9 学園生活 あ〜ゆれでぃ?
学園は寮生活。建物自体それほど大きくないので、寮も食堂も校舎も学年別。寮は更に男女別。その代わり貴族と平民は一緒だ。
同性の使用人は隣室の控え部屋、異性使用人は別棟の使用人棟に寝泊まりをする。ゆえに実質、控え部屋がある広い部屋が貴族用だ。
(部屋のベットは馬鹿みたいにでかいから、またチエラと一緒に寝ようかな。ぶっちゃけ普通の人にはこんなでかいベットいらないと思う。)
生活の中に誰かがいるという喜びは、イリーザにはずっとなかった感覚だった。それは『私』を思い出してからのことだ。
頑張って人を集めて、仲を深めて。前世の家族の愛情も思い出して。それがなければイリーザは空っぽのままだった。一人ぼっちのまま、人のアラを探して、声を荒げて罵って。……闇へと一直線だっただろう。
ずっと分からないのがノクトの気持ち。
私を愛してるのか、憎んでるのか。囲い込みたいのか、痛めつけて捨てたいのか。監視されてる以上、無関心は……多分ない。いや、確実にない。
つなぎの婚約者であれば何故イリーザの生き方に干渉するのか。貶めるだけならば噂で充分なはずだ。直接的な接触は非常に少ないが、間接的には孤立させられてる。真の婚約者がいるのにイリーザに何を求めているのか。
(カサカサの心で孤立させて、甘やかして依存させる? 叩き潰して粉々に心を壊す? その後は……捨てる? 飼う? ……殺す?)
少なくともイリーザは今孤独ではない。ノクトに依存することもない。分かっていることは、イリーザたちは普通の婚約者同士ではないということだけだ。……そんな相手と、今までより少しだけ距離が近づく生活が、もう直ぐ始まるのだ。
平民は実家の事情も考慮され、通いも許可されてるらしい。
ソルト以外の舎弟たちは通いだ。ソルトは母子家庭なので、これを期に母君は住み込みのメイドをするそうだ。ウーヌは農家の子、ドゥアは大工の子、トリーエは商家の子で、それぞれ放課後は実家の手伝いがあるらしい。
クラージョの護衛術が舎弟らの身になったのかは不明だが、鍛錬の授業もあるので無駄にはならないはずだ。
チエラは詰め込みの淑女教育を終了した。残念ながら修了ではない。こちらも授業でおさらいできるので、心配ないだろう。
ヘルボはなんと、最終学年に編入することになった。
(ヘルボは勉強、ついていけるのかな。そうと教えてくれれば、最後にあんなに引っ張り回さなかったのに。)
最終学年には王太子、悪役令嬢の従兄と悪役令嬢の従者、転移者と思しき噂のヒロインが揃い踏みだ。あと二人くらいいれば乙女ゲームが始められそうである。もちろんイリーザは望んではいないが、想定くらいはしておく。
(従兄はインテリ枠かな。ヘルボは使用人枠か従順ワンコ枠? そうすると後は、脳筋枠と年下枠、イケオジ枠くらいか……)
イリーザは卒業を待たずして喜んで婚約破棄するつもりなので、最終学年には関わりたくなかった。
(ノクト様から言われてるお役目があるけど、今更やりたくないし。サボって出方を見るか、できない言い訳になるくらい、別のことで忙しくするか……)
「ねえヘルボ。あなた飼い主に酷い目に合わされたりは……してないのよね?」
学園の寮で荷物を片付けながら、イリーザたちは雑談していた。今日だけは男子も女子部屋に入れるのだ。普段から、登録した執事や従者は部屋に入ることができるのだが、ヘルボは学生になったので明日からは女子寮にも入れない。
「大丈夫ですよ。……いえ、突然編入とかやっぱり酷い目にあってますわ。」
「何でまた急にそうなったの?」
「……どうも王太子のお気に入りの娘のおねだりらしいです。」
(やっぱ噂の子は転移者か。マジのマジで乙女ゲームなの? しかもヘルボをピンポイントで指名? 攻略対象者確定なのかな……。それにしても、自分の婚約者の従者を浮気相手に侍らせる王太子って。)
「あー。……じゃあヘルボを私の部屋に入れないため、とかではないのね。」
気分を変えるためにイリーザは少しおどけて聞いてみる。
「あ、それ正解だ! 従者としてお嬢の学園に同行するって報告した時の氷の微笑は、まさに冴えわたる月光の君って感じでしたよ。」
(なにその厨二臭!? そりゃノクト様は銀髪だけどさ。それに……)
「氷とか冴えわたるって、別の人の二つ名じゃなかった?」
「侯爵令息のグラツィーオ様ですね。氷のような薄い青色の髪をされています。」
(残ってる枠は、アイスブルーじゃイメージ違うけど……脳筋枠かな?)
「ひょっとして騎士団?」
「よく知ってますね。」
(やっぱりか〜。でも色のイメージが合わないな。赤いインテリ担当と色チェンジすればいいのに。あ、でも騎士でもメガネの参謀タイプなら青でも可かな。……いやいや、私は決してゲームをしたい訳ではない! メガネ萌だっただけ!)
「……女のカンよ。」
(とはいえ色のイメージは大事だと思う。後の残りは年下枠? イメージ沸かないな。従順ワンコ枠は柴犬色? イケおじ枠は熊っぽい茶色とかいいかもね。もはや色じゃなくて動物イメージだけど。)
イリーザの脳裏には、薄い金色の尾を振る幻がチラつくソルトと、くせ毛な茶髪のクラージョの姿が浮かんでいた。
(結局、現実逃避気味に色々考えても、悪役枠は私なんだよね……。私のイメージカラーは何色だろう。)
逃避から復帰したイリーザは、そばに来たチエラに目を向ける。
「チエラ、あなたの分の片付けは終わった?」
「はい。」
「あの……バタバタしてて確認できなかったんだけど、私たちは同い年なのよね?」
「はい。」
(エロオヤジめ! 妻の妊娠中に浮気すんなよ。学者ってもっと研究に没頭するもんじゃないのかな。領地に遺跡があるだけだから、学者っていうより学芸員ってかんじなのかな。……以前の私って、家族に興味なさすぎで何も知らないや。)
「どっちが姉かは聞いた?」
「私は妹です。」
「そう、よかった! 私、妹が欲しかったのよね。……そうだ! 最後に会った時に、あなたのお母さんから預かってきたものがあるの。ちょっと来て。」
近寄ってきたチエラを私は抱きしめた。
「お、お嬢様?!」
「お姉さまって呼んで。お母さんはね、『今まで父親のことを教えられなくてごめんなさい。もう会えないけれど、伯爵令嬢として幸せになりなさい』って言ってたよ。」
「お母さん……」
「でもさ、私みたいに下町に繰り出す破天荒な姉がいるんだからさ、あなたも好きな時に会いに行けばいいのよ。変装したっていいしさ。」
これは名案かもしれない。イリーザは、チエラがこの先も自分の使用人として生きていくつもりなのが、ずっと気になっていたのだ。下級貴族の娘が侍女をやることはよくある。だが義姉妹で主従など悪趣味だ。
「そう! メイドはキャップを被ったミエラ、伯爵令嬢はイリーザとチエラってことでさ。髪型も普段から一緒にして、三役を使い回そう!」
(そうすれば、どこぞで噂を聞きつけた令嬢らにイジメられても、私ならあしらえる。私たちは顔も似てるしね。)
「あの……僕の存在忘れてませんかね。女同士とはいえ目に毒なんですが。」
「何よ、家族の抱擁なんて、平民じゃ普通よ。あなたもお兄様になってくれるなら入れてあげるわよ。ほらおいで。」
イリーザは、チエラに回していた腕を片方ヘルボに伸ばした。
「「え?」」
「え? ああ、口約束の義兄弟じゃさすがにまずかった?」
「いや、いやいやいや! そんなことしたら僕、飼い主に殺されますよ。それに兄なら別にいるでしょ〜」
うんうんと上下に頷く、自分より少しだけ下にあるチエラの頭を撫ぜながら考えた。
「うち、他にも隠し子がいるの?」
「いやいや、歴とした従兄妹の兄上がいるでしょう。」
「あー。ほとんど会ったことないから忘れてた。」
「いやいや、王太子と会う時はいつもそばにいたでしょ?」
「いた、かな? そもそもノクト様自体とほとんど会ってないし。」
(手紙は来てたけど、会うのは年に一度あるかどうかってとこだったと思う。でもそうか、従兄妹か……。
「チエラ、あなた好きな人はいる?」
「?! い、いいいません!」
「いるの? ヘルボ? クラージョ?」
「いません!」
「そう。……貴族になったら好きでもない人と結婚しないといけなくなるのよ。だったら婚約するまで、いえ、結婚するまで初恋は取っておいた方がいいわ。」
「はい……」「お嬢……」
母方の従兄と父方の義妹。血筋的にも政治的にも丁度いい。恐らく伯爵もそのつもりだろうし、どうせなら早目に決めて欲しいところだ。
「あ、あのお嬢、そろそろ離れたら?」
「……もう、しょうがないな。人肌の温もりってクセになるのよね。チエラ、今夜からまた一緒に寝ましょうね。」
「やめて! それ以上僕に聞かせないで! ……ところでお嬢の初恋は?」
「ヘルボ、今日ここで聞いたことは飼い主に報告不要よ。じゃないと3人で義兄妹の抱擁をしたことにするわ。」
「げっ?! ヤバいヤバいヤバい! じゃあ僕はもう行きますよ!」
「待って! 一緒に食堂に行きましょうよ。あそこは男女共用だったわよね。」
「いやいや、使用人が一緒に食べるなんて。」
「学生だから、今日しか部屋に入れない。学生だから、身分の上下はない決まり。へルボは学生だから一緒に食べてもいい。さあ、行くわよ!」
2021.7.16