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第2話 「ものすごくデカくて、ありえないほど軽いプライド」

なぜこんなことになってしまったのだろう、とオクタは日々思っている。

士官学校の成績はずば抜けてよかった。特に座学は文句なしだった。


しかし、いざ配置されて実務を任されると、てんでダメだった。

細かいミスを連発する。大きな決断ができない。上官になる素質0。


あれよあれよと転落していく人生。

そしてたどり着いたのが何も起こらない辺境の地で、おっさん2人組とのスローライフだった。


これが悪夢と言わずして何を悪夢と言う。


「ほら、オクタさん、ギーク行くぞ!!!」


ナードが妙に張り切っている。 


「40代にパトロールはつらい」


ギークは腰をさすりながらぶつぶつと呟いている。


3人の今日の任務は城下町の外の平野のパトロールであった。

魔王が復活した北の大地なら魔物が跋扈し働き甲斐もあろうが、ここ南方の地、グリンポートではウサギが原っぱを駆け回るくらいのものだった。

さんさんと気持ちいい日差しが3人に降り注ぐ。

城下町を囲む壁をぐるぐると回るだけの閑職特有のあってもなくてもいい仕事なのだが、一人の男は妙に張り切っていた。


「ふんふんふんふん」


ナードが大粒の汗を額に垂らしながら、その肥満体を揺らし、野原を歩いていく。


「ちょっと待ってくださいよ、ナードさん」


オクタが不満げに声を上げるも、ナードの耳には入らない。


「なんであの人あんなにはりきってんだ?」


オクタがため息を漏らす。


「あー、あいつ、前の健康診断相当やばかったらしいぞ」


ギークがオクタに答える。


確かに、ナードの肥満体は度を越している。

それに顔色もずいぶんと悪い。きっと内蔵もだいぶ悪くしているのだろう。


ナードが入隊したのは、遡ること25年前であった。

当時、「でもしか衛兵」と言う言葉がはやっていた。

衛兵にでもなるか、衛兵にしかなれない。

そういわれるくらい、平和な時代にあって、衛兵と言う職業は軽視されていたのである。



その後、衛兵の見直しや、政府による新制度導入で衛兵は昔と比べ、はるかに高難度の職業となったが、

ナード世代の衛兵は未だにしみったれた意識で衛兵を続けている。

当然、そのような人間は出世とは無縁である。

オクタは勉強だけの頭でっかちで、ミスを連発して左遷されたが、このナードという男は真逆、25年間、何もしなかったからずっと平衛兵なのである。



「ああああああああああ」


ナードが悲鳴を上げ、その場に倒れこんだ。


「どうした!?」


2人が駆け寄る。


「足くじいた」


ナードが右足を抑え込んでいる。目には涙をためている。


「ナードさん、歩けますか?」


オクタが訪ねるも、ナードはふるふると首を振るだけだった。


このおっさんどうしようもねえな。

オクタはあきれ顔でナードを見下げた。

その顔をナードは見逃さなかった。


「お前…今…馬鹿にしただろ…」


「え、馬鹿にしてませんよ」


呆れてるだけですよ。オクタはその言葉をなんとか飲み込んだ。


「ぜってえ、その顔忘れねえからな…」


ナードは涙でにじんだ顔をゆがませてオクタを睨んだ。

この「でもしか衛兵」世代の特徴のひとつが謎のプライドの高さだ。


「ほら、肩かしてやるから立て」


ギークが珍しく男気を見せ、ナードに手を差し伸べた。


「…おんぶしてくれ」


ナードはギークにそう言った。その顔は有無を言わせぬ卑劣な顔であった。



ギークも断ればいいものを律儀にナードを背負ってあげた。

今度はギークが大粒の汗を流しながら、一歩ずつノロノロと歩く。


「ギークさん手伝いましょうか?」


オクタが声をかける。


「馬鹿野郎、おめえみたいなヒョロ造の助けなんていらねえよ。まあ見てろよ」


ギークが虚勢を張る。


ギークと言う男は若い頃、売れっ子吟遊詩人を目指し、帝都に上京したが挫折。

それから何年か日雇いの仕事をするも、夢破れ、故郷グリーンポートに帰郷。

その後、年老いた両親と3人暮らしで、簡単なバイトを何個もするがいずれも続かず、最近まですっかり両親の年金に頼って生活していたが、年老いた両親の「もうあなたを養うのは限界」の一言に一念発起し、派遣会社に登録。そして得たのが今の仕事であった。


このギークにも謎のプライドがある。

それは「実は俺はすごい奴なのかもしれない」という不確かな自信からくるものであった。

今の俺は仮の姿、自分が本気を出したら本当はすごい奴なんだと彼は未だに思っている。

しかし、その自信が藁の城のように空虚で簡単に弾き飛ばされることもまた彼は心得ている。


なので、自分よりも遥に年下のオクタに虚勢を張ってなんとか藁の城を守っているのである。


しかし、ギークは限界であった。あまりの疲労に、昨日の晩しこたま飲んだ酒が胃からせりあがってきている。


「おろおろおろおろ」


ギークはその場で吐いて、地面に崩れ落ちた。

その体にナードが覆いかぶさる。

二人の顔に汚物がしこたま付着した。


「汚い汚い!!!」


ナードが痛みと悪臭から叫ぶ。

ギークはナードの巨漢にもろに押しつぶされたため、気を失っていた。


崩れ落ちた中年二人を見下げながらオクタはこれを悪夢と言わずして何を悪夢というのかと思った。














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