1 私、悪役令嬢だった!
久しぶりの連載になりますので、探り探りで始めたいと思います。完結までお付き合いよろしくお願いいたします。
「王太子の婚約者であるわたくしのドレスと色をカブせてくるなんて、あなた一体どういうおつもりなの? あなたが侮辱をする気なら、わたくしは……わたくしは?」
秋晴れの庭園で、少女を罵ってる最中に、彼女に突然前世の記憶が蘇った。
(庭園? お茶会? 私は……伯爵令嬢だったかな。目の前にいるのは子爵令嬢だったはず。)
急に言葉を止めて呆然と周りを見回した彼女、イリーザに、目の前の相手も困惑している様子だ。
「あの、イリーザ様?」
「あ、ごめんなさい。セリフを忘れちゃったみたい。覚え直してきます。」
「え? セリフ?」
ざわざわする子爵令嬢と取り巻きをその場に残して、イリーザは庭の奥の生け垣に歩いて行く。
(イリーザっていかにも意地悪そうな名前だな。それにしても前世を思い出す時は、頭痛で倒れたり頭を打って気を失ったりするものじゃないのかな。)
イリーザは自力で状況をリセットするために、とりあえず人のいない所へ避難した。
(私は伯爵令嬢イリーザ。さっきのやりとりや、視界に入るほぼ黄色の金髪がドリルになってることからも、悪役令嬢であることは間違いないね。)
ここは、秋晴れの王宮の庭園。婚約者である王太子主催のお茶会の最中だ。
イリーザは現在10才。前世は14才までだったので、合計24才だ。12才の王太子と2年前から婚約中。
(うん、大分混乱がおさまってきたみたい。でも庭園とはいえ10才の子を放置する? ……あ、陰に騎士様がチラ見えしてる。絶妙な距離感、気が利くなぁ。)
遠くで声が、イリーザが罵った相手を、王太子がフォローしているような声が聞こえてくる。
(そう、ここまでがいつものパタン。だけど今日は途中で失敗しちゃったから……)
「護衛ご苦労様。ちょっとイリーザと二人で話すから、君は少し離れていてくれるかな。」
「はっ。」
王太子であるノクトが生け垣の向こうから歩いてくるのが見えた。
銀色の長くてサラサラな髪。黒い瞳がジッとイリーザをみつめる。彼女は反射的に目をそらした。
「イリーザ。さっきはどうしたの? いつもと様子が違ったみたいだね。」
ノクトの冷たい手が、イリーザの頬に触れ、耳から顎先までを撫でて顔を上に向かせる。
ノクトは人が見ている所では、決してイリーザに触れない。「公人だから」とのことだ。
(だからって、エスコートも護衛の騎士様にさせるのはどうなんだろう。今までの私は気にもしてなかったみたいだけど。)
それでも人目のない所ではこうして触れてくるのだ。
頬にそっとキスされて抱き締められる。イリーザの背がビクッと揺れた。
「私との約束は覚えてるかな? たまにしか会えないけれど、イリーザがいつも頑張ってくれてるのは知ってるよ。」
ノクトは12才とは思えない色気のある声で、10才のイリーザに語りかける。
この世界は日本よりもみんな発育がいい。イリーザの結構育った胸が、強い抱擁でノクトに押し付けられた。
背中をひと撫でして離れたノクトが、背をかがめてイリーザに顔の高さを合わせ、微笑んだままヒタっとその冷たい目を合わせた瞬間、イリーザの口は勝手にしゃべり始めた。
「ごめんなさいさっきはセリフを途中で忘れちゃったの。今度はちゃんと時期王妃として貴族たちを叱責します。彼らの素行に目を配り馴れ合いません。」
「うん、ありがとう。イリーザの心構えは素晴らしいよ。自分の屋敷でも練習してるかな? 使用人の管理は女主人の仕事だからね。それは王宮でも王妃でも一緒だよ。」
「はい頑張ります。」
無表情のイリーザがまくしたてると、ノクトは一つ頷いて目を細め、口元だけで優しく微笑んだ。
見習いと思しき先程の騎士が、イリーザに向けている困惑した顔にピントが合った。それまでは、ノクトが去ったことも、騎士と目が合ったままだったことにも気が付かず、ただ立ちつくしていたのだ。
(はっ!? ……私ヤバくない?! 今の何? 洗脳されてるの? ……と、とりあえずあの騎士をなんとかしないと。)
「あの、わた……わたくしはどうすればいいか、殿下は何か仰っていましたか?」
「えっ? あ、馬車までお送りするようにと、仰せつかっております。」
騎士見習いは驚きを全身で表わし、答えた後もキョロキョロと落ち着かない。
「そう。」
イリーザが手をそっと持ち上げると、騎士が寄って来てエスコートしていく。
(それにしても、この人は何であんなに驚いてたんだろう。私が魂抜けてたから? ……あ、口調だ! 今までの私、誰彼構わずめっちゃ横柄だったんだ!)
何度かすれ違った使用人たちも、出会い頭にギクッとした動きをしていたが、イリーザが無表情のまま素通りすると分かると、驚いた目を向けてきた。
(あー……。いつもは因縁を付ける相手を探すヤンキーみたいに、目付きも悪くキョロキョロしながら歩いてた気がする。……だけど今更それはできないな〜)
馬車に上がるのに手を貸してくれた騎士に、お礼を言いそうになったのをぐっとこらえる。座った時に軽く頷くに留めたが、それでも目を見開かれてそっと戸を閉められた。
(も〜、今までどんだけだったの?? 以前の私は相手のリアクションにすら意識を向けてなかったみたい。ちょっとこの先この人生、不安しかないんですけど〜! ここでの私、まだ10才なのに……)
2021.7.7