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11 副音声なしでお送りします〈12と13〉




 婚約者に素直になれず、嫉妬に震えながらも健気な主人公をお楽しみください。(え、誰のこと??)









「お招きありがとうございます。」



 イリーザが制服のスカートを摘んでお辞儀をすると、アイスブルーの髪色の騎士服の男性が立ち上がって席までエスコートしてくれる。その手を取った時に、ふと立ち止まって騎士の顔を見上げた。


「あれ、あなたはいつぞやの……馬車まで連れて行ってくれた方ね。」


「お久しぶりです……今日はお加減は?」


 少し小声でグラツィーオに確認された。


「今のところは……。お気遣いに感謝します。」


 ささやくようにお礼をいうと、エスコートするグラツィーオの手に、ビクッと力が入った。



 やっと空いた席に座ったが、イリーザは目を伏せたままにしていた。


 今までもノクトとは不仲な婚約者同士であり、人前で特に言葉も交わさなかった。あの後3回あった王宮での茶会も、毎度ハートの強そうなセルペント子爵令嬢との応酬で及第点をもらえたようで、以後お咎めはなかった。


 王家の茶会以外は下町で素行を悪くすることに注力し、社交は行わなかった。以前のイリーザも、この3年のイリーザも、恐怖心からノクトに自ら接触することはない。そのため、今までほとんど会話はしてこなかったのだが……。



「その格好はどうしたの?」


「制服です、殿下。」


 軽く頭を下げながら答える。


「ドレスは持ってきてないのかな?」


「勉学に必要のないものは持参しておりません、殿下。」


 顔を見ないので、ノクトがどんな顔をしているのか分からなかった。



「そんなの制服じゃないわ。どうしてそんなにブレザーが短いの?」


 ノクトの隣に座る派手なドレスの黒髪の女性が会話に割り込んできた。イリーザはポケットから扇子を取り出し、広げて口元を覆う。


「……」


「答えなさいよ! あなた年下でしょ?」


「……」


「ノクト様! この子酷いです〜。私のこと無視するんです!」


「……」



 見かねたノクトが間に入る。


「イリーザ。その制服はどうしたの?」


「仕立屋に直させました、殿下。」


 今日はイリーザが作ってお蔵入りにした改造制服を着てきたのだった。本来ブラウスとスカートとジャケットの制服を、ブレザーをボレロ化するためにジャンパースカートにしてあるのだ。


「こっちの方がかわいいですね。」


 イリーザの目元は扇子から出ている。伏せたまつげを上げ、発言したヘルボへ目線を送ると息を飲まれた。




 短いため息をついたイリーザは、扇子を閉じて壁際で硬直しているメイドに合図を送る。


「手に持っているものはなんだ?」


 聞き慣れない声の主を見ると、髪が赤いからことから従兄のようだと分かる。しかしこの人と喋ったことがあっただろうか。彼の母親とは面識があるが、彼とは自己紹介すらしあった記憶がない。


 従兄を見て少し首を傾げるとため息をつかれた。


「まさか俺の顔を忘れたわけじゃないだろうな。」


「殿下の……側近の方、でいらっしゃる?」


「従兄だ馬鹿者。」


「従兄? ファイロ様ですね。お初にお目にかかります、イリーザでございます。」


「何度も会っているだろうが。」


「そう……でしたか? 失礼いたしました。これは扇子です。工房で作らせました。」


 深々と頭を下げた後、テーブルに置いた扇子を少し持ち上げて示した。




「ヴェテーロ伯爵令嬢、僕も何度かエスコートさせてもらったけど、名前は言ってなかったですね。グラツィーオと言います。」


「イリーザですわ、グラツィーオ様。その節はありがとうございました。」


 ほんのり笑ってイリーザが会釈するとグラツィーオは顔を赤くした。



 イリーザは、やっとありついた紅茶を置いて、黒髪の女性に目を向ける。


「ノクト様! この子私のこと睨んできます。怖いです〜」


 女性に向けた目を伏せ、イリーザはもう一度扇子を広げる。


「その頭といい、マリー・アントワネットのつもりなの? ドリルはどこにいったの?」


 以前のドリルは封印した。今日は厚い前髪メイドキャップヘアとも、デコ出し双子仕様とも別の、盛り髪イリーザを披露したのだった。


「……」



「イリーザ。」


 先程同様ノクトに名前を呼ばれただけなのに、咎めるような声色に扇子を持つイリーザの手が震え出した。


「そちらの、女性が……何を、言っているのか……分かりません、殿下。」


 顔色が変わったイリーザに、ヘルボが声を掛ける。


「お嬢、様?」


「なんでもないわ、ヘルボ。」


 ヘルボの声で少し持ち直したイリーザは力なく微笑んだ。グラツィーオは相変わらずキョドっているし、ファイロはイリーザを睨みつけている。イリーザはなんとか手の震えを止めようとしていた。


「あら、この名前で震えだすなんて、あなたやっぱり……。大丈夫! 私はギロチンで公開処刑なんて生やさしいことしないから。」


「えっ?」


 イリーザは思わずマジマジと黒髪の女性を見てしまった。前世のクラスにいたら絶対モテるだろう顔の、小柄でスレンダーなオリエンタル美人だった。


「公開処刑? そ、それってみんなの前で……」


「そうよ、広場で民衆の見てる前で首を切るのよ。」


 イリーザは目を見開いて、ポロリと扇子を落とした。前世のイリーザは、R15対象外だった。



「おい、年下の女性にそういう話はさすがに……」


 ファイロが黒髪の女性を止めた。


「え、だって悪役令嬢の最期は処刑か娼館行きか、りょ」


「モモコ、やめなさい。」


 動揺に動揺を重ねていたイリーザは、ノクトの声につい無防備にそちらを見てしまった。


「っ!」


 真っ黒で吸い込まれるような黒い目。何も反射しないようなベタ塗りの黒。治まりかけた震えがまた足元からのぼってくる。



「あなた!」


 黒髪の女性、モモコに呼ばれて、闇に囚われかけたイリーザの目が彼女に移る。


「私の名前に反応するとは、やっぱり……」


 モモコの黒いけれどもキラキラ光る目を見た途端、イリーザの目から涙がこぼれた。


「あなたは……殿下に、名前で呼ばれてますのね……」


「なんで? 普通でしょ? あなただって呼ばれてるし?」


「イリーザ、社交界と違って学園ではみんな名前で呼び合うものだよ。」


「……はい、殿下。」


「それぐらいで泣くなんて、悪役令嬢もまだ子供なのね。意地悪して悪かったわ。ごめんなさいね。」


「いえ……わたくしこそ失礼しました。」







 学園のサロンは教員用の建物にあった。行きはそこまでヘルボが連れてきてくれたが、帰りはモモコの妨害にあって一人になった。もちろんエスコート係、グラツィーオも排除された。


 午後のお茶会だったので、外はすっかり夕暮れだ。こんな時間に一人で外を歩くなど、前世でもなかったことだった。







 黄昏時に、断片的な前世の記憶を想いながら角を曲がった瞬間、イリーザは立ち止まった。


「こんな時間に一人でどうしたの?」


 上級生か、それ以外か。平民風の私服姿で背の高い男性が5人、待ち構えたように立っていた。身の危険を感じたイリーザは、戻る方向に数歩斜めに後ずさる。


「おっと、逃げないで。」


 男が声を掛けるとイリーザはビクッとした様子で後ずさるのを止めた。



 この状況に、イリーザが色々と考えを巡らせる間にも、ジリジリと男たちが近づいてくる。


「怖くて動けないのかな? ちゃんと部屋まで送ってあげるからこっちにおいで。」


「えっ? 部屋に?」


 目を丸くして首をかしげたイリーザに、先程から先頭で一人喋っている男がにやっと笑って言った。


「俺の部屋にね。」


 それを聞いてすぐに、イリーザは踵を返して走り出した。


「残念!」


 しかし何歩も進まないうちに、後ろから腕を掴まれてしまった。


「離して!」


 なんとか腕を引いて習った護身術を役立てようとするが、イリーザの細腕では大人の体格の者たちの前には無力だった。それでも歩くまいと身を固くしてせめてもの抵抗をすると、もう一人の男に反対の手も掴まれて引きずられる。



「俺の部屋で色々と教えてあげるよ。」


 泣くでも叫ぶでもないイリーザの顔を面白そうに覗き込んだ男が、嗜虐的な笑みで妙に優しい作り声を出す。


「子供の作り方は知ってるかな?」


 そう言われてイリーザはふと考えてしまった。伯爵家の母にも家庭教師にも習っていない。前世の母には……


「神話の初めに……」


 忘却の彼方にあった前世の記憶を掘り起こすために、しばし状況を忘れてイリーザは母の教えを口にした。


「ははっ! お嬢様は性教育も神話だと! 鳥神様が赤ん坊を咥えて飛んでくるなんざ、おとぎ話ですよ。」


 本当に可笑しそうに、喋り担当の男以外も笑い出す。


「え?」


 驚いた顔をした後、自分の無知を恥じてイリーザは顔をうつむかせた。


「心配しなくても、ちゃんと手とり足とり教えてあげますよ、お嬢様!」




「待て!」


 遠くから騎士の静止の声が聞こえた。


「ヤバい、ズラかるぞ!」



 急に手を離されたイリーザはその場に座り込んだ。5人は早々に散会して逃げ切ったようだった。それでも何人かの騎士が彼らを追いかけ周囲を警戒している。


「ご令嬢、大丈夫ですか?」


 隊長風の騎士Aが膝を付き、労るようにイリーザに声を掛ける。


「はい。……危ない所をありがとうございました。」


 騎士Aは最小限の接触で立ち上がる手助けをする。



「こんな時間にこんなところで一人とは、何か事情がおありですか?」


「婚約者……に呼び出されて。帰るところでしたの。」


 何かを隠すように口籠りながら、小声で事情を告げたイリーザに、騎士Aは驚き、咎めるような声を出す。


「お一人で帰したのですか? お相手はどなたで?」


 周りの騎士たちもそれを聞いてざわついた。そもそも時間帯に関わらず、貴族令嬢が一人歩きすること自体ありえないのだ。


「それは……。いいえ、わたくしは一人で大丈夫なので……」


 婚約者を庇った挙げ句、急にそわそわし出したイリーザに、眉をひそめて騎士Aが申し出る。


「とりあえずお送りしましょう。どちらへ行かれますか?」


「1年生の寮までお願いいたします。」


 1年といえばまだ未成年。そのような婚約者を危険にさらし、あまつさえそれが日常である様子の相手の男に、騎士たちの怒りが高まっていった。



「あの、先程の騎士見習いの方は? 突然同行を頼んでしまったので、お役目が滞って咎められたりはしないでしょうか。」


「あいつは全力で走って詰め所に知らせに来たので、今は休ませています。」


 騎士見習いのことが確認でき、イリーザはホッとして顔を緩める。


「そうですか。あの方のおかげで本当に助かりました。よろしくお伝えくださいませ。」



 ようやくイリーザと騎士Aが歩き出そうとした時、横から騎士Bが話し掛けた。


「あの、髪を直されてから戻った方がいいのでは?」


 イリーザは普段整髪料を付けないので、今日の盛り髪も紐とピンの絶妙なバランスで保たれていた。それが走ったり捕らえられたりで頭は無残なことになっている。


 イリーザは頭に手を置きしばし逡巡したが、その場で数本のピンを抜き、土台の紐をしゅるりと引くと、夕闇にオレンジの髪が広がった。それを手櫛でさっと横に流して軽く三つ編みをする。


「これで大丈夫。お気遣いありがとうございます。」


 騎士Bへ、はにかみ顔を向けてからイリーザは歩き出した。後に続いた騎士A以外はその場で二人を見送ったが、彼らの顔は茜色に染まっていた。






2021.7.16




次回、副音声の穴埋め、答え合わせです。




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