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14 会いたくない人ほどばったり会う







イリーザは学園駐在の騎士宿舎へ向かっていた。先日のお礼を言うためだ。


(それにしてもこの前はとんだ目にあったよね。寮まで付き添ってくれた騎士Aに、私がイリーザだってバレて口止めするのも大変だったし。結局暴漢が誰の仕込みだったのか分からないけど、王太子に聴取できない以上は事実上捜査終了だし。)


 ちなみに騎士Aにはバレたが、護衛をしてくれた見習い騎士にはまだイリーザであることはバレていない。それも時間の問題なので、お礼をするなら早めに行った方がいいだろうとの考えだ。


 さすがに一人では行く気にはなれなかったので参加者を募った所、結局いつもの6人で行くことになった。



 舎弟への名目は「道に迷って一人で帰れなくなっていたイリーザを送ってくれたお礼」だ。


 ソルトは何か言いたそうだったが、チエラとトリオの「良かったね、俺たちもお礼を言おう」のほかほかムードに口をつぐんだ。「後で説明しろよ」と耳元でささやかれはしたが。


 学園内に騎士詰め所(ポリスBOX)は点在しているが、騎士宿舎は敷地の一番奥にあり、訓練場も併設されている。舎弟らはそれを見学するのも楽しみなようだ。




 イリーザとチエラは、アップの髪にお揃いの帽子を被り、色違いの扇子を持っている。あの日から扇子は色違いを日替わりで持ち、双子撹乱作戦の助けになっている。セルペント子爵令嬢は、悪口に言い返した方の双子を避けて、もう一方に意地悪を仕掛けようとするが度々失敗しているのだ。


 髪色は似ているが瞳の色が違うので、それで見分ければいいと当人は思うのだが、これが中々難しいらしい。


 ソルトは姉妹を間違えないが、トリオは口数と口調で見分けているので黙ると分からないらしい。他のクラスメイトも同様で、他クラスの者は全く見分けが付かないようだ。


 姉妹のまつ毛は長い。化粧はせず、まつ毛にカールも掛けていないので、目元が影になっている。それにチエラの茶色の目はヘーゼルというのか、瞳孔付近と外側で色味が違う。イリーザの瞳も同様に、ベタ塗りの一色ではないから明るい所でじっくり見ないと分からないようだ。


 そしてチエラは常に伏し目がちであり、気後れからかイリーザ以外の人と目を合わせない。この仕草をイリーザが真似すると、さっぱり見分けが付かないとのことだった。




 今日は夏の日差しを避けるため、二人で一つの日傘を差している。持っているのはイリーザだ。


 部屋で護身術をのトレーニングを続けているし、ベッドメークや掃除も二人でやっているので、腕力や持久力もその辺の令嬢よりはあるのだ。


 当然チエラはイリーザのメイド作業に反対したが、将来平民としてチエラの母との3人暮らし、という夢物語を日々聞かせていたので早々に折れた。元より言い張るイリーザの気を変えさせることなど、チエラにできるわけがなかったのだ。







 そんなことで6人でぞろぞろと詰め所へ向かっていたところ、訓練場にはそれ以上の団体がいた。当然イリーザは騎士Aにアポを取ってから訪問したのだが、その際に他の訪問者の話はされていなかった。


 歩を進めるにつれ、イリーザの足が重くなり傘を持つ手が震えてくる。するとイリーザの手からソルトが日傘を取り上げ、チエラがイリーザの手を握ってきた。団体は王太子一行と整列した騎士隊だった。


 チエラには婚約者への恋心と心構えの話の流れで、イリーザの王太子への苦手意識を話してあった。カンの良いソルトはイリーザから聞かずとも、どうも以前から察しているようだった。


 二人の気遣いに、なんとかイリーザの足が前に進む。「ソルトがモモコにロックオンされなければいいな」と考える余裕まで出ていた。




「あら、イリーザさんじゃないの。今日は男性のお供がいっぱいね。その上、騎士に色目でも使いに来たのかしら。」


 王太子他3名を侍らし、騎士たちを並ばせた前で堂々と黒髪のモモコが言い放った。


 ここに着くまでに、歩きながら打ち合わせを済ませていたイリーザたちは、モモコには構わず王太子の方を向き、臣下の礼を行った。一応舎弟たちも授業で習っていたので、それなりに形になっている。


「立ちなさい。学園内で礼は必要ないよ。」


 王太子から許しが出たので全員立ち上がった。また姉妹で手をつなぐが、傘はソルトがたたんだまま持っている。この国の傘は前世のようにたためるのだ。




「イリーザ、今日は何故ここに来た? それに隣の娘は噂の庶子か?」


 従兄のファイロが、イリーザとチエラに目を行き来させながら質問した。


「初めまして王太子殿下、皆様。チエラと申します。」


 緊張しながらもなんとかチエラが自己紹介した。このメンバーで双子の庶子を装うことに意味はない。


(学園内だから挨拶もこれで充分でしょう。あぁ、早く離れたい……)


「君がチエラなんだね……。その装い、イリーザのお人形遊びに付き合わされているようで申し訳ないね。」


(さすがノクト様。学園に駐在している騎士様が揃っている前で、婚約者を下げてくるとは。)


「イリーザ様とは姉妹として過ごさせていただいており、大変感謝しております。」


(うちのチエラたんが人前でちゃんと喋ってる! 頑張れ〜)



「それでイリーザ……後ろの者たちが下町で見つけた噂の配下たちかい?」


 珍しくノクトが冷ややかな対応をしてくる。そもそも入学前は人前で話しかけることすらなかったのだ。


「学園の友人たちです、殿下。」


 常に外面完璧な王太子が、平民相手だからなのかイリーザたちに冷たい顔を向けている。その顔は、距離のある騎士たちも後ろに控える一行にも見えていないのだろう。


「うん、女性だけで歩き回ると危険だからね。君たちもありがとう。イリーザが迷惑を掛けてないかな?」


(危険だからって……やっぱりあの5人はノクト様が?! まさか私が一人で帰るハメになったのも、ノクト様の差し金でモモコに言わせたの?? 考えすぎ? もう分からないよ……)


 到底平常心とは言えなくなったイリーザが真っ直ぐ立っていられるように、チエラが寄り添い腕を掴む。



 その姿を後ろから見たソルトは、王太子に対して下手に出なかった。


「いいえ、王太子殿下。迷惑だなんてとんでもない。イリーザ様は気っ風が良くて俺たちの面倒も見てくれて、下町の人間にも慕われてますよ。護衛のクラージョ殿にも学園では守るように言われてますんで。あの日も禁止されてなければ送り迎えするつもりでした。」


「そうか、頼もしいね! 農家や商家の子息で護衛が務まるなら、学園に騎士隊はいらないかもしれない。ああ、君の父上は大工だったかな?」


 よく響く王太子の言葉で、整列する騎士たちの強い視線がソルトに向いた。ノクトは微笑んではいるが、ソルトに向ける目は、イリーザがいつも怖れているあの目だった。


「……いいえ、俺に父親はいません。」


 俯かないまでも、ソルトの声はトーンが下がっていた。


「そうか。まあ私はいつもイリーザのそばにいられるわけじゃないからね。自信に満ち溢れている君たちには、期待しているよ!」


 あの夕暮れに居合わせた騎士たち以外は、ソルトに敵意と行っていい程の視線を向けてくる。


(もしかしてソルトが騎士隊にケンカ売ったように見えてる?? どうしよう……)

 



「さてイリーザ、こちらに来て。」


 一行と騎士たちとの中間辺りまで進み出た王太子が、イリーザを呼んだ。これはもう異常事態だ。チエラに微笑みその手を外して、イリーザは意を決して進み出る。


 すると普段は決して人前でイリーザに触れないノクトが、イリーザの腰を抱き背を屈めて耳元に口を寄せた。


「!?」


 日傘が必要なほどの天候の中、婚約者に顔を寄せられても頬を赤らめるでもなく、イリーザの顔は血の気が引いて真っ白になった。


「約束は覚えてるかい。役立たずな騎士たちは咎めなくてはならない。一人ずつ確認して、特に酷い者を叱責しなさい。」


 イリーザはノクトの顔を見ない。進み出た皇太子に対して目を伏せ立っている騎士たちの中、唯一こちらを見ている騎士Aの顔だけを見たまま、声を出さずにうなずいた。


「良い子だ。」


 そう言ってノクトが、頬に掠めるようなキスをしてから後ろへ戻っても、イリーザは身動きもまばたきもできなかった。






2021.7.18

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