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 5 感謝の気持ちでお礼参りをぶちかます!







「え? あなたたちも来年度に学園入学するの? ソルトはともかく3人も13才? くそ老けてるじゃん!」


 いつものように神殿横の階段に座り込んで、りんごをかじりながら5人でしゃべっていたところ、ミエラことイリーザにとっては衝撃の事実が告げられたのだった。



「え? ミエラも?」


「いや……私は通えるか分からないけど、うちのお嬢様がね。」


 学園は無償で通えるが義務ではない。それでもソルトとウーヌ、ドゥア、トリーエは通えるらしい。



「少なくとも、うちのお嬢様は通うから仲良くしてあげて。」


「すましたお貴族様なんざゴメンだぜ。」


 ソルトが顔を歪めて吐き捨てた。


「うちのお嬢様は型破りの下町好きだから大丈夫。」


「え? あー、もしかしてあの、イリーザお嬢か……?」


 ふと思い出したようにソルトが呟く。


「え? え、知ってるの? いつ会った? ってお嬢??」


「僕は会ったことはないけど、ここらじゃ最近有名だよ。騎士様を尻に敷く、悪ぶったお嬢だってさ。」


「悪、ぶった?」


「悪ぶりたいのかツンツンしてるけど甲斐甲斐しくって。小さい姐さん世話女房みたいらしいっす。」


「周りの連中にも気安いですし。お貴族が命令口調なのは当たり前ですが、年寄りには丁寧とか。お嬢に敬語で喋られたらジジイの証だそうですよ。」


 トリオが順に話すのを横目に、ソルトが渋い顔をしている。


「そ、そう。じゃあ今度顔つなぎに一緒に来るからさ、あなたたちも仲良くしてあげてよ。……くれぐれも、私に気付いても話し掛けないでね。護衛が後で告げ口して、執事のオッサンにサボりがバレたら困るしさ。」


「ニヤリ。」


「マジで! 休憩みたいなお使いに出してくれてるお嬢様にも迷惑がかかって、もう来られなくなっちゃうからさ。頼むよ!」


「わーったよ、しゃあねえな。ミエラの差し入れは惜しいしな。」


 ソルトがイリーザの肩をぱしぱし叩く。


「食い気なの? 色気がちょっと足りなかったかしら?」


「いや、色気は俺の前でだけにしてくれ。」


「は?」


「出た、ソルトの独占欲!」

「おいらたちはミエラと喋っちゃだめらしいっすよ。」

「最初に見つけたのは俺だから手を出すな、ですよね?」


 ウーヌ、ドゥア、トリーエがここぞとばかりに畳み掛ける。


「そうだ。」


 恥ずかしげもなく断言されて、金色の目でじっと見られたイリーザは、唖然として言葉も返せなかった。







 学園入学が迫ってきたある日、イリーザ、クラージョ、チエラの3人で、下町のチエラの実家を訪問した。



 チエラの母はイリーザに恐縮しているが、ミエラとの関係には気が付いていない様子だった。奉公に出る前よりふっくらし、身ぎれいになった娘に感激し、自分への仕送りと差し入れを感謝していた。


 そんな母親にイリーザは宣言する。


「わたくしはこれからもあなたの娘をこき使うわ。」


「はい、ありがとうございます。」


「……」




 チエラを室内に残し、イリーザとクラージョは外に出た。


「みんなドMなのかしら?」


「……お嬢様、それはどういう意味ですか?」


「虐げられるのが好きなのかしらってことよ。」


「……お嬢様はチエラさんを虐げてるんですか?」


「そうよ。……ああ、クラージョは家の中では私と一緒にいないものね。チエラは私に虐められて可哀想なのよ。今日だってしゃべるの禁止なんだから酷いでしょ?」


 さすがに今は解除して親子の会話をさせているが、舎弟に会った時に喋られてはミエラでないことがバレてしまう。


「あなただけは特別にチエラの味方をしてもいいわよ。今後も私の目を盗んで里帰りに付き合ってあげなさい。その代わり見つけたら罵るわ! 精々上手く隠れなさい。」


 イリーザのはるか上、厳つい体に不似合いな茶色の優しい目が、悲しげに細められた。


「……あの家の使用人はみんなお嬢様の味方ですよ。」


「何を言っているの? 私に罵られて泣く者も多いでしょ?」


「不正をした者が咎められるのは当然です。」


「チエラは不正なんかしてないわ! ただ私に目を付けられて可哀想なだけよ。」


「……そうですね。」


「ふん! 分かればいいのよ。……ほら、チエラが出てきた。出発よ!」


(あ、あれ? チエラをゲットして、外出できるようになったから、もう使用人には悪役しなくていいんだっけ?? ちょっと板に付いちゃったかも……)







 チエラの実家から神殿へはさほど離れていない。


「もうすぐ着くわ!」


「お嬢様、住宅街にもお詳しいですね。」


「え? あ、だって屋根が見えるんだから、分かるに決まってるでしょ! ほら、きっとあそこに立ってるあいつらよ。急ぎましょ!」


 テンションが上がって、上手く二役をこなせなくなりそうだった。そんな自分に気付いたイリーザは、誤魔化すように高級なワンピースと靴で走り出した。


「走るんですね、お嬢様が。……チエラさん、頑張って付いて行きましょう。」


「(はい)」







「あなたたち! うちのものが世話になったそうね。お礼参りに来てやったわ!」


「お礼参り?!」

「おいら何も酷いことしてないっすよ!」

「何度か会っただけですよ。」


 トリオが怯えながら返答した。


「知ってるわ! だからお礼に来たって言ってるでしょ。酷いことをするのは悪役令嬢のわたくしであって、あなたたちじゃないんだから。」


「お貴族様の酷いこと?!」

「ひぃ〜お助けを!」

「……お礼参りの意味が違うのでは?」


「えっ……」


(お礼参りって感謝を伝えに行くことじゃないの??)



 混乱する場にすっと進み出て、美しい礼をする者がいた。


「お嬢様、俺の名前はソルトと申します。お名前を伺っても?」


「あら、ご丁寧にどうも。わたくしはイリーザと申します。以後お見知りおきを。」


 普段と違うソルトの立ち居振る舞いを意外に思いながら、イリーザが手を差し出すと様になった仕草で手の甲にキスされた。


(うわっ、ほんとにしやがった! 普通振りじゃないの??)


 そんなソルトの様子を見たトリオも自己紹介する。


「僕はウーヌです。」

「おいらはドゥアっす。」

「私はトリーエと言います。」


 イリーザが着て来いと指定した、新品の学園の制服がブカブカだった。通常平民は無料支給される一度しか制服を作らないので、みんな大きめに作るのだ。


「お嬢様、そろそろお時間が。」


 クラージョの声掛けに、いつまでも握られたままの手をソルトからパッと引くと振り返った。


「まあ! チエラの家で長居しすぎたわね。では行くわよ! ……どうして付いてこないの? 早くなさい!」


 イリーザがずんずん進んで行くと、後ろにはクラージョとチエラしか付いてきていなかった。


「え、俺たちも……ですか?」


「そうよ、お礼参りなんだから。」







「さあ、あなたたち! 場違いな店で冷や汗を流すがいいわ。恩を仇で返す、私ってなんて悪役なんでしょう。」


「お礼参り……やはり私たちの認識と合っていましたね……確かに酷い。」


 下町エリアと、老舗の商家や下級貴族の邸宅エリアとの境目にある、立派な料理店を見上げながらトリーエが項垂れた。




 比較的高級なレストランに、下町風な物腰の少年たちがぞろぞろと入って行くと、客たちの視線が刺さってきた。


「お客様、困ります。」


 受付執事風の青年が眉を寄せて、大きな声でささやくという高度な技を見せてくれた。


「予約していたイリーザよ。何が困るのかしら? 新品の学園の制服だからドレスコードはクリアしているはずよ。……あ、わたくし? わたくしなのね。ワンピースが地味だからかしら?」


 今日はいつもと違って貴族らしい服を着ているが、敢えてそう言ってやる。


「イリーザ様?! 王太子殿下の婚約者の?? いえ、そのようなことは……」


 決して舎弟たちを排除させないように、うろたえる青年に畳み掛ける。


「護衛とメイドも含めて人数は合ってるはずよ。じゃあ何がだめなの? ……あ、剣ね。帯剣が禁止だったのね。知らなかったわ。でも他にも騎士様がいらしてるようですけれど、皆様の剣は……」


 他の客に近寄ろうとしたイリーザの、視界を塞ぐように青年が移動し、店の奥を指し示す。


「イリーザ様! ご予約は個室ですのでどうぞ奥にお進みください!」


「入っていいのね? もう、学友を招待して門前払いされたら、とんだ恥をかくところでしたわ、全く。……ではまいりましょう。」


(大した高級店でもないのにお高く止まって! でもこれで来ていた貴族や豪商、騎士たちに、私の交友関係も店に無理言う我が儘さもアピールできたかしら。)






2021.7.10

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