表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

 7 小4の陰謀ならもっとこう……可愛げとか?







(チエラがお父様の子供だったなんて……呆れたわ。)




 チエラはヴェテーロ伯爵と屋敷に勤めていたメイドとの間の子供だった。


 だがイリーザにとっては父親の浮気云々よりも、それに気が付かなかった自分にガッカリしたので、挽回とばかりに早速チエラの学園入学をもぎ取った。ただ、本人の希望もあって、伯爵令嬢としてではなくイリーザ付きの平民メイドとしての入学になった。




 さらにガッカリしたことは、王太子との婚約の件だ。最近のイリーザが好き勝手していも、なぜか親も婚約者も関知しないとは思ったが、そんな裏取引があったとは。


(何もしなくても婚約は破棄できたなんて、今までの苦労はなんだったの?! いや、でも……)




 あのまま何もしなければ、流れはこうだった。


 イリーザが悪役っぷりを発揮する。

 ↓ 

 王太子がフォローかつイリーザに対しても心の広い所を見せて株を上げる。

 ↓ 

 良き頃に婚約破棄し、適切な令嬢と婚約し直す。

 ↓

 地に落ちるイリーザの評判の代わりに、次期伯爵である従兄のファイロを取り立てる。




 ここ3年以上想定していた乙女ゲームらしき流れと、今回知った流れは、実はあまり変わらない。どちらにしても婚約破棄の時にイリーザは叩きのめされるはずだ。そうでないと婚約破棄で、折角上げた王太子の評判に傷がつくことになるからだ。


 違うのはイリーザを悪役令嬢たらしめるのが、ヒロインでもゲームの強制力でもなく、婚約者である王太子ノクトだったと確定できたことだ。


 それはイジメて面白がっているわけでもその場の思い付きでもなく、至極計画的なことだった。婚約破棄(目的)のために8才のイリーザを10才のノクトが洗脳し、それが正しいことだと信じ込ませたという事実だ。



(怖い怖い……怖すぎる! 何でなの? 理由は何??)


 最初から父親と密約があったということは、イリーザが悪役令嬢化しなくても婚約は順当に破棄できたはずだ。


 そもそも何故いったんイリーザとの婚約を挟んだのか。考えられるのは、目くらましの道化として政治的に利用されたということくらいだ。


(本命とはすんなり婚約できない関係で、根回しを済ませるための時間稼ぎ、とか。あとは大した家柄ではないファイロを、どうしても引き立てたかったからか。……両方ってこともあるよね。)



 果たしてこのイリーザに、幼少時から暗躍するノクトを出し抜くことはできるのだろうか。ひどい目に合わされずして、王太子との婚約を破棄することができるのだろうか。


(しっかし今の私もだけど、10才って小4でしょ? 普通そこまでできる?? 今日まで私も中身はトータル24才と思って行動してきたけど、知識だけが24才でも実際の脳味噌スペックはまだ10才だった訳で……)


 状況把握力や自己統制力、そこからくる判断力は、残念ながら現在のイリーザの積載脳味噌機能分しかなかった。そのため計画が甘かったり先の見通しがイマイチだったり、いざという時にボロを出したりしてしまっていた。


(何で元中2がそんな賢そうなこと知ってたかって? 前世で親に「体は大人でも前頭葉はまだ未熟なんだからオトナの意見をちゃんと聞け」って説教されたからだし!)


 親の顔は思い出せないイリーザだったが、耳に痛いありがたい教えは記憶に残っていた。


(ってことは前世の記憶って脳じゃなくて魂とかに刻まれてるのかな? ……でもあれ? 私、何で死んだんだっけ? 転生したんだから死んだはずだよね。……思い出せないな。)


 何にせよ王太子は10才の脳でそれだけのことを上手くやってのけた。基本的なスペックが高いのか、それを補うだけの補佐(ブレーン)がいるのか。……もしくは王太子ノクトも転生者なのか。



(それにつけても、ノクト様は一体何を考えてるんだろう……)







§ § §


 学園入学に際して、急遽チエラの教育が始まった。


 平民メイドとしての登校でも、一応は伯爵家のものとして最低限の令嬢教育は必要だと判断されたのだ。……ましてやいつ庶子だとバレるかもしれないのだから、伯爵も傍観はできなかったのだろう。


 時間がない中、何故すんなり手配が済んだのか? イリーザが苦労して引き込んだチエラの身柄が、素性を知っていた執事とメイド長の手の上だったからだ。


 庶子とはいえ、当主の息女。保身のためにも念の為、夫人には内密に最低限の教育は受けさせたかった二人にとって、覚醒したイリーザは飛んで火にいるなんとやらだった。だから案の定な伯爵の急な無茶振りにも、余裕を持って対応できたのだ。




 そもそも、彼らはイリーザを冷遇していたわけではなかった。反抗期の令嬢を一歩引いて見守る姿勢だったのだ。もちろん親たちのサポートがない以上、使用人では叱責等の手段を取れなかったという事情もある。


 もしもイリーザが本当に反抗期で、その感情を持て余して暴言その他を行っていたのならば、使用人たちの見守りの意義もあったかもしれない。


 しかし二人にも分かりようがなかったが、イリーザは自分の感情とは関わりなく、指示通りにそれを行っていただけだった。


 親身に寄り添い諌めるものがいたらならば、というのは今更の話だ。事実としてイリーザは孤立を深め、心が限界を向え、『私』を目覚めさせた。この流れがイリーザにとって、幸せの始まりなのか不幸の始まりなのか、答えはまだ出ない。


§ § §







(チエラさんは家庭教師と勉強に、護衛さんは町で舎弟と訓練に。……というわけで私は何をしているかというと、下男を引っ張り込んで秘密の勉強をしているところなんだな〜)



 緑色の髪の(ヘルボ)。以前の作戦時に、庭で暇を潰す必要があった時からずっと、イリーザは食べ物で釣って相手をさせていた。



 チエラの監視をさせた時に、あまりにもへルボの手際が良かったため、彼から隠密スキルを教わるために訓練を受けているのだ。


 ちなみに周囲の大人は、イリーザたちが隠れんぼや追いかけっこ、テーブルゲームをやっていると認識している。そして当の本人、ヘルボも周囲の大人と同じ認識をしている。




隠れんぼ(気配を消す)とか鬼ごっこ(尾行)とか、シュルテテーブル(瞬間記憶訓練)とか、持ってて損しないスパイスキルだよね。もちろんヘルボはそんな技持ってないっていって教えてくれないけど。どうやったらできるようになるか一緒に考えてって頼むと、なし崩し的に付き合ってくれるんだよね。)


 チエラ引き込み作戦と同様、日々特訓で一緒にいるうちに、ヘルボもイリーザ専用の従者(子守)と見なされるようになっていた。本人も下働きよりは楽なようで喜んでいたらしい。




「ぶっちゃけ自分のことは自分でできるから、そういう意味ではメイドも従者もいらないんだけどさ。」


 護衛のクラージョはイリーザ専属ではないので学園には付いて来ない。だからイリーザはヘルボに付いてきて欲しいと思っていた。貴族は学園に、メイドと執事一人ずつまで連れて行っていいことになっているのだ。


「昔の武勇伝のせいで私、友達はチエラとへルボしかいないじゃない? だから付いて来て欲しいんだよね。チエラはメイド兼生徒として通うからさ、きっと他に友達できちゃうでしょ。」


 いつからか、イリーザはヘルボにも下町(ミエラ)モードで喋るようになっていた。


「お嬢、僕をぼっち仲間にするのはやめてくださいよ。しかも武勇伝って。」


 何故かヘルボも下町でのイリーザの通称で呼んでくる。


「私はカシラよ。それにヘルボは僕じゃなくてソレガシね。それっぽくしてくれないと雰囲気ぶち壊しじゃない。」


 二人が励んでいるのは隠密ごっこだった。スパイテイストではなく、忍者風味だ。


「勘弁してくださいよ〜。僕はただの下男で隠密じゃないんですから。」


「今は下男じゃなくて従者でしょ。トイレ掃除から解放されたって喜んでたじゃないの。じゃあさ〜、今日は囚われた隠密ごっこね。」


「うげっ! 勘弁してくださいよ〜」


 ひょろ長いヘルボが心底困った様子でガーデンテーブルにうつ伏せる。一応へルボも男なので、イリーザと密室で二人きりはマズい。ということで引き込みミッションをクリアした今も、訓練は部屋ではなくて裏庭でやっているのだ。




「じゃあこの椅子に座って。」


 なんだかんだ言って付き合ってくれるヘルボの手を後ろ手に椅子に縛って、足も左右の脚に固定する。


「どうすればその状態から抜けられると思う? 縛られる時に力を入れて腕を太くするとか? でもそれは筋肉がないとできない策よね。」


 椅子の周りをぐるぐる回りながら、イリーザは縄抜けの方法を考える。


「勘弁してくださいよ〜縄なんて抜けられませんよ〜」


「そうなのね。……じゃあ今度は尋問に耐える訓練ね。」


 立っているイリーザと同じくらいのところにあるヘルボの目。イリーザはその茶色の目をじっと見つめて、おもむろに質問をした。


「ノクト様の陰謀の目的は何?」


 いつも飄々としたヘルボの目が、一瞬光った気がした。






2007.7.15

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ