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18年ぶりの故郷へ

 

 いつかも思ったことだが、時の流れというのは本当に早い。あるいはこれは、私の中身が既に20年以上生きているからで、普通の子供はまだそのように感じないのかもしれないけれど。


 私が三歳の幼児として新たな生を得てから早3年が経とうとしている。


 四歳の時に出会った哲林たちとは今もともにサッカーをしている。去年から一つ年上の彼らは小学校に通い出した。そのためいっしょにいれる時間は減ってしまったけれど、他の小学生を誘って六対六で試合をしたりと、むしろサッカーの内容は濃密なものになった。


 また、皆の親を交えた交流もあった。みんなの父親も加わってのミニゲーム。早々にバテる大人達を笑ったり、その様子を木陰に集う母親たちが話のネタにしていたりと。中国語ができないはずの私の母も自然とその場に加わっていたのだけれど、主婦の間には言語を超える不思議なコミュニケーション手段でもあるのだろうか。


 こうして穏やかで楽しい時はあっという間に過ぎていった。


 そして、今日。私は前世で15年、今世で3年を過ごしたこの上海を後にしようとしている。お父さんの上海赴任の任期が終わり、帰国することとなったのだ。


 休日の上海虹橋国際空港は混雑している。私たちはこの空港のロビーで日本へのフライトを控えて、最後の別れを惜しんでいた。



『美鶴。お前、日本でもサッカーはやるんだろ?』

『もちろん。こんな楽しいこと止められないよ』

『ホント美鶴はサッカーのことになると嬉しそうだよね。普段は冷めてるというか退屈そうにしてるのに』

『そうかな?』

『そうそう。まるで人が変わるよな』



 他の3人は残念ながら都合が合わなかったけれど、空港までの見送りに哲林と明明が来てくれていた。隣では親たちも挨拶を交わしている。


『話が逸れた。美鶴、なんとしても五年生で飛び級してU-12のワールドジュニアサッカーに出てこいよな』

『なにそれ?』

『日本が主催してる大会だろ!? 何で知らないんだよ!?』

『そんなこと言われても……知らないものは知らないし』

『正確にはジュニアサッカーワールドチャレンジって言うらしいね。ワールドの看板を背負うにはまだまだ参加国が少ないみたいだけれど。でもほら、美鶴の好きなリーガのクラブのジュニアチームも出てるよ』

『うそ!? どこどこ!?』

『バルセロス』

『…………バルサかー』

『一気にテンションが下がったな』

『くく。美鶴の好きなのはそのライバルチームだからね』


 いや。バルサも好きだよ。素晴らしいクラブだと思うよ。でもね。何だろう。この今食べたいのはそれじゃない感。


『それで? 何でその大会にこだわってるの?』

『いや何でって。俺たちが対戦できるとしたらその大会が最初で最後だろ』

『……なんで?』

『おいおい、美鶴。お前。ラ・リーガだけじゃなくて国際大会とかにも興味もてよ』

『男女混合でやるのはU-12までで、U-12以下では唯一の国際大会なんだよ』

『U-12まで? それ以降、それこそ大人になってからだってできるよ。きっと。みんながサッカーさえ続けてれば』

『あん? 草試合とかでか? いや、どうせならやっぱり公式戦でやりたいじゃん』

『いやいや。もちろん私も公式戦のことを言ってるよ』

『……おい、明明。お前、美鶴が何を言ってるか分かるか?』

『ごめん。僕も全く分からない』

『簡単なことだよ。私プロになるんだから』

『プロ? いやプロだって男女別……ってお前もしかしてプロリーグの選手になるって言ってんの? スーパーリーグみたいな?』

『とりあえずJリーグかな。母国だし』

『待て待て。Jリーグって男子リーグだろ? なんで女のお前が目指してるんだよ?』

『別にJリーグは男子リーグじゃないけど。単に今は男しかいないだけで。お父さんもそう言ってたし』

『頭痛くなってきた。明明パス』

『ここで振る? ……あのさ、美鶴。言いづらいんだけどさ。それは実質Jリーグも男子リーグなんだってことじゃないかな? 実際にこれまで一人も女子選手がいないんだし』

『違うよ? これまで一人も女子のJリーガーが誕生しなかったのは、これまでのサッカー界には私がいなかったからだよ』

『美鶴なら初の女子Jリーガーになれるって?』

『もちろん。私にとってはJリーグも通過点だからね。それからサムライブルーを着て代表で活躍しまくって、ラ・リーガに移籍するんだ』

『『…………………』』

『だからみんなプロになるまでサッカーをしてたら、どこかで対戦できるよ。きっと』

『…………そ、そうか。お互い頑張ろうぜ』


「美鶴ー。そろそろ出国カウンターに行くわよー」

「あ、うん。分かったー」


『それじゃあね。二人とも。他のみんなにもよろしく言っておいて』

『お、おう。分かったぜ、美鶴』

『美鶴。再見』

『再見ー』



 二人に別れを告げ、両親に合流する。搭乗カウンターを抜けて、機内へ。やがて飛行機は私たちを乗せて上空へと飛び立った。窓の外に見える都市がどんどん小さくなっていく。


「お別れは言えた? 美鶴」

「うん。大丈夫」


 隣に座る母がその膝で眠る幼児の背を撫でながら問いかけてきた。そう。この三年間で私たち家族にも変化があった。妹が誕生したのだ。もうそろそろ二年が経とうか。ある日、家族団らんの場で母が言い出した。


『美鶴。今度あんたはお姉ちゃんになるのよ』

『うん?』

『もうすぐ妹か弟が生まれるの』

『……なるほど。お父さんお疲れさま』

『なんでお父さんをねぎらったの!?』


 毎晩毎晩絞られていたのを知ってるからだ。


 その後、冬の寒い日に妹が誕生した。その赤ちゃんは鴇子(ときこ)と名付けられた。どうしても自分と同じように鳥にまつわる名前を付けたいと母がこだわったのだ。思わぬ所で私の名前の由来も判明した。


 それにしても名前に絶滅危惧種を持ってくるあたり、儚い、お淑やかな子に育てたいという母の野望をひしひしと感じるのだが……果たしてうまくいくだろうか? ひとまず一歳を越えた現在、見た目的には母と私に続く第三の猫娘になりつつある。ペルシャなのかアビシニアンなのかが分かるのはまだまだこれからだろう。あとお父さんの遺伝子が行方不明。


 閑話休題。

 眠くなる前に今後の予定を確認しておくことにする。


「向こうに着いたらどうするんだっけ、お父さん?」

「羽田から品川に移動して新幹線だね」

「新幹線? お父さん、東京の本社で働くって言ってなかった?」

「そうだよ。でも家は別の所にしたんだ」

「別の所?」

「そう。静岡だよ。サッカー王国って言われててサッカーがとても盛んなんだ。キングって呼ばれてる伝説のJリーガーも静岡出身なんだよ」

「そうなんだ? でも静岡って東京から近いんだっけ? 毎日会社まで通えるの?」

「新幹線通勤の許可が下りたから大丈夫だよ。新幹線で1時間もかからないんだ。下手に首都圏に住むより速いんじゃないかな」

「そうなんだ。でもそれって私のサッカーのためでしょ? お母さんがよくOKしたね」

「ゴミゴミした東京より自然も多い静岡の方がきっと子育てにもいいもの。私は構わないわ」


 なるほど。二人のニーズが一致したらしい。日本のサッカー王国か。楽しみだな。




 ◇◇◇




 美鶴を乗せた飛行機が舞い上がっていく。その様子を展望エリアから哲林と二人で見守っていた。


『行っちゃったね』

『ああ』

『寂しくなるね』

『また五人になっちまうからな。誰か小学校のヤツを加えるか。俺らがクラブに入れる年になるまでは』

『いやまあそれもあるけど、そうじゃなくて』

『あん? なんだ?』

『せっかくの僕らの紅一点、カワイイ女の子がいなくなっちゃったことだがだよ』

『……お前、何言ってんだ? 美鶴だぞ?』

『そうだよ。美鶴のことだよ。カワイイじゃん美鶴』

『いやいやいや。どこがだよ? サッカーは上手いが生意気な猫女だぞ?』

『哲林こそ何言ってるのさ。美鶴は間違いなくカワイイ方に入るよ。それもレベルかなり高めな。だいたい猫系の顔立ちなんてカワイイタイプの典型じゃん』

『明明、お前サッカー仲間のことをそういう浮ついた目で見るの止めろよな』


 この話は終わりだとばかりに顔の前で手を振る哲林。


 はあ。哲林はホントガキなんだから。まあそういう哲林がリーダーだからこそ僕らは上手くまとまれてるんだろうけどさ。


『それより明明。美鶴が言ってたこと本気だと想うか?』

『Jリーガーになるってあれ? 本気でしょ当然』

『やっぱそうだよな。……何考えてんだあいつ』

『まあねぇ。でも案外美鶴ならホントになっちゃうかもよ』

『本気か?』

『美鶴以外の誰が言っても信じないけど美鶴だからねぇ。だっておかしいじゃん。あの子の身体能力』

『う゛』

『お互い同じくらい成長して以前と身長差も体重差も縮んでないはずなのにさ、今じゃ江華以外はみんな普通に当たり負けするよね。出会った頃はすかしてバランスを崩したり工夫してたのにさ』

『ああ。なぜかな』

『スピードだって今や出足10mくらいなら哲林より速いし』

『……ああ』

『恐ろしい想像なんだけどさ。大人になった美鶴に当たりで勝とうと思ったら20~30kgくらい体重差がないとダメになったりしないかな?』

『ありそうで怖い』

『あのサッカーしてる最中の美鶴の気迫も相まって、猫どころかこの子中身は虎なんじゃないかなぁなんて思ったり』

『人の形をした猛獣だってか?』

『そこまでは言わないけど。うん、だからあんまり美鶴が男子に較べてフィジカルで負けるイメージが湧かないんだよ』

『そんなら俺らもプロ目指して頑張るしかないな』

『まずジュニアで会えるように頑張るけどね』

『ああ』


 男二人決意を新たにした。

 幼馴染みとの再会を目指して。

次回より舞台を日本へ移します。

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