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 6 え!? 初耳ですけど??






 予約通り、料理は大皿盛りで給仕はなし。店員が出ていってからイリーザは話しだす。


「どう? この店は気に入ってもらえたかしら。」


「できたばかりの制服を着てこいと言われた時は、ミエラの主に会うのに失礼のないようにするためかと思ったら……」


 さすがのソルトも顔が引きつっている。その割には店自体には戸惑いは少ないようだ。


「ふふ。肝を冷やしたでしょ。さあ、好きに取って食べていいわよ。ただし、音は立てないで。マナーは騎士様を参考になさい。」


 椅子を引いてイリーザを座らせたクラージョが慌てた声を出す。


「お嬢様! 自分は王国の騎士ではなくて雇われの護衛です。マナーなど……」


「騎士だって国に雇われてるってだけで護衛に変わりないわよ。屋敷で食べてるように食べればいいわ。さあみんなお食べなさい!」


 仕える主との同席を渋るクラージョとチエラを、手間かけさせないでと何とか左右に座らせた後、イリーザは取り分けた皿をチエラの前に置いてやる。そうしないと絶対食べないからだ。




「みんなお皿はそろった? では、いただきま〜す!」


「……長ったらしいお祈りはいいんですか?」


 ソルトが聞いてくる。


「いいんじゃない? 学園の食堂ではどうか分からないけど。うちじゃずっとわたくし一人で食べてたからしてなかったし。最近は、この感謝の祈り短縮版で済ませちゃってるわ。」


「一人……」


 ソルトはイリーザを正面から見つめたが、記憶を辿る彼女は気付かない。


「そういえば……小さい時に習った当初はお祈りをしてた気もするわ。みんなしたい?」


「いや〜」「いいっす」「いつも通りで」「短縮版いいですね」


「でしょ? じゃあみなさんご一緒に。いただきます!」







 4人とも貴族レベルではないが、日本人的に不快ではないレベルでキレイに食べた。無料とは言え、学園に通えるのは子供を労働力にしなくてもいい家庭だけだ。彼らがそれなりの家庭の出であることがうかがえた。




「何でミエラは喋らないっすか?」


 食事を終える頃、ついにチエラについてドゥアに質問された。


「今からはクラージョも黙っているように! ……答えましょう。意地悪なわたくしは、こんな愉快な友達をもっと早くに紹介しなかったことを怒って、彼女に今日の会話を禁止したのよ。」


「「「……」」」


「どお? 性悪っぷりに恐れいったかしら?」


「お嬢様……」


「お黙り、クラージョ! ……あなたたち! 学園でわたくしに意地悪されたくなければ、4人とも舎弟になるといいわ。オーホッホッホ!」


 チエラを見ながら複雑そうな顔をしたトリオが、おもむろに口を開く。


「僕……」

「おいらは……」

「私も……」


「イリーザ様! 俺は舎弟? になりますよ。学園でもお側にいさせてください。」


 トリオの声を遮るように、大き目の声できっぱり告げたソルトに、トリオが信じられないという目を向ける。


「え? ソルトなんで?」

「お前はミエラのことが……」

「ミエラをいじめる貴族の子分になるんですか?」


 するとソルトは肩をすくめてアゴでイリーザとチエラを示す。


「お前ら女を見る目ねえな。ここにいるのはお貴族様と下女だろ? 二人の顔をよく見てみろよ。」


(ヤバい! 私がミエラってこと、ソルトにバレてる??) 


「……ミエラが辛そうじゃない?」

「そういえばお貴族様が飯をよそってやってた。」

「下女の割に身ぎれいなような……」


(バレてない? これは大丈夫なかんじ??)


「失礼ね、この子は最近メイドに格上げになったのよ! それにわたくしはお貴族じゃなくてイリーザ様よ!」


 もはや前世を思い出す前より悪役令嬢らしいイリーザだった。


「下働きからメイドに?」

「下町育ちなのに?」

「……あなたは今幸せなんですか?」


 トリーエの問いにチエラがうんうんと首を縦に振った。それを見たイリーザはため息混じりに呟く。


「イジメがいのない子ね……」


 ソルトが、口を引き結んだクラージョをチラっと見てからまた肩をすくめる。


「学園ではその辺の助言も手助けもしますよ。……できればそちらの護衛さんに、入学まで護衛術をご指南いただきたいのですが。」


「そうね。学園にはクラージョは付いて来られないものね。あ、クラージョはもう喋っていいわよ。」


「……お嬢様が町歩きを控えてくだされば、自分が4人に手ほどきしてもいいですよ。」


「え?」

「おいらも?」

「私は護身術程度なら教わりたいのですが……」


 トリオのちょっと嫌そうな顔で、イリーザは勉強を思い出した。


「仕方ないわね。入学まで勉強もあるし、じゃあそうしましょ。」


 イリーザが勉強と言うと、チエラがビクッとした。


「あら? あなた勉強がツボなの? いいわ、あなたの勉強時間も増やしましょう。」


 ミエラの時以外は基本的に無表情なイリーザが、満面の笑みをチエラに向けた。


「入学したら俺にも教えてください!」


 ちょっと顔を赤くしたソルトが食い気味にイリーザに頼んでくる。


(正直勉強得意じゃないんだけど……平民レベルならなんとかなるかな。)


「いいわ! 舎弟4人、まとめて面倒見てあげる。」



「え?」

「おいらも?」

「帳簿付けなら得意ですが……」







 食事会がお開きになり、相も変わらず徒歩で帰宅した。


 クラージョとは玄関前で分かれてチエラと屋敷に入ると、イリーザは丁度外出から帰ってきていた両親とエントランスで出くわした。




 普段ろくにイリーザに構わない母親が、足を止めてじっと娘を観察してくる。……正確には、娘と最近娘の専属メイドになった元下女とをだ。


 キツい下働きがなくなり、食事もイリーザと食べるようになってから、彼女の母親が喜んだようにチエラはふっくらしてきた。ちょっと見た程度では、イリーザの影武者をしていても見破られない程度には。




 じっと動かない妻を見た伯爵の目が泳ぎ、いたたまれなくなったのか、怒りの矛先をイリーザに向けた。


「この恥知らず娘が! いくらこの家はお前の従兄のファイロが継ぐとはいえ、下町などうろついて我が家の名に泥を塗るつもりか。」


「あれ、わたくしの動向を把握されていたんですか? それにお父様、おっしゃることはごもっともですが、王太子の婚約者としての立場うんぬんについてはよろしいのですか?」


 イリーザが部屋で死んでいても気が付かなそうな父親までが知っているということは、イリーザの下町通いは宮廷でも有名になっていたのだろう。


「ふん、生意気な! お前など王子が飽きるまでの、その場しのぎの婚約者だということは最初から決まっていたことだ。そうでなければお前にきちんと妃教育を受けさせていたに決まっているだろう。その代償に次期当主のファイロをお側に置いていただいたんだ!」


 イリーザは驚愕に声を上げそうになったが、なんとか無表情を維持して父親にやり返す。


「……それは存じ上げませんでした。それにしても、お父様。いつになく饒舌でいらっしゃるけど、どうかなさいまして?」


「いや、それはその……そんなことはない!」


「ではもうよろしいわね。わたくしたちは失礼いたします。お母様、ご機嫌よう。」


 最後まで母親はイリーザ自身には興味を示さなかったが、とんでもない情報を入手したイリーザにとっては、もはやどうでもいいことだった。






2021.7.14

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