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旧友たちとの戦い(後半戦)

「むう……何なんだ!? あの女子は! あんなのがいるなんて聞いてないぞ!!」


 苛立たしげに吼える監督。それを僕らは白々とした目で見つめて。


「いや、だからヤバいのがいるって前もって言ったじゃん。俺ら」


 あ。哲林は口も出した。案の定ますますヒートアップする監督。


「哲林以上の飛び出しスピードで、江華からボールをキープできて、明明以上のキック精度の小五女子だと!? 本当にいるなんて思うかそんなもん!!」


 だよねぇ。その気持ちは分からなくもない。確かに僕らも他人の幼なじみとして情報を聞いていたなら信じないだろう。それも小学校入学前の話だ。話を盛ってるか、思い出が美化されすぎていると判断するはずだ。


 現在はエスパーダ清水との試合のHT。監督を囲んでミーティングを行っていた。話題は前半終了間近に同点ゴールを掠め取っていった敵WG。美鶴のことだった。前半戦想定以上の出来でリードのまま折り返せると思ったところに同点弾だ。監督の落胆も一入だろう。


 ちゃんと事前に偵察していればよかったんだろうけど、遠征スタッフは監督を入れて3人だけ。チームの引率を考えると偵察に出せる人間は精々一人で、バルサやアーモリーズを優先的に回ってしまっていた。とてもではないがエスパーダ清水までは手が回らなかったのだ。チームメイトもやっぱり空き時間にはビッククラブを見たがったし。


 結果、会場の噂で聞いたバルサとよく似たコンセプトのクラブという評価を頼りに、対バルサシフトで挑んだものの美鶴個人に対する対策は打たないまま試合を迎えてしまった。その結果がこれだ。


「で、どうするんですか、監督? 美鶴対策をするにしても、周りのレベルも高いからそうそう枚数を増やせませんよ」


 助け船のつもりで口を挟んだけどあまり前向きなことは言えない。実際エスパーダ清水のレベルはとても高かった。全体的な技術面では完全に相手が上だろう。美鶴に付けられるのはどう考えても2枚が限界だ。それ以上増やすと別の箇所から守備が破綻する。


 監督はぐるぐると唸ってから口を開いた。


「海沫。後半は右サイドに入れ。あの女子に張り付くんだ。ゴール前まで踏み込まれたら江華と二人がかりでいけ」

「ということは悦は守備に重点を移しますか?」

「いや。悦は今のままでいい。海沫と入れ替わって左に入る菲菲にその分走ってもらう。菲菲、優先的に交代させるから最初から飛ばしてくれ。スタミナは気にしなくていい」

「了解っす」


 ま。こんなところだろう。


 対人に強く運動量豊富な海沫を当てて美鶴に自由なプレーをさせない。江華には守備全体を統括させつつも、本当に危険な時にはもろともぶつけてシャットアウトさせる。全体のバランスを保ちながら美鶴に割けるリソースはこの辺りが限度だ。


 監督の発破を背にピッチへ戻る。その道すがら江華に声をかける。ミーティング中ずっと浮かない顔をしていたから。今もそうだけどね。


「江華、どうかした?」

「……美鶴怒らせたかも」

「へ? なんかしたの?」

「……よく分かんないけど、さっきのゴールの後、すごいギラギラした目で睨まれた」

「ああ……。怒ってるかどうかはともかくそれはまずいねぇ。後半はもっとテンション上げてくるよ、それ」

「…………」

「ま、美鶴は引き摺るタイプじゃないからさ。大丈夫だよ。それより試合に集中しよう。テンション全開の美鶴が相手じゃボロかすにされかねないよ。江華が頼りだからさ」

「……うす。全力で行く」

「うん。それじゃ僕はみんなにも注意喚起してくるから」


 言って、前を歩く哲林と海沫のところへ駆けだした。




 ◇◇◇




 後半戦。上海園地集団のキックオフから始まった攻撃を防いで。攻守が入れ替わる。相手は潮が引くように自陣へと引き上げていく。完全にリトリートされた状態からの攻撃だ。同点に追いつかれても戦術は変わらないらしい。


 それじゃ崩しに行こうか。


 ボールはアンカーの石田が保持。ゆっくりと持ち上がる。それを見ながら敵陣へ踏み込む。ややワイドに開いた位置へポジションをとった。すると一人の選手がすっとマークに着いてきた。


『よお。こっから先は好きにやらせないぜ』

『あれ? 後半はこっちに来たんだ』


 幼なじみの一人、海沫だった。敵のWBは私へのパスコースを切る役目に徹して、私自体のマークにはサイドを入れ替えた海沫がつくらしかった。


『いいの? CBの一画がこんなに前に出てきて?』

『いんだよ。裏のスペースは明明が埋めてくれるからな』


 海沫の言葉の通り、海末が前に出て開いたスペースにはアンカーの明明が入っていた。ハードワークは海末に任せて明明がバランスを取るって事か。『お手柔らかにね』とだけ言って意識をボールホルダーの石田に戻す。


 石田はチャレンジに来た敵のCFを躱して前に出た。今だ。中央へとスプリント。石田から味方CFへと縦パスが通る。CFはこれをダイレクトにはたいて私に回してくれる。足下にボールを呼び込んでおいて、止めることなく180度ターン。そのまま内側へ絞ることを警戒していた海沫を一瞬置き去りにした。


 サイドに開きながらスペースを駆け上がる。けれど海沫がすぐに併走してきた。内側を見ればゴール正面に走り込む味方CF。左SHは敵WBを引き連れながら明明の待つニアサイドへ。


 どうしようか。単純に放り込んでもゴール前でどっしり構える江華に弾き返されるイメージしかない。ニアサイドは敵DFに挟み込まれているし。ドリブルのペースを上げ下げしながらタメを作って好機を探る。


 そしてその時が間もなく訪れた。味方の左SBが切り込みながら駆け上がってくる。私はボールを止めて海沫のマークを一瞬外した。すかさずキック。オーバラップしてきた左SBへマイナス気味のスルーパス。


 SBはこれをペナルティエリアすぐ外からダイレクトにキック。豪快なミドルシュートを放った。江華も明明もアプローチできずフリーで放たれたシュート。


 だがこれは惜しくも枠を外れてしまった。地面を蹴って悔しがる彼の肩を叩いてポジションに戻るよう促す。周りの味方選手も「ドンマイ」と声をかけていた。シュートで終わる分にはカウンターも喰らわないし問題ない。後半早々修正してきた相手を綺麗に崩せたしね。ゴールの匂いを感じさせる展開だった。このままいければ問題ないはず。


 けれど上海園地集団はやはり油断ならない相手だ。相手ゴールキックからの試合再開。ディフェンシブサード手前でボールを奪って、さあ再攻撃と押し上げたところ。ボールホルダーの背後から哲林がそっと近寄ってボールを奪うと、ハーフウェーラインから一人で一気に仕掛けた。


 猛烈なスピードでピッチを駆け上がる。周りの清水DFを置き去りにし、スピードに乗ったままの状態でゴールへと向かった。残っていたCB二人が時間差で止めに行く。切り返しで一人躱して。もう一人も躱したところでドロップが大きくなった。


 そこを味方GKが好判断の飛び出し。大きくクリアして難を凌いだ。あわや1対1かというピンチを防いだ。高々と宙を舞うボールは偶然か、はたまた必然か。私の方へ飛んできた。


 いち早く落下予想地点を確保する。海沫も体を寄せてきた。が、体を入れて締め出す。ここでもう一人敵WB挟み込むように近寄ってきた。私がトラップしたら掻き出すつもりらしい。



 面倒だな。



 味方に落とそうにも一時的に孤立してしまっている。ここは自分でなんとかしないといけない局面だった。



 ならっ——



 密着する海沫を背中で軽く押して隙間を僅かに作る。私自身は半歩前へ。そして身を捩って落ちてくるボールを躱した。


『へ?』


 海沫のすぐ足元へボールは落下。咄嗟のことに反応できない彼の横を転々と転がる。その時には私はもう海沫と体を入れ替えていた。海沫の背後、無人のスペースに出たボールを追う。そのままドリブルで抜け出そうとして。


『こなくそッ!』


 次の瞬間、追いすがった海沫にシャツの裾を引かれていた。刹那の計算。ゴール前には明明と江華、それにもう一枚のCB。GKも含めて1対4の状況。味方の攻撃態勢はまだ整っていない。逆らわず、そのまま倒れた。


 笛が鳴る。主審が駆け寄ってきてイエローカードをかざした。


『んなっ!?』


 驚いた海沫は主審に異議を唱えるが、主審は首を横に振って取り合わない。がっくりと肩を落とした海沫がとぼとぼと歩み寄ってきた。とりあえず慰めの言葉をかけておく。


『ドンマイ』

『……なにがドンマイだ。コノヤロー。おめーの所為だろうが』


 そんな私にどんよりとした目を向けてくる海沫。


『完全に抜け出したところを後ろからシャツ引っ張ったんだから、そりゃカード出るよ』

『おまえがあの程度で倒れるタマかよ。完全にわざとだろ』

『なんのことかな? 私はか弱い女の子だよ?』


 海沫から視線を切って、口笛を吹きながら言う。


『か弱い!? ……まったく、よく言うぜ』


 呆れたように言った海沫は私に背中を向けて去りながら、ブツブツとなおもこぼす。


『くそっ。まさかあのタイミングでボールを躱すかよ。美鶴の胸の薄さを見誤ってたぜ』


 ………………ぶっころ。




 ◇




 なにはともあれまずはフリーキックだ。主審の指示に従ってボールをセット。少し距離を取ったところから、壁を作る敵とその間に割って入ろうとする味方の動きを見守りながらプランを考える。


「どうする? 直接狙えそうか?」


 傍に立つ石田が聞いてくる。


「狙えるには狙えるんだけど……」


 ゴールまでは約25m。45度くらいの角度からのフリーキック。壁を越えて直接狙えるかと言われれば可能だ。狙うだけなら。


「ニアは江華が張ってて厳しい。後は外から巻いてファー目一杯に蹴り込むかだけど……」

「さすがにそれだと良いところ狙ってもGKが間に合うか」

「うん。どうしても蹴った直後からファーを狙ってるって丸わかりの弾道になっちゃうからね。距離も長いし」

「かといって放り込むのもな」


 そうそう空中戦で上手くいきそうなイメージは湧かない。チーム全体の高さは相手のほうが上なのだから。頭を悩ませる私に石田がある提案を出してきた。


「博打になるけど一つ手はあるぞ」

「え? どんな?」

「目線を変えて見ろよ。上がダメなら?」

「……なるほど。いいかも」


 即座に採用。ちょうど壁の組み立ても終わったようで主審がこちらを見て笛を鳴らした。石田と視線を交わして頷く。


 助走距離をとってスタート。違う角度から石田も走り出した。先にボールへと到達した石田はスルー。そのまま通り過ぎる。直後に私がミート。インステップで思いっきり振り抜いた。


 揃ってジャンプする壁。そこにボールが迫り、通過した。足下を。低弾道で打ち放ったシュートは狙い通り壁の下を越えてゴールを襲う。そして。


「上手くいったッ……ってああっ!?」


 ニア側厳しいところを破りにいったそのボールは横っ飛びになったGKの伸ばした片手で弾かれていた。ボールはそのままゴールラインを割る。


 GKからは直前までブラインドになっていたはずだけど……。読まれてた?




 ◇◇◇




「ナイスキーパー」


 ビッグセーブを見せた守護神に労いの言葉をかけた。彼もグローブで額の汗を拭うと、ヒラヒラと手を振って答えた。


「危ねー。危ねー。明明のアドバイスがなけりゃ完全にやられてたぜ。あんなのよく読めたな」


 彼の言うとおり、FK前にちょっとしたアドバイスを与えていた。内容は単純。キック直後、ボールがファーの軌道を描いてなければ、必ずニアの厳しいところに飛んでくるから、迷わず動け、だ。


 GKは感心してくれているが、何のことはない。


「美鶴は自分のキックの精度に自信を持ってるからね。こういう場面では必ず厳しいところを狙ってくるんだ。だから」

「かえって読みやすい、か。なるほどな」

「ま、それで止められるかは別問題なんだけどね」


 僕のその言葉にGKも苦笑いを浮かべ、悔しげにグローブを叩く。コースを読んでおきながら、コーナーに逃げるしかなかったことが不満らしい。けれどそれも仕方ないことだ。まさか壁の下を抜いてくるとは。あれは僕も完全に予想外だった。


 あのグラウンダー、美鶴にしては珍しい選択だと思う。美鶴はどちらかと言えば基本に忠実なプレーヤーで(その基本を非常に高いレベルでこなすのだが)、意外性のある選択をとることは少ない。


 さっきのFKの成否は壁が飛ぶのかどうか、つまり偶然に頼るところが大きい。そういうプレーを美鶴はあまり好まない。なまじ高い技術を持つが故に、確実に壁の届かない高さから巻いて落とす、というのがファーストチョイスになると思っていた。


 これは彼の入れ知恵かな。


 FK直前、美鶴の傍でなにやら囁いていた彼。僕と同じ中盤の底の舵取り役。ここまでも非常にクレバーな試合運びをしていた。そういえば、美鶴と再会した時に隣にいたのも彼だったか……


 ちょっと面白くないな。


 考えながらGKの傍を離れた。プレー再開前にもう一人声をかけないといけない相手がいる。




 ◇◇◇




 CKはあえなく弾き返された。けれど早々に味方が自陣でボールを回収し、攻撃を立て直す。ビルドアップの起点、アンカーの石田に一旦戻し。


「美鶴ッ!」


 中盤を省略し、直接私へと鋭い縦パスが供給される。これを足下に収め、すぐさまターン——


『簡単にゃ、いかせねぇぞ!』


 しようとしたところを、すかさず海沫が詰めてきた。前を向けないように圧力をかけながら、足を伸ばしてくる。ボールを海沫の足の届かないところでキープ。右へ左へ誘いのターンをかけながら、前を向くタイミングを計るけれど、しっかり体を寄せられて隙がない。その状態からガンガンボールにアプローチしに来る。


『いいのかな、そんなに激しく来て。海沫、カード1枚もらってるんだよ?』


 隙がなければ作るまで。軽いトラッシュトークを仕掛けて動揺を誘う。けれど。


『いいんだよ! どうせお前を自由にさせたらこの試合は終わりだ。カードもう1枚くらって退場でもどっちでも変わんねぇ』


 む。海沫のやつ、こんなに思い切りの良いタイプだったかな? 今ひとつ、記憶の中の幼馴染みの姿と重ならない。


 ボールをもらいに寄ってきた味方左SHへボールを戻して前を向く。ダッシュ。海末を剥がす。けれど剥がしきれない。ボールが私のところへ返ってきたときには、きっちり体を入れて、ボールを刈り取りに足を伸ばしてくる。


 先の言葉通り果敢なプレーだ。男子三日会わざれば、とは言うけれど……。思わず唇が吊り上がった。


 でもね。私を抑えれば何とかなる、というのは間違いだよ。


 右足でカットイン。海沫も遅れることなく、ゴールへのコースを塞ぎながらプレッシャーをかけてくる。左足をボールの先に置く。次の瞬間、右足でボールを前へ押し出すのではなく、軸足の後ろを回して蹴った。


『っんなッ!?』


 ボールは私の進行方向に対して直角に、アウトサイドレーン深くへと転がる。右CBの位置を埋める明明は海沫が躱されることを警戒して内を絞っていた。結果そこにスペースがぽっかりと空いていたのだ。そして大外を走り込んできたのは味方のSB。


 果敢なオーバーラップでペナルティエリア脇にフリーで入り込んだ。私は一時的にボールウォッチャーになった海末を振り切ってペナルティエリアへ侵入する。味方SBから精度の高いクロスが放たれた——




 ◇◇◇




 どフリーにしてしまった敵SBがマイナスのクロスを入れてきた。僕も江華も関与できないコースだ。そこに走り込んで足を出してきたのは敵CF。至近距離からのシュートがゴールを襲う。けれど。


「ナイスキーパーッ!」


 間一髪足を伸ばしたGKが間に合った。今日の彼は本当に冴えてる。


「まだだッ!」


 GKが叫ぶ。彼が弾いたボールの落下点に詰めるのは黄色のユニフォーム。敵だ!

 黄色の7番は落ちてきたボールをダイレクトボレー。再びボールがゴールを目指して走る。尻餅をついているGKは反応できない。でも。


 今度は江華だ。ゴールラインぎりぎりで投げ出した足がボールを掻き出す。今度こそセカンドボールを確保して——


「——ッ!?」


 そう思ってボールを追った視線の先では。華奢な影が迷うことなく地を蹴り、向かい来るボールへ飛び込んでいた。




 ◇




 試合は結局、美鶴がダイビングヘッドで押し込んだ一点が決勝点となって、僕らはエスパーダ清水に敗れた。その後、整列と挨拶が終わった後で、美鶴を呼び止めていた。


「だーッ! やられたぜ、美鶴!」

「ふふん♪ まあね」

「ちッ。ちょっとは謙遜しろよ。このこの!」

「あ! だ、止めてよ、哲林! って海沫まで!」


 目の前では、哲林と海沫、それに美鶴がじゃれ合っている。直接のマッチアップでやられた海沫が悔しがるのに対し、自慢げに胸を張った美鶴。それを面白くない哲林が美鶴の頭を掻き混ぜた。海沫も乗っかる。それをオロオロと見守る江華と悦。


 美鶴が帰国する前まではよく見た光景だ。成長しないね、哲林たちも。だいたいこういう展開の最後はいつも——


「おごッ」

「ぐぇッ」


 やっぱりね。

 呻きながら腹を抱えて蹲る二人。美鶴の怒りの制裁を喰らったらしい。


「お疲れ様。美鶴」

「あ。お疲れ。明明」


 仁王立ちで二人を見下ろす美鶴に声をかければ、あっさりと怒りを収めて僕に向き直り、挨拶を返してくれる。


「美鶴、大活躍だったね」

「まぁね。これでもチームのエースだから」


 その言葉に誇張はないだろう。エスパーダの二得点はいずれも美鶴の上げたものだし、結果だけでなく、試合中の端々でもチームメイトがボールの預け先としてまず、美鶴を探していた。名実ともにエースの座をこの娘は勝ち取っているのだ。


「これで一つ約束は果たせたかな」


 彼女もあの時の約束を覚えていてくれたらしい。そのことは素直に嬉しい。けれど一部気になることがあった。


「ああ。勿論……でも一つって? この大会で再戦する以外に何か約束したっけ」


 素直にそう聞くと、美鶴の機嫌を損ねてしまったようだ。少しむっとした表情を浮かべる。そうしてこう言ってのけた。


「したよ。この試合はあくまで通過点。まだこの先プロになっていくらでも再戦するんだから」


 その言葉に思わず目を瞠った。けれど思考停止しているわけにもいかない。慎重に言葉を選んで言葉を返す。


「……確かに言ってたね。美鶴はプロに。それも男子と同じピッチに立つんだって……今もその思いは変わらない?」


 けれど。


「勿論。諦める理由はなにもないからね。どころか今のところ順調に進んでるよ」

「そっか」


 こちらの懸念なんてなんのその。自信満々に言う美鶴を見て気が抜けた。そもそも今日僕らは美鶴にしてやられたのだ。それなのに美鶴の先行きを心配するなんて烏滸がましかったのかもしれない。この規格外の幼馴染みならなんとかしてしまえるのかも。


「じゃあ僕らはこれからもプロ目指して頑張るよ。いずれまた、美鶴とも再戦することを願って、ね、みんな」


 そう言って哲林たちに水を向ければ、一斉に頷いて返した。「次は負けねえ」「いや、次も私が勝つよ」なんて盛り上がって、そして別れた。


 頑張れ、美鶴。


 もうすぐ男女で身体能力の成長に明確に差が出る時期がやってくる。そこを乗り越えられるのかどうかで全てが決まるだろう。挫折や諦めなんて君に似つかわしくない。どうか君の道行きが輝かしいものでありますように。


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