エスパーダU-12
エスパーダ入団式の翌週。監督の指示でU-12チームへ合流することとなった私は、4年生で一人、別のコートを訪れていた。目の前には15人の少年たちが整列している。
「今日からU-12チームに加わる東雲だ。ほとんどのやつは初対面のはずだが、顔はだいたい見知ってるだろう。よろしくしてやってくれ」
監督がなんとも雑な紹介をしてくれる。が、新たなチームメイトたちのざわつきを聞くと確かに知られているらしい。私も彼らの一つ前の世代なら直接対決を何度かしているので知っているのだけど。
「シノノメちゃん、シノノメちゃん」
トレーニングメニューが始まるまでの少しの空き時間。早速話しかけてくるやつがいた。声の方を振り返れば、3人の男子。そのうちの一人が声を掛けてきたようだ。
「これからよろしくな」
先頭の少年が言う。後ろの二人も頷いたり、軽く手を上げたり。同じように歓迎してくれているらしい。
「こちらこそよろしく。えーっと……」
「ああ。名前は教えたことなかったよな。俺は梶田蒼汰」
名前は? 「え、初対面じゃないっけ?」
「……え。俺忘れられてる? シノノメちゃんが1年生の時にも会ってるじゃん。ほらボールズのCFだよ。俺」
しまった。声に出してた。ちょっと気まずい。
ボールズ。ああボールズね。そう言えば後ろの二人にも見覚えがある気がする。
「ああ! ボールズのセンターラインの三人だ」
「そうそう。思い出してもらえてよかったよ」
「ごめんごめん。ほら、みんな翌年からはボールズにいなかったからさ」
誤魔化すように言う。3年以上経ってるんだから仕方ないよね。忘れてても。
「去年のエスパーダU-12には飛び級で入ってたけどな」
「え゛」
ボソッと言う元ボールズのCB。確か石田とか言ったか。その一言に虚を突かれて間抜けな声を漏らしてしまう。去年のエスパーダ? いたっけ?
「まあ、俺ら飛び級組はちょい役だったしな。認識されてなくても仕方ないか」
「……あはは」
仕方ないって言うなら、そんなジトッとした目で見るんじゃない。
「ま、敵で当たった時は恐ろしい怪物だと思ったけど、味方ならこの上なく心強いぜ。よろしくな。塚田良文だ」
「よろしく。塚田先輩」
元ボールズのCHとも握手を交わして挨拶。続けて石田とも。少なくともこの三人は親しくしてくれるようだ。生意気な飛び級生は総スカンを食らってパスが来ない、なんてことはなさそうかな。
握手をしている最中、梶田は口を開いて変な顔をしていたが。……なんだったんだろう?
その後の練習は、ボールを使った基礎練に続いて、ミニゲーム。チーム内での連携の確認を行った。エスパーダU-12の基本フォーメーションは3-1-2-1。8人制サッカーにしては珍しい4ラインの陣形だ。
私のポジションは左IH。反対側IHには塚田。CFは梶田。そしてアンカーには石田が入っている。石田はエスパーダではバックスからハーフにコンバートされているとのことだった。
この4人で攻撃ユニットを形成することになる。ポジションはあくまで初期位置程度の意味合いで、実際にゲームとなれば激しくポジションチェンジするのがエスパーダ流。フォーメーションも3-2-2やフラットな3-4へ有機的に変化する。
練習である程度固めた後は即実戦となるのだった。
◇
4月最後の休日。今年度のU-12リーグ初戦。これが私のエスパーダデビュー戦だ。エスパーダは仲田と違い中東部地区の所属となる。当たるクラブはほとんど初対面のところだった。
初戦の対戦相手は普通の街クラブである浜野SSS。実力的には負けるはずのない相手とのことだった。何が起こるか分からない開幕戦だけに油断は禁物だが。ミーティングでの指示は特になし。円陣を組んで気合いを入れただけだ。ただ自分たちのサッカーをやってこいということだろう。
エスパーダのキックオフで試合開始。一旦ボールをバックスに戻して回しながら相手の出方を見る。相手は出てこない。4-3のゼロトップフォーメーションでアタッキングサード内に引き籠もっている。
清々しいまでのカウンター宣言だ。全員で守って、ボールを奪ってからの速攻に掛けているのだろう。試しにボールをハーフウェーラインの先、アタッキングサードの少し手前のところまで持ち込んでみるが、飛び出してこない。あくまでアタッキングサード内に限定して守備するつもりだ。こうなるといかに格下相手とはいえ、得点するには骨が折れる———
だけどこうなることは想定の内だ。エスパーダという強者の看板を背負って戦う以上、堅守速攻に望みを掛ける相手が増えてくることは当然考えられた。そのため、ベタ引きの相手への対策も当然積んでいる……私はまだ練習一回分だけだが。
アタッキングサード手前でボールをもらう。相手が引いて守っているおかげで前を向いてボールを持てた上に、走り出すスペースがある。そこを駆けだす。私に求められているのはバルサにおけるメッチの役割。つまり———
ドリブルでの崩し!
スペースを駆けて加速。ゴールへ向けて内側へ切り込んでいく。そのまま守備ブロックへ突っかけた。最も外側にいる右MFとの攻防。
カットイン。直後に縦に抜きにかかる。ボールの下へ足を入れ跳ね上げる。伸びてきた足をボールとともに浮いて躱す。そのまま置き去りに。着地してボールをコントロール。ややスピードが緩む。
次の相手は左SB。左CBがそのカバーに入っている。右側からもCMFが寄せてくる気配。
スピードを落とす。先に右側のCMFと接触。ボールとの間に体を入れてアプローチを阻む。正面から更に左CBが詰めてくる。
左足でボールをまたぐ。そのまま踵で後ろに押し出した。左足を軸足に左回転でターン。右足のインサイドでボールをはたいた。
ボールはCMFが寄せて空いたスペースへ。ファーサイドへ飛び込んだ味方CFとIHをケアするために動いている敵は対応できていない。そのスペースへ駆け込んでくる味方選手。アンカーの石田。左側のCBもSBのカバーリングに動いたためにゴールへの道が開いている。
石田がダイレクトにキックしたそのボールは花道を行く。助走の勢いも乗せて突き刺したシュートにGKは反応することもできなかった。ホイッスルが響く。エスパーダ先制。
「ナイスアシスト!」
「そっちこそ、ナイスシュートだったよ」
駆け寄ってきた石田とハイタッチ。先制点を喜ぶ。
私のドリブルでスペースが空くなら、そのスペースへラストパス。空かないなら自分でフィニッシュに持ち込む。いずれにしてもゴールに直結するプレー。それが私の主な仕事だ。
さあ。もっと。もっとだ。
エスパーダの攻撃は止まらない。一点を失ってなお早々にボールを手放して亀のように自陣に籠もる相手を叩く。ミドルシュートの釣瓶打ち。塚田、梶田の連続シュート。全て枠内にいったボールを辛くもはじき返したGK。さらにこぼれ球をダイレクトに蹴ったボールをはじいてCKに逃げた。
セットプレー。キッカーは塚田。大きくボールを蹴った。私は待ち受けていたファーサイドやや外から内側へ走る。同じく外から飛び込んでくる味方。ボールはニアサイドを越え、ゴール正面へ。エスパーダ最高身長を誇るCBが飛んだ。敵のDFに体を当てられながらも合わせる。
直接ゴールを狙うのではなく小さく空いたスペースへ落とした。いける。迷わずダイブ。額にボールの感触。跳んだ勢いのまま自分の体ごと押し込むつもりでシュート。
横っ飛びのGK。指先が辛うじてボールへ触れる。けれどボールはそのままゴール左隅へ転がり込む。追加点。
ホイッスルと供に観客席から歓声が上がる。人差し指を突き上げてその声に応える。これが私のエスパーダでの初得点だ。アシストしてくれたCB、それにキッカーの塚田が駆けてくる。拳を突き合わせて祝意を伝え合った。
猛攻に次ぐ猛攻。結局試合終了のホイッスルがなるまでにエスパーダは合計13発。私はその内6得点を記録。最高のエスパーダデビューとなった。
◇
「今日はすごい活躍だったね。美鶴」
「うん。すごいやりやすかったからね」
帰り際。運転席のお父さんとの会話から先ほどの試合結果を振り返る。
欲しいところに的確に出てくるパス。それがCFからも、もう一人のIHからも、SBからもCBからも。隣接する全てのポジションから出てくる。
ゴール前では積極的な動きでディフェンダーを引きつけてくれる。逆にパスを出せば確実に決めてくれる。故にディフェンダーは私に集中することもできず試合中翻弄され続けた。結果が6得点4アシストという途方もない数字だった。
けれど胸中私は複雑だった。あまりに仲田と違いすぎる。分かっていたつもりだったけど……。そのことに悔しさというか寂しさのようなものを感じていた。
そんな私の気持ちが分かっていたのかお父さんは。
「送り出してくれたみんなのためにも、もっともっと活躍しないとね」
「お父さん……」
そんな考え方もあるのか。自分の活躍でみんなの期待に応える。それは素敵な考え方だと思った。
自分がこんなにも何かに思い入れを持つタイプだというのは意外だったけれど。こんなふうに次のステージへ進む度に残していくことになるものが、今後もあるのだろう。その度にこんなふうに落ち込むんじゃなくて、見送ってくれたみんなに胸を張れる自分であり続ける。
そんなことを心に誓った。
手始めに……まずは全国かな。
うおー! 俺もシノノメちゃんと絡んで得点して、歓喜のボディタッチしてぇー!!(by 梶田)
※なおこの試合ではアシストも被アシストもなかった模様。




