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25 地下牢と鎖ってハード過ぎ!



鬱成分圧縮の文字数過多。改めて。フィクションです。








(ん……痛っ! ここは……)


 目を覚ましたイリーザは、殴られた頭の痛みから身動きできず、目だけで周囲の様子をうかがった。薄暗い石造りの部屋。平民向けのベッドに寝かされている。近くに人影は見えない。


 痛みを堪えてなんとか起き上がったイリーザは、窓のない冷たい空間を見回した。ベッド以外にもいくつか木製の家具が置かれている、不思議と生活感のある部屋を、息を殺して歩いて行く。端から光が漏れ出る分厚いカーテンに近寄ると、ボソボソと話す声が聞こえてきた。




「せっかく贅沢な生活をさせてあげていたのに、私のものに手を出すという愚かな行いをするから自由を失うんだよ。」


「あいつのせいよ! ……神様お願い! 帰らせて!」


「君がおねだりをしたから王宮に入れてあげたのに。なんの不満があるのかな?」


「私はあいつの代わりじゃない! 結婚しないなら開放してよ!」


「妻にはしてあげただろ? さすがに君に正妃は無理だよ。」


「何でよ!?」


「容姿も、素行も、学習能力もふさわしくないからだ。前回は見逃してあげたけれど、これでジ・エンドだ。いや、君にとっては大好きな逆ハーの始まりかな?」


「え?」




(えっ? ……危ない、私も声を出しそうになっちゃった。けど今、逆ハーって言った? しゃべってるのってノクト様とモモコだよね??)


 そっとカーテンをめくると、やっと人一人が通れるくらいの石壁の切れ目があり、そこから金気(かなけ)とカビと生臭いような匂いが入り込んできた。


 暗い側から見る分には平気かと、イリーザは恐る恐る中を覗いた。



 そこには椅子に座らされたモモコと思しき女性がいた。話し相手は奥にいるのかイリーザからは見えない。しかしそれだけでも十分異様な光景だった。


 モモコはいつか見たような白いベールをつけていた。黒髪はツーサイドテール。小柄でスレンダーな体には前世の制服のようなミニスカートとハイソックス、白シャツの首元にはゆるく結ばれたリボン。


 そしてその細い手首は、天井から吊るされた鎖に繋がれていた。



 イリーザがもう少しだけ前に出ると、そこにはノクトがいた。


「密かな頼み事をするくらい仲良しのこの男たちに、君を下げ渡すことにした。書面上は一人に下賜するのだけれどね。手続きは済んでいるよ。さあ、連れて行くと良い。」


 ノクトがそう言うと、死角からあの暴漢5人組が進み出た。


「あんたたち! 裏切ったわね! ……まあいいわ、こんな場所なんておさらばしてあげる。早くこの鎖外しなさいよ!」


 ガシャン!


 それは鎖を外した音ではなく、暴漢に殴られたモモコに繋がれた、手首の鎖が鳴った音だった。


 イリーザ自身も頭を殴られて昏倒させられはしたが、実際に女性への暴力を目の当たりにすると、ノクトに感じるのとは別種の恐怖に震えが走る。立っているのが精一杯だった。



 何度か金属音をさせ、モモコが意識を失ってからようやく鎖が外される。ベールは外れていない。手首には、赤黒い痕が残っていた。


「行くぞ!」


 暴漢に担がれたモモコがその場を後にするまで、ノクトは部屋の中心で微動だにしなかった。




「やあ、イリーザ。目が覚めたかい?」


「!!」


 顔だけこちらに向けたノクトに急に声を掛けられたイリーザは、思わず悲鳴を上げそうになった。だが喉は引きつり、全身が硬直し、震えすら起こらない。


「見ちゃったんだね……。あの女、容姿だけは昔の君に似ているだろう?」


「え? 昔……」


 ノクトが近寄ってくる。逃げ出したいのにイリーザは全く動けなかった。


「なん、で? 動けない? 魔法?」


 イリーザのそばに立ったノクトは、いつものような一分のすきもない王太子の服ではなく、どことなく着崩れた印象だった。黒いトラウザーズに白いシャツ。ボタンもいくつか外れて、髪も少しみだれている。まるで残業中のサラリーマンのようだった。



「魔法ではないし、動けるよ。まあ暗示みたいなものかな。私の目を見たら、二人の思い出の瞬間の感情が湧き上がるっていう後催眠みたいなものだよ。ああ……幼いころに暗示を定着させるまでは少しは魔法も使ったけれどね。」


 ノクトに手を引かれ、先程までモモコが座っていた椅子に誘導される。


「ごめんね、手荒な真似をして。今回もモモコが手配したことだけれど、良い機会だから私も止めなかったんだ。本来の私の予定では、君たちの婚姻を待つはずだった。でも最近、同棲の準備で家に籠もったりしていただろう? さすがに見逃せなくてね。」


 突然の暴露にイリーザの頭が痛んだ。


(今回もっていうことは、学園での5人組の襲撃もモモコの仕業だったってことだろうけど。……私の予定? 籠もる??)



「え? 何、で?」


「何で知っているのかは影からの報告を受けていたから。止めなかったのは……逃さないためだ。言っただろ? もう絶対に離さないって。」


 ノクトは慈しむようにイリーザの頭を撫でた。


「え? 私? チエラは? それに婚姻を待つって……」


「私はイリーザを昔からずっとずっと愛してる。そう言ったよね? チエラが正妃なら君も寂しくなくて嬉しいだろ?」


「チエラが正妃、なら?」


「ごめんね。正妃になりたかった? でも君を誰の目にも触れさせずに私の部屋に飾っておくには、正妃じゃ無理だからさ。……ああ、部屋といってもここじゃないから安心して。ここはモモコへのお仕置きのための部屋だからさ。」


「飾る? でもソルトと婚姻を……」


「夫が死んだ未亡人なら公妾にできる。最初は君に悪評を立てて婚約破棄して、妾として拾うつもりだったのだけれど……」


(やっぱりそうだったんだ! でも理由が、公妾……?)


「君は悪役令嬢をやめちゃっただろ? だから次はファイロと実の兄妹同士で婚姻させて、初夜の前に暴露して手に入れることにした。それも男爵夫人にじゃまされたけどね。……もうあの平民は役所に行っただろ? 式はまだだけれど、周囲には公認の仲らしいし。……もういいよね。やっと捕まえた。」


 ノクトがイリーザの顎を掴んで顔を上に向かせる。至近距離で合わせられたその目の中には、もつれるように電車の前に転がり落ちる、二人の人間の姿があった。







 § § § § §







(これは?)


 部屋を天井から見るような、奇妙な視界だった。


 そこは前世の小学生時代に通っていたスイミングスクールだった。服に着替えて外に出ると、母親が待っていた。昇級を報告すると、自販機でアイスを買ってもらえた。見送りのコーチに「よかったね」と、タオルキャップの上から頭を撫でられた。



 景色が滲んで切り替わる。



 そこは中学の教室だった。何人かの教育実習生が並んでいる。英語の先生は格好よくてパンツスーツが似合ってた。国語の先生は小さくてメガネでかわいい。体育の先生はいかにもなかんじ。部活が終わった後、門を出ると仕事帰りの父親が待っていた。友達と別れて一緒に帰る。スーパーでお使いのついでにアイスを買ってもらえた。



 また景色が切り替わる。



 そこは塾だった。大手ではない町塾。受験に本腰を入れるには少し早い時期だったが、質問に行けば対応してくれるアットホームな塾。少し早めにICカードで退室処理をすると、建物を出ていく時には兄貴が外で待っていた。薄塩な顔だけど背が高く格好いい。友達も同意見だった。帰り道のコンビニでアイスを買ってもらえた。



 最後だけは雨の日の景色。



 最寄りの駅のホームだった。模試に行く日。時間通りに電車がホームに接近する。乗り換えに便利ないつもの最後尾で待つ。単語帳をしまって顔を上げた時、背中から誰かに抱きつかれた。スーツの男。そのまま抱えられて線路に落ちた。柱に貼られたホームドア設置予定のポスターが、やけに目に付いた。







 § § § § §







(今の……前世の記憶? 当たり前の日常で、ちゃんとお礼も言えてなかったけど、私いつでも家族に迎えに来てもらってた。心配してもらってた。……それにアイス食べすぎ。)



 

「私たちの思い出の記憶、取り戻せた?」


 息がかかる距離で目を合わせたままノクトに囁かれたが、なぜかイリーザの身は震えも硬直もしなかった。理由は分からない。記憶が戻って暗示が解除されたのか、温かい家族の思い出に触れたからか。


 一つだけ確実なこと。それは今までノクトに感じていた恐怖が、死の瞬間の記憶によるものだったということだ。



 二人の思い出の記憶、前世のイリーザの死の記憶、他の3つの記憶の風景。


(全部の場面に共通するのは……)


「ノクト様、が、コーチで、先生? 中学も、塾も? ……駅の、人も?」


 イリーザの顎から手を離して頬に滑らせると、ノクトはニッコリと、幼さを感じさせる程の無邪気な笑みで言った。


「正解! やっと気付いてくれたね! バイトでプールのコーチ、教育実習で体育教師、それで塾に就職したのは全部君のためだよ!」


「私の、ため?」


「いつでもどこでも邪魔が入ったけどね。あの世界で僕たちの間の障壁を排除するには、もはや邪魔者を消すんじゃなくて、世界と僕たちを切り離す必要があったんだ。」


「……」


「君と一緒に、他の誰の手も届かないところに行けるだけでよかったんだけど、まさか揃って異世界転生できるなんてね! 神には感謝してもしきれないよ! そうだろ?」


 ノクトは神に祈りを捧げるかのように顔を上に向け、目を閉じた。


「……ストーカー……」


「ああ、一方的に思いを寄せている場合はそうだろうね。けれど私たちは仲を阻まれなければ相思相愛だっただろう?」


 上機嫌で無理心中の経緯を語っていたノクトが、口調を元に戻してイリーザを見据えた。


「なんで、私って気付いたの?」


「君のことはひと目見た時に分かったよ。催眠をかけて質問をしたら自分の口でも教えてくれたし。……私は生まれた時から前世の記憶があったからね。いるはずの君を探すために時間を使うことなど、どれほどの苦労もなかったよ。」


「……狂ってる。」


 ノクトはイリーザの言葉に怒るでもなく笑った。それは今までのどんな笑みとも違う、ネバつくようなニタリとした笑みだった。


「制服はまがい物に着せてしまったからね。それでは順番になぞろうか、狂おしいほどの私たちの愛の軌跡を。……まずは水着に着替えさせてあげよう。」


「え! やだ! そんな……」


 ノクトはイリーザの手を引いて、有無を言わせず立ち上がらせた。


「心配しなくても大丈夫だ。今世でも大人の体になるまではちゃんと待つよ。だが君を見るとたかぶりを抑えるのに苦労するから……今までどおり報告を聞くだけで耐えよう。それに形だけでも手続きをしてからでないと、子供の継承に問題が出たら困るからね。」


「い、いや! ……ありえない!」


 イリーザは逃げようとしたが、腕を捕まれ数歩も進めなかった。


「ごめんね。少しだけ待ってくれたら存分に愛してあげるからね。君の周りをうろついてた男たちも排除したし、代わりの正妃も手に入った。もう仲の悪い振りも終わりだよ。先生と君のためのこの世界で、一緒に幸せになろう。」


 ノクトは感極まったようにハラハラと涙をこぼし、イリーザをきつく抱きしめた。


「あぁ、夢にまで見た君が私の腕の中に……。んんっ、いっそこのまま貪り尽くしてしまおうか……」


「やめてっ!!」



 最期を思い出したイリーザの頭は、抱きしめられた瞬間、ノクトから逃れることで一杯になった。


 呪文なしに魔力が放出され、地下室に充満していく。その魔力は渦を巻き始め、イリーザとノクトの頭上に視認できるほどになっていた。



 ノクトは少し身を離し、イリーザの頬と顎を片手で掴むようにして自分に向けさせた。


「あぁ、イリーザ。君の全てを愛しているよ。」


「い、やぁ〜、あ!」


 ノクトが口づけしようと背をかがめたことでできた、二人の間の僅かな隙間に、渦巻きから漏斗雲のように魔力が流れ込むさまをイリーザは見た。



 それはイリーザの意図したことではなかったが、結果的には願いを叶えることになる。


 転生者の常として多量に保有していたイリーザの魔力が、ノクトとの狭間に瞬時に圧縮され発光した。


 それはひと呼吸ほどの間のことであった。二人にできたことはただ、光から目を離して、皮肉にも互いを見つめることだけだった。




 属性指向のない高エネルギー魔力の急激な圧縮に伴い起こる現象。それは爆発だった。




 室内にある全てのものが壁に叩きつけられた。しかし防音と防護の魔術で補強されていた壁は崩れなかった。その分のエネルギーは全て叩きつけられたものに作用して、元の状態を留めるものは一つを除いて何もなかった。






2021.7.29

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