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第三話 「言葉は三角、心は四次元図形」

求められるスキルとは一体なんだろう?

戦士ならば剣を素早く正確に扱うことが求められるし、魔法使いならば知識の深さ、そして、なんと言っても魔術を使いこなすことだろう。


ならば、衛兵にとって最重要スキルとは一体なんだろう?


「それじゃ、ギークさん、見回りお願いしますね」



城下町を見下ろせる、グリーンポート城吹き抜けの廊下でオクタとギークは見回りをしていた。

城内の見回りは衛兵の基本的な仕事の一つで、その日も2人決められたルートを歩いていたのだが、他の雑務に追われ、業務時間内に見回りが終わりそうになかった。


そこで、オクタはギーク1人に見回りを頼み、自身は衛兵詰所に戻って、業務日誌と申し送り事項をまとめることにしたのであった。


オクタに頼まれ、ギークは一瞬固まった。

2人の間に沈黙が流れる。


「わかった。行ってくる」


ギークは一言そう言うと、踵を返し、廊下の奥の階段へと消えていった。


オクタは先ほどの謎の沈黙が気になるが、早く仕事を片付けてしまわないと残業する羽目になってしまうので、小走りで詰所に戻っていった。


ギークは1人、階段に腰を下ろし、自身の顔を両手で覆い途方に暮れていた。

実はギーク、見回りのルートをまだ完璧に覚えていないのだ。


「あれじゃわかんないよぉ…」


ギークはかすれた声を漏らした。


その通りである。

見回りのルートは複雑かつ、曜日によっても変わるので、覚えるのに時間がかかる。

派遣衛兵として数ヶ月前にきたギークが分かるはずもなかった。

オクタは「それじゃ、ギークさん(どこどこの)見回りお願いします」と言うべきであったのだ。



読者諸君は「わからなかったなら、聞けばいいじゃん」と思うだろうが、ギークはそれをしなかった、嫌、できなかったのである。


ギークは普段から物覚えが悪く、オクタに何度も同じことを聞くことが多かった。

オクタは『まぁ、この人新人だし仕方ないよな』と思い、そのたびに快く答えていた。

しかし、ギークからしたら、上司とは言え、遥か年下の青年に教えを乞うのはなかなかに神経をすり減らす作業であった。


『このおっさん、物覚え悪すぎ…とか思われてないよな』とギークは疑心暗鬼に陥っていたのである。

その為、最近ではオクタではなく、歳の近いナードにコッソリと聞いていたのだが、ナードはこの日有給休暇でいない。


つまり、ギークは孤軍奮闘しなければならなかったのだ。




まず、ギークの頭に浮かんだ案は


「見回りしたフリして、程よい時間になったら帰る」


つまり、サボるのである。

見回りと言うと仰々しいが、平和なグリーンポート城でのこの仕事は半ば形骸化していた。

だから、別に見回りを1日しなかったところで何も起こるまい…見回りのルートはまた覚えればいい…そう言った考えであった。


しかし、ギークは無駄に真面目であった。

もしも、万が一自分のせいでとんでもない悪事が見過ごされたらと思うと気が気ではなくなった。


そこで、ギークが選択したのは、ウロウロすることである。



見回りのルートは分からない、しかし、うろ覚えでウロウロして、なんとかやった程にして、自分を納得させる。


そう決めると、ギークはヨロヨロと歩き始めた。


この選択、実は間違い!!!

中途半端にするくらいならやらない方がいい。何故ならば…


「おい、お前、そこで何やってるんだ」


ウロウロと廊下を歩いていたギークは後ろから呼び止められた。


振り返れば、衛兵姿の男3人に囲まれていた。


「ここは我々の持ち場だが、お前、何やっている」


衛兵がギークを問い詰める。その口調は明らかにギークのことを怪しんでいた。


「すいません、あの、ルートを間違えまして…」


「怪しいな…ちょっと来い!!!」


男達はギークを取り押さえ、ギークはあまりの緊張にポロポロとその両目の端から涙をこぼした。



そう、中途半端にすると、誰かに聞かれたとき、しどろもどろになって、答えられないのである。


ギークは恥をかいてでもオクタに聞きに行くべきであったのだ。


「ちょっと待ってください」


揉め合うギーク達に向かって誰かが言った。

見ればオクタであった。


「その人はうちの班の新人です。何かの間違いでしょう、話してあげてください」


「この男、オクタ班だったのか、フン、面倒かけやがって…」


男達はギークの拘束を解き、何処かへと歩き去っていった。残されたギークは地面に伏し、しとしとと泣いた。


「隊長ごめん…おれ、見回りのルート分かんなくて…」


ギークは声を漏らした。なんどもしゃくり上げ、そう言った。そんな、ギークの肩にオクタはポンと手を置いた。


「俺の方こそ、ちゃんと指示しておけばよかったです。すいませんでした。また、今度、頑張りましょうね」


オクタは優しかった。その顔は慈愛に満ち溢れていた。

その顔を見て、ギークは更に声を上げて泣いた。


「うす、自分、頑張るっす…」


こうして、オクタ班の絆は更に深まったのであった。



が、少し、待ってほしい。

オクタのこの対応、少し優しすぎやしないだろうか。

それもそのはず、実はオクタもちゃんとした見回りルートを覚えてなかったのである。

その為、オクタは指示を出すとき、一言「見回りお願いします」と大雑把に言ったのであった。


読者諸君は「わからなかったら、わからないって言えばいいじゃん」と思うだろう。

しかし、オクタはしなかった、嫌、できなかったのである。


オクタにとってギークは部下、しかし、2人の年齢は親子ほども離れている。

その為、ギークはいつもオクタの事をチョッピリ舐めている。

幾ら年上とは言え、部下にこれ以上舐められるわけにはいかない。

その為、ギークの前で「どこか分からないです」なんて言えなかったのである。


「見回りお願い」発言の後の沈黙でギークがルートを覚えていないことを何となーく、オクタは察していた。

しかし、覚えていないのに教えれる訳もなく、その結果、ギークはあらぬ疑いをかけられ、あわや犯罪者になるところだった。

そんなギークを責める事など出来るはずもなく、負い目からオクタは必要以上に優しく接したのである。



そう、衛兵に1番大事なスキル。それは

「わからないときはちゃんと聞く」であった。

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