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28 シンデレラストーリーは突然に







(我が子? 騎士団長の甥じゃなくて? 国王の息子??)



「は?」


 イリーザはなんとか声を発するのをこらえたが、ソルトは思わず出してしまったようだ。


「王太子の下劣な遊びが原因で、現在後継者不在の危機に陥っておる。その折今まで明らかになっていなかった息子が見つかった。そなたのことだ、ソルト。知らなかったこととはいえ、そなたら母子には苦労をかけたな。今後は王家の一員として、不自由のない生活をさせたいと考えている。よいな。」


「…………」


(何それ? 何その言い方!? ノクト様がいれば明らかにしないままだったってこと? 知らなかったこととはいえって、このタイミングで判明したのに? よいなって? よくないよ!)


 膝の上で握ったノクトの手が、ブルブル震えている。学園内では王太子に意見したソルトであったが、流石に国王に面と向かって何か言うことはできないようだった。イリーザはそっとソルトの拳に手を添えた。




「よくありません、国王陛下(おにいさま)。わたくしの娘はどうなさるおつもりですか?」


 男爵夫人が不満を隠さず隣の席の従兄に言う。国王に対する発言を誰も咎めない。それどころか、まるで日常の一コマであるかのように誰の顔色も変わらない。


「そなたの娘は婚約しておるだろう? そのまま婚姻を結べばよいではないか。」


 我儘な妹をなだめるように国王が言う。


「何者としてですか? 平民として? 伯爵家の庶子としてですの?」


「イリーザ・ヴェテーロ伯爵令嬢として王太子妃になればよい。元通りであろう。」


「それでは彼女の娘は?」


 そう言って男爵夫人は壁際に立つチエラの母を手で示す。


「わたくしの娘と実の姉妹のように仲が良かったのですよ。それをノクトの策略で引き裂かれたのです。これ以上の不幸は見過ごせませんよ。」


「そちらも予定通り、そなたの息子と添わせて伯爵家を継がせればよい。」



(ん? ちょっと待って! ……男爵夫人は私のことを娘と思っていて、国王が言うのは私に元通り伯爵令嬢として王太子妃になれってこと?!)


 同じ考えに至ったのか、ソルトが腕を回してイリーザの肩を撫で、そのまま離さないとばかりに二の腕を掴んだ。瞬間、咎めるような目線は各方向から送られたものの、誰も声には出さなかった。




「王太子の策略とはなんですか?」


 長く伯爵令嬢として貴族教育を受けてきたイリーザよりも、ソルトの方がよほど冷静に問うた。


「先程チエラさんに確認しました。姉妹を引き離すために、ノクトがチエラさんの耳に毒を入れたのです。このままでは姉は好いた相手とではなく自分と結婚せねばならぬと。チエラさんがイリーザになれば、姉は下町で幸せになれるぞと。」


「そん、な……」


 抑えていた声がつい漏れてしまう程、イリーザは男爵夫人の発言に衝撃を受けていた。


(ちょっと待って! まず、入れ替わりのことは王様にバレてOK?? 次にノクト様は、チエラと結婚する妨げになる私を、婚約者の座から引き剥がしたんじゃなくて、姉妹を分断したかったの? ……あ、そういえば言われたかも。……正妃じゃ閉じ込められないとか。公妾にするためにとか……)


 絶句し、顔を青ざめさせるイリーザの代わりに、ソルトが疑問解消を計る。


「じゃあチエラが王太子のことが好きだっていうのは……」


「ノクトに言わされたのよ。イリーザのための入れ替わりだってバレたら遠慮されるからって。」


「そんな……チエラ……」


 自分のために人見知りのチエラが王宮に住み、好きでもない王太子と結婚する道を選んだのかと思うと、イリーザは胸が激しく痛んだ。


(チエラがノクト様を好きじゃないなら、そんな役目押し付けられないよ……)



 イリーザの目から涙が止まらなくなったのを見たソルトは、イリーザを掴む力を強め、父親である男に食ってかかった。


「王様! だからってまだイリーザを王太子と結婚させる気なんですか? イリーザは、こいつは俺と結婚するんだ!」


 人払いしているとはいえ、悲壮に落涙するイリーザと激怒するソルトの様子に、部屋の中が緊迫した。


 そんな中、国王の呆れたような声が響く。


「……何を怒っておるのだ? そのように見せつけずとも、そなたら二人で婚姻せよと言っておるのだ。」


「「え?!」」


 顔を見合わせるイリーザとソルトに、残りの人々も顔を見合わせる。




「……イリーザ。あなたはわたくしがお腹を痛めて産んだ子です。公式の養子ではありませんが、そのことは国王陛下(おにいさま)もご存知よ。」


 隣で国王がうなずいている。


「エクボのことはファイロから聞きましたが、そんな目印はなくともわたくしにはあなたが分かるし、チエラさんの母君も当然間違えたりしません。伯爵夫人(いもうと)が泣いて頼むから、断腸の思いであなたを伯爵家に託したのに、あの子は全くどういうつもりで……」


 途中から男爵夫人の愚痴が始まってしまったので、続きは国王が引き継いだ。


「姉妹の入れ替わりについては王宮(ここ)の者たちには気付かれておらぬし、王太子の咎があるため不問とする。それにチエラとやらのところに、王太子が通っておらなんだことは確認しておるゆえ、ファイロとの婚姻には何も問題はない。」


(よかった! 処罰もなしだし、お手つきとみなして公妾とすることもないってことでしょ。ファイロ様はなんだかんだ良い人っぽいし、後はチエラの気持ち次第だけど……)



「……こいつがイリーザで、庶子じゃない方の伯爵令嬢だってことはここにいる人間は知ってるってことですよね?」


 確認するようにソルトが言うと、王も男爵夫人もうなずく。


「そのイリーザを王太子と結婚させるというのは?」


「うん? ……そうか。伝えるのを失念しておったな。そなたは王位継承順第一位の王子となり、婚姻とともに王太子になることが決まっておるのだ。」


「「はあ?」」


 揃った声が響いた瞬間、イリーザは慌てて口を押さえた。




「あの……俺の母は庶子で、俺は下町育ちです。こいつも元々王太子妃教育は受けてないって聞いてますし、最近はずっと庶子の平民として生活してました。それがいきなり王太子とか妃とか考えられませんよ!」


 激昂が収まり、言葉遣いをやや改めたソルトが淡々と状況を告げる。イリーザが壁側に目を向けると、ソルトの母は悲しげな顔をしており、国王の背後で微動だにしなかった騎士団長も眉をひそめている。


「……王宮で不自由なく生活できて、惚れた女を正妃にできて、何が一体問題なのだ?」


 本当に分からないように訝しげにする国王に、男爵夫人がため息をついてゆっくり話し出す。


「ご覧になって、国王陛下(おにいさま)。そこにおりますわたくしの友人たちも、娘の友人たちも、みな庶子ということで苦しんでいるのです。子爵令嬢は王妃になれるのに、侯爵家の庶子はだめだなんて。……それもこれも、元はといえば殿方の勝手がもたらしたものですわ。」


 男の(サガ)を咎められ、国王がうろたえる。


「そ、そなたは何を……それでは後継者が……」


「殿方の横暴をもうこれ以上許しておけませんわ! ねえイリーザ?」


(私に振る?! なんでここで私に??)


「……発言をお許しいただけますか?」


「よい。」


 許可とともに、なぜか国王にすがるような目をされ、イリーザは内心苦笑する。


「庶子を廃止すればよいかと。後継者問題がありますので、正妻以外との婚姻まで止めはしませんが、子供を差別するのを廃止すればよいのではありませんか?」


 イリーザが答えると、王が若干ムキになった様子で言い返す。


「母親の実家の勢力によって継承順を変えねば、むしろひどい争いが起きるぞ?」


「実の兄弟間でも継承に順位がつくのですから、庶子も同様になさればよろしいのでは? 等しく“子”としてならば年齢その他で継承順に差をつけるのは当面容認して、その代わり庶子という呼称を禁止してはどうでしょうか?」


(急に異世界人が制度を変えると良くないっていうしね。それに庶子としての認知だけを禁止して、養子にできないからって捨てたり知らんぷりされる方が怖い気がするし。まずは呼称から。次に女性の地位向上とか、かな? 後は頭の良いお役人に考えてもらおう。)


「さすがは我が娘イリーザ! ゆくゆくは手をつけ子をなした女性全てと公式に婚姻を交わさせ、男に責任を負わせるのね。それによって逆に手を出すことを躊躇させると!」


「いや、我はイリーザの案のまま、呼称の統一のみを推す。全てと正式に婚姻とは現実的ではない。イリーザ、そなたはよく分かっておるの。王太子妃となったらまた意見を聞かせてほしい。」


「は、はい……」


「あら、ソルト。王太子妃が決定したわよ。あなたが出自を盾にどうしても王太子になりたくないというなら、やはりイリーザは……」


(しまった! 王太子妃になること自体をOKしたことになっちゃった!)


「なります! なればいいんだろ!」


 慌ててソルトが承諾するのを、イリーザが待ったを掛ける。


「ごめん、ソルト。でも投げやりに決めるのは……」


「違う! 俺は下僕でも従者でもいいって言っただろ? 舎弟でも王太子でもいいから、俺をイリーザのそばにいさせてくれ!」


「ソルト……」


 下僕と王太子を同列に語るソルトと、それに感じ入り潤んだ瞳で見つめ返すイリーザ。放っておくとラブシーンに突入しそうな二人に、部屋の空気が生ぬるくなった。


「……では! 二人とも了承したということでいいわね。まだ婚約の書類は書いてないのでしょう? 組み合わせは王太子と伯爵令嬢のままですけれど、本人のサインと保証人は変更ね。では手続きの準備を!」




 用紙を持ってやってきた年配の男性を見て、イリーザとソルトは絶句した。


 国王の命令でなされるこの婚約の書類を、手に携えてやってきたのはあの首領(ドン)だった。下町のカフェで出会ったあのチェーフォが、この国の宰相だったのだ。



 チェーフォは相変わらず葉巻の似合いそうな悪い顔で、ニヤリと笑いこう言った。


「エラお嬢、今度は王太子を尻に敷く気ですかい? 豪気なことで。」






2021.7.31

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