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12 月下の茶会って、ぷぷっ







「お招きありがとうございます。」


 イリーザが制服のスカートを摘んでお辞儀をすると、アイスブルーの髪色の騎士が立ち上がって席までエスコートしてくれる。その手を取った時に、ふと立ち止まって騎士の顔を見上げた。


「あれ、あなたはいつぞやの……馬車まで連れて行ってくれた方ね。」


(あの時はそれどころじゃなくて気が付かなかったけど、もう氷の侯爵令息グラツィーオに遭遇してたし〜! っていうか眼鏡じゃなかった……)


「お久しぶりです……今日はお加減は?」


 少し小声でグラツィーオに確認された。


(そういえば魂抜けた所をこの人にはがっつり見られたんだった……)


「今のところは……。お気遣いに感謝します。」


 ささやくようにお礼をいうと、エスコートするグラツィーオの手に、ビクッと力が入った。


(お礼は言っちゃだめだったっけ? 久々の狂犬イリーザモードは調子狂うな〜。人形の顔、死んだ心、繰り出す口撃を維持……。席につく前から前途多難だ。)




 やっと空いた席に座ったが、イリーザは目を伏せたままにしていた。


 今までもノクトとは不仲な婚約者同士であり、人前で特に言葉を交わすこともなかった。あの後3回あった王宮での茶会も、毎度ハートの強そうなセルペント子爵令嬢との応酬で及第点をもらえたようで、以後お咎めはなかった。


 王家の茶会以外は下町で素行を悪くすることに注力し、社交は行わなかった。以前のイリーザも、この3年のイリーザも、恐怖心からノクトに自ら接触することはない。そのため、今までほどんど会話はしてこなかったのだが……。



「その格好はどうしたの?」


(いきなり話しかけられましたけど?!) 


「制服です、殿下。」


 軽く頭を下げながら答える。


「ドレスは持ってきてないのかな?」


「勉学に必要のないものは持参しておりません、殿下。」


 顔を見ないので、ノクトがどんな顔をしているのか分からなかった。



「そんなの制服じゃないわ。どうしてそんなにブレザーが短いの?」


 ノクトの隣に座る派手なドレスの黒髪の女性が会話に割り込んできた。イリーザはポケットから扇子を取り出し、広げて口元を覆う。


「……」


「答えなさいよ! あなた年下でしょ?」


「……」


「ノクト様! この子酷いです〜。私のこと無視するんです!」


「……」


(自己紹介もしないやつと話すわけないし!)



 見かねたノクトが間に入る。


「イリーザ。その制服はどうしたの?」


「仕立屋に直させました、殿下。」


 今日はイリーザが作ってお蔵入りにした改造制服を着てきたのだった。本来ブラウスとスカート、ジャケットの制服を、ブレザーをボレロ化するためにジャンパースカートにしてあるのだ。


「こっちの方がかわいいですね。」


(げ、ヘルボ! 黙っておきなさい。飼い主にお仕置きされるよ。)


 イリーザの目元は扇子から出ている。伏せたまつげを上げ、発言したヘルボへ視線を送ると息を飲まれた。




(これ、いつになったらお茶飲める?)


 短いため息をついたイリーザは、扇子を閉じて壁際で硬直しているメイドに合図を送る。


「手に持っているものはなんだ?」


 聞き慣れない声の主を見ると、髪が赤いからことから従兄のようだと分かる。しかしこの人と喋ったことがあっただろうか。彼の母親とは面識があるが、彼とは自己紹介すらしあった記憶がない。


 従兄を見て少し首を傾げるとため息をつかれた。


「まさか俺の顔を忘れたわけじゃないだろうな。」


(髪の色のみで判別してますけど。)


「殿下の……側近の方、でいらっしゃる?」


「従兄だ馬鹿者。」


「従兄? ファイロ様ですね。お初にお目にかかります、イリーザでございます。」


「何度も会っているだろうが。」


「そう……でしたか? 失礼いたしました。これは扇子です。工房で作らせました。」


 深々と頭を下げた後、テーブルに置いた扇子を少し持ち上げて示した。




「ヴェテーロ伯爵令嬢、僕も何度かエスコートさせてもらったけど、名前は言ってなかったですね。グラツィーオと言います。」


「イリーザですわ、グラツィーオ様。その節はありがとうございました。」


 ほんのり笑ってイリーザが会釈するとグラツィーオは顔を赤くした。


(俺様インテリ担当と純情脳筋? いや、ちゃんとわきまえてる風だから脳筋じゃなくて紳士な騎士枠だな〜。さて、この流れを見ればどうすればいいか分かったでしょ、黒髪さん。)



 イリーザは、やっとありついた紅茶を置いて、黒髪の女性に目を向ける。


「ノクト様! この子私のこと睨んできます。怖いです〜」


(えー、いい加減自己紹介しようよ。……もう帰っていいですか? っていうかなんで私呼ばれたの?)


 女性に向けた目を伏せ、イリーザはもう一度扇子を広げる。


「その頭といい、マリー・アントワネットのつもりなの? ドリルはどこにいったの?」


(おお! 舟盛り髪のあの方を知ってるとは、とりあえず近世以降の地球人は確定しました。っていうかドリルって言ってるし。以前のイリーザがドリルだったのも知ってるの?)


 以前のドリルは封印した。今日は厚い前髪メイドキャップヘアとも、デコ出し双子仕様とも別の、盛り髪イリーザを披露したのだった。


「……」


(同郷人でも、名前を言うまで返事はしないけどね。)




「イリーザ。」


 先程同様ノクトに名前を呼ばれただけなのに、咎めるような声色に扇子を持つイリーザの手が震え出した。


「そちらの、女性が……何を、言っているのか……分かりません、殿下。」


 顔色が変わったイリーザに、ヘルボが声を掛ける。


「お嬢、様?」


「なんでもないわ、ヘルボ。」


 ヘルボの声で少し持ち直したイリーザは力なく微笑んだ。グラツィーオは相変わらずキョドっているし、ファイロはイリーザを睨みつけている。


(客観的に見ると、私が婚約者と恋敵に態度悪くして、従者に咎められたみたいに見えるのかも。さすがの手腕だ。それにしても威圧の魔法みたいなのが使えるのかな、あの王太子。でも目を見てないからか、前よりは大分マシだ。)


 イリーザはなんとか手の震えを止めようとしていた。


「あら、この名前で震えだすなんて、あなたやっぱり……。大丈夫! 私はギロチンで公開処刑なんて生優しいことしないから!」


「えっ?」


 イリーザは思わずマジマジと黒髪の女性を見てしまった。前世のクラスにいたら絶対モテるだろう顔の、小柄でスレンダーなオリエンタル美人だった。


「公開処刑?」


(震えてた理由が、転生者バレの方向に行ってしまった。面倒なことにならないうちにごまかさなくちゃ。)


「そ、それってみんなの前で……」


(黒歴史を暴露されるとかそういうやつですよね?)


「そうよ、広場で民衆の見てる前で首を切るのよ。」


 イリーザは目を見開いて、ポロリと扇子を落とした。


(乙女ゲームの断罪って国外追放とか平民落ちとか修道院じゃないの??)


 前世のイリーザは、R15対象外だった。



「おい、年下の女性にそういう話はさすがに……」


 ファイロが黒髪の女性を止めた。


「え、だって悪役令嬢の最期は処刑か娼館行きか、りょ」


(従兄氏、虫けらを見るように私を見てたのに止めてくれたの? ていうかヒロインが何を口走ってるの?!)


「モモコ、やめなさい。」


 動揺に動揺を重ねていたイリーザは、ノクトの声につい無防備にそちらを見てしまった。


「っ!」


 真っ黒で吸い込まれるような黒い目。何も反射しないようなベタ塗りの黒。治まりかけた震えがまた足元からのぼってくる。



「あなた!」


 黒髪の女性、モモコに呼ばれて、闇に囚われかけたイリーザの目が彼女に移る。


「私の名前に反応するとは、やっぱり……」


 モモコの黒いけれどもキラキラ光る目を見た途端、イリーザの目から涙がこぼれた。


(あれ、なんでだろ。涙? でもおかげでぎりぎりセーフかな。やっぱりノクト様のあの目は見たらだめだ……。あ、ごまかさなくちゃ。)


「あなたは……殿下に、名前で呼ばれてますのね……」


「なんで? 普通でしょ? あなただって呼ばれてるし?」


「イリーザ、社交界と違って学園ではみんな名前で呼び合うものだよ。」


「……はい、殿下。」


「それぐらいで泣くなんて、悪役令嬢もまだ子供なのね。意地悪して悪かったわ。ごめんなさいね。」


「いえ……わたくしこそ失礼しました。」


(なんかモモコさん、意外と悪い人じゃない、かも?)






2021.7.17

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