第1話「マホチューバ―に俺はなる」
ガルディア大陸に激震走る。北の禁じられた大地フォートに封印されていた魔王軍が千年の眠りより目覚め、帝都に進軍を始めていた。民は怯え、魔王を倒す伝説の勇者の出現を祈った。
帝都から遠く離れた南方の地、グリンポート。
グリンポートは賢帝と言われた先代の帝王サルトラの弟であるメルヴィンが統治しており、兄同様、善政を行い、民から愛されていた。
メルヴィンが住むグリンポート城を囲む様に城下町が形成されており、まさに町民たちはメルヴィンの庇護のもと安らかに生活していた。
草木も眠る夜中、月の明かりだけが町を照らしていた。グリンポート城内部、松明が壁にかけられ、部屋を照らしていた。
その部屋は簡素なものだった。長机がひとつ、椅子が数脚あるのみだった。
3人の男が机を囲み、椅子に座っている。
その内の一人は目を閉じ、腕組みをし、思案に暮れているようであった。
この男、歳は40半ばほどであろうか、鎧に身を包み、額には深い皺が刻まれ、口元は髭でおおわれていた。長い金髪は後ろで束ねられている。この男、どことなく歴戦の戦士のような風格を思わせた。
「決めた、俺、マホチューバーになる」
男は静かにそういった。その声色には確固たる決意が感じられた。
「ギーク…お前何ってんだ?」
そう言った男はひどく太っていた。歳は30後半くらいであろうか、鎧に身を包み、顔は脂ぎっていて、顔の中心の鼻はイボがザクロのように熟れている。
「ナード、俺はガチだよ、この低賃金かつ所得税で雀の涙しか給料がもらえない生活から脱出するにはこれしかない」
「ギークさんの世迷い事がまた始まったよ」
そう言ったのは若い男だった。20代半ばくらいのこの青年はこれといった特徴がない中肉中背の男であった。
「黙れ、オクタ!!!」
ギークは青年に詰め寄る。
「あ、自分、一応ギークさんの上司なんで『オクタさん』でお願いします」
「そうだぜ、俺たちはオクタ班なんだからよ」
ナードがそう言ってブヒブヒと笑う。
マホチューバ―とは今若者を中心にガルディア大陸で一大ブームとなっているコンテンツである。
これまで、伝令くらいしか使い道のなかった魔法水晶を使い、商品の販促や観光スポット紹介を動画にして大陸中の人が見れるようにしたのであった。
これにより、広告収入を貰い生活している人はマホチューバ―と呼ばれている。
「そもそも40代半ばのおっさんが世間に何を発信するんだよ」
ナードが詰め寄る。
「今日の晩酌とか…」
「オクタさんよ、言ってやってくださいよ、いいおっさんが夢見るなってよ、だからその歳で契約社員なんだってよ」
ナードがブヒブヒと狂ったように笑う。
「うるさいうるさい!!!」
ポカポカとギークはナードのことを殴るも、ナードはお構いなしに笑い続けた。
「ナードさんも笑いすぎですよ、ほら、そろそろ休憩時間終わりですから、ほら立って」
オクタが2人をせかす。
ギークは半泣きになりながらナードを睨みつけている。ナードはそんなギークをお構いなしに鎧をしめなおしている。
「そう言えば、北の大地に、言い伝えどおり異世界から勇者が来たそうですよ」
オクタが呟くも、ナードはせせら笑う。
「隊長、俺たち地方衛兵にゃ、勇者がどーとか関係ないですよ」
「早く帰りたい。40代に夜勤は堪える」
ギークは二人の会話など一切気にせず、目をしばしばとさせている。
そう、この3人はグリンポートの衛兵団、第34支部隊、オクタ班なのである。