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 2 自分のことが思い出せない




(取りあえず家に着くまでに色々考えなくちゃ。)



 イリーザは一人っ子。それでも王太子と婚約したのは先方の希望と、後を継げる優秀な母方の従兄がいるからだ。


 ちなみに父は金髪、母は赤毛で、従兄は赤毛というより真っ赤な髪だ。ほぼ黄色の金髪であるイリーザと並ぶと、目がチカチカすること間違いなしだが、このビビットな髪色は貴族では普通のことだった。


 ここは魔法がある世界だ。最近の研究では髪色と魔法の属性は関係ないということだが、そもそも貴族でも上手に魔法が使える人間が少ないので、ほとんど誰も気にしなくなっている。




 そして王太子の婚約者であるイリーザに対し、どういうわけか親が全くの無関心だった。ただしこれは婚約した8才以前からのことなので、貴族特有のものとも言える。


 父親は学者の類だ。主神である太陽と月の夫婦神とは別の、来訪神に関する遺跡を領地に持ち、代々管理と代わり映えのしない研究をし続ける家系だ。没落も繁栄もない一族だからこそ、野心もやる気も持ち合わせていないらしい。




 屋敷でのイリーザは、王太子の言いつけを守って、使用人に対して自分本位な監視と叱責を行っていた。そのせいで使用人からも距離を取られていて、呼ばれるまで誰もイリーザに近寄らない。


(いや〜10才で正しく使用人を管理するとか無理でしょ! ただでさえ以前の私は社会性が皆無で情緒も育ってないし。幼児期から砂場の女王だった私の記憶もないうちには、こんなのただの無理ゲーだよ。)


 この先は少しはマシな生活を送るとしても、王太子の命令との兼ね合いを考えなくてはならない。


(さっきのあれ、一体何だったんだろう。笑ってないあの冷たい目を間近に見た瞬間、怒涛の勢いで言い訳しちゃったし。暗示? 洗脳? 魔法? ……とりあえず今の私の状態は、無関心な親と怪しい干渉をする年上の婚約者によって出来上がったってことだね。)



 そこまで考えたところで、馬車が家に着いてしまった。




 御者が踏み台を置き、上目遣いにこちらを見ながら手を差し出す。今後は罵らない、でも馴れ合わない、となると無表情一択だ。何事もなく手を離したことで御者がホッとしたのが伝わってくる。


 通常であれば、馬車が戻ってくれば玄関まで執事なりが出迎えるのだろうが、イリーザに対してはそれはない。


「ドアは開けなくていいわ。あなたはもう戻っていいわよ。」


 すでに見慣れてしまった驚愕の表情を横目に、イリーザは玄関に背を向けて裏庭に回る。裏口からそう離れていないところまで行き、見つけたさびれたガセボに座った。




 意識を失わずに記憶が戻ったせいなのか、以前のイリーザが元々持っていた記憶を、前世の『私』がスムーズに使うためには、ちょっとした集中力が必要だった。


 イリーザが家人に放置されてるとはいえ、それなりに警備する人間もいるだろう。時間の掛かる作業であることを考え、周囲から見えやすい場所を選んで陣取ったのだ。


(まだちゃんと情報を整理できてない段階で家に入って、うっかりボロを出したくないし。今後の方針も決まってないしね。……本当はもっとお気楽に生きたいんだけど、なんだか生命の危機を感じるんだよね。)




 頬杖を付き、ぼんやり考え事をする体で脳内検索を開始する。


(うわ! マジ? 転移者っぽいのがいるじゃん!)


 以前のイリーザがお茶会で聞いた噂によると、学園で王太子の同級生になるメンバーに、最近貴族入りした黒髪黒目の女子がいるらしい。貴族のルールにはうといが平民という訳でもなく、王太子や人気の高位貴族に馴れ馴れしく付きまとっているとのことだった。


(このままだと私、学園の卒業パーティとかで、王太子と噂の黒髪ヒロインに断罪されるんじゃない?!)




 国立の学園は14才から16才の子供が通う。10才のイリーザの学園入学まではあと3年半。4月が年度の開始というところがまた日本産っぽい。イリーザは乙女ゲームはやったことがなかったが、友人たちから話だけは沢山聞いていた。


 この国では、昔は成人を迎える15才で結婚するのが普通だったが、随分前から貴族も学園を卒業するまで結婚を待つようになった。ちなみに学園は貴族も平民も基本的に国費で通える。


(断罪された場合、あのちょっと闇を抱えた王太子のことだから、とんでもない将来しか予想できない……。家族は庇わないだろうし、怖っ〜! 回避、断固回避です! だけど正面切って婚約破棄なんて申し出たら、それはそれで怖いしな……)




 ガセボにある硬い椅子の上で、イリーザもぞもぞと座り直す。


(狙うはゲームの流れじゃない婚約破棄。イリーザからの申し出じゃない婚約破棄。……ふさわしくないという貴族からの声に押されてとかがいいな。不適格、不相応……不良? 素行不良を目指せばいいんじゃない?!)


(不良、ヤンキー、スケバン……? 昭和の不良といえば……周囲の大人はみんな敵! 舎弟には情を持って、野良猫には優しく、濡れた仔犬には傘を! これなら王太子の要求ともギリ反しないんじゃない?)


『貴族たちを叱責します。彼らの素行に目を配り馴れ合いません。』


 あの時すんなりと口から出たこの言葉は、以前のイリーザが何度も言わされたものだった。後は王太子の言った『使用人の管理』。……つまり平民とは馴れ合ってもいいし、使用人は管理できてれば叱責しなくてもいい。仲良くなって逃亡を助けてもらおう!


(これだ! 生存ルート!)


 方針は決まっても、使用人以外の平民とは出会うのも難しいし、使用人を味方に付けるには今までの行いが悪過ぎた。叱責は面と向かって堂々とだったので誤魔化しようがない。そして誤魔化すも何も、実際問題イリーザは我儘で偏食で浪費家だった。


(親に構って欲しいけど我儘したんだな……。偏食しても何も言われなければ子供なら残すだろうし、浪費も人と関わりたくてだよな〜。自分のことながら何だか悲しい……)




「あの……お嬢様? もう暗いけど大丈夫ですか?」


「え?」


 横から声を掛けられてふと周りを見ると、夕闇はほとんど見通しが効かないほどに迫っていた。


「ああ。」


 ありがとうをグッとこらえて立ち上がる。




 暗すぎて、すぐそこにある裏口までの道も覚束ないイリーザの様子に、男は渋々手を引いてくれた。戸を開けてイリーザを中に入れたところで、男が手を引こうとしたのを、ギュッと握って一緒に室内に入った。


 明るい所で男を見ると、カーキ色の髪をしたヒョロリと背の高い若い男だった。服装から、下男であることは分かる。



「名前は?」


「……(ヘルボ)です。」


(草? なぜだか音とは違う意味が浮かんでくる。これって前世の言葉? この言語で生活してたとか??)


 転生では自動翻訳は効かないのがセオリーだが、なぜか彼の名前を聞いた時に、イリーザの頭にはその言葉が浮かんだのだ。


 今イリーザの自我は前世の『私』がメインだ。知識も使える。ただ『私』自身の情報は、地球人であるということ以外あまり思い出せない。茶会の庭で覚醒した時に、日本人だったころの情報が一気に流れ込んだはずだったのだが。


 逆にイリーザの記憶は引き出せる。徐々に集中せずとも思い出せるようになってきた。ただしその時々の感情が伴わない。まさか無感情で生きてきたなどということはないはずだが……。




「お嬢様、夕食のお時間です。」


 気が付くと執事が横にいた。手を繋がれたままのタルボはいたたまれない様子だった。裏口なので他にも通り過ぎる使用人がいるが、みんなギョっとした後はそそくさと立ち去っていった。


「食べたくない。」


 イリーザがそう言うと、繋いだヘルボの手に微かにキュッと力が入った。


「私の分はこの人に食べさせてあげて。裏庭で遭難するところだったのを助けてもらった褒美よ。」


 そう言って手を離して立ち去ろうとすると、誰もが固まったように声も発しなかった。


「ちゃんと食べなさい。命令よ。」


 捨てゼリフを残して、イリーザは記憶にある自分の部屋に戻った。






2021.7.8

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