3 美少女をイジメてこその悪役だよね
「わたくしの髪に色が似てるだなんて、思い上がりもいい加減にしなさいよ!」
イリーザの手にはハサミ、床には切られた藁色の髪が散らばっていた。
久しぶりにイリーザが悪役令嬢ぶりをブチかましたのだ。最近入ったらしい下働き、イリーザと同じくらいの年。このシチュエーションを作るのには、それなりの苦労があったのだ。
まず手始めにイリーザは自分の部屋から使用人を排除した。ただでさえ寄り付かなかったものを、起床時の支度も入浴も自分でやることにして排除した。もちろん誰も止めない。
その上で食事は部屋で取ることにした。給仕はなしで朝夕はワゴンだけ受け取り、食べたら廊下に出しておく。昼はバスケットにサンドイッチをもらい、それも朝食のワゴンと引き換えに予め貰っておき、好きな時に食べる。
当然ドリルも巻かれなくなった。イリーザは元は緩いウエーブ髪だったようだ。髪の艶もいい感じに無くなってきた。
数日おきにドアを開け放って庭に出ると、その間に掃除やリネン交換がされている。タオル等は以前より多めに用意されるようになったし、風呂掃除の道具も常備されるようになった。庭に出る時に勉強の本を所望したメモを残しておくと、戻った時には用意されていた。
そのための長時間の庭遊びもまた、今のイリーザには中々楽しい時間だった。
(慣れると前世持ちには快適な生活かも……。でも記憶がほぼ混ざった今、以前のイリーザは本当に無感動に生活してたってことが分かるな。ネグレクトとかいうんだよね。衣食住に知識や学問を与えても、愛情がゼロならそういうんじゃないかな。)
そんな日常を送りつつ、前日に予約を入れて、たまに夕食を食堂で取るようにする。元より両親とは別の食堂だ。
そして思い付きのように給仕に食事を下げ渡す。もちろん食べかけではなく皿丸ごとだ。親切だと思われないように、正面に座らせて食べている所を監視するようにじっと見る。使用人と主人が同席はありえないが、イリーザは治外法権であり、これは彼らにとっては命令であり罰なのだ。
それでも従僕に肉を与えたり、メイドにデザートを与えたりしたので、イリーザの給仕は当番制になった。ちなみに過去に偏食で残していた物は、もったいないが今もそのまま残している。
どうも使用人たちには、先日ヘルボに食事を与えて喜ばれたのを面白がったイリーザが、それを続けていると認識されたようだ。
(もしそれが本当のことだったとしたら、愛に飢え過ぎた行動だよね。素直じゃないを通り越してると思う。今まで誰もこんなふうに私を思いやってくれる人はいなかったんだろうな……)
数回繰り返すと料理が大皿から小皿に変更され、枚数が増えた。給仕は上級使用人の部類から下男下女まで順繰りだ。上役が美味しいとこ取りしないだけ、使用人同士の仲は良好なのかもしれない。嫌な仕事のなすりつけ合いなのかもしれないが。
並行して始めた服や靴の下げ渡し。浪費家のイリーザは着切れないほどの衣類を持っていたので、下女や使用人の子供にバンバン与えた。売ってもいいと伝えたのでそうするだろう。
ただ、これみよがしに一人だけに与えなかった。ずっと目を付けていた、イリーザと同じような顔立ち、同じような背丈の少女、下女のチエラだ。
ある日イリーザは、あからさまにチエラのタンスを荒らして、下女のお仕着せを1枚盗んだ。メイド長にはチラッっと見られたが、当然咎められなかった。
(ちょっと着てみたのをメイドに見られて真っ赤になる小芝居を入れておこう。各種好感度アップ作戦込みで、使用人と仲良くなりたい気まぐれって思われればいいな。まあ事実だけどね。我ながら回りくどすぎて、ちょっとうんざりしてきた……)
ちなみに次の日は制服類の支給日だった。これは王太子との婚約後から毎回イリーザの監視の基で行われていた。過剰に持ち去る者、他人の分を奪う者はすかさずイリーザに公開処刑にされていた。唯一イリーザが役に立った仕事とも言える。
遂にチャンスが回ってきた。狙っていた訳ではないが、使用人を食で釣る作戦が、別のプロジェクトのキッカケになった形だった。今日の担当はチエラ。あえて食べ難いパイ包みを与えて、ボロボロこぼした所で罵る。
「そのように汚い食べ方をする子には、わたくしの食べ残しで充分ですわ。」
そう言って皿を床に置く。ついに日の目を見た、偏食食べ残し品だった。この国は室内も土足だ。当然チエラは躊躇する。イリーザは、チエラ以外の使用人を全て部屋から出した。
困惑するチエラ向かってにっこり笑いかけて、イリーザは唇に人差し指を当てる。隣に座らせたチエラにはカロリーの高そうなものを当てがい、自分は床から拾い上げた偏食品の皿を平らげる。そうして二人で全てを完食した。
ますます混乱するチエラに、床の皿を食べたとだけ周囲に話すよう言いつけて、イリーザは部屋を後にすした。
知らせを受けたのか部屋を出た所に待機していた執事に、ニヤリと笑いながら今後夕食の給仕はチエラを専属にするように申しつけた。流石に執事は眉をピクリとさせたが、黙って頭を下げてきた。
その日から、夕食はチエラの給仕でイリーザの部屋で食べるようになった。今まで残していた物まで完食するようになったので、偏食品処理係になったと周囲に認識されたようだ。
実際には全体の半分をチエラが食べているので、賄いの夕食が食べ切れなくなったらしい。チエラの賄いがなしになり、夕食のワゴンの料理が二人分になった。
(え? バレてる? ……まあいっか。)
頃合いをみて、朝食も昼食も二人分にするようにメモを置く。
しばらくしてチエラはイリーザ専属の下女になった。言うなればご機嫌取り係だ。そのタイミングで、それまでおざなりに続けていた他の使用人への叱責もパタリと止めた。これでご機嫌取り係の価値も上がるだろう。
以前のイリーザは真面目に授業を受けなかったので、随分前から家庭教師に課題だけ出されるようになっていた。一応実技のマナーなどは、食堂での食事を止めるまでに最低限が修了している。ちなみに妃教育は行われていない。
例によって、イリーザが課題の刺繍をチエラにやらせようとしたが、やったことがないと返された小芝居をメイドに目撃させた。
その上で、練習用のハンカチと刺繍セットを、チエラに一人で町に買いに行かせるよう執事に申しつけた。「一人でなんだからね!」と意地悪ポイントを強調したが、その程度は平民の少女には普通のことなのか、特に眉も動かさずに了承された。
お金を持ち逃げしないか監視するという名目で、護衛代わりに下男ヘルボにチエラの追跡をさせた。
驚いたことに、ヘルボは道順や購入した店の名前、金額、寄り道した実家など、細かく報告してきた。感激したイリーザは、おやつのケーキをヘルボに与えた。
すぐに習得した刺繍の腕で量産したハンカチを、チエラの下町の実家そばの雑貨店に何度も売りに行かせ、売上はイリーザが取り上げた。もちろん下女の自室でコツコツ縫ったのはチエラだ。代わりに里帰りは黙認している。
そうしてチエラの従順さ、口の硬さ、イリーザへの嫌悪がないかなど、諸々の確認を済ませたことで、計画は最終段階へ向かった。前世から『私』は、ゲームでブロックを極限まで積んでから一気に連鎖を発動するタイプであった。……よくミスって自爆もしたけど。
何度も課題のハンカチをチエラのベッドに置きに行くため、イリーザが下女たちの6人部屋に足を運ぶのが自然になってきた頃に決行した。
チエラを部屋に押し込め二人で準備した。
そしてイリーザは大声を張り上げる。
「わたくしの髪に色が似てるだなんて、思い上がりもいい加減にしなさいよ!」
声を上げる前に、既にチエラの髪は梳くように縦にハサミを入れてあり、床に沢山の髪が落ちていた。前髪は長く厚く。ワックス的な整髪料をつけてもじゃもじゃにかき混ぜて、ザンバラに切られたように偽装する。
「ひゃっ!」
あまり喋らないチエラをくすぐると、顔が赤くなって我慢しきれずに、ついに声が上がった。そこで部屋がノックされ、返事を待たずにドアが開いた。執事とメイド長のダブル出動だ。
「お、お嬢様! これは!?」
散らばる髪に、さすがの彼らも顔色を悪くしている。いつも何でも見抜いてる風の執事とメイド長の度肝を抜けたことに、イリーザはほくそ笑んだ。
「メイドキャップをいくつか用意して。チエラにはいつもかぶらせます。それからわたくしの部屋のそばの物置に、チエラのベッドを移しなさい。」
さすがにすぐには執事も頷かなかった。
「何か粗相がございましたか?」
「ベルが聞こえるくらい近くにこの子を置いておきたいの。だってわたくしが何度もこの部屋に足を運ぶのは大変でしょ?」
野次馬な他の使用人たちは、悲痛な視線をチエラに向けた。一方、執事とメイド長はまた器用に片眉を上げてくる。イリーザは悔し紛れに捨てゼリフを吐き、チエラの腕を掴んで部屋から出る。
「すぐに目が覚めるように、ベッドは朝日が一番にあたるところに置いて頂戴!」
日当たり最高の物置であることはチェック済みだった。元は側付きの控え部屋なのだから。
2021.7.9
 




