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二年目の始まり

 エスパーダジュニア年初育成方針会議。年度初めに行われる昨年度育成結果の総括と今年度の育成方針を決定する重要な会議。春を迎え、今年もこの会議を行う時期がやってきた。

 ジュニア年代の育成を担当する監督、コーチ、スタッフ陣が集まって会議に臨んでいる。前にはU-12監督の小津間さんが立っていた。


「みな、一年間ご苦労だった。U-12は昨年に続き全国連覇。U-11、U-10も十分な結果を残している。そして何より、いい状態の選手達をジュニアユースへ上げることができた。取締役会の中でも我々の評価は上々だ。今年の夏のボーナスは期待していいぞ」


 小津間監督の冗談めかした最後の言葉に周囲から歓声が上がった。騒ぎが収まるのを待って小津間監督は話を続ける。


「ポゼッションフットボールへの取り組みも今年で早5年目だ。だいぶ指導法も板についてきて、選手達の理解度も年々向上してきている。……が、喜んでばかりもいられん。一昨年は少々派手にやり過ぎたらしい。みなも承知しているだろうが、昨年末の全少ではポゼッション対策を講じてきているクラブがかなりあった」


 確かに。同じくポゼッションを高めてきているクラブやカウンターに絞っているクラブなど、明らかにうちを意識しているクラブが多数いた。


「まだまだ手探りの感はあるが、今年は更に精度を上げてくるだろう。我々も自分たちの戦術をより磨き上げていかねばならない。各員の奮闘に期待する」


 訓示が終わったところで、新年度の練習の方針やその内容。予定しているイベントについて確認をしていく。各年代をどのように育成していくかの大事な話し合いだ。そしてチーム全体としての方針を確認した後には個人の育成方針へとテーマはシフトする。


 各選手のデータが上げられ、強化すべきポイント、個人の指導方法を決めていく。新四年生、新五年生、新六年生と話しを進めていく中で、敢えて飛ばされている選手がいた。一通りの確認が終わった後で話題はその選手へと当たる。


「それで……東雲はどうしますか?」


 とあるコーチがおずおずと切り出した。そしてこの空間に沈黙が流れた。


 東雲美鶴。彼女の扱いが問題だった。有り体に言って優秀に過ぎるのだ。まだ入団二年目の新五年生ではあるが、昨年から飛び級でU-12チームへと加わり、全国連覇の原動力としてその力を発揮した。10歳の時点で超小学生級と噂される全国No.1選手と五分に渡り合ってしまった。


 そんな彼女をどう育成していくべきなのか。今年もまたU-12チームへ所属させるのか? それでいいのか? そんなジレンマが私たち指導者陣の間には横たわっていた。


 集まる視線を感じたのか、沈黙を破って小津間監督が口を開く。


「元々昨年の時点では、来年の全少に向けた調整のつもりでU-12に参加させたのだがな……。六年生相手でも十分通用するだろうという目算はあったが……」


 結果は”通用する”なんていうレベルではなかったということだ。並み居る六年生選手を差し置いて得点王。全少にはMVPという制度はなかったが、あれば獲得していたのではないか。そう思わせるだけの活躍をしていた。


 そんな選手をもう一度同じステージに置くことがいいことなのか? 東雲は今年五年生。U-12にまた入れても昨年より周囲との体格差は小さくなっている。あるいはU-12というステージはもう東雲にとってはぬるま湯に過ぎないのでは? そんな懸念を持っていた。そしてやはり———


「役員会でも話しが出た。東雲は次のステージに上げることとする」

「まさか、ジュニアユースに加えるんですか!? 入団時、本人からそのような希望があったとは聞いていますが……」


 思わず口を挟んでしまった。小津間監督の視線がこちらを向く。


「少し考えがある。これに関しては任せてもらいたい」


 ジュニアユースではないのか? それじゃあいったい? けれどその答えが小津間監督の口から語られることはなく話しは次へと移った。


「それから夏の大会には東雲も出すぞ。そちらの練習には加えるように」


 春と言えば、もうJクラブ予選が始まる時期だ。早々に新チームを形にしないと。新たなミッションに先ほど生まれた疑問は押し流されていった。




 ◇◇◇




 鐘与三保グラウンド。トップチームが練習するエスパーダ三保グラウンドのすぐそばにあるサッカー練習場。普段はエスパーダのユースやジュニアユースが練習している場所だ。今日、私はそこに来ていた。ジュニアユースの練習時間ではないけれど。


 人工芝のピッチ外では、先に来ていた人達がアップを始めている。話し声はやけに甲高い。体育会系の人間の集まりのはずなのにやけに華やかだ。それはここにいるのが全員女だからだろう。


 ここにいるのはみんなエスパーダレディースのジュニアユース世代。エスパーダレディース・ジュピアの選手たちだ。ちなみにユースはリーオ。トップチームはマールというチーム名になっていて、それぞれスペイン語で雨・川・海を意味する単語だ。雨が降って川になり、海に注ぐというネーミングらしい。


 ともかくこれまでいたエスパーダジュニア、それに仲田と較べても非常に姦しそうな空間になっている。こういうのはどちらかと言えば苦手だ。それでも私がここに来た理由は一つ。監督命令だからだ。なんとなしに先日の監督との会話を思い出す。



『東雲!』

『はい?』


 4月最初の練習日。去年の初練習と同じようにフィジカルと基礎技能のテストを受け、あらかた計測を終えた頃。監督よりお呼びがかかった。何の用事かも分からず駆け寄ると。


『今年から活動場所を変えてもらう』

『今年もU-12に加わるわけではないんですか?』

『ああ。東雲には次の段階に進んでもらうことにした』

『次の段階……ジュニアユースですか?』


 思ったよりも随分早くその時が来たのか。そう思ったのだけど。


『そう。ジュニアユースだ。ただしレディースのだがな』

『…………入団前にエスパーダジュニアユースに参加させてもらえるとの約束をいただいているんですが』

『承知している。別に約束を反故にしようとしているわけじゃない。男子に混ざってジュニアユースに参加する前段階だと考えろ』

『前段階……』

『そうだ。U-15の女子サッカー大会には4月1日時点で10歳以上の選手なら参加できる。規定上はな』

『10歳以上……つまり私でも今すぐ中学三年生に混ざって試合ができる?』

『そういうことだ。そこでのでき次第で来年以降はまた考えさせてもらう』



 とのことでここにやってきたわけだが。……うまくやっていけるだろうか?


 そんなことを考えていたその時、不意に背後から殺気のようなものを感じた。咄嗟に横へ飛び退く。すると一瞬前まで私がいた空間を猛烈な勢いで何者かが過ぎていった。その人物は私にぶちかましを決めるつもりだったのか、想定の抵抗がなくなりつんのめるように勢いを殺して止まった。


 後頭部でポンポンと小馬の尻尾のように元気よく揺れる一つくくりの髪。首元や腕に脚、露出している部分はほどよく日焼けしている。その後ろ姿になぜか既視感を感じた。


「ひっどーいッ! 避けるなんて! 感動の再会なのにッ!!」


 憎まれ口を叩きながらもニンマリと笑うその眼差しが、この一年で背が伸びたのか記憶にある彼女の姿よりも高い位置から私を見下ろしていた。



「青葉ッ!?」


 新倉青葉。仲田のCH。一年前まで私にパスを供給してくれていた、かつてのチームメイトがそこにはいた。


「なんで青葉がエスパーダにいるのッ!?」

「ふっふっふ。美鶴ちゃんいるところに私ありだよ」

「そういうのいいから。なんで?」

「ひどいッ! 少しは絡んでよッ!」


 青葉は口を尖らせるけど、そんなの無視。一々気にしてられない。


「まあ、普通にセレクション受けてきたんだけど」

「あ、そうか。青葉は今年から中学生だっけ」

「そだよー。っていうか仲田小の卒業式で会ったじゃん」

「その時はエスパーダに入るなんて一言も言ってなかったけどね」

「黙ってたからね。サプライズだよ。サプライズ」


 ジト目で青葉を睨んでも、本人はどこ吹く風だ。


「ともかくセレクションにこうして無事合格したってわけさ。まあ、静岡最強クラブの最強女子司令塔が落選するわけなんてなかったんだけどね」

「最強じゃなくて二番手だよね」


 私の一言にピクッと固まり、口元を引きつらせる青葉。仲田は残念ながら県大会決勝でアスラクラロ沼津に敗れ、県大会二位に終わり全国大会への参加資格を逃していた。「アスラクラロには女子選手はいないから女子に限れば嘘じゃないモン」などと青葉は呟いている。


「そう言えば、全国大会に出場できなければ裸踊りをするって話しだったよね。仲田を卒団した私は見れなかったけどちゃんとしたのかな?」

「も、もちろん……?」

「……ふうん」


 脂汗を流している青葉を見ながら相づちを打つ。


「なにかな? その疑いの目は?」

「別にー」

「ああ! あの素直で『先輩先輩』って私を慕ってくれたカワイイ女の子はどこに行ってしまったの!?」


 そんな私はどこにもいなかったと思うが……芝居がかった動作で自分を抱きしめクルクルと回る青葉。


「そう言えば、美鶴ちゃん敬語使わなくなったね?」


 青葉が回転をピタリと止め、今更のように聞いてくる。


「うん。ここにはサッカーでより上を目指すために来たわけだからね。年上であろうと単にポジションを争うライバルであり、フィールド上での同僚。余計な配慮とか気遣いとかはなしにすることにしたんだ。だからもう選手に敬語は使わないよ」


 そんな私の発言に青葉はニヤリと笑うと。


「ふーん、上等じゃん。これからよろしくね。戦友」

「こっちこそ」


 そう言って拳を突き合わせた。直後に急に話題を変える青葉。


「それはそうと! せっかくなんだから再会の祝いと去年の全国制覇おめでとうのハグ!」

「あ。う、うん」


 勢いに押され、まあ特に断る理由もなく頷く。


 途端に青葉はガバッと腕を開き、私をその中に抱え込もうとして。———私は膝を落として、身体を屈めることでその腕の下をくぐり抜けた。


 青葉は端から見たら何もない空間でエアーハグを披露する変な人になっていた。抗議の声が上がる。


「ちょっ!? 何で避けるの!?」

「あ、ごめん。何か無意識のうちに避けてた。……癖って怖いね」

「癖!?」


 まあせっかくなのでハグは拒否することにしておいた。

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