全国大会ラウンド16(前)
季節は巡り冬。クリスマスが終わり、冬休みになった小学生だけでなく世間はすっかりお正月へ向けたお休みモードに入りつつある。けれど、12歳以下のサッカー少年少女にとっては1年で一番熱い時期がやってきた。
全日本少年サッカー大会の幕開けだ。全国47都道府県の代表クラブに前年度優勝クラブを加えた計48クラブが小学生最強の座を求めて争う、国内最大・最高峰の大会だ。
春から夏にかけて行われる地区リーグ戦の上位クラブで県大会を行い、県代表を決定。ただしエスパーダ清水は昨年度優勝クラブのため、県大会は免除されている。
この48クラブを4クラブごと12グループに分け、一次ラウンドとして総当たりのリーグ戦を行う。各グループ1位のクラブに、更に各グループ2位のクラブの内上位4クラブを足して計16チームで決勝トーナメントを行う形となる。
昨日から今日にかけて行われた一次ラウンドをエスパーダ清水は全勝で突破。岩手県代表、長崎県代表、香川県代表を相手に昨年度優勝クラブの強さを見せつける形になった。そして午後からは決勝トーナメントが始まる。まもなくその初戦、ラウンド16に挑もうとしていた。
「トーナメント初戦の相手はリバストーン加賀。基本フォーメーションは3-2-2。組織的な戦術というよりは個人技で打開を図る傾向がある」
試合前のミーティング。小津間監督から初戦の相手に関するレクチャーを受ける。
「身長170cmの大型FWとドリブル力のある小柄なFW。この2枚看板を中心とした攻撃力が売りのクラブだ。実際、一次ラウンドでは毎試合3点以上を上げて勝ち上がってきている」
監督はボードに貼り付けた駒のうち、7番と8番を指しながらそう言う。毎試合3得点以上。確かに結構な攻撃力だ。
「だが過度に恐れる必要はない。うちはいつもの通り臨めば良い。どんな強力なFWもボールを持たせなければ問題ない。ボールを失わない。失ったらすぐ取り返す。ボールを支配して勝つ。それだけだ」
「「はい!」」
監督からの鼓舞を受けて、力強い返事を返すみんな。その目に不安の色はない。たいした指導力だ。さすがJクラブの監督というところだろうか。
フィールドへ散っていくエスパーダの8人。私も定位置へついた。審判のホイッスルが吹かれてキックオフ。敵のリバストーン加賀からのプレー開始だ。
大柄な選手から小柄な選手へパスが渡される。あれが噂の二枚看板か。エスパーダの基本戦術に沿って早速味方CFの梶田がプレスに行った。連動して私たちIHもポジションを上げる。
相手はするするとボールを下げていく。引き込まれているらしい。それを追って深入りしていく私たちエスパーダの攻撃ユニット。途中で相手の7番とすれ違った。確かにでかい。いがぐり頭が30cm程高くからこちらを見下ろしていた。妙に強い視線で。……何だろうか?
無視して通り過ぎる。最終ラインからビルドアップしようとする相手の動きを、プレスをかけて阻害する。パスコースを限定してやった。そのおかげか相手のCBが苦し紛れに出したロングパスを味方のアンカー、石田がカットした。
攻守が入れ替わってエスパーダの攻撃が始まる。石田は奪われた直後を狙ってチャレンジに来た8番を躱して一旦最終ラインに戻す。軽快なパス回しでビルドアップ。すぐさま前へ前へとボールが運ばれてくる。
ショートパスがつながる間に敵もしっかりと帰陣。私には5番、右MFがチェックについて、裏のスペースを右SBがケアしている。この二人で対応するつもりらしい。
ボールの受け取りはCFの梶田に任せ、彼を追い越す。振り向いてパスを要求。足下に入ってきたボールを押さえる。背後に背負った5番との勝負。左へターンの挙動。相手は即座に縦を切るべく足を伸ばしてきた。
気が早すぎるよ。
こちらは重心を十分に残している。瞬間の判断で逆ターンへ切り替える。5番の背後へ抜け出した。けれど、右SBがケアに出て来ていた。的確なフォローだ。
縦に行くのではなく、カットインして接触のタイミングをずらす。併走。当たる直前に上体を倒した。伸ばしてきたSBの腕をかいくぐり、前に体を入れることに成功。そのまま撥ねのけてボールへのアプローチを防ぐ。
挟み込むべく寄せてくるCB。ファーサイドへ開く塚田には4番と6番が着いている。
ギャップができたね。
チップキックで詰めてくるCBの頭を越えて、その背後のスペースへフワリと落とす。そこへ走り込んでくるオレンジの8番。駆け込んできた勢いを殺すことなく左足を振り抜く。ワンバウンドしたボールをその足がミート。強烈なシュートを放った。
枠へいった。ゴールの右上へ。GKが横っ飛び。拳を伸ばす。その拳が———ボールを捉えた。パンチング。
GKの大金星。スーパーセーブだ。ボールはペナルティエリア隅へ転がる。先にこぼれ球に追いついたのは白いユニフォーム。リバストーン加賀だ。拾った左SBは深い位置でボールを奪われることを嫌ってすぐさま大きくクリア。ボールは高々と上がってハーフウェーラインあたりへ。
うん!?
「戻れッ!」
疑問を感じた瞬間に誰かが叫んだ。ボールの落下点付近には白のユニフォーム。遠目にも分かる大柄さ。今のはクリアじゃなくロングパスかッ!?
◇◇◇
「いいボールだ」
落下点に入りながら呟く。狙い通り。練習の成果だ。
昨年の全少。圧倒的なボール支配力を武器に大会無失点で優勝を浚ったエスパーダU-12。その姿は全国のジュニアサッカー関係者に衝撃を与えた。このままでは次の大会でもなすすべなくやられる。指導者みながそう思ったのは無理もない。
そして、その対策は概ね二つに分かれた。即ち、エスパーダと同じくボールポゼッションに走るか、あるいはその逆。ポゼッションは捨ててカウンターに賭けるかだ。奇しくもバルサの激震を受けたヨーロッパのリーグと同じ現象が、日本のジュニアサッカー界でも起こったんだ。
そして、俺たちリバストーン加賀が選んだのは後者。堅守速攻のカウンター戦術だった。こちらの道を選んだのには理由がある。昨年、エスパーダに唯一手傷を与えたクラブがこの戦術をとっており、そのクラブと同じ条件を満たしていたからだ。
つまり個で得点を取れる強力なアタッカーの存在。
それから守備陣は来る日も来る日も、人数をかけての守備とロングフィードの精度向上に取り組んできた。その成果がこのボールだ。あいつらは自分の仕事をやりきった。このボール、必ず得点につなげる。
敵の左SBが競り合ってくる。が、軽い。弾き飛ばしてやった。落下してきたボールを胸で受ける。こぼれ球を狙っているCBから届かない位置へ腿で、足でコントロール。収めた。
即座に相方へパス。得意のドリブルで右SBを躱すとそのままピッチを切り裂いていく。俺も負けじと後を追う。ペナルティエリアへ侵入。ふわりとしたボールがゴール前へ入ってきた。絶好球だ。ふたり併走してきているけれど問題ない。無視して地を蹴った。
DF2枚が同じく跳んで体を当ててくる。
「だから軽いってッ!!」
何の障害にもならず俺に進路を譲った。額にボールの感触。勢いのまま地面に叩きつける。GKは股割りしながら足と手を伸ばす。が届かない。跳ねたボールはそのままゴールネットを揺らした。ホイッスル。
「オラァ! 見たかッエスパーダァ!」
ガッツポーズをしながら膝立ちになる。思わず気合いが言葉になった。相方も抱きついてくる。自陣から駆け上がってきた味方も続々と。……いくらなんでも重てぇ!
◇◇◇
「あいつ体強いなー」
「だな」
味方DFを撥ねのけながら豪快なヘディングシュートを叩き込んだ、白の7番を眺めながら蒼汰と雅が会話していた。実にのんびりとしている。先制点を取られたことにも焦りはない。それも当然か。去年とは違うんだから。
エスパーダはもともと鉄壁というようなチームじゃない。去年は大会中無失点だったが、それは圧倒的なボール支配で相手の攻撃回数を絞った結果だ。守備力が高かったからじゃない。むしろ技術優先で選手を集めている関係上、フィジカル勝負に訴えられると脆い。今の失点のように。長い縦パスをポンと入れて、後はFW任せというような戦術とは相性が悪い。
そしてエスパーダの攻撃力も全国レベルで見るとそこまで高いとは言えない。エスパーダはショートパスを主軸で組み立て、リスクを取るよりもボールを失わないことを優先する。そのためカウンターの回数が少なく、ゴール前に到達したときには敵の守備は揃っていることが多いからだ。
早い時間に先制点を取れれば、焦って前へ出てくる敵の裏を取って得点を重ねるということもあるが、延々ボールを回し続けて相手が疲れたところにようやく一点という試合も多かった。逆に先制点を取られていれば、ゲームプランは崩壊していたかもしれない。
けれど。今年は違う。なぜなら、全国最強、超小学生級のアタッカーが今年のエスパーダにはいるからだ。
東雲美鶴。あいつが加入した瞬間、エスパーダは超攻撃的なチームへと変貌した。試合を支配するパス回し。それが全て最後には決定機となるようになったからだ。
なにせあいつは、どれだけ相手がベタ引きで守備ブロックを万全に整えようが、紙のように引き裂いてしまう冗談みたいな存在だ。そしてその不世出のアタッカーへいくらでもボールを供給できるエスパーダ。結果、ここまで馬鹿みたいな得点数を積み上げてきた。今更1点リードされたくらいで焦る必要なんてないわな。
ゴールを奪ったリバストーン加賀の連中がこちらの陣から引き上げてくる。そのうちの7番が何を思ったのか、東雲のところへ歩み寄って。
「おい、お前。女子選手史上最強のアタッカーとか言われてるみたいだけどあんま調子乗んなよ。女子限定じゃどうだか知らんけど、この大会最強のアタッカーは俺だからな」
指を突きつけながら、そう吐き捨てた。二人の身長差は30cm近くもある。その体格差はまるで大人と子供だ。言いたいことだけ言って去って行くでかい背中を東雲は冷めた目で見送って———
「…………ほぉーん。面白いね」
小さくそう呟いたのを聞いてしまった。背筋をゾクッとさせた悪寒はいったいなんだったんだろうか……?
これから後半戦の執筆に着手しますので、もう数日かかると思います。
申し訳ありませんが少々お待ちください。




