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新たなる目標

 私が幼子と化し、はや一ヶ月がたった。


 お父さんは平日は毎日仕事に行き、母は家事をこなす。休日はお父さんの膝の上でサッカーの中継を観戦し、母はろくに外出できないことに愚痴をこぼす。残念ながら風呂の攻防については変化なし。タフな交渉は未だなお続いている。


 そして肝心の両親に迫る死の危険についてだが……何もなかった。拍子抜けするほど何もない。この一月、不穏な気配を感じることすら一度としてなかったのだ。


 私はこれを持ってひとまずの危険は去ったと判断。厳戒態勢を解くこととした。これ以上は何かあったとしても、交通事故に遭うような普通の不幸と変わらない。諦めて受け入れよう。そう考えることとした。ドライなようだけど私も生身の人間に過ぎない。緊張状態を常に維持することはできない以上仕方ない。やれるだけのことはやった。


 あるいは兇手としての生活で身についた割り切りであったのかもしれないけれど。



 そして両親の死を回避するというミッションから解放された現在。お父さんの膝の上で私は新たな難題に悩んでいた。それは、この降って湧いた新たな人生。何をやって生きていこうかということだ。普通の3歳児(両親との会話の中で現在私は3歳であることが判明した)はこんな悩みなど抱かずに生きていくのだろうけど、こちとら一端の大人として(裏)社会に貢献してきた身だ。そんな私が今更無目的に生きていく。とても収まりが悪く、気持ち悪い。やはり何か専心できるものが欲しい。じゃあ今生では何をしようか。そこで悩んでいるのだ。



 自分に何ができるのかを考えてみる。例えば18歳の時の私は腕利きの兇手だった。同じ道に進もうとすればおそらく大成するだろう。どのような功夫を積めば強くなれるか分かっているし、より効率的に鍛錬すれば更なる高みに行けるかもしれない。が、これはない。


 人を殺すことにもはや忌避感はない私だけれど、客観的にみて兇手というのが許されない職業であることは分かっている。それしか選択肢がないのであれば別だけれど、敢えてその道に進みたいと思うほど、人殺しが好きなわけでもない。



 私のストロングポイントは、(将来的に)強靱な肉体。武術(ウーシュー)。気配察知能力。こんなところだろう。どうせならこれらを活かしたことをやりたい。18歳の時の私を否定するつもりはないんだ。そうするとうーん。格闘家とか? あまり興味が……



「うおお! やった! やったぞ!! 美鶴、今の見たか!?」


 悩み多き私を興奮した父が揺さぶる。


 私たちの前にあるTVではとあるサッカーの試合を中継していた。お父さんも私も大好きなあのクラブだ。 私の知る歴史ではこのクラブの監督となった宇宙人の異名の選手が右へ大きくサイドチェンジ。このパスを受け取ったお父さん一押しの選手がドリブルで深く前進。敵DFが寄せる前にマイナスのクロスを上げた。


 クロスは囮の役目をしていた右CFとそれにつられた敵DFの頭上を越える。ミスキックかと思われたその時、稲妻のごとく走り込んだブラジル人ストライカーが頭でピタリと合わせ、ゴール右に叩き込んだのだった。実に鮮やかなプレーだ。


 その時私に激震走る。


 これだ!


 18歳の時には観るだけだったサッカー。これを実際にやってみよう。本気で。サッカーなら、類い希なる(はずの)身体能力、武術で鍛えたボディコントロール、気配察知能力、それら全てを活かすことができるはずだ。


 一度思い立つと天啓を得たかのごとく目の前の霧が晴れた。同時に高い目標が姿を現した。目指す夢は大きくプロサッカー選手。それも女子リーグじゃない。男と混じってプロのピッチに立つんだ。


 私の知る限りでは、四大リーグはおろか中国のスーパーリーグや日本のJリーグでも男性と同じピッチに立った女子選手はいない。その主たる理由はフィジカルの差だったはず。ボディコンタクトの激しいサッカーではフィジカルに劣る女子選手が男子選手に割って入ることは難しかった。けれどここには男を、それも訓練された兵士すら素手で縊り殺せるようになる女がいるのだ。壁は高かろうが、勝算はなくはない。



「決めた」

「ん? どうした美鶴?」

「お父さん。私サッカー選手になる」

「おおう? 美鶴はサッカーがやりたいのかい?」

「うん。でもそれだけじゃないよ。プロリーグで活躍する選手になるの。それでいつか私もラ・リーガに出る」

「そっかー。……うん。それならお父さんも美鶴を応援するぞ」

「ええー、サッカーなんて止めなさいよ。どうせならもっと女の子らしいことにしなさい。ピアノとかバイオリンとか。どうしてもスポーツがいいならバレーとかテニスとかでもいいじゃない」

「嫌。サッカーがいい」

「フィギュアスケート!」

「サッカー」

「バドミントン!」

「サッカー」

「バレエ!」

「もう。お母さんはうるさいなぁ。……じゃあフットボールでいいよ」

「どっちもいっしょじゃない!」

「ハハハ。鶫、美鶴がこんなに言ってるんだ。サッカーでもいいじゃないか」

「もう! 健一さんったら。サッカーは貴方が好きなだけでしょ」

「そんなことないよ。な、美鶴? 美鶴もサッカーが好きなんだもんな?」

「うん。私サッカーが一番好き」

「はぁ。そんな女の子らしくないスポーツ……ただでさえ、最近この子はがさつな言動が多いんだから。もっとお淑やかにさせたいのに」


 ほっとけ。それに例えば料理の腕なら一人暮らしが長い私のほうが母より上手いと思う。ここ一月の母の手料理から判断すると。


「そんなに女の子らしい娘が欲しいなら、妹を作ってその子にテニスでもフィギュアでもやらせればいいよ」

「妹を作ってって……美鶴、あんた意味分かって言ってるの!?」

「…………知らない。キャベツ畑からでも拾ってきたら」

「なんてこまっしゃくれた事を言う3歳児。……本当に3歳児よね?」


 自分が一番知ってるだろうに。とは口に出さない。更に母がヒートアップするだろうから。


 この一月の生活で分かったけれど、どうやら私は母と性格が合わないらしい。小言や型に嵌めようとする母の言動が気に食わず、ついつい余計なことを言ってしまう。どう考えても幼児らしくないボキャブラリーになってしまっているから気をつけないと。


「女の子らしいとからしくないとかはどうでもいいさ。美鶴が美鶴らしく育ってくれれば、僕は満足だよ」

「お父さん大好きー」

「健一さんは美鶴に甘過ぎなのよッ!」


 こうしてお父さんを味方につけた私は無事サッカーを始めることができる運びとなった。


 なお、今日のこのやり取りが原因かは分からないけれど、後に本当に妹が誕生し母による女子力向上の英才教育が施されることになる。まあそれは別の話。



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