全国覇者を目指して(前半戦)
『みなさんこんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。ジョン山平です。全国のサッカー少年・少女にとっての夢の舞台。全国少年サッカー大会も既に最終日。本日は決勝戦をお送りしていきます。この試合の解説は元日本代表。おなじみの喜多澤豪さんです。今日もよろしくお願いします』
『はい。よろしくお願いいたします』
『さあ喜多澤さん。厳しい戦いが予想されるんですがいかがですか?』
『いやぁ。どのチームも兵揃いの中勝ち上がってきた両チームですからね。そう言った意味でも夢の舞台と言えますよね』
『ええ。本当ですよねぇ。さあ本日の注目プレーヤーです。まずは青のユニフォーム6番。西宮FC、堂高嵂。ゴールランキング2位に位置しています』
『そうですね。未来の日本代表エースの呼び声高い選手です。ドリブルしてよし、シュートしてよし、そして独創的なパス技術も持ち合わせた司令塔としてトップ下を務めます』
『はい。次にオレンジのユニフォーム15番。エスパーダ、東雲美鶴。今大会数少ない女子選手の一人にしてゴールランキング堂々の1位です』
『ええ。これまで東海大会以上には出ておらず、その評判はあまり広がっていなかったのですが、今回の全国デビューで一番衝撃を与えた選手と言っても間違いないと思います』
『そうですね。東雲選手のスーパーゴールが口に上がらない日はない今大会です。これでまだ10歳と言うのだから恐ろしい』
『ええ。本当。恐ろしいほどのかわいさです』
『喜多澤さん?』
『特にゴールに迫るときの気迫溢れる表情とゴールを決めたときの無邪気な喜びの表情のギャップがたまらなくてですねぇ———』
『喜多澤ッ!』
『おっと失礼しました』
『いえ。こちらこそ。……それでこの両チームの注目選手、意外なところで共通点があるんです』
『なんとッ!?』
『堂高選手は浪速のメッチ、東雲選手は女版メッチ、ともにあの神の子と称される選手に例えられた愛称が付いてるんですね』
『ああ。なるほど。……でも、僕は東雲選手は実はメッチというタイプの選手ではないと思いますね』
『と仰いますと?』
『東雲選手はゲームメイクにはほとんど意識を割いていません。彼女の意識はあくまでもゴールを奪うことに向いています。その全てのプレーはゴールを奪うためのものです』
『なるほど』
『もちろんそれが悪いなんてことは言ってないですよ。むしろ司令塔型の選手が日本には多い中で、純粋なストライカーである彼女は得がたい存在です。年齢の関係から実現はしないでしょうが、トップ下に粟、CFに東雲なんてホットラインが敷かれたなでしこを見てみたいですね。僕は』
『新旧最強女子フットボーラーの共演ですか。それは見てみたいですね』
『話が逸れましたが、だから東雲選手には女版メッチというよりむしろ女版ロナードと言ったほうがしっくりくる気がしますね』
『なるほど。納得いくお話です。ありがとうございます。さあ時間となりました。いよいよキックオフです』
『さあここまでですが、まだ点差はありません』
『当然でしょうねー。まだ始まったばかりですからねー』
『ですよねー。失礼いたしました……おっとぉ!?』
『うわぁ』
『堂高、早くもドリブル突破をしかけましたぁ!』
『のってますよぉ』
『ん、これは?』
『おっと……』
『曲げてきた!』
『きたー、あぁ』
『堂高のカーブをかけたスルーパス。抜け出されれば間一髪という場面で倒してしまいました』
『ペナルティエリアでこれは痛いですね』
『さぁPKには堂高がいきます』
『ここは確実に決めてね、勢いつけたいでしょうね』
『これを決めれば先制となります』
『んん』
『さぁどうか』
『ああきたッ』
『決めたぁ。決まりましたッ。意地の一発ゥ。確実に決めます。重要な試合で早くも貴重な得点を得ました』
『今のシーンです。さて喜多澤さん』
『はい』
『今の一発ですが試合開始からまだ間もないところでの先制点となりましたねぇ』
『滑り出し好調って感じでしょうね。このままの状況を維持して頑張って欲しいですよね』
『うーん。なるほど。さて、エスパーダのキックオフで試合再開です』
『さあ喜多澤さん、先制点を許しました』
『ちょっとエスパーダにとっては辛いスタートになりましたよねー。この後早々仕掛けてくると思うんですよねー』
『ああっとこれはッ!?』
『うぅん。危ないぞ。東雲選手はスピードありますよぉ』
『チェック入れるか?』
『狙ってますねぇ』
『後ろからチェック』
『来るか……ッあ、おわっときた』
パシャパシャパシャ(撮影音)
『あー』
『喜多澤さん』
『あー。残念ですねー。あともう少しで(サクランボが見えてま)したねー』
『喜多澤さん』
『はいなんでしょう』
『アウトです』
『んっふふ。やっちゃいましたねー』
『パンチングッ』
ボカッ(殴打音)
『んー、痛いですよこれぇ』
『さぁ倒された東雲。FKに向かいます。いかがでしょうか。喜多澤さん』
『東雲選手はラウンド16でも直接決めています。今回も直接狙ってくるんじゃないでしょうか』
『なるほど。東雲選手、仁王立ちでその時を待ちます。ラウンド16でもやっていましたが彼女なりのルーチンなのでしょう』
『3年ほど前に一度だけ仁王立ちに加えてパンツの裾をまくり上げてたこともあるらしいですよ』
『喜多澤さん』
『危険なVラインになっていたらしくて、いやー、見たかったですねぇ』
『喜多澤』
『おっと失礼しました』
『さあホイッスルが鳴って試合再開です。今、東雲選手が助走を始めました。そして豪快に蹴り込んだァ』
『壁を越えましたね、いいコースだ』
『キーパー横っ飛び! キャッチ……できないッ!』
『おおッ』
『いぃやッ! ゴォォォルッ! 同! 点ッ!!』
『きたかーーー! すごいですよもう!!』
『思いっきり叩き込んできました』
『んーリプレイ出ました。ご覧下さい。しかし何と言いますかダイナミックな得点シーンになりましたねー』
『いやー素晴らしいです。VTRのここ、GKの手に収まる直前でボールがブレてるんですね。これがGKのファンブルを誘ったんでしょう』
『これはまさか……喜多澤さん』
『ええ。一流のプロ選手の間で流行り始めている無回転シュートですね』
『トッププロと同じシュートを放つ小学生!? なんて選手だ東雲美鶴ゥ!』
『東雲選手は3年前からこのシュートを打っていたといいますからとんでもないですよねぇ』
『3年前と言えば東雲選手はまだ一年生。いろいろな意味で規格外だー』
『おおっとぉ』
『ま さ に 電光ゥ石火ァッ!』
『ちょっとねぇ。イケイケですよねぇ』
『ノリにノっています。堂高。キーパー辛くもCKへ逃げました』
『ここは要注意ですよぉ』
『ここは落ち着いていきたい。さぁここはどう死守する』
『どうする』
『キッカー、堂高。蹴ったぁ! ボールはファーサイドへッ。いいボールだッ』
『いやぁぁ』
『ああぁ。やってしまったァ』
『ちょっと中途半端なプレーになってしまいましたねぇ』
『ええ。ボールに先に触れたのはエスパーダ。けれどクリアしきれずこぼれ球を西宮の選手が豪快に押し込んだッ』
『ダイレクトでしたね。見事ですよ』
『これで西宮、再度リードを奪いました。エスパーダの選手達は悔しそうです』
『追いついたばかりでしたからねぇ。でもここは切り替えて頑張って欲しいですねぇ』
『そうですね。東雲選手、ボールを持って、いち早くセンターサークルへ戻ります』
『彼女はメンタリティ面でも素晴らしいですよ』
『あっと、東雲選手とはタイミングが合わない』
『マークが厳しくなっていますからね。やや時間をかけすぎた感じがします。なんとかこの雰囲気を変えてね。相手のディフェンスをこじ開けて欲しいですね』
『はい』
『かなり強烈な当たりです』
『一点目のきっかけになった彼女の抜けだしを見ても驚異なのは明らかですからね。ファールを取られても仕方ないと言う気持ちで行くしかないでしょう』
『あっと抜け出したッ』
『おおッ?』
『うぁ———とぉー! うぁー。入った。決まったぁッ。これで同ェェェ点ッ!!』
『うおおぉぉぉぉぉぉ!!』
『見事に同点ゴールをたッたッきッこんだァ!!』
『今のはねぇ。手応えありって感じでしょうねぇ』
『いやぁ。さあピッチサイドの様子も変わってきました』
『凄いですよ、もう! 素晴らしい!!』
『ちょっと凄いことになってきましたよぉ』
『本当にそうですね。おっとここで前半戦終了です』
『いやぁ。緊迫したいい試合です。決勝戦に相応しい』
『ここでHTに入ります。さて喜多澤さん。前半戦を終わりまして、ここまでの試合を振り返っていかがでしょう』
『はい。双方の持ち味が良く出ているんじゃないでしょうか』
『なるほど』
『エスパーダはボールを支配しながらエースの東雲選手を起点に打開を図っています。大して西宮FCは縦に早く出すスタイル。それを最後にエースの堂高が変化を付ける形でフィニッシュに持ち込んでいます』
『なるほど。それではここまでのゴールシーンを振り返ってみましょう』
『はい』
『縦に早い展開で堂高につなぎ、ここで堂高が意外性に溢れるカーブをかけたスルーパスでペナルティエリアに抜け出します』
『ディフェンスは完全に意表を突かれてしまいましたね。慌てて追いすがってCFを倒してしまいました』
『最初の決定機は西宮。キッカーは堂高。PKを落ち着いて決めました』
『プレッシャーのかかる場面で落ち着いて決めましたね。さすがです』
『次はエスパーダ。お家芸のショートパスをつないでバイタルエリアに飛び込んだ東雲へ』
『終始ペースを作って、リズムを作りながらビルドアップしていますからね。そういった組み立てが非常に上手かったですよね』
『ボールを受け取った東雲。鮮やかなフェイントでマークを抜き去ります』
『柔軟な体の可動域をフルに使った切れ味鋭いエラシコでしたね。細くしなやかな脚が非常に眩しかったです』
『喜多澤さん』
『ただ細いだけじゃなくてね。柔軟な筋肉と体を守るための適度な脂肪が付いたとても伸びやかな———』
『喜多澤』
『はい。東雲選手のエラシコの前ではDFも追いすがってシャツを掴むしかなかったですね』
『そしてFKです。キッカーはファールをもらった東雲。助走を付けて思い切り蹴り込みました』
『ボールをピンポイントで押し出す無回転シュートですね。壁のすぐ上を抜けて枠内へ。GKのファンブルを誘い、見事ゴールとなりました』
『これが同点弾。試合を振り出しに戻します』
『次のチャンスは再び西宮。縦の速いパスを堂高、ピタリと止めると振り向きざまに足を振り抜きました』
『DFに詰められる前の意外性に溢れるミドルシュートでしたね。これがピタリと枠中、しかも厳しいところへ行くのだから凄い』
『キーパーは何とか触ってCKへ逃れるしかありませんでした』
『これは反応できたGKを褒めるべきでしょう。能活だってあの場面ではキャッチングできませんよ』
『なるほど。そしてCK。キッカーには堂高が立ちます』
『彼以上のキック精度の持ち主は西宮にはいないでしょうから。当然でしょうね』
『堂高。利き足の左足で外から巻いてくるキック』
『ファーサイドにいる選手にピタリとあっていましたね。ナイスキックです』
『これに先に飛んだエスパーダのCBが触ります』
『ナイストライでしたけどねぇ。しっかりとはじき返すことができませんでした』
『こぼれ球に先に追いついたのは西宮の選手。ペナルティエリアすぐ外から豪快なシュートです』
『焦って吹かしてしまいがちな場面でしたけどねぇ。冷静に体を被せて撃ってました。堂高選手以外の子もね、レベル高いですよ』
『はい。そして次のチャンスは代わってエスパーダに訪れます。何度も東雲へ繋ごうとして合わないんですが、諦めずにトライし続けた結果がここに出ます』
『ええ。アンカーの石田選手。彼がスペースにふわっと長いパスを出すんですね』
『一瞬パスミスかと思いました。まさかあれがつながるとは』
『いやー。彼の視野は広いですよ。そして東雲選手のスピードを熟知していたんでしょうね。ここしかないというポイントにピタリと落としてます』
『気付いた時にはそのスペースへ走り込んでいた東雲。身を投げ出しながらのボレーシュート』
『全力疾走しながらよく合わせましたねぇ。完全にジャストミートでした』
『このシュートにキーパー反応できず、試合を再度振り出しに戻します』
『これは仕方ないでしょう。パスも意外ならシュートも意表を突いてました』
『さて、ここまで前半戦を振り返ってきたわけですが、この後、後半戦はどのように展開するでしょうか。喜多澤さん』
『はい。両チームとも攻撃力が高く、ディフェンス陣は抑えきれていません。その原動力はやはり両エースにあるわけですが、それをどう封じていくかが勝負の分かれ目になっていくでしょうね。両チームとも監督は何らかの対策を取ってくると思いますよ』
『はい。ありがとうございます。さあ、後半戦、まもなくです。この後もますます気の抜けない状況になるものと思われます』
『楽しみですね』
今話を書くに当たって着想をいただいた全てのプロ実況MADシリーズに感謝を。
後半戦はいつもの選手視点に戻ります。




