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全国大会ラウンド16(後)

 

「私がアタッキングサード手前でボールを持ったら、先輩たちはみんなペナルティエリアに突っ込んで」

「は……?」


 おいおい。突然何を言い出すんだよ。


「先輩たちって俺ら三人ともか?」

「です」


 ですってお前。簡単に言うけどそんなことしたら。


「そんなこと、事前の取り決めもなしにいきなりしたらDF陣との間にスペースがぽっかり開いてバランスが滅茶苦茶になるぞ」


 雅が俺の思いを代弁してくれた。


 だよな。そんなことこんなリスタート前の僅かな時間に言い出すなよ。せめてHTのミーティングの時にチーム全体で意思統一して。


「大丈夫。どういう形にせよ、必ずゴールを奪うから。カウンターを喰らうことはないよ」

「いやいや。確実にゴールを奪うって……そんな簡単に言うけど———」

「私が必ずだって言ったら必ずだよ」

「お、ぉ…………」


 なんつう目力だよ。


 爛々と光を湛える眼が俺を見上げていた。その眼光に言葉の続きが出てこない。そんな俺の肩にポンと手が置かれた。そのことで金縛りから解放されて振り向くと。


「良文。聞き分けろ。ミツルちゃんが言うことは絶対だ」

「死ね」

「おぅいッ!」


 背後にいた残念すぎる男、蒼汰へノータイムで罵声をぶつけて振り返る。すると、既に東雲は定位置へ向かって歩き始めていた。


「しゃーないか」

「おい。雅、いいのか?」

「まあ東雲ならどうにかするだろ、実際」


 いや。まあ、そうなんだろうけどさ。


 雅も蒼汰も定位置へ向かってしまう。しかたなく、俺もポジションに着いた。そしてキックオフ。ボールが俺の位置まで下りてくる。そこからゆっくりとビルドアップ。パスをつなぎながら相手のプレスを躱して相手コートへを押し込んでいく。やがてボールが。


 アタッキングサード手前で待つ東雲へつながった。動きを止めた状態でマーカーと向かい合う。



 くそッ。どうなっても知らねぇぞ!



 ペナルティエリアへ駆けだした。




 ◇◇◇





 示し合わせたとおり、田んぼーズが敵ペナルティエリア目がけて駆けだした。



 それじゃ、私も行こうか。



 前へ出る意思を示す。目の前のマーカーも前へ出てきた。足が出てくるタイミングで右足のインサイドで真横にボールを押し出す。スライド。追随しようとするマーカー。私の前を横切るボールを間髪おかず左足インサイドで斜め前方へ折り返す。


 逆を突かれてバランスを崩すマーカーの背後へボールは転がる。私自身も後を追って抜け出した。


 SBが飛び出してくる。私も速度を上げる。先にボールへ追いつく。右足裏でボールを引き寄せSBの足が届かない位置へボールを置く。そのまま前に出した右足を軸にターン。引き寄せたボールを左足でこねながらSBと体を入れ替えた。


 ペナルティエリアへ侵入。残りのDFは田んぼーズが上手い具合にファーサイドに引きつけてくれている。ニアサイドはがら空きだ。そのまま突き進む。GKが飛び出してくる。右足を振りかぶる。GKが身を投げ出す。振り下ろした足をボール直前で止める。キックフェイント。


 右足アウトサイドで真横へ押し出し、GKを躱す。そのまま無人のゴールへ蹴り込んだ。ホイッスルが鳴る。大時計を仰ぎ見れば、先ほどの試合再開から5分も経っていなかった。



 さ。これで同点。ドンドンいこう。




 ◇◇◇




「……有言実行か」


 自慢のフィジカルに訴えることなく、相手に体へ触れさせることすらなくあっさりと同点弾を決めちまった。蒼汰は「スゲー!」なんて興奮してるが、空恐ろしくなるぜ。ゴールすることがいともたやすく見えてしまう。


 そんなはずはないんだけどな。やくたいもないことを考えているとゴールを上げた東雲が戻ってきた。ハイタッチを交わす。


「囮役ありがと。おかげでフリーで打てたよ」

「どってことないさ。そっちこそナイスゴール」

「それこそどってことないかな」


 にんまり笑顔でそう言う東雲。


「どうする。このまま続けるか?」

「ううん」


 東雲は俺の問いかけに首を振る。


「いいのか?」

「同じことしてもつまんないからね」

「つまらんって……」


 成功パターンは繰り返してもいいと思うが。余裕だな。


「せっかくだから今度はエスパーダの流儀でいこうよ」

「ふむ。じゃあワンタッチで」

「オッケー」

「雅と蒼汰にも伝えとくぜ」

「お願いね」


 自陣に引き上げる途中でふたりと示し合わせておく。リバストーン加賀のキックオフでリスタート。最初と同じく、自陣へ引き込まれる。最終ラインまで戻したところで中盤省略のロングフィード。けれどそうそうロングパスが通るはずがない。DF陣がはじき返した。


 こぼれ球を味方が押さえ、即座にボールが出てくる。足下に収め反転。持ち上がる。敵が寄せてくる前に雅にパス。雅もすぐに縦に出し最前線の蒼汰へ通る。蒼汰はすぐに戻して東雲へ。そこで敵の警戒感が一気に跳ね上がった。


 MF二人がすぐさま寄せる。けれどダイレクトでボールをはたいて、相手を空回りさせる。ボールは雅へ。雅もワンタッチで俺によこす。それをさらに蒼汰へ。ワンタッチでパスをつなぎポジションを入れ替えながら押し上げる。


 パスで三角形を描きながらペナルティエリアへ侵入。敵DFを振り回す。相手もシュートコースだけは必死に切ってくる。それを嘲笑うようにワンタッチを続け。東雲は最後尾、ギリギリペナルティエリア外へ位置取ってる。マーカーが二人。そこへは出さない。


 みんなを追い越して最前列へ出る。ワイドに開いた蒼汰からワンタッチのパスが飛んでくる。DFを引きずり回し続けることでゴール前にスペースができた。ヒールで無人のそのスペースへボールを転がす。そこに走り込んできたのは。



 ペナルティエリア外でマークされてたはずなのに、もうここに飛び込んで来るかよ。



 マーク二人を振り切って飛び出してきた東雲がダイレクトでそのボールを蹴り抜いた。強烈なその一撃にGKは反応できない。ゴールネットへ深々と突き刺さった。あっという間の逆転弾だった。



 攻撃ユニットの4人で拳を突き合わせながら自陣へと引き返す途中。両拳を握りしめてこちらを睨み付ける7番の前を通り過ぎた。東雲はフフンと鼻を鳴らし、


「……大会最強アタッカー(自称)」


 ボソッと呟いた。横目で見ると7番のいがぐり頭がプルプル震えている。可愛らしい容姿に反して意外と東雲って性格キツいよな。負けん気が強いというか。




 リバストーン加賀の三度目のキックオフ。最早定番と化した自陣引き込みからのロングパス。今度はそれなりに正確なボールが飛んだ。落下地点に入った7番が体を張ってボールを収める。そこから少ない手数でフィニッシュまで持ち込んだが大きく吹かして宇宙開発してしまった。東雲の挑発で力が入っていたのだろうか。


 こちらのGKからリスタート。相手は全員自陣に引き返している。阻害されることなく持ち上がる。相手の出方をうかがいながらショートパスを回す。キッチリ引いて守るつもりらしく釣り出されてこない。


 こんな時は東雲頼み。ボールを受け取った東雲は期待に応えて、ドリブル減速からの急加速だけで早速一人躱し、さらにピッチを切り裂こうとして———



 斜め後方から猛烈なチャージを仕掛けてきた大きな影と接触し、盛大に吹き飛んだ。



 ピッチ上を勢いよく何度も転がる東雲。ホイッスルが吹かれる。慌ててみんな東雲へ駆け寄る。


「おい!? 大丈夫か、東雲ッ!?」


 同じく駆け寄った審判が危険なタックルを仕掛けた相手、7番にイエローを出した。厳しい口調で注意を加える。7番はそれを感慨なさげな表情で聞いている。その態度に蒼汰がブチ切れた。猛然と食ってかかる。


「てめーッ! 何してくれてんだコラッ!!」

「ちょ!? 止せって蒼汰!」


 慌てて引き留める雅。審判も二人の間に割って入り衝突を防ぐ。ピッピと笛を鳴らし離れるように促していた。他のチームメイトも蒼汰を引き留めにかかっているところを見て改めて東雲に向き直る。本人はさっさと立ち上がってシャツについた芝を払っていた。


「大丈夫か? 東雲?」

「うん。全然平気」


 表情は平静そのもので、痛がっている様子はない。どうやら本当に大丈夫なようだ。なら急を要するのはあっちだな。


「おい。東雲は無事だ。落ち着け蒼汰」


 そう言って蒼汰に待ったをかける。それでもなお落ち着かなかったが、相手に突っかかるより東雲の心配をするほうがポイントが高いと囁いたところ飛んでいった。東雲の反応は薄かったが。



 FK。キッカーはファールをもらった東雲自身だ。ボールの斜め後ろに陣取って仁王立ち。不動心でホイッスルを待っていた。


 リバストーン加賀は壁を作っている。その壁の中にはあの7番も含まれていた。周囲よりひときわ高いその頭。城塞に突きだした尖塔を思わせる。その中にエスパーダの何人かも潜り込み、城壁を崩す蟻の一穴にならんとしていた。押し合いへし合いが収まり。


 ホイッスルが鳴った。プレー再会だ。東雲がボールに向けて緩やかに走り出す。いつでも飛び出せるようにしながらその瞬間を待った。


 シュートポジションに入った東雲は右足を振りかぶる。インサイドで押し出しながら擦り上げる。その様子が後ろからだと見えた。


 ボールは一番高い7番の頭上。ジャンプしてなお届かないほど高くを通過する。GKは一番ないと見切っていた死角から飛び出してきたボールに一瞬固まり、けれど高すぎるとそのボールを見送った。


 GKがミスキックと断じたそのボールはそこから驚異的な変化を見せる。強烈なドライブ回転がかかったボールが大きく縦に落ちてきた。そのままみなの視線の先でパサリと音を立てた。


 歓声が上がる。そのスーパーゴールに。そしてストライカーとしての偉業がこの大会を通じて初めて達成されたことに。これが東雲の全国デビュー後初めてのハットトリックだった。




 ◇




 HTも終えて後半戦。キックオフはこちらからだ。監督からの指示は前半と同じように自分たちのサッカーを徹底しろ。その言葉通りショートパスをつないでボールを進める。相手も不用意に飛び込んでこず、深く守っている。


 そしてアタッキングサード手前で再び東雲へ。マーカーと静止状態で正対した東雲はボールを右足裏で引くとインサイドで押して軸足の後ろを通し、左方向へのボディフェイントでDFを釣ると、素早く切り返すことであっさりと抜いて見せた。


 ドリブルのスピードを上げていく。スピードに乗ってディフェンスラインへ突っかけようとしたところで、HT前と同じように大きな影が小さな背中に迫った。


「東雲ッ! 後ろ来てるぞ!!」


 咄嗟に声をかけて警戒を促す。けれど速度は相手の方が速い。あっさりと東雲に追いついて、


「ぶっ飛べッ!」


 強烈なタックルを見舞おうとする。東雲がショックに耐えるように身を縮めながらふんばり。接触。


「お前が吹っ飛べ」


 そんな声が聞こえたかと思った次の瞬間、体をくの字に折って弾き飛ばされたのは7番だった。そのまま地面に転がる。


 俺も含め周囲は何が起こったのか分からず一瞬固まる。その隙を見逃す東雲ではなかった。ディフェンスラインの間に割って入り混乱を助長させる。パニックになった敵DFは一斉に東雲へ集まろうとして。けれど東雲は先手を打ってボールを手放した。


 低いショートパスがDFの裏のスペースへ転がり、そこに飛び込んだのは蒼汰。スライディングでゴールへ押し込んだ。試合を決定づける4点目。


 ここで東雲が監督に呼ばれた。後半早々の失点に呆然と立ち尽くすリバストーン加賀を尻目に悠々とピッチを去って行った。爆発的な歓声に迎えられながら。



 3点差となり、心が折れた敵に対して俺たちは確実なパス回しで時間を消費し、ベスト8への進出を決めたのだった。

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