4 お洒落カフェの注文もすんなり
「わたくしのおもちゃに他の仕事をさせないで!」
悪役令嬢振りを発揮して、チエラには下女の仕事よりもイリーザの用向きを優先させるよう執事にいいつける。これにより、イリーザが庭に出ている時には、チエラはメイドや侍女の仕事を習うようになった。
ベットメイクなどのメイド業務はさておき、通常、侍女の仕事は上級使用人業務に分類されるようだ。イリーザ以外にイジメさせないように、メイドキャップをかぶったチエラに刺繍をさせて、イリーザはベットに寝転ぶ様子をメイドに垣間見させる。
(あれ? あんまりチエラが哀れまれてないな。刺繍って苦行じゃないの?? 彼らは私が嫌いなんだから……)
今度はサンルームで向き合って一緒に刺繍をすることにした。もちろんイリーザの手は全く進まない。むしろ雑巾が製造されていく。さらに文句を言っているようにみせるため、イリーザは九九を唱え続けた。
(よしっ! チエラへの哀れみの視線ゲット〜! あれ、なんだか私にもダメージが。刺繍は無理だわ……)
ようやく町に行く算段の総決算。ここで盗んだお仕着せの出番だ。チエラと同じように前髪を厚く長くして、後髪は三つ編みしてメイドキャップに押し込む。当然チエラにはイリーザの格好をさせた。
イリーザのお弁当用に少しサンドイッチを持っていく。食事の時間も含めて、イリーザに扮したチエラがずっと部屋に籠もっていても怪しまれない。折角なので集めた勉強用のグッツをチエラに与え、読み書きを覚えさせる。初めてチエラの嫌そうな顔を見ることができた。
町へ出たイリーザは、まず刺繍を売った。ヘルボの詳細なリサーチ、そして前世の庶民力によって迷うことなくやり遂げる。そこで得た情報で、下げ渡し服も古着屋に売る。地味に小銭が増えてきた。
(意外と下町はキレイだ。トイレも完備なのかな? 治安の悪い感じもしないし、町にも活気があるみたい。)
回数を重ねて慣れてくると、イリーザの部屋の間食用果物や焼き菓子を持ち出し、友達の振りをしてチエラの実家に届けることもあった。同じお仕着せを着ているためか、疑われていないようだ。
(さて、町に馴染んできたところで本来の目的に取りかかろう。まずはイリーザとして下町に来る時に、安全に素行を悪くできる場所を探ること。それと婚約破棄して平民落ちした時に、働けそうな所も見つけておきたいな。)
イリーザは何日かに分けて町の一角を歩き回り、神殿の周りまで行って帰るルートを確立した。
(孤児院はなさそうだけど、やっぱ教会・神殿周りにはストリートチルドレンっぽい子供がいるみたい。)
ある日イリーザは、神殿の階段に座る、平民には珍しい空色の髪の子供を見かけた。服装は粗末だが身ぎれいにしているようだ。
(これは舎弟ゲットの方向かも! 立ち上がって仲間になりたそうにこちらを見ているし!)
「こんにちは。あなたの髪、気持ちのいい青空みたいな色ね。」
「お前の色は……晴れときどき雨だな。」
イリーザと同じ年くらいの男の子は、フリルの付いたメイドキャップの中を覗き込むようにイリーザの顔を見つめて言った。
「雨? 太陽みたいに見ると目が痛くなる黄色だとは言われたことがあるけどね。あなた名前は?」
「ソルト」
(塩、かな? まあ生きるのには絶対必要だよね。)
「お前は?」
「ふふん、秘密よ。」
ソルトは面白そうな顔をして、イリーザの顔をじっと見ながら考える素振りをする。
「じゃあ……お前を雨と呼ぼう。」
「何それ? なんかやだ〜。じゃあさ、チエ……じゃなくて、はちみつって呼んで。蜂蜜色の髪でしょ?」
イリーザの言葉を聞いた瞬間、ソルトのお腹が鳴る。イリーザはくすりと笑って、持ってきたりんごをカゴから取って差し出した。今日はまだチエラの実家に行ってなかったのだ。
「おぉありがと。……なぁ、これあといくつ持ってる?」
ソルトがカゴとイリーザを交互に覗いながら遠慮がちに聞いてきた。
「あと3個。」
「やった! おいお前ら、聞いてたんだろ? 出て来いよ!」
ソルトが声を掛けると、柱の陰から仲間が飛び出してきた。つまずいて転びそうな3人組はウーヌ、ドゥア、トリーエという名前らしい。
イリーザはこの日、4人の舎弟の餌付けに成功した。
下町から帰宅したイリーザは悩んでいた。下町はキレイだし、神殿周りにいるのはストリートチルドレンではないと分かったからだ。神殿に通っても遡行不良にはならないと気付いたのだ。
(私のイメージで不良といえば飲酒喫煙。これは流石に無理だしやりたくないな。昭和の不良の溜まり場は喫茶店……喫茶か! タバコが無理ならコーヒーだ! 普段貴族は紅茶ばっかりで、コーヒーは女子供の飲むものじゃないとされてるらしいし、ぴったりじゃん!)
数日後、イリーザは早速実行に移した。
「町に行くので小銭を用意して。」
執事に要求すると渋られた。
「支払いは屋敷にツケていただければ現金はいりませんが。」
「下々の生活を体験したいのよ。市場にも行ってみるわ。」
最近の使用人好感度アップ作戦が功を奏したのか、護衛は付けられたが現金を入手できた。護衛付きなら安全なルート検索は無駄になった感があるが、目的地の当たりも付けられたので結果オーライだ。
(ついにイリーザとしても町に行ける!)
イリーザはシンプルだが裕福と分かる服装で、護衛を一人連れ、下町の神殿近くの喫茶店に繰り出した。
(喫茶店……というかオープンカフェだよね、これ。小洒落てるしキレイだし。でもまあ、貴族令嬢は間違いなく来ない店だからまあいいか!)
「あなた何食べる?」
ここは現代日本風セルフサービスカフェだった。レジ前で護衛のクラージョに尋ねる。
「自分は結構です。」
イリーザは腰に手を当て、護衛を見上げながら見下した。
「あなたには分からないのかしら? 護衛は一人しかいないんだから交代できないのよ。いざという時に腹ペコの役立たずじゃ困るの! ……で、肉とシーフードどっちがいい?」
「……肉で。」
「じゃあ座って場所取りしてて。」
「自分が運びます。」
店を見渡しヤバそうな雰囲気がないか確認しながら外を指差す。
「護衛の手が塞がってたら役に立たないでしょう? 中は煙いからテラス席に行ってて! ……ああ、店員さん、これで足りるかしら? お釣り間違えないでね。」
いかにもな金持ち風でもきっちりお釣りはもらうアピールをして、イリーザはコーヒーを受け取った。お嬢様でもトレイのコーヒーはこぼしません。
(それにしてもフードは番号札と引き換えって、オーナーは転生者なのかな。)
テラスに出ると、クラージョが所在なさげに立っていた。ガラス張りなので、ずっと助けを求めるような視線を感じてはいたが。
「自分は座りません。」
「当たり前でしょ! だからサンドイッチにしたわ。あなたコーヒーは飲めるの? 飲んだことない? あらあら大人なのに情けないわね。仕方がないからお砂糖とミルクを入れてあげるわ。感謝なさい!」
フォークよりも重いものは持ったことのなさそうな、傲慢な貴族風の少女が、図体のデカい帯剣した護衛を子供のようにあしらう様は異様で目立っていた。ちなみにコーヒーが2つ乗ったトレイを、こぼさずに運んだことも注目を集めていた。
「ほら! 口のソースを拭いて、みっともない。」
すると隣の席の貫禄のある紳士……というよりは首領といった風情の、悪人顔の年配の男性に声を掛けられた。
「随分小せぇ嫁さんの尻に敷かれてるな。」
「あら、ヤダおじ様。私の婚約者はもっと素敵なのよ。この人はただの子守よ。」
この年で婚約者のいる貴族。珍しくはないが、さて下町でイリーザの素性がバレるまでにどのくらいかかるだろうか。自由の期限は刻々と迫ってくるが、あからさまに情報を漏らすのはマズい。一応伯爵令嬢イリーザはお忍びの体なのだ。
この顔の広そうな、そして程よい悪人風のドンの存在によって、この店に通うことを内心決意したイリーザだった。
イリーザとして下町に通うことで、王太子の婚約者としての評判を落としつつ、王太子に職務怠慢を指摘されない程度にヘイトを集めなければならない。善行は回避。お釣りはもらってケチアピール。護衛には横柄に。
(行列のできる人気店で買い占めとかも嫌われポイントかな。舎弟に配れば処理にも困らないし。あ、でもあの執事結構お金に渋いからな〜軍資金が心もとないわ。)
同時進行で舎弟を手懐けるためにソルトたちと仲良くしつつ、将来住み込みで働けそうな拠点を探さねばならない。
(チエラママ、居候させてくれないかな……)
2021.7.10