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東海地域大会決勝にて

本業デスマーチ、アジアカップ、インフルエンザと立て続けにやってきて、執筆時間も体力も確保できませんでした。すいません。

とりあえず、アジアカップが終わり、インフルエンザも完治したので更新再開です。

デスマーチはまだしばらく続く予定ですが…

 今年は時間が流れるのが早い。特にそう感じていた。二チーム掛け持ちのため、ここまで試合が多かったことが原因かもしれない。


 春。4月の末から始まった国際大会の予選は激闘に次ぐ激闘となった。Jクラブのみが集まって行われる予選は、予選でありながらこれまでのどの大会より熾烈な戦いになった。左WGとしてスタメンを確保した私はブロックリーグ3試合で4得点を挙げ、クラブも2勝1分でブロック1位、本大会へのチケットを手に入れた。


 そして翌月、5月にはU-15女子の静岡県大会があった。予選リーグを1位で通過したエスパーダレディース・ジュピアは決勝トーナメントを戦い抜き、静岡県第二代表として東海地域大会へと駒を進めることになったのだった。


 そして今日。6月17日。U-15女子の東海地域大会決勝戦、その日を迎えていた。相手は静岡県第一代表、JFAアカデミー福島。『世界基準の個を育成する』という目的の下にJFA直轄で運営されるサッカーエリート養成のための全寮制中高一貫校。特に各Jクラブが手薄な女子サッカーにおいては大きく成果を出していて、実際に全国大会三連覇中だ。名前のとおり本来は福島県に拠点を置いているが、先日の東北大震災で施設に大きな被害が出たため、静岡県へと急遽移転してきた。そしてすぐに猛威を振るっている。


 先日の県大会決勝でもジュピアと対戦していて、その際、私は温存ということで出場機会はなかったがチームは0-4で敗れている。相手はエリートの名に恥じない圧倒的なテクニック集団で、それこそエスパーダジュニアやエスパーダジュニアユースばりのポゼッションフットボールにやられた。昨日の準決勝では愛知県第一代表を7-0で粉砕しており、本大会の勢いも申し分ない。


 当然厳しい戦いが予想された。けれども今回は本気で勝ちに行く。県大会では後々のことを考えて戦力を秘匿していたけれど、この次に当たるときは全国大会にある程度勝ち進んでからだ。そこまで戦力の温存を続けるのは難しい。だから、ここで全力で当たって、一叩きしておく。それが古林監督の作戦だった。


 フォーメーションは4-3-1-2。私はST(セカンドトップ)としてスタメン起用された。ディフェンシブハーフでのプレッシングとポゼッションに比重を置いた陣形だ。退いて守る相手を個の力でこじ開ける、あるいは相手が前掛かりになったときにカウンターで切り伏せることが私には求められていた。


 けれど。




 ◇




 ぱさりとゴールネットが揺れた。転々とゴールマウスに転がるボール。審判の笛の音が響く。後半早々の追加点を告げる音だった。相手の。


 スコアは0-2。自陣での横パスをカットされた後のショートカウンターからの失点だった。


 思い返せば前半の先制点も同じような展開からの失点だ。前半からジュピアはビルドアップが思うようにいかず苦戦していた。自陣でボールは持たせてもらえる。けれどそれを前に運ぶことは許されない。


 その理由は相手方のプレス技術の高さと、なによりそのハードワークにあった。相手のフォーメーションは4-4-2。その内FW2枚が積極的に前からプレスをかけてくる。それも背後のジュピア選手へのパスコースをしっかりと塞ぎながらだ。結果残されたほとんど唯一と言ってもいいほど少ないパスコースへのボールを狙っていた敵CHが徹底的に刈り取り続けた。ジュピアの選手五人に対し、敵は三人で優位に立っていたのだ。


 前へボールを出すことに苦しみ、そこからの少ない手数での失点だった。


 敵は中盤でも隙がない。三人単位でラインを組み、中央をプロテクトし、こちらの攻撃をサイドに追い込みながら潰しにかかってくる。


 そして最前線。私がいるこの場所もまた熾烈だった。


 こちらのリスタートで一度もどしたボール。これを繋いで前に戻すことに苦慮した味方DFは中盤を省略するロングフィードを選択した。ボールが上がる。ポストプレー役のもう一人のCF目がけたラフなボールだ。


 その味方CFには、相手チームでもっとも体格のいいCBが張り付いている。味方CFが落としたボールを受けられるよう、そちらに近づく。同時に私のマーカーがついてくる。私に常に張り付く相手が一枚。それに味方との連絡を絶つ位置にポジション取る相手がもう一枚だ。私は常にこの二人のマークを受けていた。


 舞い上がったボールが落ちてくる。精一杯飛んだ味方CFが敵CBと競り合いながらもなんとか頭で私の方へ落とした。


 密着するマーカーとのデュエル。体を当てられながらも押し返し、先にボールを押さえた。伸びてきた足が届かない位置へボールを置く。もう一人のマーカーも寄せてくる。体を入れてボールへのアプローチを阻む。最初に相手したマーカーにシャツを掴まれる。



 堪えた。何とかタメを作って中盤の選手達が追い越していく時間を稼がないと———



 その時。猛烈な勢いでもう一人走り込んでくる。敵だ。動いて躱そうにも密着する二人に押さえられ、ろくに身動きがとれない。そして。


 来襲したSBにボールごと足を刈られた。支えを失った体が空中を泳ぐ。そして。


「うぐッ」


 勢いよくピッチに叩きつけられて、圧迫された体から息が漏れる。ピーと笛の音。駆け寄ってくる主審。けれどボールにいっていたとの判断からカードはない。与えられたフリーキック。まだボックスにも遠い位置からゴール前に入った私たち目がけて放り込んだボールは、相手の壁にはじき返された。


 これもこの試合の中、何度かあった光景だった。私たちのDF陣5枚を3枚で抑え込んだ敵は浮いた2枚を私に着けてきた。一人は常時。もう一人は私がボールを持ったときに三人目の潰し屋として。ファールを恐れることなくチャレンジに来るこの相手に、既に二枚に張り付かれ行動を制限されていた私は手を焼いた。


 ボールを奪った相手は臆することなく縦に入れてくる。豊富な運動量でマークを剥がし、あるいは確かな足下の技術でこちらを背負った状態でも平然と。もっと言えば仮に深い位置でボールを失っても、それが即、脅威になるわけではなく、すぐに奪い返す自身もあるからだろう。それこそハーフウェーラインよりこちら側なら持たせてやってもいい、くらいに思っているのかもしれなかった。


 やや無理目に入れてきた縦パスを、味方CBが上手く体を前に入れてカット。その瞬間相手の動きがプレッシングに変化する。切り替えがとても早い。FW2枚がパスコースを消しながら寄せる。ボールホルダーは寄せきられる前にパスを選択。


 受け手のボランチはこれまでの反省から、ボールを待ち受けるのではなくて、自ら迎えに行く。ボールを刈り取りに来た敵CHと競り合いながらもなんとか左サイドへとボールをはたいた。


 ここで中盤に任せきりだと前線までボールが届くか怪しい。私も下りてボールをもらいに行く。私にマークについた一人は密着して着いてくる。こいつはボールを見てやしない。ただ常に私に張り付いて、私がボールを持った瞬間に体を当ててくる。私に自由にプレーさせないことだけが目的だ。


 もう一人はそれなりに足が速い。ボールホルダーと私の間にポジション取って、私へのパスを封じることが役目。彼女を揺さぶって剥がさないとボールを受けることはできない。


 最後の一人は少し離れて裏のスペースを消している。私の足下にボールがくれば、いつでも飛び込んでくるだろう。


 マイナス方向への移動から内へ絞る動きへ変える。ギャップが出来た。



「こっちッ!」



 ボールを要求する。ボールの出しどころに困っていたSBから敵のSHとCHの間を抜いて早く低いボールが供給される。密着マークしているDFが体を当てに来る。体を縮めて接触のタイミングをずらす。足下にボールが入ってくる。インサイドで柔らかく受ける。ボールを止めるんじゃなくて勢いを弱め、向きを変えるのに留める。


 ボールは私の左前方へ転がる。密着マーカーの届かない所へ。中盤とのパスコースを消しにかかっていた第二マーカーとは私を挟んで反対側だ。二人はこれに手を出せない。ターンして前を向く。後は突っ込んでくる三人目を躱すだけだ。それより前に踏み込めば、彼女らもおいそれとファールできない。バックチャージなどもってのほかだ。


 一歩目でボールに追いつく。正面から猛然とスライディングタックルを仕掛けてくる。チップキックでボールを浮かせる。後はジャンプで私も躱せば。地面を振り切る。



「ッ!?」



 が、体が十分に浮かばない。シャツの左裾が引かれる感触。驚き、見れば密着マーカーがシャツを押さえていた。足が浮かびきらない。下をスライディングで滑り抜けるDFにつま先が引っかかった。足を後方に持って行かれる。またしても体が宙を泳いだ。受け身を取ってピッチを転がる。審判の笛が鳴った。


 またしてもカードはない。シャツの裾を押さえる手は主審からは見えていやしなかっただろう。その辺りも巧妙だ。


「……クソッ」


 苛立ちをかみ殺しながら、立ち上がる。まあいい。ちょっと遠いけど狙えない距離じゃない。大きく巻いて落として度肝を抜いてやる———


 そう考えながら、膝着き立ち上がったところで肩に手を置かれた。そちらを見遣れば味方逆サイド側のSB。顔を寄せてくる。伝言があるらしい。


「東雲、直接は狙うな」

「……なんで?」

「監督の指示。今日の試合は正直もう厳しい。この距離から直接狙えることはまだ伏せとけだってさ」

「…………わかった。その代わり」

「なに?」

「蹴ったら外からボックス、ファー側に飛び込んで。そこに落とす」

「……りょーかい。あんたの代わりにあたしがあいつらの鼻を明かしてくるわ」

「よろしく」


 ヒソヒソ話を終えて、私はボールをセットする。伝言に来たSBは途中何人かに声をかけながら左サイドに流れていった。ボックスからは少し離れたポジション取り。相手からはこぼれ球狙いのように写るだろう。それでいい。


 4番左SB、二年絹旗(きぬはた)。彼女は快足が売りの選手だ。あの位置からも十分ボックス内に届く。それに背はそれほどでもないけれどジャンプ力はいいものをもってる。結果、ヘディングは結構強い。


 彼女が到達する位置を予測しながら助走。絹旗がスタートを切った。右足インサイドで擦り上げながら蹴り抜く。ボールは高く飛んでいく。


 ゴール前に詰めていた選手達の間での攻防が始まる。味方CFはボールをウォッチしながらニアポストへすり寄っていく。マーカーを数枚引き摺りながら。


 ボールはカーブがかかりファーへと寄っていく。ここで味方CBがファーポスト目がけて突進した。セットプレーの練習通り、いい動きだ。ボックス内の敵選手達が釣られる。


 ペナルティアークへ差し掛かったボールはここでググッと高度を落とす。落下位置はボックスのファー側、浅いところ。味方CBの動きに釣られてぽっかりと空いたスペースへ。



 いけッ!!



 そこへ猛然と突っ込む絹旗。迷いなくピッチを踏み切り宙へ。落ちてきたボールにピタリと額で合わせた。地面に叩きつけるようにボールを押し出す。彼女が選択したシュートコースはゴール右側。ファー目がけて流れていた全体の動きの逆を突いていた。


 ゴール正面でボールは一度バウンド。敵DF達が必死に出す足をかいくぐった。ボールが跳ねる。ゴール右側へと。GKは全力で横っ飛び。必死に手を伸ばす。その指が———


 僅かにボールにかかった。再びコースを変えたボールはゴールポスト外へ転がる。この危険なエリアで先にボールに追いついたのは敵だった。慌ててボールを外へ蹴り出した。副審がタッチラインを割ったことを告げる笛を吹く。ゴールマウス正面では絹旗が顔を覆って崩れ落ちていた。




 結局この試合は、0-2のまま終了となった。試合終了の笛が鳴る。


「おつかれー」


 などと言いながら、敵のDF陣が労いあっていた。それを私は膝に手を着き、前屈した姿勢で呼吸を整えながら聞くとも無しに聞いている。


「やったじゃん。ユッコ。全少MVP相手に完封だよ」

「マイとミオが体張って抑えておいてくれたおかげだよ。私はチャンスを見てボールを刈り取りにいってただけだもん」


 てめーが刈ってたのは、ボールじゃなくて足だよ。クソが。ラフなプレーで散々削ってくれやがって。


 息が整ってきたので今度は背を逸らしながら背筋を伸ばす。苛立ちに目を瞑りながら。


「まあでも全少MVPって言っても大したことなかったね」

「そりゃ仕方ないじゃん。言ったってまだ相手、小学生なんだから」

「……だいぶ年下」

「そりゃそっかー。あはは」


 などとしょうもないコメディをかましている。どうしてくれようか。


 そんなことを考えていると、青葉が駆け寄ってきた。「ほら戻るよ」と言いながらタオルとドリンクを渡してくる。青葉はこの試合ベンチ入りしていたが出番はなかった。


 青葉に促され、ハーフウェーラインへ戻る。JFAアカデミー福島との次の対決は全国大会のどこか、ある程度勝ち進んで以降となるだろう。全国大会は秋。間に夏の国際大会が挟まっていて少々期間が空く。その間、この苛立ちを抱えたまま。精神衛生上悪いことこの上なかった。

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