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13 送られる前からどう見ても狼







(ヒロイン意外といい人かも? そう思った時が、私にもありました。)




 学園のサロンは教員用の建物にあった。行きはそこまでヘルボが連れてきてくれたが、帰りはモモコの妨害にあって一人になった。もちろんエスコート係、グラツィーオも排除された。


(ヒロインの逆ハー要員って私の関係者ばっかりじゃん! 婚約者、従兄、従者。あ、騎士は違うな。もしこれに護衛、舎弟まで加わったら私ぼっちじゃない? 残るのはチエラだけ。迷惑だったかもしれないけど、妹を見つけ出せてホントに良かった〜)


 午後のお茶会だったので、外はすっかり夕暮れだ。こんな時間に一人で外を歩くなど、前世でもなかったことだった。


(いつも家族の誰かが送迎してくれてたしな。兄貴の当番の時は、塾の友達の目がハートになってたっけ。)







 黄昏時に、断片的な前世の記憶を想いながら角を曲がった瞬間、イリーザは立ち止まった。


「こんな時間に一人でどうしたの?」


 上級生か、それ以外か。平民風の私服姿で背の高い男性が5人、待ち構えたように立っていた。


(はあ〜。やっぱり何もなくは帰れなかったか……)


 身の危険を感じたイリーザは、戻る方向に数歩斜めに後ずさる。


「おっと、逃げないで。」


 男が声を掛けるとイリーザはビクッとした様子で後ずさるのを止めた。


(バレてない? 護衛がまだ角を曲ってなくてよかった! 途中で騎士見習い君に同行を頼めてほんとラッキ〜。建物で隠れた腕でハンドサイン出さなきゃ! 剣とか抜かないで! ほら、応援、詰め所、あっちあっち! 呼んできて!)


(見れないけど気配が消えたからちゃんと行ってくれたかな。逃げたとかだったらどうしよう。……それにしてもまさか暴漢を仕込むとは、あの転移者め! あ、でも待って。男爵家の養子になったばかりの16才にこんな手配できるかな? ……ってことはもしやノクト様? いやでもどっちも無関係っていう可能性も……)



 この状況に、イリーザが色々と考えを巡らせる間にも、ジリジリと男たちが近づいてくる。


「怖くて動けないのかな? ちゃんと部屋まで送ってあげるからこっちにおいで。」


「えっ? 部屋に?」


 目を丸くして首をかしげたイリーザに、先程から先頭で一人喋っている男がにやっと笑って言った。


「俺の部屋にね。」


(一瞬だけ、ノクト様が護衛をよこしてくれたと思った私は悪くない!)


 それを聞いてすぐに、イリーザは踵を返して走り出した。


「残念!」


 しかし何歩も進まないうちに、後ろから腕を掴まれてしまった。


「離して!」


 なんとか腕を引いて習った護身術を役立てようとするが、イリーザの細腕では大人の体格の者たちの前には無力だった。それでも歩くまいと身を固くしてせめてもの抵抗をすると、もう一人の男に反対の手も掴まれて引きずられる。


(捕らえられた宇宙人? こんな持ち方したら明らかに暴漢で、誰かに見咎められても言い訳も効かない、とか考えないのかな。)



「俺の部屋で色々と教えてあげるよ。」


 泣くでも叫ぶでもないイリーザの顔を面白そうに覗き込んだ男が、嗜虐的な笑みで妙に優しい作り声を出す。


「子供の作り方は知ってるかな?」


 そう言われてイリーザはふと考えてしまった。伯爵家の母にも家庭教師にも習っていない。前世の母には……


「神話の初めに……」


(確か古事記の国産みを読まされて……)


 忘却の彼方にあった前世の記憶を掘り起こすために、しばし状況を忘れてイリーザは母の教えを口にした。


「ははっ! お嬢様は性教育も神話だと! 鳥神様が赤ん坊を咥えて飛んでくるなんざ、おとぎ話ですよ。」


 本当に可笑しそうに、喋り担当の男以外も笑い出す。


「え?」


(こっちの神話じゃそうなんだ。こうのとり系の創生神話なのかな? 面白そうだし、もうちょっとちゃんと勉強すれば良かった。)


 驚いた顔をした後、自分の無知を恥じてイリーザは顔をうつむかせた。


「心配しなくても、ちゃんと手とり足とり教えてあげますよ、お嬢様!」


(どこに連れて行くんだろう。この方向、まさか3年生の寮じゃないよね? ていうか引きずるより担いだほうが早いだろうに。やっぱり茶番なの? ただのバカなの?! 私に色々教える順番を決める前に、周囲をもっと警戒しなさいよ! 三下感半端ないわ。)




「待て!」


 遠くから騎士の静止の声が聞こえた。


(おお! さすが騎士様、グッドタイミング! でもそんな遠くから声掛けたら逃げられちゃうよ?)


「ヤバい、ズラかるぞ!」


(なんてベタなセリフ。やっぱ仕込みでしょ? 台本あるんだよね?)



 急に手を離されたイリーザはその場に座り込んだ。5人は早々に散会して逃げ切ったようだった。それでも何人かの騎士が彼らを追いかけ周囲を警戒している。


「ご令嬢、大丈夫ですか?」


 隊長風の騎士Aが膝を付き、労るようにイリーザに声を掛ける。


「はい。……危ない所をありがとうございました。」


(薄暗いからイリーザだってバレてないし、お礼を言ってもいいよね。)


 騎士Aは最小限の接触で立ち上がる手助けをする。



「こんな時間にこんなところで一人とは、何か事情がおありですか?」


(異常事態だって思うよね、普通。……確かに事情はあるんです。)


「婚約者……に呼び出されて。帰るところでしたの。」


(結局、呼んだのはノクト様だったのか、モモコのおねだりだったのか……)


 何かを隠すように口籠りながら、小声で事情を告げたイリーザに、騎士Aは驚き、咎めるような声を出す。


「お一人で帰したのですか? お相手はどなたで?」


 周りの騎士たちもそれを聞いてざわついた。そもそも時間帯に関わらず、貴族令嬢が一人歩きすること自体ありえないのだ。


「それは……。いいえ、わたくしは一人で大丈夫なので……」


(さすがに相手はバラせませんし、普段から一人で歩き回ってるし。……あ、そろそろ帰らないとチエラが心配する! ヤバっ、早く帰らないと!)


 婚約者を庇った挙げ句、急にそわそわし出したイリーザに、眉をひそめて騎士Aが申し出る。


「とりあえずお送りしましょう。どちらへ行きますか?」


「1年生の寮までお願いいたします。」


 1年といえばまだ未成年。そのような婚約者を危険にさらし、あまつさえそれが日常である様子の相手の男に、騎士たちの怒りが高まっていった。



「あの、先程の騎士見習いの方は? 突然同行を頼んでしまったので、お役目が滞って咎められたりはしないでしょうか。」


(時間は気になるけど、見習い君のフォローをしとかないと。彼がいなかったら三文芝居じゃ済まなかったかもしれないし。きっと逃げたんじゃないと信じてる、うん。だって逃げてたら今の質問でバレちゃったってことになるし。)


「あいつは全力で走って詰め所に知らせに来たので、今は休ませています。」


 騎士見習いのことが確認でき、イリーザはホッとして顔を緩める。


「そうですか。あの方のおかげで本当に助かりました。よろしくお伝えくださいませ。」


(あの子が狂犬イリーザの顔を知らなくてホントに良かった。知ってたら避けられて頼むどころじゃなかっただろうし。)



 ようやくイリーザと騎士Aが歩き出そうとした時、横から騎士Bが話し掛けた。


「あの、髪を直されてから戻った方がいいのでは?」


 イリーザは普段整髪料を付けないので、今日の盛り髪も紐とピンの絶妙なバランスで保たれていた。それが走ったり捕らえられたりで頭は無残なことになっている。


(ヤバ! ボサボサ頭を騎士様たちに見られてた。恥ずかし〜。でもどこかに寄るのも他の人に見られるリスクがあるしな……)


 イリーザは頭に手を置きしばし逡巡したが、その場で数本のピンを抜き、土台の紐をしゅるりと引くと、夕闇にオレンジの髪が広がった。それを手櫛でさっと横に流して軽く三つ編みをする。


「これで大丈夫。お気遣いありがとうございます。」


 騎士Bへ、はにかみ顔を向けてからイリーザは歩き出した。後に続いた騎士A以外はその場で二人を見送ったが、彼らの顔は茜色に染まっていた。






2021.7.18

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