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煌く灰  作者: 鹿鹿 ユウ
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太一は気づいたら床で寝ていたことに気が付いた。着替えないまま寝てしまったことで、すっきりしないまま朝を迎えていた。出勤時間が迫っていることに気づき、手早くシャワーを浴びながら髭を剃る。インスタントコーヒーを一気に飲み干して家を出た。コンビニに着くと、やはり七夕の飾りつけはされていなかった。さっきパートの野村さんに一応メッセージを送っていたのに。


「探したんですけど見つからなかったんですよ~。そもそもこういうのってもっと早くから準備するものですよねえ。」相変わらず無能なおばさんだと思いながら、太一はバックヤードから裏口を出て自ら準備を始めた。どうせ今日も暇なんだろうけど、深夜勤務明けでこの日も午後10時までシフトが入っていた。誰も来ないんだから、夏だけどおでんでも販売してみようかなとかどうでもいいことを考えながら。


その時、店内できりりと甲高い悲鳴が聞こえた。野村か、ゴキブリでも出たのか?飾りつけを途中のまま店に戻った。そこには上下黒い服を着た土で真っ黒に汚れたスニーカーを履いている若い男がいた。

「静かにして落ち着け。そしておとなしく金を出せ。」

彼は強盗なのだろうか。野村はパニックになっていて話ができるような状態ではなかった。男が舌打ちをして苛立っていたが太一の存在に気づき、話のできそうな、弱そうな奴がいると少し安堵した様子だった。

「あんたが店長か。このおばさんじゃ拉致が開かないから困ってたんだ。危害を加えるつもりはないから早く金を出してくれ。」

太一はその長身の男に対して不思議と恐怖を感じなかった。「こんな辛気臭いコンビニに強盗が入るなんて!」という思いが強く、思わず嘲笑してしまった。そして、

「あのー、今あなたにお金を渡したところで結局君は捕まると思いますよ。だから早くここから離れなさい。」

「黙れよ、おっさんいいから金出せよ。」

「そんなこと言ってもさ、うちはそんな大金用意できないことくらい見ればわかるでしょう。もっと銀行とかで派手に暴れなさいよ」

「何言ってんだよあんた、状況わかってんのかよ。」膝くらいの高さの棚が倒され、並べてあったハイチュウが床にばらまかれた。

男はかなり興奮しているので、このまま引き下がってくれそうにもない。太一は一息ついてから

「ちょっと待ってて」と言ってバックヤードに行こうとした。

「裏で通報する気だろ!!」男が叫ぶ。意外とハスキーでいい声だなと思った。

仕方がないので、そのままレジまで移動して、男の前に差し出した。

「とりあえず、コーヒーでも飲みます?ちょっとぬるいけど。」

最近店舗に設置されたコーヒーメーカーで抽出したアイスコーヒーだった。出勤した時は客がいない時に飲めるように、レジの裏に置いている。

「いい加減にしろよあんた!」

アイスコーヒーが床に飛び散り、先に落ちていたハイチュウはコーヒーまみれになった。そのハイチュウは、先週野村の発注で20個の予定が200個届いたものだった。

そこにパトカーの音が遠くで聞こえていた。野村がレジの下で指でオッケーサインを出していた。お前が通報したのか、今日は有能ではないか。男は「くそ、覚えてろよ」と言い捨てながら慌てて店から出て行った。男の行方は誰も知らない。


野村は腰を抜かしていたようなので、一旦はバックヤードで休ませることにした。

このまま早退になるだろうから今日もワンオペかと嘆く。そこに、雑誌の前でずっと立っていたらしい男が寄って来た。

「先ほどは大変でしたね。おせっかいかもしれませんが、警察に通報しておきました。」

「あなたが連絡してくれたんですね。いやぁ、本当に助かりましたよ。」前言撤回。野村はやはり無能だ。

「あの、一つよろしいでしょうか。なぜあんなにも冷静に対処できたのですか。」

「いやね、こんな所に強盗が来るなんで可笑しいなと思ってしまってね。どうせだったら爆弾とかでこの店吹っ飛ばしてくれればよかったのになあ。夜勤もなくなるし。」

「なるほど。僕は今日彼女に振られてしまいましてね。できればその爆破事件に巻き込まれたかったです。」

二人は光の灯っていない目を合わせて、久しぶりに笑ったような気がした。


夜空は薄い雲がかかっている。東京では天の川はさすがに見えないが、雨も降っていないので、上空では無事に1年振りの再会が華やかに行われており、二人でタピオカミルクティーなんかをすすっているのだろう。雲の下では、1枚買うと2枚目が無料で知られるチェーン店のピザを持った女がチャイムを鳴らしていた。玄関から男が出て来る。

「明日は休みだよね。来ちゃった。」

「あーうん。ずっと寝不足で掃除もしてないから部屋汚いからちょっと待ってて。」

「二人で掃除した方が早いって。外、風強いから入れてよ。今日仕事どうだった?」

「うーん、今日は小説より奇妙だったかなあ。ほんとにさ。」

女は半ば強引にサウナのように蒸した部屋に入っていく。テーブルには廃棄処分になるはずの総菜パンとハイチュウが無造作に置いてある。灰色に塗られたアパートの塗装は所々剥がれ落ちていた。

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