全国覇者を目指して(後半戦)
前半は2-2の同点。HTを迎え自陣ベンチへと引き上げた。途中お父さんからドリンクと補給食を受け取り、ミーティングスペースへ向かう。全員が集まったところで監督が後半に向けての話を始めた。
「前半ご苦労だったな。どうだった。西宮は?」
誰に聞くともなく問いかける監督。それに塚田が答えた。
「去年よりかなりやりにくくなってます。やっぱりこれまでのようにはいかないですね。乱打戦は今のところ五分だとは思いますけど、確実に勝つためには後半は相手の攻撃を押さえ込む必要があるかと」
塚田の発言に監督は一つ頷くと、守備陣のリーダー、CBに視線を向けた。その視線に促されてCBが口を開く。
「西宮の攻撃を止めるには、CHの堂高を抑える必要があります。……でも」
「石田と守備ユニットだけで抑えるのは難しいか」
敵のCHとマッチアップ関係にあるアンカーの石田は無言で唇を噛む。その苦渋に満ちた表情が事実を物語っていた。もともとCBだった石田からすれば一対一で制することができないと認めることは辛いのだろう。
「できないことを認めることは恥ではない。相手との力量差を客観的に捉えられることが重要だ。お前はまだまだ伸びるさ。さあ、後半の作戦を伝えるぞ」
「「はい!」」
「堂高には対人戦に強いものを当てる」
監督が戦術ボードに向かう。触れた駒は左のIH。私か。ボードから剥がして移動させる。
「ディフェンス時の東雲と石田のポジションを入れ替える。ただし東雲のミッションは堂高を抑えることだけだ。全体のバランスは変わらず石田がとれ」
「ちょっと待ってくれ、監督! 美鶴ちゃんを下げたら今度は攻撃力が」
梶田がその采配に異議を唱える。けれど監督は手をかざして反論を遮り。
「お前達の基本戦術は何だ? ショートパスを駆使したボールの支配だろう? 東雲が守備に下がっていても、ビルドアップで組み立てながら、前線への復帰を待つことができる」
確かに。じっくり組み立てる事が多いエスパーダは、カウンターへの依存度が低い。一度守備に下がったからと言って攻撃に参加できなくなることはないはずだ。
「代わりに東雲への負荷は高くなるが……いけるか?」
「問題ないです」
監督からの問いかけに即答した。これまで温存気味に使われていたこともあって、体力的な不安はない。残りは後半の20分だけ。全然問題ないはずだ。
「もちろん東雲抜きでもカウンターのほうが勝算がありそうなら仕掛ければいい。その辺の舵取りは任せるぞ」
今度は塚田を見ながら言う監督。塚田も首肯して答えた。HTも残り少ない。話題は次のテーマに移る。
「逆に西宮はどうディフェンスしてくるかだが……西宮は縦への速さが信条のサッカーだ。うちのように堂高を東雲に付けて深追いさせるなんてことはできないだろう。単純により枚数をかけてくるはずだ。ギャップをうまく突いていけ」
そして最後に選手達へ発破をかける。
「20分後にはお前達がチャンピオンだ。さあ、行ってこい!」
「「応!!」」
ピッチへと戻る、その道すがら。まもなく来る後半戦のことを考えていた。敵のエースを抑え込んだ上で、勝ち越し点を奪うことがミッションか。なかなかタフな役割だ。けれど私はこの任務を喜んでいた。なぜなら、色んな意味で都合がいいから。
試合前の一幕を思い出す。
◇
「おう、お前」
全日本少年サッカー大会決勝戦当日。着替えを終えて決勝を行うピッチへ向かうその途中。一人の少年が私に声をかけてきた。青いユニフォームの6番。決勝戦の相手、兵庫県代表西宮FCの選手らしい。そちらを見ると、こっちの返事も待たず続けてきた。
「お前、女版メッチとか言われとるらしいな?」
「はあ」
何か似たようなことが一昨日の試合中にもあったような。
「あんま調子のんなよ? 和製メッチはこのわい、浪速のメッチが一人いれば十分なんじゃ、ボケぇ」
「……それで?」
「試合でぼてくり回して、どっちが上か証明したるわ。首を洗ってまっとれよ」
言いたいことを言い終えたのか、さっさと行ってしまう。
いいんだけどさ。それならわざわざ宣言しに来なくても黙って普通に挑んでくれば良かったろうに。そういうの嫌いじゃないけどさ。
———叩き潰し甲斐があるよね。
◇
後半はエスパーダのキックオフから試合再開。ボールはアンカーの石田に預けて敵陣へ踏み込んだ。程なく進んだところでマークがつく。右SHと右SBの2枚。私を挟み込むようにピタリと張り付いてくる。ピッチを上下しながら引き剥がそうするけれど、うっとうしく離れない。
仕方なくアタッキングサード手前に留まって、マーカー二人を最前線の攻防から切り離すことを選択。味方の左SBが追い越していく。そのままサイドを抉った。敵陣深くには私を除く攻撃ユニット3枚が入って、敵の守備陣を釘付けにしている。
これにはたまらず、私についていた敵右SBはエスパーダの左SBを追った。これで私についているマークが一人減った。それもゴール方向が空いている。スプリント。サイドを抉った味方SBからマイナス方向へのパス。私の足下へ入ってくる。
中には敵のCBと競りながらゴール前へかけるCF梶田の姿。競り合いを制して私との間のパスコースを確保している。そこへダイレクトでパスを通す。梶田のすぐ前の空間に浮かした球を入れた。
梶田が反応してダイビングヘッド。けれどこれをGKが横っ飛びになりながら手を伸ばしてセーブ。倒れ込みながらも懐へ抱え込んだ。攻守が代わる。自陣へ向けてスプリント。目標は敵の6番。
GKはすぐそばにいた右SBへボールを投げる。前プレに行った梶田を躱し、CBへボールを戻す。縦へ出そうとするのを間に入り込んだ石田が阻害。ディレイをかける。仕方なくCBは一度横へ振って石田の足の届かない位置へ出てから改めて縦に出した。
おかげで間に合った。目の前には足下にボールを収めた敵のCH、堂高。互いに足を止めた状態で正対する。勝負。一対一でのディフェンスは久々だ。唇を舐めた。
相手も火の点いたような視線でこちらを睨んでいる。譲る気はない。抜くか止めるか。正面対決だ。
ステップを刻みながら誘いをかけてくるがジリジリと後退しながら寄せるのを拒否。相手に先に仕掛けさせる。焦れたのか左足で切り込んでくる。まだ。まだ相手は重心を残してる。相手が左足の足首を返した。逆エラシコッ!
切り返しを塞ぎにかかる。堂高の左足がアウトサイドでボールを押し出して———押し出さない。ボールをまたいだッ!?
まさかのシザーズ。右への切り返しを読んで動いた私に対して、そのまま流して私の左を破りにくる。まずい。抜かれるッ。
こんのぉぉ!
相手に近い左足を軸足に腰を落としながら背面ターン。足払いのように地面を薙ぐ。踵にボールの感触。間一髪ボールを掻き出すことに成功した。
堂高自身は小さくジャンプして躱していたが、ボールを逃がすことはできなかった。払ったボールは近くにいた石田が確保する。再度攻守がスイッチ。屈めていた身体を一気に引き起こす。踏みだしから最大加速。前線へ駆け戻る。
ボールを持って前進する石田を追い越す。なおも加速。石田から最前線へ縦パスが出る。CBを背負ってこちらを向いているCF梶田。クサビに入ってボールを落とす。私の前のスペースへボールが転がる。いけるッ!
更に前へ。ボールをシュートポジションに置く。左足を振りかぶる。左肩に衝撃。敵右SHが寄せてきた。シュートモーションに入っていたために身体がぶれる。なんとかこらえて左足を振り下ろす。ボールを捉えた。
全速力でハーフウェーラインからペナルティエリア前まで駆けた勢いも乗せたシュート。狙ったのはゴール左奥。GKが横っ飛び。突きだした拳がボールに触れた。パンチング。
ボールはポストを叩く。そしてゴールラインを割っていった。得点ならず。
クソ。チャージに耐えるためにシュートがワンテンポ遅れたッ。あれがなければGKに反応なんてさせなかったのに。
CK。キッカーは塚田。私はニアサイド、ペナルティエリア角辺りに待機。長身のCBとCFの梶田がゴール前へ。石田はファーサイドに張っている。
塚田の選択はショートコーナー。私の足下へ速いパスが来た。私より中にいた敵の右SHと右SBが寄せてくる。塚田からのボールをダイレクトではたいてその二人の間を通した。
私に詰めてきた二人の敵選手の動きでできたスペース。そこへ梶田が躍り込んでいた。私のパスを十分に引きつけてインサイドキック。ダイレクトでシュートを撃った。ボールは惜しくもサイドネットに外から突き刺さった。またも得点ならず。
勝ち越し点が遠い。今度は耐える時間が続く。低い位置でボールを受けた堂高は私が寄せる前にロングフィード。こちらのSBの背後へと超ロングスルーパスを通して一挙にピンチへと誘った。幸い敵のフィニッシュは枠を捉えなかったが。更に味方がハーフウェーライン手前で与えたファールから、ロングシュートで奇襲。あわやのところでGKが外へ掻き出して事なきを得た。さらにCKと続くピンチを全員ディフェンスで乗り越えた。
反撃。けれど塚田の放ったシュートは枠を大きく外して消えていった。また攻守が入れ替わる。もう残り時間が少ない。攻守供にハードワークが続いてさすがに息が上がってきた。延長戦に入る前になんとか決めたいけれど———
堂高がドリブルで迫ってくる。延長戦に持ち込みたくないのは相手も同じ気持ちなのか、スピードを落とすことなく縦に抜きに来る。反転しながら身体を前に入れる。相手も腕を伸ばして前に出ようとしてくる。走りながらの押し合いになった。
「どけやッ!」
「うぅくッ!」
相手の押す力を流し、逆にこちらから突き上げてやる。けれど相手もこちらの力を受け流しながら、ボールをこちらの足の届かない所でコントロールして、ドリブルを続ける。
こいつッ。テクニックだけじゃなくて身体も強いッ。
ガシガシとやり合いながら併走は続く。このままじゃペナルティエリアまで持ち込まれる。
ならッ———
やり合いを続けながら堂高との歩調を揃える。ヤツの左足と私の右足が同期した。上半身の攻防で崩せないなら足下から崩す。地面を踏みしめた瞬間。堂高の足と揃えて内側へとほんの少し押し込んでやった。
たたら踏む堂高の前に出てボールを奪う。その目が驚きに見開いていた。
悪いね。
反転して塚田へパス。塚田は即座に大きくサイドチェンジ。石田が受けて持ち上がる。ボールを渡した塚田は大きく開きながら前進して右サイドにいた敵を引きつける。私も全力で上がる。
石田は寄せてきた敵右SHを嫌って最前線の梶田へパスを出す。梶田はそれをマイナス方向へ戻して、前を向き走る。ボールは私の足下へ。石田に寄せた敵右SHはそのまま私の方へ。引きつけてボールを左奥にいる石田へ再度渡す。スプリント。敵右SHを引き剥がす。
石田はダイレクトで戻してきた。前進しながらこれを受ける。アタッキングサードに侵入した。前には黄色の8番。更に奥に青の3番。梶田と敵CBだ。
CBが前のめりに飛び出してくる。その背後へフワッとしたボールを出した。梶田が飛び出す。CBと入れ替わりに背後のスペースへ。ボールはCBの頭上を越える。
ボールが落ちてくる。それを半身で迎え入れる梶田。身体を捻りながら右足をコンパクトに振り抜く。背後から落ちてきたボールをミート。ボレーシュートだ。
至近距離から放たれた叩きつけるようなボレーシュート。この試合でビックセーブを幾度も披露したGKに一切の反応を許さず、そのままライン手前でバウンドすると、次の瞬間ゴールネットを揺らした。試合終了間近。待望の追加点。
ピッチ内の8人から。ピッチサイドの仲間から歓声が上がる。エスパーダがこの試合初めて勝ち越した瞬間だった。
西宮は決死の反撃を試みる。堂高に渡すや即座にロングパス。パワープレイを挑んできた。正確なフィードだったが、遙か背後からのパスにヘディングシュートも威力がつかなかった。GKが難なく抑える。ゆっくりと立ち上がる。時間を使ってから味方へ投げ渡す。敵は必死のプレスをかける。躱してショートパス。私へと回ってきた。
ボールをキープする。相手がボールにアプローチしてくるのを身体を入れて防ぎながらジリジリとタッチライン際へ。二人目のチャレンジーも来た。足裏でボールを引き寄せながら相手の足の届かない位置でボールをコントロール。
痺れを切らして更に堂高も来る。そこで試合終了のホイッスルがなった。エスパーダU-12が全国優勝。二連覇を決めた瞬間だった。




