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旧友たちとの戦い(前半戦)

いつの間にかブックマーク2,000件突破。本当にありがとうございます。

 真夏の陽射しが照りつける茹だるような暑さの中、私たちはボールを追って駆けずり回っていた。決勝トーナメント一回戦、相手は哲林たち上海園地集団。


 相手のキックオフから試合を開始して幾度かの攻防があった。そして今はこちらのゴールキックからのビルドアップの局面。


 エスパーダのフォーメーションは4-3-3。GKからCBへ。CBからアンカーの石田へショートパスがつながる。石田は一段飛ばして左WGに着く私へと強いパスを出してきた。クサビとして味方OMFへ戻し、ターンしてからの加速でマーカーを振り切る。味方がパスをもらいに来たことに気を取られていたので抜き去るのは容易かった。


 フワリと浮いたボールが背後のマーカーの頭上を越えてくる。それを前を向いたまま収めて前進する。


 上海園地集団のフォーメーションは3-5-2。今は両WBがディフェンスラインまで下がり5バック状態になっている。これではサイドを抉るのも簡単ではない。普通なら。


 私は迷わずWBへ突っかける。突破された場合にケアするため、3バックが私のいる左サイドへとズレた。そのおかげで逆サイドで左CBと左WBの間にスペースができた。サイドチェンジ。味方の右WGは狙い通りそのスペースへと走り込んでいた。


 そのWGは私からのサイドチェンジのボールをダイレクトで折り返した。味方CFが敵CBと左SBの間へと飛び出している。インサイドでのダイレクトシュート。これは惜しくもGK正面へ飛んだ。


 至近距離からのシュートにGKは一度こぼしたもののすぐ飛びついて押さえた。ボールを抱えて立ち上がる。そして右のCBへスローで預けた。CBからアンカーの明明へ。彼がこのチームの組み立て役だ。


 ドリブルで持ち上がりながらピッチ上へ視線を走らせている。そして。


「裏ぁ! 狙われてるぞッ!!」


 同じくエスパーダの攻守の舵取り役、石田が声を張り上げる。その指摘は一瞬遅かった。明明が右足を一閃。ロングフィードを放った。そのキックとともに走り出していた選手が一人。攻勢に押し上げていたディフェンスラインの裏を取った。


 幼少時と変わらぬ快足だ。追いかけるDFをぐんぐん引き離していく。そしてボールへ追いつきGKと一対一。ペナルティエリアに踏み込んだところで哲林は迷わずシュートを選択した。


 GKは横っ飛び。突きだした拳が何とかボールに触れた。辛くもパンチングで枠の外へはじき出すことに成功した。拳を突き上げて気炎を上げる味方GK。地面を叩いて悔しがる哲林。完璧に相手を崩した直後のパス一本で訪れた危機に冷や汗を掻いた私たちは大きく息を吐いた。


 それが良くなかった。まだ危機は続いていたのだから。


 上海園地集団のCK。キッカーは悦だ。助走を取って……キック。放り込んできた。敵CFはニアサイド。哲林は正面からファーサイドへと走って味方DFを引きつけている。けれどボールの軌道を見る限り、どちらとも違うところへ向かうはずだ。


 合わせ損ねた? 悦が……?


 嫌な予感が私の脳裏をよぎる。視界の片隅で走り出すものがあった。大柄な人影。


 江華!!


 私も迷わずスプリント。江華を追い抜いて先に飛ぶ。ここにボールは落ちてくるはず。けれどその私の視界を大きな背中が遮った。江華だった。後から飛んだ江華が私の前に入ってきたんだ。


「んッ……!」


 江華の背中にぶつかり何の抵抗もできず、ベストポジションから押しのけられる。高々と飛んだ江華の頭に飛んできたボールがピタリと合う。軌道を変えたボールはゴール隅へと向かって。それを見届けながら私は背中から着地した。衝撃を逃がすために受け身をとって転がる。


 次の瞬間、主審の笛が鳴った。ゲームが動いたことを告げる笛の音。先制点は上海園地集団。セットプレーからの失点だった。


『大丈夫? 美鶴』

『……うん。平気』


 いつぞやのように地に伏した私に手を差し伸べてくる江華。その表情は私への気遣いに満ちていた。答えながらその手を取って。体を当てておきながら何の妨害にもなれなかった悔しさから唇を噛んだ。




 ◇




 時間を少々巻き戻し、前日の夜。翌日からの決勝トーナメントの組み合わせが決まったことを受け、ミーティングが行われていた。決勝トーナメントは全三回戦。それぞれの対戦相手は。


「初戦の相手は上海園地集団。その次はまあバルセロスだろう。バルサに勝てれば決勝戦は……まあ順当にいけばアーモリーズか」


 四大リーグの頂点で常にマドリーと鎬を削っているバルサは言うに及ばず、メガクラブの一画として数えられるアーモリーズの下部組織も強敵だろう。実際、下馬評ではこの二クラブが突出した優勝候補として扱われている。それに続いて全少二連覇中のエスパーダと主催地である東京のトレセン選抜、そしてメキシコ最北端のクラブ、ティファナFCが次点と目されている。


「私たちの目標は当然本大会優勝だ。バルセロスやアーモリーズを打倒するつもりなら初戦の相手は一蹴するつもりくらいでないといけない、んだが……」


 確かにその二クラブと較べたら間違いなく中国スーパーリーグ下部の上海園地集団が格下であることは間違いない。けれど小津間監督はなぜか言葉を濁し。そして見た方が早いと言って映像を再生した。映っているのは哲林たち上海園地集団と紫のユニフォーム、広島トライアローズジュニアだった。


 広島トライアローズジュニアはJ1クラブの下部組織で昨年の全少ではベスト8。うちと対戦経験はないが実力は間違いなくあるはずだった。けれど映像では0-2で完敗している。


「見ての通り堅守速攻型のチームとしてかなり完成度が高い。気を入れてかからなければ痛い目を見ることになるぞ。いいな?」


 監督からの問いかけにみな真剣に頷く。


「結構。それでは敵のキープレーヤーについて説明していく。まず堅守の要である中央の大型CB。それに中盤の底から試合を支配するゲームメイカー。サイドから精度の高いクロスを上げる左のWB。このWBは攻撃寄りの選手のためか、守備面をフォローするように左のSBには運動量豊富で対人に強い選手がついている。そして1.5列目から飛び出してくるこの選手にも注意しろ。かなりスピードがある。油断すると置き去りにされるぞ」


 そう言いながら指した選手たちは……


「おい、美鶴。あいつらって……」

「ああ……うん。哲林たちだね。さっき会った」


 そのことに気づいた石田が囁いてくる。日本に来て仲田でプレーするなかで薄々気づいてたけど哲林たちってみんな凄いうまいヤツらだったんだな。幼なじみの5人全員が揃って国際試合に出てくるようなクラブのスタメンで、かつ要注意選手に挙げられるってどんな確率なんだか。考えてみると奇跡みたいな状況だ。


「うん? 東雲、この選手たちを知ってるのか?」

「あ、はい。小学校に入学する直前まで上海にいたんですが、そのころの幼なじみです。いっしょにサッカーをしてました」


 ひそひそ話に気づかれたのか小津間監督が聞いてくる。それに対して答えたら、彼らの詳細を知っている限り話せとのことだった。仕方なくあくまで5年前までの情報だと前置きした上で、全て話したのだった。




 ◇




 こちらのキックオフから試合再開。けれど思わぬビハインド背負った状態でのリスタートにエスパーダの動きは固くなっていた。パスの精度もパスを受ける動きも甘く、中盤で揉み合いになる。そのまま膠着した状態が続いた。


 このまま前半が終わるのは面白くない。流れを変えておく必要がある。私がそれをするんだ。今の私を、私たちをあいつらに見せつけてやる。


 自陣に押し込まれながらも何とか石田がボールを奪った。


「へいッ! こっち!」

「ッ! 美鶴ッ!」


 定位置より下がってボールを引き出す。フリーでボールを受けて前を向いた。そのまま内へ絞りながらスペースを駆け上がる。このチームはショートパスによるビルドアップだけじゃない。私がドリブルで持ち上がることで、そう印象づける。それが相手の対応に迷いを生むんだ。


 突出した私に対して、敵の守備の要、江華が対処に出てくる。ここは勝負だ。迷わず突っかけた。ボールをまたいで、またいで……江華の目が泳いだッ。一気に縦に出る。ワンテンポ遅れて反応する江華。遅いッ——けどデカいッ!


 私より大きな一歩で脚を伸ばす。後ろから出して悠々と私の前を遮ってきた。一旦ボールを引き戻して、相手との間に体を入れる。安易なチャージには来ないがゴリゴリとプレッシャーをかけてくる。体がでかけりゃ圧も強い。でもまだだ。もうちょっと。


 スピードは落ちてしまったが、何とかボールをキープする。そしてその時を待った。



 今ッ!



 ボールを出す。たった今私を追い抜いていった味方SHに。そのためのタメを作っていたんだ。ボールを受け取ったSHは開いて右サイドを抉っていく。そして私も江華を振り切って前へ。


 敵DFのプレスを嫌った味方からボールが戻ってくる。それを今度はダイレクトで左へ。敵のディフェンスラインを横へずらす。同じく駆け上がってきたCHが受け取った。味方が次から次へと追い抜いてくる。まるで黄色い津波だ。


 そして私も津波の一員となって最前線へ。既にペナルティエリア。狭いエリアにも関わらず華麗にパスがつながる。そして私の足下へ。ダイレクトシュートの体勢。敵DFが必死に脚を伸ばす。シュートコースを切られた。


 だから一度足を止めて。キックフェイントですかして一歩内側にずれてから再度キック。GKの逆を突いてゴールに流し込んだ。と、同時に笛が鳴る。


 1-1。先ほどの失点を帳消しにする同点弾となった。


『どう、江華。私たちもなかなかのもんでしょ?』

『……』


 江華は無言で頷いた。その表情は苦渋に満ちている。そう。そうじゃないといけない。私たちは今敵同士で試合相手なんだから。気遣う相手じゃないんだよ。勝負をしよう。最高に楽しい勝負を。


うーん、この戦闘民族。

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