オルクスさん、ジュリナに悪気はないので……」
「いや、大丈夫だよ。ジュリナの言葉は裏表なくて気持ちいいし」
そんなことを話していると……まず最初に、ジュリナが異変を感じる。
「っ、静かに……何か、地響きが聞こえない?」
「えっ?」
オルクスが小さな疑問の声を上げるが、ジュリナとマリアはすぐに戦闘態勢に入っていた。
熟練の二人は戦闘への切り替えが早かった。
遅れてオルクスも周りを見渡し、耳を澄ませて音を聞き取ろうとすると……微かに、地響きが聞こえる。
ダンジョンの奥の方、つまり最奥地につながる通路からだ。
「……この音、こっちに近づいているわ」
「足音のように聞こえます。もしかして、ダンジョンのボスじゃ……!」
マリアがそう言うと同時に、奥の通路からそれが姿を現した。
体長は、十メートルを超えている。
人の形をしていて、二本足で立っていた。
とても巨体で横幅もデカく、手には普通の人間の倍以上はありそうな棍棒を持っている。
大きく開かれた、一つ目。
その目が数十メートル先から、ギョロッと三人を睨んだ。
「キュクロープス……! まさかそんな強い魔物が、このダンジョンのボスなんて……!」
ジュリナが唾を飲み込み、その魔物を睨みながら言った。
「ジュリナ、いけますか?」
「いけないこともないと思うけど、厳しいわね。あいつ、魔法耐性が高いのよね」
「ジュリナさん、武器は細剣じゃないの?」
「私は魔法剣士で、この剣に魔法を纏わせて戦うのよ。剣の速度は自信があるけど、剣だけの威力としてはそこまで高いほうじゃないわ」
魔法耐性が高いキュクロープスは、ジュリナの戦い方では相性が悪かった。
治癒師であるマリアも魔法攻撃出来るが、魔法なので同様だ。
「逃げられるかしら? あいつ、あの巨体で結構速いのよね」
体長が十メートル超えているのにも関わらず、意外と俊敏な動きを見せる。
逃げようとしても足が速い、というより一歩が大きいので、普通の人間だったらすぐに追いつかれてしまうだろう。
ジュリナの身体能力だったら逃げられるかもしれないが、マリアは身体能力は一般人とそう変わらない。
しかもすでに見つかっているので、ここから逃げるのはほぼ不可能だろう。
ということは、残された道は一つ、戦うしかない。
「やるしかないわね……マリア、援護頼むわ」
「わかりました」
ジュリナは不利を覚悟で戦おうとして一歩前に出ようとした時、目の前にオルクスが立った。
「何? あんたも戦ってくれるのかしら?」
「うん、もちろん。というか、僕一人でやるよ」
「はっ?」
「えっ?」
オルクスの言葉に、ジュリナとマリアは口を開いて驚いた。
冒険者の中でもトップの実力を持つ二人が、命を懸けて戦う覚悟をする相手に、たった一人で挑む?
「君達にはガルウルフから喰われ続けているところを助けてもらったからね。そのお礼で」
「あんた、そんなに強さに自信あるの? さっきも言ったけど、あんたのどこを見ても強そうに見えないし、あいつに勝てる要素がないと思うけど」
「あはは、本当にグサグサ言うね。気持ちいい性格だよね、ジュリナさんって」
「あ、あの、悪く言うつもりはないのですが、私もジュリナと同意見です……オルクスさんから魔力もあんまり感じれないですし……」
「そうだね、今の僕は生活魔法くらいしか出来ないと思うよ」
「そ、それなら……」
あのキュクロープスを倒す術なんて、オルクスには全くないはずだ。
「まあ見てて……いや、見ない方がいいかも。あまり気持ちいい戦い方じゃないから」
「どういうこと?」
「とりあえず、後ろに下がってて」
オルクスがそう言って、二人よりも数メートル前に出た。
すると同時に、キュクロープスが奥の方からこちらに向かってくる。
一歩一歩、歩くように近づいてくるのだが、その一歩がデカくてすぐにこちらまで辿り着いた。
そしてそのまま……オルクスを踏み潰した。
「……はっ?」
呆気ない倒され方に、思わず声が漏れてしまったジュリナ。
マリアにいたっては声も出なかった。
「ちょ、あいつ、普通にやられてるじゃない!」
軽く一千キロを超えているであろうキュクロープスに潰されてしまった。
不死身ということで死んではいないだろうが、無事では済まないはずだ。
しかし――次の瞬間、キュクロープスの身体が吹き飛んだ。
「えっ?」
今度はマリアが声を出した。
十メートルを超える巨体が、宙に浮いたのだ。
誰でも驚いてしまうだろう。
後方へと吹き飛んだキュクロープスが倒れると、地面が大きく揺れる。
キュクロープスも何が起こったのかわかっていないのか、不思議そうにしているが……立ち上がろうとした時に、気づいた。
キュクロープスの足が、変な方向に曲がっていることに。
その曲がった足がさっきまであった場所に、オルクスが右手を振り上げた状態で立っていた。
「まさかそのまま踏まれるとは思ってなかったけど……足を潰せたのは、結果オーライかな」
身体中に血が滴っていて、傷だらけだ。
しかし次の瞬間、すぐに傷が塞がり始め、傷が全くなくなった。
「再生が、早い……?」
マリアが思わずそう口にした。
さっきの狼に襲われて喰い散らかされてから、身体が再生するまでの時間が早い。
「意識すれば、結構早く治るんだよね。死ぬと意識がないから、再生は遅くなるんだよ」
「な、なるほど……」
「いや、それよりも! 何よ今の! どうやってあのキュクロープスを浮かび上がらせるほどの攻撃を!?」
オルクスの体勢から考えて、おそらく単純に足の裏にパンチをして吹き飛ばしたのだろう。
しかしどう見ても、オルクスにはそんな力があるとは思えない。
ほとんど裸なのでわかるが、身体はとても細く筋肉もあるように見えず、魔力で強化している素振りもない。
ジュリナが目を見開いてそう聞くと、オルクスが少し振り向いて笑みを見せる。
「人間の限界を、超えてるからさ」
「人間の、限界?」
ジュリナが不思議そうに繰り返すと、オルクスは頷く。
「これは知り合いの研究者から聞いたんだけど、人間の脳や身体って通常時で20%程度の力しか発揮してないんだって」
「はっ? どういうことよ」
「それ以上の力を出すと、身体や脳が壊れるから。だから無意識に、力を制御してるらしいよ」
「そう、なの?」
ジュリナやマリアは人体の構造など、特に詳しくない。
ある研究者が調べたというのであれば、そうなのかと納得するしかない。
「それで僕は、その抑えられている力を発揮することが出来るんだ」
「そ、そういうことね……」
「ただこれは誰でも出来るけど、僕にしか出来ないことだ」
「オルクスさんしか、出来ない?」
そんなことを話していると、キュクロープスが足を引きずりながらも立ち上がり、オルクスに向かって拳を振り下ろしてくる。
「オルクス! 後ろ!」
「危ないです!」
瞬間、人間よりも大きい拳が、オルクスに衝突し轟音を発した。
そのまま身体が弾け飛び肉片になる……と思いきや、オルクスは全く動かなかった。
さらに驚くことに、キュクロープスの拳を片手で止めていた。
ジュリナはその光景を見てとても驚いたが、すぐに異変に気づく。
「あんた、何でそんなに傷を……!」
キュクロープスの身体を片手で止めたはずなのに、オルクスの身体は至るところから血が噴き出していた。
特に足や腕が酷く、皮が裂けて肉が露出もしている。
「言ったでしょ? 人間は自分の身体を壊さないように力を抑えている。だからこうして力を発揮すると、身体が壊れるんだよ」
そう言いながらもオルクスの身体はギフトの力により治り、無傷の状態になる。
そしてオルクスも拳を振りかぶり、目の前にあるキュクロープスの拳に叩き込んだ。
すると人間大の拳が吹き飛び、足と同様に骨が折れたのか、異様な方向に曲がった。
キュクロープスは痛みで雄叫びを上げながら、尻餅をついた。
しかし殴ったほうのオルクスのほうが、身体は傷だらけだ。
また限界を超えた力を発揮したので、筋肉が裂けたのだろう。
「あ、あんた……」
「オルクスさん……」
二人はキュクロープスの力を真正面から跳ね返す力に驚きながらも、オルクスの身体を見て複雑な気持ちを抱いていた。
「大丈夫だよ」
二人のそんな気持ちを見抜いたのか、オルクスは笑みを浮かべて振り返る。
「もう慣れてるから人よりも痛みには鈍感になってるし、僕にとっては……死ぬことすら、かすり傷だから」
その言葉通り、オルクスの身体にはもう傷は一切なかった。
だけどジュリナとマリアの顔は晴れない。
いろんな冒険者を見てきた二人だが、こんなにも自分の身体を犠牲にする戦い方など見たことない。
二人の顔が晴れないのを見て、オルクスは諦めたような笑みをした。
「……僕にはこんな戦い方しか出来ないから。気持ち悪いと思うから、見なくていいよ」
「っ、あんた……」
オルクスはその言葉を最後に、キュクロープスへ向かって走り出した。
もう二人の反応を見ないためにか、決して後ろを振り向かず。
その戦いの様を、目を背けずにずっと見つめるジュリナとマリア。
「……オルクスさん、辛そうでしたね」
「……当たり前よ。あんなに肉が裂けて、骨が折れてるのよ。痛いに決まってるじゃない」
「それもそうですけど……心にも、痛みが走ってました」
「……そうね」
先程のオルクスの顔を見れば、そんなの一瞬でわかった。
あれほど自分の身体を犠牲にする戦い方は、見ていて気持ちいいものじゃない。
おそらくオルクスは、今まで理解されてこなかったのだろう。
不死身というギフトがあるからこその戦闘スタイル。
自分の能力を最大限に活かしているのだが、その戦い方は壮絶だ。
「多分、組んでいたパーティの方にギフトのことを話さなかったのは……この戦い方を、見せたくなかったからなのでしょうね」
「っ……そうかもしれないわね。私達にも、本当は見せたくなかったのかしら?」
「おそらく……ギフトは神からの贈り物、つまり選ばれし者の証です。嫉妬の対象となりやすく、その苦労は理解されづらいでしょう」
「そうね。私達のパーティの、あの子もそうだったわね」
「はい、そうです」
ジュリナとマリアの知り合いにも、ギフトをもらっている者がいる。
その人もオルクスと同様に、他人に自分がギフトを持っているということを公言しない。
公言しても、いいことなどほとんどないから。
むしろ不幸を被ることのほうが多い。
オルクスもおそらくそうなのだろう。
しかもオルクスの場合、ギフトも不死身という破格の能力。
そして戦い方はその能力に合った戦い方なのだが、普通の人が見たら気味悪がるだろう。
だからオルクスは、見なくてもいいといったのだろう。
「今からでも、目を逸らしますか?」
「いいえ。私達のために戦っているオルクスから目を逸らすなんて、ありえないわ」
「ですね」
二人はオルクスが傷だらけになり、その度に再生しながらキュクロープスと戦う姿を、一度も目を逸らすことなく見守っていた。
五分が経ち、オルクスとキュクロープスの戦いは終わった。
勝敗はもちろん、オルクスの勝ちだ。
何回かオルクスが防御出来ずに攻撃をモロに喰らった場面もあったが、関係ない。
すべての傷、たとえ死んだとしても、治るのだから。
「ふぅ……」
オルクスは自分よりも十倍くらいデカい相手が倒れて動かなくなったのを確認する。
そして振り返り、ジュリナとマリアのもとに行く。
二人はオルクスの方を見ていたが、近づくにつれて目線を逸らす。
(……やっぱり、今の戦いを見て、気味が悪いと思ったんだろうな)
いつものことだ、と思って少し笑うオルクス。
さっきまでと同じように、笑みを浮かべて自然に話しかける。
「お待たせ、怪我はない?」
「わ、私達はもちろん大丈夫よ」
「は、はい、大丈夫です」
話しかけてみて、少し違和感を覚える。
いつもの気味悪がられて距離を置かれた感覚と、少し違うからだ。
そこまで距離が置かれた感じはしない、だけど目線が合わない。
「あ、あの、オルクスさん……し、下が、見えて」
「した?」
「……股間よ」
「えっ、あっ……」
自分が全裸に腰にタオルを巻いていただけ、ということを忘れてしまっていた。
あんなに激しい戦い、腰に巻いたタオルが取れるのは当たり前だろう。
オルクスは女性二人が目線を逸らした理由を、ようやく理解した。
「これ、もう予備のタオルはないわよ」
「あ、ありがとう、ジュリナさん」
ジュリナがオルクスにタオルを渡し、腰に巻いたのでようやくオルクスの方を向ける。
「……呼び捨てでいいわよ。別に歳は変わらないだろうし」
「私も呼び捨てで構いません、オルクスさん」
「そ、そう……その、引かないの?」
オルクスは心配そうにそう聞いた。
やはり二人の想像通り、オルクスは今の戦い方を見られて、引かれないか心配だったのだろう。
「あれがあんたの戦い方でしょ。別に引かないわよ」
「引くだなんて、とんでもないです。私達のために戦っていただいて、ありがとうございます」
「っ……そ、そっか」
二人がそう言うと、オルクスは言葉を詰まらせた。
そして……瞳から一筋の涙が溢れた。
「っ、あ、あんた、何泣いてるのよ!」
「えっ、あ、泣いてる……?」
「だ、大丈夫ですか? やはりあれだけの傷を負ってしまうと、治っても痛んだりしますか?」
「い、いや、違う、全然痛くないんだ……ただ、嬉しいんだ」
オルクスは涙を拭きながら、笑みを浮かべる。
「初めて、あの戦い方を見せて……その後に、お礼を言われたのは初めてだったから」
「っ……!」
その言葉に、その泣き笑いを見て、ジュリナは細剣を捨てて、オルクスを思わず抱きしめた。
「えっ……?」
「オルクス……私達はあんたに助けられた。あんたがいなかったら、キュクロープスに殺されてたかもしれない」
「……」
「ありがとう。それに、私達がオルクスをその能力で嫌うことは、絶対にないから。安心しなさい」
「っ……うん、こちらこそ、ありがとう」
オルクスはその言葉を受けて、さらに涙を零しながら、所在なさげに垂らしていた腕を、ジュリナの背中に回して抱きしめた。
その様は恋人同士とかではなく、親が子供を慰めているような光景だった。
その後、三人はダンジョンの主を倒したので、最奥地に行って宝を取りに行った。
多くの金銀財宝があり、三人で持ち帰るのが不可能なくらいだった。
仕方なく半分ほどだけ持って、残りはあとで取りに来ることにした。
一気に取って帰らないと、この後やってくる冒険者達に横取りされる可能性があるが、それはしょうがない。
ただこのダンジョンは結構奥の方に強い魔物が集まっているので、ダンジョンの主がいなくても最奥地に着くのが難しいだろう。
そして三人は金銀財宝を持ち帰り、冒険者ギルドに報告する。
冒険者ギルドに行く最中に、すでに他の冒険者に金銀財宝を持っていることに気づかれて、ものすごく注目されていた。
「ダンジョン制覇したわ。確認をお願い」
「おめでとうございます! パーティ名を言っていただけますか?」
「『紅の炎』よ」
そのパーティ名を聞き、ギルド内の冒険者達がザワめいた。
「『紅の炎』って、あの今この近隣諸国で一番強いパーティと噂されている奴らか?」
「まさかそんな強いパーティが挑んでいたなんてな」
「四人と聞いていたが、三人しかいないぞ? まさか一人欠けた状態で制覇したのか?」
「だけど『紅の炎』って女性だけのパーティって聞いたぞ? 後ろの半裸のやつはなんだ?」
そんな言葉がギルド内でオルクス達の耳に入ってくる。
「ジュリナ達、そんなに有名だったんだ」
「まあ多少はね」
「嬉しい限りですね」
そんなことを話しながら、ダンジョン制覇の手続きをしていると……。
「なっ!? お前、オルクス!?」
そんな声が後ろから聞こえた。
オルクスはその声の人物に気づきながら、少し困った表情で振り返る。
「……やあ、ヴァリオ。さっき振りだね」
ヴァリオ、その後ろにダンガとカトレーナがいて、三人は驚いた顔を隠せずにいた。
「お、お前、なんで……!?」
囮にして置いていったオルクスが、生きて帰ってくるなんて思っていなかったようだ。
普通は誰でもそう思うし、事実、オルクスは死んだ。
ただギフトの能力で、生き返っただけ。
「……『紅の炎』のジュリナとマリアに助けてもらったんだ」
しかしそのことを話すつもりがないオルクスは、ヴァリオ達にそう言った。
一瞬だけ驚いたジュリナとマリアだったが、オルクスの困ったような笑みを見て察した。
「そ、そうだったのか、ははっ、運がいいな、お前」
「そうだな……傷も、治ってるみたいだしな」
「ええ、そうね。よかったわね」
ヴァリオ達が順番にそう言った。
どうやらオルクスの身体に傷一つないのを見て、安心したようだ。
それはおそらくオルクスの身を案じたのではなく……ヴァリオが刺した致命傷がなくなったのを見て、安心したのだろう。
そのことにオルクスは気づいたが、何も言わずに笑みを浮かべた。
ジュリナとマリアはこいつらがオルクスを囮にして殺した、というのを知っているから、険悪な表情でヴァリオ達を睨んでいた。
「オルクス、行きましょう。まだダンジョンに宝が残ってるわ」
「そうですね、早く取りに行きましょうか」
「えっ、ああ、そうだね」
「はっ? ちょ、ちょっと待て! なんでオルクスがあんたらと一緒に行くんだよ!」
ヴァリオに話しかけられて、不快感を隠そうともしないジュリナが舌打ちをしてから答える。
「私達でダンジョンを制覇したからよ。オルクスがいなければダンジョン制覇は無理だったわ」
「は、はぁ!? オルクスが、あんたらと一緒にダンジョン制覇したのか!?」
「な、なんで、こいつは荷物持ちくらいしか出来ないはずじゃ……!」
「魔法も剣術も上手くないオルクスが、どうして……!」
「……そこまで答える義理はないわね」
ジュリナが冷たくそう言い放ち、ギルドを出ようとする。
「ま、待て!」
「……なに? 私達、急いでるんだけど」
苛立っているジュリナに対し、ヴァリオがさらに火に油を注ぐ。
「も、もともと、オルクスは俺達のパーティだ! オルクスがダンジョン制覇したなら、報酬は俺達にも分ける決まりだ!」
「……はっ?」
ジュリナが今まで以上に低い声を出して、瞳孔を開き切ってヴァリオを睨んだ。
しかしそれに気づいていないのか、ダンガとカトレーナも続く。
「そ、そうだ、オルクスがダンジョン制覇したなら、俺達パーティが制覇したと同じことだ!」
「そうね、私達にも報酬をもらう権利はあるわ」
側から冷静に見ているマリアも、ヴァリオ達の言葉を聞いて顔を顰めた。
「……なんて醜い」
小さな声でそう呟くが、ヴァリオ達は止まらない。
「どれだけ財宝があるのか知らんが、お前ら二人とオルクスが制覇したなら、三分の一はオルクスがもらうことになるはずだ! その財宝は、俺達のパーティで山分けするからな!」
「そうだな! ははっ、手柄だな、オルクス!」
「ええ、今まで荷物持ちしかしてなかったけど、初めて活躍したわね」
そこまで聞いて、ジュリナがブチギレた。
「あんたら、いい加減に……!」
「いいよ、ジュリナ」
ジュリナの怒りを抑えようと、オルクスが後ろからそっと肩に手をかけた。
「そういう決まりだったのは本当だし、あの能力を彼らに見せず、荷物持ちをしてて役に立ってなかったってのも本当だから」
「だけど……!」
「いいから。僕は大丈夫だから」
そう言ってオルクスは笑った。
その笑みを見たジュリナは冷静になったのか、肩の力を抜いた。
ジュリナはヴァリオ達に近寄り、冷静に吐き捨てるように言葉を放つ。
「いいわ、あんた達に半分の財宝をくれてやる」
「なっ、本当か? ははっ、それは太っ腹だな、さすが『紅の炎』だ」
「その代わり、オルクスとは二度と関わるのをやめなさい」
「はっ? どういう意味だ?」
「そのまんまの意味よ。あんた達に付き纏われるのなんて、オルクスが可哀想だからよ」
その言葉にイラっとしたヴァリオ達だったが、話を続ける。
「……ふん、まあ別にいい。もともとオルクスは後から入ってきたメンバーだ、いなくなっても問題ない」
「それなら財宝の半分をもらう権利を、あなた達にあげるわ」
「ああ、それは感謝しよう」
「あと、財宝とか全く関係ないけど……あんたにあげるものもあるわ」
「あっ? なんだ――」
瞬間、ジュリナが細剣を抜いたのは……オルクスとマリアしか気づかなかった。
「痛みよ」
何が起こったのか、ヴァリオにはわからなかった。
ただ次の瞬間、右腕が熱く、焼けるように痛みを発した。
「くっ、ああぁぁぁぁぁ!!??」
「ヴァ、ヴァリオ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
そして、自分の右腕が地面に落ちているのを見て、ようやく斬られたのだと頭が理解した。
「腕を落とすの初めてかしら? 痛いでしょうね、私も落としたことあるからわかるわ」
血が噴き出る肩を押さえて、うずくまるヴァリオ。
ジュリナはそれを見下ろしながら話を続ける。
「だけどその痛みは、おそらく全身を喰い殺されるよりかは何倍もマシな痛みのはずよ。全身の骨が折れ、肉が裂けながら動き続けるよりも、何十倍も軽い痛みのはずよ」
「お、お前、何言って……!」
ダンガがいきなり仲間を斬って意味不明なことを言っているジュリナに恐怖する。
「あんた達にもその痛みを味合わせたいけど……今は手持ちがないわね」
「て、手持ち……?」
ジュリナは細剣をしまい、ギルドのカウンターに近づく。
受付嬢はいきなりの惨劇に驚き、その惨劇を引き起こした相手が近づいてくるのに恐怖する。
「ひっ……!」
「ごめんなさいね、これはギルドへの迷惑料とあいつへの慰謝料よ」
「へっ……?」
ジュリナがカウンターに置いたのは、ダンジョンから持ち帰ってきた金銀財宝の全てだった。
「これだけあれば足りるでしょ? 腕をくっつける時に使うお金も十分にあるはずよ」
「は、はぁ……」
「じゃあ私達はこれで」
いきなりのことに呆気を取られていたオルクスとマリアは、そこでようやくハッとした。
「ちょ、ちょっと、何やってんの……!?」
「ほ、本当ですよ! いきなりこんな人目のある中で何やってるんですか!」
「報いを受けさせただけよ。これじゃまだまだ足りないけど」
「と、とりあえず、外に出ましょう」
周りからさっきまでは憧れの目や嫉妬の目が多くあったのだが、今は恐怖の対象を見る目でしかなかった。
逃げるようにギルドを出た三人は、街中で歩きながら話す。
「ごめんなさいね、ダンジョンから持ち帰った財宝、全部なくなっちゃったわ」
「ぼ、僕は別にいいんだけど、そういうことじゃないよね?」
「そうですよ。いきなり腕を斬っちゃって……ビックリしましたよ」
「だってイラつくじゃない。あんな奴ら、斬られて当然の存在よ。殺さないだけ感謝してほしいわ」
全く反省も後悔もしてない様子のジュリナ。
衝動的な行動をすると知っていたマリアも、さすがに腕を切るとは思っておらず、とても驚いていた。
「はぁ、スッキリしたわ。もともと、オルクス、あんたのせいよ」
「えっ、なんで?」
「あんたがあんな奴らとパーティを組んで、しかもあんな奴らに舐められてるからよ」
「そ、それで怒ったの?」
「一番嫌いなのよ、ああいう奴ら」
「……あはは! やっぱりジュリナって、すごく優しいんだね」
「は、はぁ!? 別に、優しくなんてないわよ……!」
顔を赤くして否定するジュリナだったが、オルクスはとても嬉しそうだった。
「オルクスさんはこれからどうするんですか?」
「これから?」
「はい、パーティを抜けましたので……その、ジュリナのせいでもありますが」
「ああ、いやいや、あんなことになって一緒のパーティはやれなかったから、それは構わなかったよ」
「そうよ、むしろ抜けさせてあげたんだからお礼を言って欲しいくらいよ」
「この後か……」
オルクスは顎に手を置いて、悩む様子を見せる。
「もうここにはダンジョンもないし、それにジュリナのせいで、ギルドの人からも少し睨まれてるから、違う街に行こうかな」
「……それはごめんなさい」
「えっ、ジュリナって謝れるんだ」
「ど、どういう意味よ! 私だって場所が悪かったって思ってるわ。もっと人気のないところでやれば……」
「いや、そういうことじゃ……」
「そうですよジュリナ。そうすれば金銀財宝もあげなくて済んだんですから」
「えっ、マリアはそこを気にしてたんだ」
意外とマリアもあいつらに怒っていたようだった。
「オルクス、あんたがよかったら、私達が拠点にしてる街に来ない?」
「どこの街?」
「ここから三日も馬車で移動すれば着くわ」
「あっ、それならオルクスさん、私達のパーティに――」
「あー、ちょっと待ってマリア、ちょっと来て」
マリアの言葉を遮り、ジュリナはオルクスから離れてマリアと話す。
「どうしたんですか? もしかして、ジュリナさんは反対ですか?」
「オルクスをパーティに入れることをでしょ? 私はもちろんいいけど、他の子達がなんて言うかわからないでしょ」
「あっ、確かに……」
「今それを言ってオルクスに期待させて、後から無理でしたは可哀想じゃない」
「そ、そうですね」
二人の内緒話はそれで終わり、オルクスと話す。
「どうしたの?」
「い、いえ、とりあえず、拠点にしてる街に行きましょうか!」
「うん、それはいいけど……」
「とても住みやすくていい街よ。オルクスも気に入ると思うわ」
「そっか、それは楽しみだ」
そして三人は、紅の炎が拠点にしている街へと出発した。
その後、オルクスが「紅の炎」に入って、世界中にその名を轟かせるのは、まだ誰も知らなかった――。
「クソッ、あの女……俺の腕を斬って逃げやがって!」
「しかもダンジョンの宝の半分をもらう権利って、残り半分はまだダンジョンの中らしいぞ」
「最悪ね、騙されたわ……」
「絶対に仕返してやる……! 紅の炎、それに、オルクス……!!」
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