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21 赤い運命の鎖と遺伝の徴証







 1年前に前世の『私』を思い出し、伯爵令嬢イリーザから庶子チエラになって、“エラ”と名乗っているこの14才の少女は、ファイロの実の妹だった。



 ヴェテーロ伯爵夫人には子供ができなかった。しかしそのことを知られたくなかった。だから姉から非公式に娘を譲り受けたのだ。


 双子のようにそっくりなイリーザとチエラは、実は一滴の血のつながりもない他人の空似であった。


(まあチエラママの出自がわからないから、ファイロパパの方と関係がないとは言い切れないけどね。)


 伯爵家も男爵家も、ファイロの婚約相手がヴェテーロ伯爵が外でもうけた娘、庶子チエラだったからこそ婚約の許可をしたのだ。もしその正体がイリーザだったと知っていれば、さすがの伯爵でも許可しなかっただろう。




 あの時、なぜかノクトは「私の婚約者のイリーザはここにいますが」と夫人を宥めようとした。


 しかし男爵夫人が「私のイリーザはこの子だもの。どういうことか分からないけれど、従兄こくおうに言って入れ替わりを調査してもらう」と言い張ったので、とりあえず兄妹でない(・・・)と分かるまで、婚約は無期延期となった。



 親子の情を見せない、実に貴族らしい人々だったヴェテーロ伯爵夫妻と違って、この男爵夫人は非常に愛情深い人だった。イリーザの物心がつく頃に、親子関係に悪影響だからと伯爵家に拒否されるまで、足繁く伯爵家の屋敷に通っていたのだ。



 こうして、妹に泣きつかれて渋々娘を預けた母親が、10年以上会っていなくても子供の見分けが付いたお陰で、実の兄妹での婚約は阻止されたのだった。







 中止となって早々に立ち去った王太子とその婚約者、そして寮の門限があるからと夫と息子に宥められて、何とか娘から離れた男爵夫人らを、イリーザは一人神殿で見送った。


 ちなみに、イリーザの父であるところの男爵は、ファイロと違って寡黙なナイスミドルだった。じっとイリーザのことを見つめ、「困ったことがあれば頼りなさい」と一度頭を撫でて去っていった。




 全てを見送ってからイリーザが神殿の外に出ると、そこにはソルトがいた。


 いつもの神殿のいつもの場所に腰を掛けていたソルトが、出てきたイリーザに気づくと満面の笑みで空に叫んだ。


「やっぱりお前は俺と結婚する運命なんだよ、マイハニー(俺のミエラ)!」







 イリーザが“チエラ”になってから、ソルトはイリーザを可能な限り「お前」と呼んでいた。それがあの婚約式の日から、ソルトは人前でイリーザをハニー(ミエラ)と呼ぶようになった。当然のように下町式スキンシップも再開した。


 そのうちに、クラスメイトには「ハニーとソルトで甘塩味変(あじへん)エンドレス夫婦漫才」などと呼ばれるようになる。


 古語は一般には通じないが、魔法の呪文のせいもあってか英語は割と通じるようだ。『漫才』は下町には存在しているのかもしれないが、イリーザは未だ発見できていなかった。


 


 あの日ソルトは神殿の外で、神に婚約式の中止を祈っていたそうだ。というのも、ソルトはクラージョから「もしかしたら婚約は中止になるかもしれない」と、あの日のサロンで打ち明けられたらしい。


 確信はないから他言無用、恨みっこなしの情報だったため、一縷の望みに賭けて神殿に来ていたそうだ。その後話はできていなかったが、神殿を出てきたクラージョが笑顔でソルトにうなずいたので、婚約中止を知ることができたのだった。



 イリーザも色々な意味で晴れ晴れとしていた。


(近親相姦とかありえなかったし、ファイロ以外は無理にでも結婚するメリットがある相手もいないし、当面は婚約の危機から逃れられそう!)



 それでも悲しいこともある。あの婚約式以降、チエラは昼食も放課後もイリーザとソルトとは共に過ごさなくなったのだ。







 そして怒涛の1年生の終幕に、イリーザはまたしても人々の度肝を抜くことになる。




 ある日、王宮に帰宅するチエラを引き留めたイリーザは、廊下で掴まえたドルナ・セルペント子爵令嬢に「“イリーザ”の友達になって欲しい」と頼んだのだ。


 突然のことに目を丸くする、チエラとドルナとその取り巻き、そして野次馬たち。彼らの目には、下町育ちの庶子が義姉のために、散々自分を貶めた貴族に頼み事をしたように映っていた。



「あなたたちは最近でこそ見分けが付くようになってきましたけれど、まだまだ判別が難しくてお友達になどなれませんわ。だって間違って平民に声を掛けてしまったら困るでしょ。……そうね、どちらかが髪を切るならば考えますわ。」


 悪役令嬢の見本のような上から目線でせせら笑いながら、ドルナは廊下に響き渡る声で言い放った。


「じゃあ髪を切れば友達になって、イリーザに貴族としての振る舞いや勉強や魔法を教えてくれるの?」


「ええ、もちろん。貴族令嬢に二言はございませんわ。」


 口角を上げて断言した子爵令嬢の後ろで、取り巻きがクスクスとおかしそうに笑っている。野次馬は怪しい雲行きにザワザワし始めた。



「分かった! じゃあ短い方が庶子のエラってことで……」


 イリーザは三つ編みにしてあった自分の後ろ髪を掴み、エアカッターの魔法で根本からスッパリ切り落とした。


「ひっ! あ、あなたなんてことを……」


「え? だって切れって言ったじゃん。ドルナさんこの髪いる? いらないなら私が持って帰っていい? 売りたいんだ。」


「いりませんわ! わた、わたくしもう帰ります!」


「ちょっと待ちねぇ!」


 イリーザは慌てて呼び止めたので、少々噛んでしまった。普通に呼び止めるつもりだったのだ。


「ひぃ〜! な、なんですの? わ、わわわたくしはほんの少し髪を短くすればという意味で言ったんですの! そんなに短く、してしまったのは、あなた自身ですのよ!」


「いや、そうじゃなくて。約束、忘れないでって言いたかっただけ! ほら、イリーザも途中まで一緒に帰らせてもらいなよ。」


 硬直するチエラを、イリーザはそっと押し出した。


「ななな! 二言はないと申し上げましたでしょ! あなた、早くいらしゃいな! 全くあなたのせいで……ほら皆様、さっさと帰りますわよ! では皆様ご機嫌よう。」




 こうして伯爵令嬢イリーザことチエラには、共に過ごす貴族の友人ができた。幸運なことに、セルペント子爵令嬢は仲間うちには面倒見のいいタイプだった。これで少しでもチエラの助けになればいいと、イリーザは胸を撫でおろした。


 そして野次馬の拡散により噂が広がった。


 キバの抜けた元狂犬令嬢イリーザは妹に弱い髪の長い方、下町の庶子で気風のいいお嬢は髪の短い「エラ」であると、話が広まり再認識されたのだった。











 そうして迎えた卒業パーティ。



 1、2年の生徒も参加する。チエラはイリーザとしてドレスで王太子と参加、イリーザは制服でソルトと会場へ向かった。


(冤罪の断罪があるとしたら絶対今日だよね。……さあ、どう来るの??)







 パーティの中盤、イリーザは一人で参加していたファイロにダンスを申し込まれた。踊りながら声をひそめて会話する。


「お前は本当に妹か?」


「それは分かりませんけど、訓練場で騎士たちにお茶を振る舞った時までは少なくとも、私が伯爵令嬢イリーザでした。」


「事情はノクト殿下には聞けなかった。……お前こそがチエラだと主張されていたからな。でも母上はお前が娘で伯爵令嬢だと言い張られて……」


「全ては私の意思ではなく、あちらの都合で行われていたこと。王太子殿下が話さないのならば、私から言うことはありません。」



 イリーザからも説明を拒否されて肩を落とすファイロだったが、なんとか会話を続けて情報を得ようとしてくる。


「……クラージョに言われた。この国では珍しいエクボの出方が、俺達はそっくりだって。だが俺たちは二人とも中々笑わないから、同時に見られたことはないらしい。」


「エクボ。……メンデルはここでも偉大だった? 髪色の遺伝は壊滅的だけど、遺伝の法則はちょっとは通用する……?」


 エラはブツブツと呟いた後に少し笑った。


「!?」


 ファイロの視線がイリーザの頬に釘付けになる。


「……兄さんちょっと笑ってみてよ。確認できないわ。」


 唐突に兄と呼ばれ、ファイロの頬も少し緩んだ。笑い合う兄妹が、踊りながら壁際に顔を向けると、厳つい顔を満面の笑顔にしたクラージョが腕で丸を作った。



「妹……。そうだったのか。……それにしてはお前は短期間で平民に馴染みすぎじゃないか?」


「嫌われ者だったイリーザは、メイドの“ミエラ”として、下町に何度もお忍びに行ってたの。」


「それで護衛のクラージョか。……尻に敷かれた騎士!?」


「そうそれ!」


 兄妹は今度は声を上げて笑い合った。


「見分けがつかないかもしれないけど、チエラにエクボは出ないから。エクボのエラは一人だけ、あなたの妹よ。入れ替えは継続だけどそれだけは忘れずに、間違えて結婚を申し込まないでね、従兄様(にいさん)!」 







 ラストダンスをノクトに申し込まれた。イリーザがノクト踊るのはこれが初めてだった。


 ノクトとチエラが相思相愛だと分かり、そのためにイリーザを悪役令嬢に仕立てて、婚約破棄を狙っていたのだと気付いてからは、目を見なければノクトがそばにいても震えずに済むようになっていた。


(婚約破棄計画を知らなかったチエラが暴走して、私と入れ替わるとはさすがの王太子殿下でも予想できなかったんだろうな。そう思うと苦労を無駄にされたノクト様ってちょっとおかしいかも。)



 目だけは合わせないように、それでも微笑みながら踊ることができているイリーザに、ノクトは柔らかい笑みを浮かべながら話し掛けた。


「私はイリーザを昔からずっとずっと愛してる。やっと障壁を排除したんだ。完璧な形で手に入れるまで、少々の忍耐はどうということもないよ。もう絶対に離さないと決めたんだ。……それを君も覚えておいてね。」


(障壁って……本人を前にして普通言うかなぁ。まあノクト様が卒業しても、チエラの卒業までは結婚を待ってくれるみたいだし。……チエラが幸せになれるなら、このお姉さまはイヤミくらい我慢しますよ。)


「……2年後のお二人の結婚式を楽しみにしております、殿下。」











 卒業後、ファイロは他国へと長期の遺跡調査に行くことになった。クラージョも一緒に。






2021.7.25



赤いシリーズ終幕。エクボの遺伝についてはファンタジーということで。




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