3 on 3
哲林と会った次の日。早速母に連れられて、昨日の公園へやってきた。
公園を見渡すと、円陣を組んでサッカーボールを足でトスしあっている五人組の子供たちがいた。そのうちのツンツンヘアーの子に声をかける。
『哲林、来たよ』
『お、美鶴か。いいところに来たな』
ちょうど、そのツンツンヘアーの子の所にボールが回ってきたところで、その男の子、哲林はボールを殺し、こちらへ振り返った。なんだなんだと他の子達も寄ってくる。
『おう、みんな。紹介するぜ。こいつがさっき話した待望の六人目。美鶴だ』
『ニーハオ。東雲美鶴と言います。今日はよろしくお願いします』
『よぉ……って女の子じゃん。それにメイフゥー? シノノメ?』
『ああ、私日本人なんだ。名は美鶴。性は東雲。名前を中国読みするとメイフゥーになるねって哲林に話したら、それ以降呼びやすいからってそう呼ばれてて』
『おいおい女の、それも日本人かよ。哲林』
『何だよ、海沫。今時日本人差別か? だっせーこと言ってんじゃねぇよ。それにコイツ女だけどドリテクはマジぱねぇかんな。油断してるとぶち抜かれんぞ。その上なりは小せぇくせになぜか俺とぶつかっても当たり負けしねぇんだよ』
『マジかよ……。哲林がそう言うなら信じるぜ。えっと悪かったな美鶴。あ、いやメイフゥーって呼ぶのは差別じゃねぇぜ。確かにそっちの方が呼びやすいからよ』
『ううん。気にしない。好きに呼んで』
どうやら哲林は仲間内でもなかなか信頼が厚いらしい。次々に俺たちも歓迎するぜと言ってくれた。
『じゃあ、次はこいつらを紹介するか。まずは、そうだな。さっきのこいつは海沫。陳海沫だ』
ヨッっと坊主頭の男の子、海沫が手を上げる。私もよろしくと返しておく。
『次にこいつが孫明明だ』
『よろしくね。この中では哲林と一番付き合いが長いんだ』
サラサラヘアーのどことなくお坊ちゃまっぽい男の子。明明。まあ、みんな上海のこの辺りに住んでるんだからそれなりの経済レベルなんだろうけど。
『うんで、コイツが陳江華』
『……うっす』
この子は一番がたいがいい。哲林と較べても10cmくらい背が高い。誕生日が早いのか、発育がいいのか。
『で、最後が孫悦だ』
『よろしく』
声が小さい。人見知りなのだろうか。体格は哲林と同じくらいだった。
これで全員の紹介が終わった。
『ま、いっぺんに紹介したけど、今日一日ゆっくりと覚えていけばいいからよ』
『ううん。大丈夫。もう覚えた』
『……マジか?』
驚く哲林。証明するため全員の名前を呼んでいく。
以前の商売柄、人の顔と名前を一致させるのは得意だ。
『それじゃあ、せっかく六人になったんだ、早速三対三でやろうぜ』
『おお! ついに!』
『それでそれで? どう組み分けする?』
なんだかんだみんなサッカーが好きらしい。ミニゲームができるとなるといっそう盛り上がりだす。
『美鶴は哲林以外はみんな初めてだろ。まずは哲林と組んでもらって、そこに僕が入ればバランスがとれるんじゃないかな』
組み合わせを提案したのは明明。納得いく内容だったのかすんなりとそれに決まった。
私にとっても初めてのミニゲームが始まる。哲林と海沫のじゃんけんの結果、私たちが先攻となった。
キックオフ。哲林が蹴って、明明に渡す。そして大きく右前方へ開いていく。それを見て私は左前方へ。特に示し合わせていたわけではないけれど、明明を底に置いた逆三角形のような形になった。明明の所へ海沫が寄せていく。私の所へは悦。哲林のところには大きな江華。マンマークだ。
明明は無理せずパスコースがふさがれる前に私に出してきた。ボールを足下でトラップ。前を向く。目の前には悦が寄せている。ボールをキープ。
どうするか。
哲林へのパスコースは江華が切っている。悦をドリブルで抜くのもありだけど……。初のチーム戦。どうせならパスしたい。悦との間を取りながらそう考えていると後ろから明明が駆けてくる気配。海沫が追いかけているけれど、海沫は振り向いてからのダッシュの分、明明の方が速い。なら。
右足のアウトサイドキックで軽く悦の右前方にスルーパス。私自身は悦の左側を抜いていく。ボールは私を追い越していった明明が確保した。私とボール、どちらを追うか躊躇した上に、振り向かないといけない悦は完全に置き去りだ。明明は海沫に追いつかれる前に私に戻す。海沫が方向転換してくるけれど、このボールをワンタッチでまた明明に。ワン・ツーで海沫を躱し、明明が突出した。仕方なく江華が明明に寄せる。
『後は頼んだ! スピードスター!!』
『おうよ! 任された!』
高い江華のさらにその上を越えるループのスルーパス。哲林が跳ねて軽快にトラップ。そのまま無人のゴール———に設定した木と木の間を駆け抜けた。
『いえーい。一点』
『ナイス哲林』
『よくやった哲林』
ゴールに喜ぶ哲林を二人で称える。
『ご、ごめん』
『気にすんな、悦。ありゃ仕方ねぇ。あいつらスピードに乗せるとやべーわ』
『……次はこっちの番』
センターラインと決めたポイントに皆もどる。私たちのゴールも適当な木の間を設定してる。そのためピッチはやや屈曲しているけれど問題は無い。タッチラインもエンドラインも無しだ。
『いくぜ!』
海沫が悦にパス。先ほどのマッチアップを引き継いで私がその悦に寄っていく。悦はほどほどの距離に私が詰めたところでパスを選択。ボールをもらいに来ていた江華に渡す。江華はワンタッチで海沫に。密かに寄っていた哲林に気付いていたらしい。
堅実なパスワークでゴール前に段々押し込まれていく私たち。ここで海沫がバックパス。先にパスを出した位置からサイド方向に動き出していた悦にもどした。
ヤバい。
てっきり悦も上がってくると思ってゴール前に戻った私のせいで悦が完全にフリーだ。悦の気配に気を配るのを忘れていた。
『なろッ!』
『えッ!? 哲林が行くの!?』
釣られた哲林が悦に向かってダッシュ。そうすると私が空いている江華に付かないといけないわけで。私と江華の体格差は歴然だ。身長差は20cm近い。ミスマッチが過ぎるって!
『江華!!』
案の定、江華の頭を狙ってゴール前にハイボールが上がる。哲林が寄せきる前、どフリーの状態から撃ったからでもあるんだろうけど異常に正確なボールだ。
一か八か!
全身のバネを使って全力でハイジャンプ。けれど高さ的にはいい線いったかもしれないが、空中戦では重量の差はどうしようもなかった。競ってきた江華にぶっ飛ばされる。ボールはどんぴしゃで江華の頭に合い、ゴールを抜けていった。
ぶっ飛ばされた私も体を丸めてボールのようにころころ転がる。受け身を取って立ち上がった。
『『大丈夫か!?』』
敵味方問わず、私を心配して駆け寄ってくれる。
『うん。大丈夫。全然平気だよ。上手く転がったから』
『よ、良かった』
競った江華が一番心配してくれた。がたいはでかいが心優しい少年らしい。
『それにしてもいいボールだったね。ビックリしたよ』
『悦は色々器用貧乏なヤツなんだけど、クロスだけは異常に上手いんだよな』
『いやー、それほどでも』
『いや、それ褒められてないよ悦くん』
哲林の説明に照れる悦に明明が突っ込む。
『……美鶴のジャンプも凄かった』
『あー、それな。どんだけ飛んでんだよと思ったぜ。高さ的にはほとんど江華と張ってたんじゃね?』
『そうかな? そうかもね。身体能力にはちょっと自信あるから』
海沫の素直な称賛に嬉しくなった私は、少し傲慢なところも見せてしまう。パフォーマンスとして力こぶまで作ってみた。できなかったけど。
そんな私を見てみんなカラカラと気持ちよく笑っている。
うん。コイツら良い奴らだ。哲林の誘いに乗って本当に良かった。
そしてプレー再開だ。初めてのミニゲームは続いていく。
みんな、自分の自慢のプレーを魅せつけてくれる。ならばと、私も哲林に称賛を受けたドリブルテクニックやボディバランスを活かした突破を披露する。
そうして、私の18年+6ヶ月の人生のうち最良の時間は、母から帰宅を告げられるまで続くのだった。
◇◇◇
まさか哲林が女の子を連れてくるとはね。
彼女を見てまず思ったのは生まれたときからほぼ一緒にいる親友への驚きだった。
我が国の女子サッカーの人気はまあまあだ。僕らが生まれた年に女子ワールドカップで準優勝したことやその二年前には女子版超級リーグができたこともあってここ最近はサッカーを始める女の子も若干増えているらしい。僕らの周りにも何人かいる。
けれど、哲林はこれまで頑として彼女らと連もうとはしなかった。やれサッカーは男のスポーツだとか女はピーピーすぐ泣いてうるさいとか言ってね。その哲林が宗旨替えして、六人目の仲間として女の子を誘ったのだ。昨日一対一をやったと言っていたけれど、よぼど鮮やかなやられ方をしたのだろうか。
そう考えて、目の前の彼女———美鶴を見てみるとそこまで凄いプレイヤーには見えない。身長はおそらくこの年の女の子としては平均並み。体格はむしろ小柄に見える。所謂スポーツ女子に見られる線の太さがないのだ。肌もそんなに日焼けしてないしね。黒髪と言うには少し色素が薄いふわふわした髪の毛をボブカットにした彼女。大粒の瞳が僕らを興味深そうに観察している。
愛らしくも易々とは人に懐かない猫というような印象を受ける女の子だ。
そうそう。日本人なのにとても流暢に中国語を操ることにも驚いた。上海生まれというわけでもなく、それこそ半年前までは日本にいたというのだ。こういう印象もないが実は才媛なんだろうか。
とまあ、こんな風にとてもサッカーをやる女の子には見えなかったのだけれど、実際にゲームをしてみると哲林が彼女の誘ったことを心底納得した。
最初の攻撃、彼女が僕に出した絶妙なスルーパス。僕が駆け上がるところは一切見てなかったはずなのにどうやってタイミングを合わせたんだか。判断材料は足音くらい? 足音だけであそこまで合わせられるものなのかは分からないけど。あの1プレーだけでも彼女の凄みを感じた。
けれど、本当に驚かされたのはここからだ。
がたいのいい江華と躊躇なく空中で競り合う。その上はじき飛ばされても平然としている。年上の男子にも容赦なくドリブルで突っかかる。寄せを苦にしない。
サッカーをする彼女は気ままな猫どころの話しではなかった。まるで虎だ。闘争心の塊のような。
これは、哲林が気に入るわけだ。そう思った。同じようにみんなも思ったのだろう。このミニゲームを通じて僕らは本当の仲間になった。