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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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 チェスの震えをピュルサーが体で受け止めている。獣の姿でなければ嫉妬してしまうところだ。チェスはピュルサーの首元に顔を寄せ、豊かな毛に体を埋める。

 そうしていると、フルーエティが現れた。銀髪が視界に入るなり、ルーノは抑えていた感情が破裂しそうになる。


「フルーエティ! ララが、あの女が現れたんだ……」


 生かせと言ったのはルーノだ。だから誰のことも責められたものではない。責めるべきは過去の甘ったれた自分のみだ。

 フルーエティは眉根を寄せ、深々と嘆息する。


「……本来であれば、こんなことは起こり得なかった」


 いつの間にやら、リゴールとマルティもそこにいた。リゴールも苦々しく口を開く。


「ええ。あの女は生かしましたが、一切の自由を奪いました。それが……」

「どういうことだよ、それ」


 強気を装いながらも、ルーノは得体の知れない何かに怯えていた。一体、何が起こっているのか。それが少しも読めない。生あたたかい風に弄られているような不快感だった。


「あの女は魔界に残してきたのだ。それも、俺の力で作り上げた氷柱に閉じ込めてな。お前が人生を終えた頃に開放するつもりだった。お前たちとは生涯会わぬはずだったのだが……」


 フルーエティが苦々しくつぶやく。

 魔界に、フルーエティが氷漬けにしてあったと。

 それが何故、地上にいるのだ。しかも、チェスを悪魔つきだと罵った。誰かが氷漬けのララを助け、こちらの内情を教えたのだ。


「ただの人間を閉じ込める程度なら、それほどの力は込めておられなかったかもしれませんが、それでもフルーエティ様の氷を溶かしたなんて、そんなことができる悪魔は限られてますよ!」


 マルティが珍しく顔をしかめた。

 それを聞いた時、ルーノはあの時に見た悪魔の顔を思い浮かべた。


「タナルサスはどうなんだ?」


 リゴールとマルティは言葉に詰まった。その反応でわかる。

 フルーエティは静かに答えた。


「可能だろう」


 タナルサスは悪魔なのだ。魔界にいても不思議はない。こちらに戦いを仕掛ける前に下調べをし、どうすれば効果的にかき回すことができるのかを考えたのか。

 悪魔に言っても仕方がないことかもしれないが、あまりに惨い。


「あの女はただの人間ですから、我々もそこまで察知できません。ピュルサーは鼻が利くので駆けつけましたが、それでも間に合ったとは言い難いところですね……」


 リゴールが申し訳なさそうに言う。彼らにしてもフルーエティにしても、ここにいるはずのないララのことなど忘れ去っていただろう。現にルーノも顔を見るまでは思い出しすらしなかった。

 タナルサス――あの悪魔の笑い声がここまで聞こえてくるようだった。


「起こってしまったことは最早変わらん。それで、今後お前たちはどうするつもりなのだ?」


 フルーエティが現実を突きつけてくる。ルーノはとっさに何も答えられず、首を絞められたように息苦しく感じられた。

 そんな中、ずっとまぶたを閉じていたチェスが青い瞳を覗かせる。表情が乏しいのは、顔に出さないように努めているからだろうか。


「……私はもう、ルーノのお妃にはなれないね」


 ポツリ、とチェスはそんなことを言った。ララの言葉を皆が信じたか。潔白を証明するには、手の平の印を隠しきれない。悪魔との契約者だと知れれば、たとえ側室であろうとも皆が認めることはないだろう。王家の血が穢れると騒ぎ立てる者もいるかもしれない。

 けれど、ルーノ自身がそう綺麗な身ではない。それを知らない人々が騒ぎ立てるだけだ。そんなものに意味はない。


「そんなこと言うな」


 ルーノはやっとの思いでそれを言った。それでも、チェスの心を癒すには至らない。ふるふると、力なくかぶりを振る。


「駄目。ルーノまで悪魔と結びつけて考える人たちが出ちゃう。ルーノは王様なんだから、そんなの駄目だよ」

「それなら、王位なんて捨ててやる」

「ルーノ! それだけは絶対にやめて!」


 チェスがひどく悲しい顔をした。そんな顔をする必要はないのに。

 今からでもここを退き、チェスの手を取って逃げてしまえば、少なくともルーノはチェスと共にいられる。再び侵略してくるソラールの脅威にティエラは今度こそ潰されてしまうけれど、今のルーノにとってはこの国よりもチェスの方が大事だ。


 父やエリサルデが知ったら落胆するかもしれない。それでも――。

 無責任でもいい。これ以上チェスが傷つかず、穏やかな暮らしができるのなら、ルーノはそれをそばで見守りたいと思う。


「……ルシアノ、落ち着け」


 こんな時でも勝手に心を読んで、フルーエティは忠告してくる。たった一人の女のために国を捨てるなど愚かだと言いたいのか。それはこの国を取り戻すのに尽力したフルーエティたちへの裏切りでもあるのかもしれない。


「じゃあ、どうしろってんだよ?」


 誰に向けたのかもわからぬまま、ルーノはそうつぶやいた。

 しばらく、重々しい沈黙が続いた。それを最初に破ったのはフルーエティだった。ルーノではなくチェスに向けて問う。


「お前はしばらく人前に出ない方がいいだろう。この城の中にいては気が休まらぬのなら、魔界にいてもよい」


 そこでルーノはハッとした。


「魔界に人はいなくとも、タナルサスたち悪魔は出没するんだろ? そんなところに安心して置いておけるかよ」

「地上も安全とは言えない。今回のことがあってわかっただろう? 直接危害を与えられずとも、人は異質なものを迫害し、居場所を奪う。今はまだあの女が言ったたわ言でしかないが、真実が明るみに出れば……」


 フルーエティでさえ、その先を口にすることを避けた。それほどに凄惨な状況が起こり得ることをほのめかすだけに留めたのは、せめてもの優しさであっただろうか。

 この時、ルーノはひどく青ざめていたように思う。そんなルーノを見上げ、チェスは言った。


「私、お城にいる。しばらく人前には出ないで自分の部屋にこもっておくから」


 チェスは魔界で待つという選択をしなかった。これから戦が起こるとわかっていて地上から離れるのが嫌だったのかもしれない。チェスが動けばピュルサーもつき従う。フルーエティとチェスの間でピュルサーの動きが制限されると思うのかもしれない。


 それから、ルーノのことを少なからず心配してくれてのことだろう。

 ララが叫んだ言葉が、チェスを貶めるための嘘偽りであったとして、早く火消しをしてしまわなくてはならない。


 どんなことがあっても、絶対にチェスのことは護る。それだけを心に決め、ルーノは動き始めた。


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