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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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21/80

*20

 宿を出て馬屋へ戻る。その間、ルーノは無言であり、フルーエティもピュルサーも何も言わなかった。チェスはエリサルデのところに残ってまだ話し込んでいた。チェスにとって父親と同じ騎士という立場であったエリサルデのそばは落ち着くのかもしれない。


 一方、ルーノはエリサルデのことが頭の中で上手く噛み合わず、ただ据わりが悪かった。

 結局、ルーノの正体には気づかなかったのか――。

 馬屋の入り口まで来ると、フルーエティは中へ入らず、その陰まで進んだ。日が暮れ、フルーエティの瞳が妖しく光る。こっちに来いと、目が語っていた。

 ルーノも馬屋へ入らずにフルーエティの後へ続く。

 すると、フルーエティは腕を振るって円陣を描き、魔界への門を開いた。


「いったん戻るぞ」

「……ここを離れてもいいのか?」

「ここと魔界の時間軸は違う。適当に戻ればいい」


 フルーエティがいいと言うのなら、それに従う。のどかな村から一転、肌がひりつく魔界の風が吹く。

 いつもの反り立った崖の上、フルーエティは黒髪から青味がかった銀髪へ戻っていた。ピュルサーもフードを外す。


「あの姿でいるのは窮屈だからな」


 と、フルーエティは小さく息をつく。


「馬屋に長居するのが嫌なんだろ?」

「当然だ」


 実際に眠るかどうかは知らないが、気位の高い悪魔が干し草の上にいるのは不満だったようだ。ルーノはどこだろうと平気なのだが。

 フルーエティは紫色の目をルーノに向け、そうしてポツリと言った。


「あのエリサルデという老兵だが――」

「あ、ああ」

「ヤツが偽者のルシアノを担いだ張本人だな」


 エリサルデが、偽者を用意した。誇り高い騎士が、だ。

 ルーノが眉根を寄せてその言葉の意味を考えると、フルーエティは淡々と言った。


「エリサルデは、落ち延びたはずの場所に一行が現れなかったことを敗戦後に知った。だから、お前(ルシアノ)は死んだものと思っている。しかし、それではティエラ王国は本当に滅んでしまう。形だけでも再建しなければ、とお前の偽者を作り出した」


 フルーエティがそれを言うなら、エリサルデの思考を読んだのだろう。間違いなどあるはずがない。

 エリサルデの嘘に悪意があるわけではないのか。祖国を思うからこその偽りだというのか。


「オレのこと、気づいちゃいねぇんだな?」

「死んだと思っているからな」


 その亡霊が今さら顔を出したらどうだろう。エリサルデは偽物を偽者として認め、ルーノと挿げ替えるのだろうか。

 エリサルデの前で剣を振るえば、きっとエリサルデは気づくだろう。この剣を教えたのは自分の息子であると。その時、エリサルデがどうするのかを考えると、やはり落ち着かなかった。


 それから、もうひとつ気になったことを訊ねる。はっきりさせないままの方がいいような気もしつつ、それでも訊ねずにはいられなかった。


「……エリサルデの息子、セベロ・エリサルデは死んだのか?」

「そのようだ」


 国が落ちた時、見知った誰もが死んだと思った。けれど、エリサルデの父の顔を見たことで、また会えるような気になってしまった。一縷の望みは虚しく消える。

 勇敢な師は、国のために戦って殉じたのだ。惜しまれる者の命ほど儚く消える。


「そうか」


 しかし、そんな男が教えた剣術でルーノは幾人もの命を奪った。殺さなければ殺されるだけの場であったのだと、師ならば理解してくれただろうか。

 それでも、生きていることに意味があると言ってほしかったのは、ルーノの方か。

 志も御託も置き去りに、剣はただ生きるために振るうことが正しいと。




 それから、ルーノはしばらく休ませてもらった。それほど疲れたとも思っていなかったが、体ではなく心が疲れたのかもしれない。案外繊細だと、自分でも可笑しくなる。

 食事もハウレスが用意してくれた。代わり映えはしないけれど、こんな場所で人間らしい食事が食べられるだけマシだ。


 支度を整え、屋敷を出ると、そこにいたのはピュルサーだけではなかった。マルティとリゴールもいる。

 三将はフルーエティの姿を認めると、崖の上でひざまずいて待った。


「マルティ、リゴール、呼び立てた覚えはないが」


 すると、マルティはひざまずいたまま答えた。


「そうです。あまりにも呼ばれないので来ました。僕の出番はまだでしょうか?」


 子供のように無邪気なことを言う。フルーエティは軽くため息をついた。


「まだだ。もうしばらく待て」

「ピュルサーばっかりずるいですって!」


 顔を上げたマルティはフルーエティの背後にいたルーノに目を留めると、立ち上がってにっこりと笑った。


「ルシアノ、なあ、僕と契約しない?」

「は?」

「僕のあるじにしてあげるよ。そしたら僕、役に立ってあげるから」


 呆れた様子のリゴールが、そんなマルティの口を背後から塞いだ。かなり力が強いのか、マルティは振り払えないようであった。


「どうぞお気になさらず」

「ん、あぁ……」


 それからリゴールはピュルサーに目を向けた。リゴールは思慮深く、余計なことを言わぬように思えたが、ピュルサーの様子が気になったようだ。


「ピュルサー、しっかりとフルーエティ様のお役に立ってこい。我ら三将の一として」


 そんなことは今さら言われるまでもないことだろうに。ピュルサーはグッと顎を引き、言葉は返さなかった。

 フルーエティはそんな配下たちを眺めつつ、つぶやく。


「もうしばらく待て。そうしたら、存分に暴れられる場所を作ってやる」


 そんな不吉なことを言い、そうして崖から身を投げた。ピュルサーもそれに続き、ルーノも崖から飛び降りた。何度やっても気持ちのいいものではない。普通に入り口を作ってくれたらいいのに、フルーエティはこのやり方が好みのようだ。


 頭が無になる。

 次に目を開ける時は地上だ。


 ルーノはエリサルデのことを考えた。

 エリサルデがルーノの正体を知った時、どう出るのかはまだわからない。

 けれど、今さら本物が出てきてもややこしいだけだと、ルーノを葬り去る算段をしないとも限らない。

 そんな最低の事態も、頭の片隅には想定しておくべきだろう。


 そう易々と信じない。

 この世は惨いと知っているから。


 ルーノが地上に戻り、目を開けたその時、この世は非情だと物語る光景がそこにあった。

 

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