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U-12再び

明けましておめでとう…という時期でもありませんが、

本年もどうぞよろしくお願いします。

 今年はエスパーダレディースのU-15だけではなく、別の大会チームへの参加も指示されている。ジュピアの初練習に参加した翌日、指定されたグラウンドでその時を待っていた。グラウンドには参加メンバーが続々と集まってきている。


 カテゴリはU-12ということで、集まってきているのはエスパーダジュニアの六年生・五年生だ。去年のU-12、今年の中一の連中とチームを組んでいたため、一緒に公式戦に出たことこそないけれど、練習なんかではよく一緒になっていた見知ったやつらではある。「やあ」とばかりに気軽に挨拶を交わす。


「よお。美鶴」


 背後から声をかけられる。まだだれか知り合いがきたらしい。振り向くと。


「あれ? マーシー(石田雅)?」


 そこにいたのは去年のチームメイト、アンカーを務めていた石田だった。


「おい。その呼び方止めろよ」

「えー。でも全国制覇したときに、もう私たちは戦友みたいなものだから気軽に下の名前で呼び合おうって決めたじゃん」

「ありゃー、蒼汰が勝手に言いだしただけだろ。それにそりゃ下の名前じゃなくて渾名じゃねえか」


 全国制覇を成し遂げ、役目を終えた前のチームが解散となるその日に、梶田の提案で私たち攻撃ユニット4人は下の名前で呼び合おうという話になったのだった。なぜか提案してきた当の本人は緊張気味だったけれど。特に断る理由もなかったので受け入れた。それから彼らに会う機会はなかったけれど、ひとまず呼び方を私の中では決めていた。


「よくない? マーシーに、りょーぶん(塚田良文)に、ソーくん(梶田蒼汰)

「良文なんか元の名前より長くなってるじゃねえか」

「ヨッシーだと、マーシーと被るし『文』からも取った方がいいかなって。大丈夫、ヨシフミより呼びやすくはなってるよ」

「……なんか、蒼汰の呼び方だけ良すぎない?」

「そう? それは本人からそう呼んで欲しいって自己申告があった」

「あんにゃろう……」


 頭痛がしたのか額を押さえて俯くマーシーこと石田。やがて立ち直ると。


「ともかくマーシーは止めてくれ」

「え、なんで?」

「なんでもだ。響きが良くない」

「じゃあ……ましゃし?」

「止めろ。……雅、でいいだろ」

「分かった。雅」


 真剣な表情だった。なので素直に頷いておく。ところでだ。


「ところで、なんでジュニアユースに行った雅がここにいるの? ここに集められてるのはU-12カテゴリの大会向けメンバーだって聞いたけど」


 石田を見たときに聞きたいと思ってたのがこれだった。なぜそもそも石田がここにいるのか。


「おい。なんでオッサンがこんな所にいるの、みたいな目止めろよ」

「被害妄想だと思うけど」

「そうかぁ? ……まあ、いいや。今度の大会の規定は特殊でな。1月1日時点で12歳以下なら参加OKなんだよ。そんで俺は早生まれなんだ」

「へえー!」

「ほら、あそこに……あいつもいるだろ」


 そう言って石田が指す方を見れば、確かに去年一緒に全少を戦ったCBも来ていた。軽く手を上げて挨拶をしておく。そして話はそれぞれの近況に移った。


「それで、雅。ジュニアユースはどう?」

「ああ。こないだ新人歓迎を兼ねたレギュラー組との練習試合があったけど、やっぱり中々キツいな。テクニックで大きく離されてるとは思わないけど、フィジカルがな」

「そんなに違うんだ?」

「成長期の二年差は結構デカいぜ。それに何というか……体の分厚さが違うな」

「分厚さ?」

「筋肉だよ。筋肉。身長は個人差があるから背の低い先輩なんかは俺ともそう変わらないけど、腕とか脚とかの太さが全然違うんだよ」


 石田が言うには、ジュニアユース年代からは筋力トレーニングも始めているため、三年ともなると体格的にかなり差がついているらしい。踏み出しのスピードが違うから、フェイントで抜いたと思ってもあっさり追いつかれ、一度追いつかれると、パワーの違いからゴリゴリと圧力をかけられてジリ貧になってしまうらしい。


「いいなぁ。私もみんなといっしょにそっちに行きたかったな」

「おいおい……。レディースの方はどうなんだよ?」


 石田の最初の溜息にはどんな意味合いが含まれていたのか。とくに追求しないまま問いに答える。


「テクニック的なレベルはU-12の時より格段に上がってるけど、それ以外はさほど変わらないかな。体そのものは大きくなってるけど、それがフィジカル的な強さに直結してない感じ」

「そりゃ、まあそうなんじゃねぇの。男子の成長と女子の成長は方向性が違うからな」

「どういう意味?」

「へ? いや……それは、あれだよ。子供が作れるようにとか……その……」


 もごもごと言いづらそうにしている石田。なんだ。性徴の話か。石田の態度になんだか笑えてしまう。


「別にそんな恥ずかしそうにしながら言わなくても」

「うるせー。……他になんか面白いことはなかったのかよ?」


 強引に話を変えてくる。よっぽどやりづらかったらしい。あまりからかってもなんなので素直に乗ってやることにする。


「他に? うーん……そだね。紅白戦ではワントップをやったよ」

「ほー。美鶴がCFか。初めてだろ? どうだった?」

「最前列ってやること多いよね。結構面白かったけど」

「てっきりレディースでもWG(ウイング)かIHになるものかと思ってたけど、意外とCFも向いてるのかもな」

「もともとWG志望ではあったんだけどね。ツートップならST(セカンドトップ)とか。スペースをドリブルで食い破るのが好きだったんだけど、CFはCFで選択肢が多くてやりがいはあったかな」


 紅白戦のことを思い出しながら石田に答えた。最前列でターゲットになってボールを収める。味方に落とす。裏に抜ける。自分で前を向く。あるいはそれこそメッチみたいに中盤までボールを受けに下がってもいいかもしれない。0トップというやつだ。とにかくCFというポジションでやれることは多い。


「まあ何事も経験だ。やれるだけやってみろよ」

「うん」


 と、ここまで話したところで、U-12の小津間監督がグラウンドに現われた。コーチ陣も後に続いている。いよいよ次の大会に向けたミーティングが始まる。




 ◇




「みんな集まっているな」


 小津間監督が呼びかける。めいめいに答える選手達に一つ頷き話を続けた。


「よし。もう分かっているものもいると思うが、今回集まってもらった諸君が、夏のワールドジュニアサッカーに向けた選抜メンバーだ」


 ワールドジュニアサッカー。正確にはワールドジュニアサッカーチャレンジ2011。東京都サッカー協会が主催するU-12年代の国際試合。日本のクラブの他、スペイン、イングランド、ニュージーランド、中国、アメリカから1クラブずつが参加している。


 どこかで聞いたことがあると思ったら、中国を離れる際、哲林が言っていた大会だ。


「早速今月から予選が始まる。我々が参加するのはJクラブ予選の東日本会場だ。その名の通り、Jリーグ下部のクラブが20チーム集まって予選を行う。4チームごと5グループでリーグ戦を行い、本戦に参加できるのは各リーグ一位と、二位のクラブから上位2チームだけだ。Jクラブだけでの予選だけあって、全国大会と較べても難易度は高い。が、我々は全少二連覇中のクラブだ。予選で落ちるような無様はできん。気合いを入れていくぞ」


 小津間監督が檄を飛ばし、コーチ陣と選手達が「応!」と答える。


 そうか。すっかり忘れていたけれど、この予選を勝ち抜けばあの時の約束が守れるのか。哲林達も出てこられるのだろうか。それは分からないけれどもしかしたら。そう考えるとモチベーションが上がってきた。


「本大会は予選は8人制、本戦は11人制と変則的な試合形式をとる。これまで11人制でやったことがないというやつも多いだろうが、まず予選までは8人制ルールでの練習。予選が終われば11人制の練習に取り組んでいくからな。11人制の経験がない者もいるだろうが努力するように」


 やがて、説明が終わり、こちらもメンバーを二チームに分けての紅白戦が始まる。幼なじみ達との再会と対決に向けて、まずはスタメン入りだ。頑張ろう。




 ◇◇◇




 クラブハウスの廊下を一人歩く。硬質な床を叩く革靴だけがカツカツと音を立てた。いや、反対からも同じような音が聞こえてくる。誰かが向こうから歩いてきてるらしい。やがて曲がり角を越えてそのもう一人が顔を出した。あれは。


「よお。小津間じゃねぇか」

「……古林か」


 曲がり角の向こうから現われたのはエスパーダレディース・ジュピアの監督、古林だった。片手を上げて声をかけてくる相手に、私も足を止める。ちょうどいいところで会った。気になっていた事を聞いておく良い機会だろう。


「東雲はどうだ?」

「……いきなりかよ。久しぶりに顔を会わせたんだからもっとあるだろ。話の入りの雑談とかよぉ」

「面倒だ」

「かぁッ。相変わらずだねぇ……」


 ガシガシと頭を掻いている古林。何が不満だというのか。別段親しい間柄というわけでもない。お互い忙しい身だ。本題から入るに越したことはあるまいに。顎をしゃくり続きを促す。


「それで?」

「はあ……ありゃぁ本物だな。紅白戦をやらせたら、早速うちのレギュラー陣をきりきり舞いさせてたよ」

「そうか」


 古林の答えに頷く。東雲の能力に疑いはなかったが、やはりそうなったか。ジュニアユース年代相手でも彼女のポテンシャルは十分に発揮されているらしい。


「こっちとしては良いヤツを送ってもらったよ。正直今年は県大会の突破も厳しかったからな。これで何とか勝ちを計算できるぜ」

「ああ。あのクラブか」

「だよ。県大会でいきなり全国クライマックスみたいなもんだぜ。今年の静岡は」

「別に彼女たちが悪いわけではないのだがな。不幸な偶然だ」

「まあ、そうなんだがよ。突然の全国大会出場の危機だ。こっちとしては頭痛いわけよ」


 今年の静岡の女子ジュニアユースは荒れる、いや、突如現われた暴風に全てなぎ倒されると言われていた。先月に起こった大震災。それにより、福島県から全国三連覇中のクラブが一時移転してきたのだ。そうなると当然、彼女たちは静岡の大会に参加することになる。全国大会に連続出場していて、今年も当然のように全国進出が求められるジュピアにとっては降って湧いた凶報だった。


「ま、大きな戦力追加もあったんだ。なんとかするさ。…………ところで小津間。こっちとしてはありがたいんだが、東雲本人のことを考えるとジュニアユースももって一年だぞ」

「……そこまでか」

「ああ。ありゃ正真正銘の怪物(フェノメノ)だ。あんなのを育てるにはU-15は狭すぎる。今年は周囲のテクニックレベルの高さだとか、11人制への適応なんかで収穫も多いだろうが、それも今年一年だ。身体能力が周囲とは違いすぎる。まだ嬢ちゃんが成長期真っ盛りなことを考えると、来年はさらに差が広がるだろ。そしたらU-15なんてぬるま湯になっちまうぞ」


 東雲の今後の成長を考えるとやはりハードなところへ置き続けたい。周囲との差にこれで十分と立ち止まられては困るのだ。そしてこれは古林も同じ意見のようだった。


「リーオへ上げるか、あるいはいっそアメリカかドイツ辺りに留学させるか。とにかくフィジカル的にもっとキツいところに放り込むべきだと思うぞ」


 本当はもう一年待って、せめて小学校を卒業してからと考えていたが仕方ないか。


「来年()東雲はジュニアユースに置く」

「あん? いや、だから———」

「エスパーダのジュニアユースだ」

「……おいおい、そりゃあ……本人の希望だってのはどっかで聞いたが…………マジか?」

「もともと本人がやると言ったんだ。精々期待させてもらおうじゃないか」


 そんなことを言いながらも、彼女ならもしかしたら。そんなことを考えていた。

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