紅白戦
遅ればせながら更新です。
劇的?な青葉との再会のしばらく後、監督がやってきてミーティングが始まった。
「俺が女子のU-15を見ている古林だ。新人ども、これからよろしく頼むぜ!」
前に立つのは髭面の監督。上背も高いが、それ以上に身体に分厚さがあり、熊みたいな体型だ。冷静な戦術家然としたU-12担当の小津間監督とは随分対照的だ。豪放磊落という言葉を絵に描いたような感じ。
「ここは学年ごとに分けたりなんてまどろっこしいことはせんぞ。ここにいる全員で一つのチームを作るんだ」
エスパーダレディース・ジュピアは各学年8名ずつの計24名からなっている。そこに私も加わって合計25名。
「ということはだ。一年生でもいきなり試合出場はおろか、レギュラーの可能性もあるってことだ。気合い入れてけー。それに逆に下から有望な新人が入ってくれば、三年になっても試合に出れない可能性もあるからな」
ジュニアユース世代からは男女とも11人制に変わる。25名の中からスタメンが11人。ベンチ入りは7人。その中から実際に交代で出られるのは5人まで。つまり試合に出られる可能性があるのは25人中16人だけなわけだ。この関門を緩いとみるか厳しいとみるかは個人によって判断が別れるところだろうけど。
「そんじゃ一年生の自己紹介といこうか」
言いたいことは言ったのか、一年生に自己紹介を始めるよう指示する古林監督。一人ずつ当たり障りない内容を話していく。やがて一年生8人の自己紹介が終わり。
「それから今年はもう一人、内部から上がってきたヤツがいる」
チョイチョイと手招きする古林監督。従って前に出ると、いきなり両肩を押さえられ、ぐりんと反転させられる。一年生から三年生、この場にいる全員の視線が私に集まる。
「去年はエスパーダジュニアにいた東雲だ。知ってるヤツも多いだろうが。まだ小学五年生だが、U-12の監督の推薦で飛び級してきた」
古林監督の紹介に、周囲がざわつき出す。
「ねぇ……あの子って……」
「……去年の全少の得点王でしょ」
「……実況で……女版クリ……ナって言われてた……」
「…………決勝戦見てたけど……キレッキレ……」
地上波で全国放送された甲斐あってそれなりに私の名前は売れたらしい。県外からの入団者らしい人物にも認知されていた。古林監督は私の頭をポンポンしながら続ける。
「とはいえ試合に出られるかどうかはあくまで実力次第だ。頑張れよ、期待の星!」
「……それはどーも」
まあでも逆に言えば、実力を示せれば三年生を押しのけてスタメン定着もあるってことだ。私にとっては決して悪い条件じゃない。
「そろそろ次行くぞー。今日はまず紅白戦をするぞ。試合内容は選手選考の参考にするから、各位奮闘するよーに!」
◇
こうして初日は紅白戦をすることとなった。片方は3月時点でスタメンとして組まれていたチーム。もう片方はそれ以外。残りの二年生と一年生によるチームだ。監督の指示で二年生GKとFPが二人外れてちょうど11人になった。
チームメンバーで集まってポジションの相談をする。それぞれが改めて自己紹介と得意ポジションの説明を行った。けれどここで一つ問題が出てきた。CFがいないのだ。というかFW経験者が一人もいなかった。
三年生に一人、二年生に二人、FWがいるが彼女たちは相手チームの3トップになっているらしい。(4-3-3のフォーメーションを組んでいるとのことだった)そして今年の一年生にはジュニアでFWをやっていた人間は0だった。
こうなるとMFからだれか一人コンバートするしかないのだけど……WGでもなくCFだからな……
「美鶴ちゃん、CFやれないかな?」
「え? 私?」
おもむろに青葉が言いだしたことに戸惑う。
「私、これまで左サイドでしかプレーしたことないけど……」
「大丈夫! 美鶴ちゃんならできるって!」
そうは簡単に言うけども。
「その子にポストプレーさせるの? 小さすぎない?」
そう。まだ11歳の私の身長は147cmほどでしかない。前線でターゲットになるには上背が足りないと思うんだけど。横から口を挟んだ二年生MFに思わず心の中で頷いた。
「大丈夫です! この子ならばっちりボールを収めてくれますし、決定力も並外れてますから」
ということで青葉が押し切った。フォーメーションは4-2-3-1。二年生2枚はそれぞれダブルボランチの右側、SHの左側に配された。
まあ、ロナードもスペインに移籍した当初は中央でプレーしてたこともあるんだし、私もやってみようか。
◇
紅白戦も既に後半の10分。既に全体の3分の2が経過しようとしている。スコアは現在0-3。レギュラー組に3点のリードを許していた。どうにも守備がピリッとしない。私たちが今日組まれた急造のチームなのに対して、相手は熟成されたチームなので仕方ない部分はあるのだけど。人数をかけた分厚い攻撃にいいようにやられていた。
また、前からプレスをかけてパスコースを限定しても、後ろとうまく連動できずボールを奪えない。ボールの支配率で決定的に劣り、何もさせてもらえない時間が長く続いた。
先も言及したように仕方ない面はある。……あるのだけどどうにもやられっぱなしは面白くない。攻撃だけでもどうにか一矢報いたいところだ。
コンビネーションで崩すことができないのなら、シンプルなプレーでどうにかできないだろうか。そう考えていたところでうってつけの場面がやってきた。
こぼれたボールに追いついた味方のCBが大きくボールを蹴り出した。闇雲に蹴っただけという狙いの荒いキック。これが上手い具合に私とディフェンスラインの間のスペースへ落ちそうだ。
CFの役割の一つポストプレー。ボールの落下点に先に入る。同じくボールを拾いに出てきた三年生のCBとデュエルだ。背中を向けて腕を広げ、落下点から身体で締め出す。周りこもうとするのを感知して微妙にポジションを調整。中へ入れてやらない。
押し合いが発生する。重心を落として跳ね返す。問題ない。40分プレーする中で分かったのだけれど、三年生といえども瞬発力や圧力はU-12の男子と較べてもそこまで大きく変わらない。体は確かに大きいのだけど、それがパワーに直結していない感じ。十分対抗できる。その分テクニックは小学生男子より全然上なのだけど。
落ちてきたボールに先に触れた。胸でトラップ。次に腿で、インステップで。相手の足が届かない所へボールをコントロールする。そしてボールを押さえる。完全に収めた。
ここから前を向いて———
「美鶴ちゃん! こっちッ!!」
ターンを中断。左サイドへ開きながら前に出てくる青葉へボールを戻す。背後のCBがボールの行方を目で追った。膝を落とす。CBの視界から消失。たわめた大腿に力を溜める。私の挙動を見ている青葉。
大丈夫。答えてくれる。
青葉は足下に入ってきたボールをダイレクトでふわっと前方へ蹴り出した。ボールが私とマーカーの頭上を越える。スプリント。裏へと抜け出した。
前をフワリと行くボールへ足を伸ばす。甲でドロップ。爪先で引っかけて引き寄せる。ドリブルへ移行した。
右からもう一人のCBが寄せてくる。気にせずペナルティエリアに侵入。寄せたCBはゴールとの間に入ろうとする動き。右足を振り上げる。シュートモーションに引かれたCBが足を伸ばす。振り下ろした足を止め左に切り返す。キックフェイント。足を伸ばして硬直するCBを躱す。
さあ。GKと一対一だ。
左足を振り上げる。今度は小細工は抜き。全身を撓らせて力を溜める。解放。体をくの字に曲げながら全力のシュート。
GKに反応を許さず、ゴール右上へと突き刺した。
これで一点返した。
「美鶴ちゃん、ナイッシュー!」
駆け寄ってくる青葉。祝福にU-12でしていたように拳を突き出して応える。青葉は腕を開いて飛びついてくる。ゴリっと私の拳に鈍い手応え。青葉の鳩尾にカウンター気味に私の拳が刺さっていた。
「ごえッ……!?」
「あ……」
女子が出してはいけない声を出し、胸を抱えて膝を折る青葉。拳を突き出したままそれを見下ろす私。青葉はむせ込みながらガクガクと震えている。……気まずい。
「……さ。まだ一点返しただけだよ。ドンドンいこー……!」
ひとまず視線を逸らして、切り替えていくことにした。けれど。ガシッと背後から肩を掴まれる。地の底から響くような低い声。
「み~つ~る~ちゃ~ん?」
「ほら。青葉、試合が再開するよ」
「私が今言いたいことはそれじゃないんだ。分かるよね?」
「…………分かるけど分かりたくない」
背後の青葉を引き摺りながら、定位置へと戻る。
「あれは悲しい事故だったんだよ。ここには悪い人なんて一人もいなかったんだ」
「こっち見て? ちゃんと過失割合について話そうよ?」
けれど、青葉は折れることなく恨み言を零し続けた。結局ハグを向こう一年間は無抵抗で受け入れることで手を打ったのだった。なんてこったい。
試合再開。一点返したことで味方の士気は上がり、相手は格下どころか急造のチームへの手痛い失点に浮き足立っている。流れが来ているというやつだろう。こういう時には自然とチャンスが訪れるもの。
相手が自陣深くまで戻したボールを追いかけて、プレスをかける。これまで冷静にボールを捌いていたSBに乱れが出た。MFへのパスを高い位置で青葉がカットする。
スイッチが切り替わる。ショートカウンターだ。ゴール前へ走る。CBがペナルティエリアから締め出そうと出てくる。背負った状態で青葉を見る。さっきと同じような状況。仕草で胸元へパスを要求する。
要求通り、フワリとした優しいパス。胸で受ける。青葉はそのまま上がってくる。背後から迷いを感じる。青葉に意識が割かれている。なら———
胸で落としたボールが地面に落ちる前に左足爪先で引っかけるように跳ね上げた。背後へと。同時に対抗していた背後からの圧力に対して力を抜く。CBがたたら踏む。ターン。くるりと体を入れ替えた。
再び落ちてきたボールを胸で押し出しながら前へ。抜け出した。
一人で前を向いたことでもう一人のCBの行動が遅れた。カバーリングが間に合っていない。フリーだ。迷わず右足を振り抜く。その手応えにぐっと拳を握りしめた。
インサイドで目一杯擦り上げながら放ったボールは放物線を描いて枠外からゴールへと吸い込まれた。二点目。
味方から歓声が上がる。
どたどたと駆け寄ってくる気配。飛びついてくる。それを悟りの心で、無表情と共に受け止めた。
「やったぜ、美鶴ちゃん!」
「……だねー」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる青葉。引き摺りながら帰陣した。途中チームメイト達とハイタッチを交わしながら。あと一点。何とか追いつくぞと意気が上がる。
けれどこの試合は2-3のまま試合終了となった。本格的に私たちに脅威を感じたらしいレギュラー組がベタ退きで守り切ることを選択したからだった。十重二十重の分厚い囲みを破ることなく、タイムアップの笛がなったのだった。




